幕間・終章 そして歯車が動き出す
夜の帳は落ちていた。
弁天堂での買い物の後、咲希やちゃっかり紛れ込んでいたランシェ、そして今日も住処が見つからなかったのか、青い顔をして最早笑みを浮かべる余裕もなくなった旧帝を含めて四人で食事をとった。
主に咲希やランシェが旧帝を慰めながらの事ではあったが、それなりに賑やかな日常の一コマといっていいだろう。
食事を終え、しばらく適当にボードゲームやらなにやらで遊んでいた咲希とランシェではあったが、ランシェがそろそろ帰る時間となりお開きとなった。
その深夜。
咲希や旧帝も寝静まった時刻。蒼斗は、布団の上で一人胡座をかいて考え事の最中であった。
思考の議題はもちろん、昼間に会った白兎と名乗る『時の兎』……弁天堂の主から聞き出した事についてである。
といっても、大した情報は白兎の言う通り得られなかったが。
創彩園での咲希の役割。
その咲希を取り巻く環境。
周囲が咲希に寄せる感情。そして期待。
そして、創彩園の現在の実情と。
過去、この園が誕生してからすぐに、なにが起こったのか。
なんて事はなかった。
彼女には、咲希には未だにあの力の種が根付いている。
記憶や、培っていた力そのものはあの時に一度、確かに終わった。
だが、根本的な処で彼女の力が消えたわけではなかった。
咲希の魂の核には、未だに巫女神としての力の種が眠っていたのだ。
そしてこの創彩園は、あるいは咲希自身が、その力を眠らせ続ける事を許さなかった。
『ウチらはここに呼ばれたんよ』
あらゆる可能性を孕んだ白紙のこの世界は、彼女の思う通り楽園の装いを作っていた。
『多分、あの子自身が望んじゃったんだろうねー』
だがそこには重大な欠陥があった。
創造主たる彼女自身に、この世界はあまり関心を寄せていなかった。
彼女は、本当に『一人』として生まれてしまった。
それも、普通の子供の様に人の親から生まれるのではなく。
ただいきなり、この園に幼子として。
神前の巫女として。
ただいきなりにこの園に放り出されたのだ。
だからだろうか、まだ意識も定かではないほど幼い咲希は望んでしまったのだ。
自分が必要とされる事を。
自分が必要とされる世界を。
せっかく放り投げた巫女神としての力を、再び開花させなければいけない様な事態を。
『最初、この世界には、本当にただの人間しかなかったんだよ』
そんな中で、ただの人間ではない。元・巫女神としての幼子は、最も手っ取り早く、自分を必要とする世界を無意識に望んでしまった。
『びっくりしたよ、いきなりこんな隔絶世界に召喚されて』
『気付いたら辺りには、ウチも含めて人外の者ばかり居たのさー』
そうして神の加護という名の呪縛を背負った、ただの人間としては異形の存在である彼女は、単純に自分と同じ様な者をこの世界に招き入れた。
当初は大きな混乱を呼んだ。
当たり前だ、人間の世界にいきなり異形な存在が現れたのだ。混乱が起きない方がおかしい。
『血気盛んなやつら程、喜んだ。喜んでこの創彩園に住む人間をどうにかしようと行動し始めた』
彼女はただ、必要とされたかったのだろう。
いきなり放り出され、孤独であり、周囲には親も肉親もいない幼子であった咲希は。
記憶を破壊した事。
そんな白紙の子供のまま、ここでオレを待つ事を選択してしまった事。
それが、巫女神としての彼女も考えていなかった事態を呼び起こしてしまったのだ。
『そんな人間達を守るために、咲希ちんは放棄した力の残滓を、無意識で集めまくっちゃったんだなー』
それは捨てたはずの、使い切ったはずの巫女神としての力。
咲希はオレとの約束を守って、この世界を作った。
だが、過去を捨てた白紙の咲希には、その意味が解らない。
理解が出来ない。あるのはただ孤独と、咲希を忘れて転生したオレとの間にある、ちっぽけな約束だけ。
幼かったであろう彼女に、その意味や理由が解るはずもなく。
