第四章-②
「ただいま戻りました」
リィナが心もち暗い声でそう告げると、店の中からは聞き慣れた声が聞こえてくる。
「おかえり~」
「お帰りなさい。お疲れ様です」
「お師匠様、ロロさん。お疲れ様です」
リィナはどっかり、と本を食卓に置いて、それから椅子に深く腰をかけた。対面にロロが座って本を読み、レムは珍しく台所に出入りしている。茶でも沸かそうとしているのだろうか。
ロロが本に視線を落したままで、リィナに話しかけた。
「今朝はお疲れのようでしたね」
「う……やっぱり見られていたんですか」
「ええ、申し訳ありませんが」
苦笑しながらロロは言った。
リィナはむすっ、と少しだけ溜息をついて、
「ロロさんこそ、今朝はどちらへ? 私が起きた時は、姿が見えませんでしたが……」
「ええ、ちょっと買い物へ」
「かいもの、ですか?」
意外な答えに、リィナは目を丸くした。
すると、ロロはくつくつと面白そうに肩を揺らし、
「なにか別の用事だと思われていたようで」
「ロロさんの事ですから、また散歩でもしていたのかと」
「ヒドイなぁ。僕はそこまで無責任じゃありませんよ」
ははは、と笑いあう。リィナは少しだけ、それまで引き摺っていた重苦しい気が紛れた気がした。
話を戻して。
「買い物、とは?」
「いえ、レムさんがお米と味噌汁を食べたい、とおっしゃるので」
「なっ!」
「どうにか、この辺りのお店で買えないかと……幸いと言いますか、たまたま店先に並んでいたので、買う事は出来ましたけどね」
「そ、そうですか……いえ、それより!」
がたっ、と椅子を倒さんばかりの勢いでリィナは立ち上がり、ずんずんと台所へ歩いていく。
「お~、リィナ~」
そこではレムが、ぐつぐつと沸騰する熱湯の入った鍋を前にうずうずと身体を揺らしていた。
「リィナもお味噌汁、飲むか~い?」
「お師匠様っ! あなたはまた、どうして客人に食料の買い出しなどさせているのですかっ」
「え~、いいじゃん別にぃ。ロロくんは言ってたよ? 自分に出来る事をするってさぁ~? だったら適材適所ってやつで、ロロくんに買い物を頼んだってな~んにもおかしなところは無いじゃんか~」
「お師匠様が行けばいいじゃないですかっ」
「だってロロくんがどうしてもって言うからさぁ~。そんなに怒る事ないじゃん。ぶ~」
レムは拗ねてしまったように、再びぐらぐら、と湧き立つ湯気を眺め続けていた。
普段は再三に渡って年寄りである、と主張するレムも、こういう時に限ってやたらと子供っぽく振る舞う。時々どっちが本当なのか、リィナは不思議でならなかった。
「はぁ……分かりましたよ」
リィナはお手上げ、と言わんばかりに盛大に肩を落として、食卓に座った。
「すみませんロロさん、うちのお師匠様がご迷惑を……」
「いえいえ。これくらい大した事ないですよ、むしろ大歓迎です」
ぱたぱた、と片手を振るロロに、リィナは再び頭を下げた。
直感でなんとなく、苦労人気質なひとだと、リィナは思った。そもそも考えてみれば、友人に頼まれたというそれだけの理由でこんな田舎の小さな町、それも実在するかも怪しい魔武器を探すために来ているのだ。
「ロロさんとは、今さらながら仲良くできる気がします」
「はい?」
突然の呟きに、思わず首をかしげてしまうロロだった。
「どうしたんですか、突然」
「いえ。なんだかロロさんと私は、気質と言うか、考え方と言うか……いろいろ似ている気がするんですよね。だから、仲良くできそうです」
「ふむ、それはどうでしょう」
ぺらり、ロロがページをめくる指は白く、まるで女性の手のようだ。
「気質が似ている人同士は、なかなか仲良くできないといいますよ」
「そうなのですか? 逆に、仲良くできそうな気がするものですが」
「実は違うんです。気質が似ている人同士は、互いに好みが似ているようで微妙な違いに目をとられてしまい、むしろ口争いが絶えないのが常なんです。例えば……そうですね、演劇を愛好する二人組がある演劇を見たとしましょう」
ロロは指を二本立てて、優しく語る。
「二人はどちらも演劇が好きなわけですから、一見して楽しいひと時を過ごせそうですよね? でもそれを見ている間、二人は全く同じ事を考える訳じゃありません。まして彼らはどちらも、その分野には明るい訳です。それぞれの意見を以て、それぞれ持てる知識を総動員して感想を抱きます。さて、演劇を鑑賞し終わった後、そんな二人が酒場で酌み交わしながら感想を述べ合うとしましょう。……リィナさんはこの後、どうなると思うでしょうか?」
「…………うーん」
リィナはロロの話を反芻しながら、じっと考え込む。
「演劇の好きな二人組が、同じ演劇を見て、酒場で感想を言い合う、ですか……。……意見を交換すると思います」
「最初のうちは穏やかに進むでしょうね。共感を得る部分もあるでしょう。しかし、やがて意見の相違、食い違いが生じてきます。ここで二人は演劇を愛好する者同士ですからね、互いに正しいと思う事をぶつけ合います。論にも熱がこもってくるでしょう。そこで渇いたのどを潤そうと、酒を流しこんだら……」
「うわ……それは確かに、泥沼ですね」
「そういうことですよ。趣味嗜好、気質、気風が似ているからと言って、必ず互いに仲良くなれるとは限らないんです。不思議なものですよね」
本に視線を戻したロロがそう告げた。
リィナはしばし、感心したように黙りこくって頷いていたが、