『結果として、咲希ちんは創彩園の守護者になった。多分、ウチらさえ招く事なく、ただ待っていれば良かったんだろうけど、咲希ちんはその孤独に耐えられなかったんだろうさー』
彼女は、またしてもその力を取り戻そうとした。
ただの人間としてではなく、魑魅魍魎様々な存在が生きているこの園の守護者として。
神前神社の巫女という役職に、特別な意味を持たせてしまった。
それは、巫女神の再誕の序章。
だが唯一、咲希と自分にとっての幸運があった。
『ランシェちゃんだっけ? 元・霊帝とかいうあの子が、咲希ちんを助けた』
門崎が殺した十三人の王達。その一人であった霊帝・ラズベリア・F・イノートゥが、彼女の師であり、最初の友となった。
霊帝は咲希に、神符と幼い彼女の力の具象化を教え説き、その危険性と扱いを師事した。
『凄かったよー。当時暴れまわってた連中を、二人連れ立ってぶっ飛ばし、あまつさえそいつらにルールを与え守らせたんだから』
正直、門崎自身にもその理由は考えても考えてもよく解らない。
何故ランシェは、自分を殺せと命じた巫女神を、咲希を助けたのか?
そもそも、咲希を解放する為の条件を提示したのは『あいつ』である。
ただ咲希は、その存在に強制されてあの条件を提示したに過ぎない。
――――――十三人の王を殺せ。
果たして彼女の口から言わせてみせた『あいつ』は、なにを考えてその条件を提示したのか?
その十三人と、咲希との関係はいったいなんだったのか?
今となっては最早知る術はないかもしれない。ランシェあたりを拷問にでもかければ聞き出せるかも知れないが、それをしてしまっては咲希は怒るだろう。場合によっては憎悪と嫌悪の対象になる可能性さえある。それだけは避けたい。
『そうやって、当時十歳くらいだった咲希ちんはこの園を平定して、神前の巫女となった』
考えれば考える程に、本当に今更な疑問が水泡のごとく浮かび上がってくる。
『それが、今の創彩園に至る大体の経緯だよ。それ以上は、ウチも知らないし、よく解らないんだ』
何故、転生前の自分は咲希の言葉を即座に実行したのか。
その背後に在った、『あいつ』の存在には気づいていたというのに。
何故、あの試練とは名ばかりの、ただの人間には不可能だという条件を出してきたのか。
なぜ、そこに疑問を感じなかったのか。
ふと、あの無限世界の孤独王の顔が浮かぶ。
孤独王は、もしかしたら知っていたのだろうか。
自分の知らないなにかを。
だからこそ見せたあの泣き笑いの様な笑みだったのだろうか。
「……ちっ、やはりこの断片だけじゃ推測の域をでないな」
自分自身でさえ、転生前の記憶は曖昧模糊とし定かではない事が多い。
十三人の王の称号は覚えている。顔や、大体の容姿、王達との間に起こった出来事も、した事も、大体は記憶にある。
だがその名前が思い出せなかったり、細かい記憶の欠片はまだ戻っていない。
「……あるいは、やはりこれだけの記憶以外、全部破壊されたのか……?」
その線が濃厚だ、と自身を納得させる。最早思い出せない過去の記憶はどうでもいい。
今重要なのは、咲希がまだその力を……『永遠』の力を宿しているという事実。
例えまだ蕾に過ぎないとはいえ、本人に自覚がないとはいえ、この世界線上にその花が開いては、咲希の身が危ない。
そうすれば、この縦列並行世界を隔てる空白が埋まり、『あいつ』がまた咲希を狙う可能性がある。
三千世界にその存在を網羅し、幾億万の世界を凝縮した神殿に咲希を捕らえ己の贄としていた、
『贄神』が、この園に。
ちらりとその存在が脳裏を掠め、一気に憤怒の感情が浮かび上がる。
落ち着け、まだだ。まだ、贄神は気づいていない。
深呼吸をし、気を落ち着ける。
知らず握られたその手には、過去の自分が手にしていた力の残滓が宿っていた。
この力も……、まさか元に戻ったりはしないだろうな?
自問自答するが、答えは帰ってこない。
ただその握られた手に宿る白い炎の様なそれは、揺れてみせるだけ。
名もないこの不可思議な炎は、過去の自分の全身を覆っていたが、今は時折感情が高ぶった時や、意識してその存在を認識して初めて現れる。
そうであったはずのそれが、
ぼっ、と。
一瞬、大きく猛った。
「……」
蒼斗は、無言で立ち上がると襖を開いて廊下へと出る。
そのまま真っ直ぐに、音を立てずに裏庭を目指す。
空には美しく輝く月が浮かんでいるはずであったが、今は雲海に阻まれて朧にしか見る事が出来ない。
藍色の作務衣姿のまま、蒼斗は月明かりの乏しい廊下を歩む。
やがて、裏庭へと出た。
林に隣接する神社の裏にあるそこは、結構な広さがある。石畳などという上等な物は敷かれておらず、ただ手入れの行き届いた野ざらしの地面がむき出しの状態。そしてそこには、巨大な岩がその存在を誇示するかの様に鎮座していた。
蒼斗は空を見上げる。
そこには、雲海に沈む月がある。だが、その中空に、聳える木々の上空に、二人の人影があった。
片方は、白と黒を基調としたドレスを身に纏い、チェス盤の様な白と黒とで彩られたスカートを風に靡かせ佇んでいる。普段は被っていない、見慣れない楕円形の帽子からチリン、と澄んだ鈴の音が響くのが聞こえる。
もう一方は、白い白衣を身に纏った上に、夜闇であってもなお暗い闇色の外套を羽織っていた。
その外套には、所々にぼんやりと光る緻密な魔術陣が幾重にも重なっている。
それらはただ睥睨するだけ。ただ、その眼下に広がる庭で、自分達を見上げる視線を堂々と見据えてみている。
「よう」
ある意味、中空に浮かぶそれを見たその時に予想はしていた。
巨石にもたれていた体で、翠色の外套を翻しながら、それは親しげに声をかけてきた。
「久しぶりだな。今は門崎蒼斗っつーんだっけ?」
外套の所々に装飾された、針金の様なファーを風に靡かせながら、小柄な人影が近づいてくる。
それに呼応したかの様に、雲海が晴れ月明かりその姿を照らし出す。
外套と同じく、乱雑に、だが整えられた翠色の髪。その隙間から見えるその顔からは、猫科の猛獣を思い浮かべさせるかのよう瞳が二つ、爛々と輝いていた。
小柄な身体が一歩こちらに進む度に、濃密な殺気に似た闘気が重圧となって襲い来る。
「そっちは、なにやらごちゃくちゃめんどくせー事になってるらしいが、俺にはかんけーねー」
その顔に張り付く口が、裂けた様に獰猛な笑みを作りだす。
「とりあえず、いっちょ喧嘩でもしようぜ?」
目の前で既に臨戦態勢に入ってる者の名前は、欠損している蒼斗の記憶にも在った。
―――狂姫凶華。
暴君が、そこに居た。
……話の矛盾点等が多々ございます。いずれは書き直して修正したいのですが、リアルが忙しい為ご容赦を。
ぶっちゃけそれっぽい雰囲気作ってるだけじゃね? 白兎の話どこいった? 改行多いぞ? 誰視点で話進んでるんだよ? 展開ちゃんと考えてあんのか?
はい、プロットすらまともに構想せず書き出した始末なのでそこはご容赦下さいorz また、この小説を読んでくださってる方がたいらっしゃれば、その方達には感謝をm(__)m