「……うん? それは、私とロロさんは仲良くできないということですか?」
「さぁ、それは分かりません」
「む……」
じゃあ何故話したのか。リィナは少しむくれて、それからまた溜息をついて――不意に、おかしくなって吹き出した。
ロロは何も言わずに、ただ微笑をたたえて本を読んでいる。白い顔と紅い目がのぞく横顔は、ともすれば薄幸の乙女に見えなくもない。
今日、リィナは少しだけ、ロロのことが分かった気がした。
「それよりリィナ」
珍しくレムが淹れた緑色の茶を三人ですすっていると、レムが不意にリィナに話しかけた。
「今日はなんだか外が騒がしいみたいだねぇ。何かあったのかい?」
「あっ、はい。そうでした」
リィナは慌てて居住まいを正し、真剣な表情になって騎士団の帰還と、竜が出現した事を説明した。ロロもレムも笑顔を消し、その話を聞いていた。
「難しぃねぇ」
話を聞き終わってのち、レムは茶をすすりながらそう唸った。
「難しい、とは?」
「竜を倒すことが、だよ。いくら腕利きの騎士の集まりといったって、限度がある」
あまりにあっさりとレムは言い放った。
「そもそも、竜っていう生き物は、それ自体がとんでもない魔力と体力を兼ね備えた圧倒的な存在だよぉ。少なくとも、人間にとっては、だけどね――そんな強力な生物に立ち向かおうったって、人間が何人束になっても、倒すのは難しい」
「ですが」
ロロが口を挟んだ。
「神話の世界では、そうした竜を打ち滅ぼしてきた人々がよく描かれていますが?」
「ん。そうだねぇ、竜を殺した勇者や英雄、そして彼らが振るっていたとされる『竜殺し』の力を込めた魔武器……それらの力を借りれば、まぁ倒すことはできなくもないと思うけどねぇ」
「ふむ」
「だけどねぇ、世の中そう上手くは回らないんだよぉロロくん。そんなものが都合よく見つかるのなら、騎士団のみんなはとっくにそれを手に入れて、都合よく使っているはず。それが見つからないから、こうして大規模な部隊の再編成までするために、わざわざ引き返してきたんでしょう?」
のんびりとした物言いはそのままに、レムの言葉はどれも確信をついていた。
リィナもロロも、素直に感心せざるを得ない。さすがは永い年月を生きた『竜』だと改めて実感させられる。
「何か、力になれないでしょうか」
リィナはそう、呟いた。
「騎士団の皆さんは、私達の武器を振るって戦ってくれています。今回も、私達が――私達武器職人が、なにか力になれる事は無いでしょうか」
レムは「う~む」と頷くとも唸るとも聞こえるような声を発し、
「魔武器とまでは行かなくても、神話とか竜殺しの伝承から拾い集めた『要素』を魔術として埋め込めば、それなりに効果は出るだろうけどねぇ……それでも、効果を発揮するには難しいかなぁ。あくまで贋作になっちゃうわけだしねぇ」
「それでも、何もないよりはいいのではないでしょうか?」
ロロの言葉に、リィナも頷いた。
「私は、出来る限り最善を尽くしたいです。武器職人ですからね」
「僕も同意見です。もっとも、僕は素人ですし、ほとんど無関係かもしれないですけど――それでも、リィナさんやレムさんが頑張るのなら、精一杯応援したいです」
「……むぅ。なんだか私だけが悪者みたいになっちゃうじゃんか」
唇を尖らせ、レムは茶をごくごくと飲みこんだ。
「リィナもロロくんも意地悪だねぇ」
「そ、それは理不尽では……」
「まぁまぁ。……リィナとロロくんがそこまで言うんだから、私も頑張らないといけないねぇ」
やれやれ、といった風に苦笑しながら、
「明日にでも、騎士団の人達と話しあってみるよ。私達に出来ることがあったら、全力で手伝ってあげようじゃないか~」
「ありがとうございます」
リィナはにこやかにそう言うと、
「やっぱり、お師匠様なんだなぁって、そう思いました」
「むぅ、それはそれで引っかかるねぇ」
「まぁ、良いじゃないですか。何にせよ、ひとつ解決したんですから」
ロロがその場を取りまとめるように、
「何をするか分からないより、目標が定まっている方がずっと気が楽ですよ」
「ロロくんは蚊帳の外だからねぇ」
レムがじっとりと笑いながらそう言うので、ロロも思わず肩をすくめる。
「そう言われたら、もう僕は何も言い返せない訳ですけど」
「そんなことありません、少なくとも私はロロさんに助けられている部分もあるわけですから」
「僕が、ですか?」
リィナはしっかり、と頷いた。
「ロロさんが来てから、なんだか毎日充実していますしね。それにロロさんの話も、とっても面白いですから……蚊帳の外だなんて、とんでもないですよ」
「リィナ……」
呆れたように、レムは笑う。
「……リィナ、変わったねぇ。本当に」
「ふふっ、そうかもしれませんね――さて」
誤魔化すように笑ってから、リィナはがた、と立ち上がる。
「今日の夕飯を作りましょう。何がいいですか?」
「はーい! お米! 味噌汁!」
「僕も手伝いますよ。リィナさん、作り方は教えますから、一緒に作ってみましょうか」
「ありがとうございます」
「じゃぁ、私はいつも通り、の~んびり待たせて貰うよ~」
レムは本を手にとって、茶をすすりながら読書にふけり始める。
「相変わらずですね、お師匠様は」
「元気そうで何よりじゃないですか」
「もう、ロロさんだからそんな事が言えるんです」
リィナは苦笑しながら、料理の準備を整え始める。
「一度、あの方の弟子になってみてください。あっという間に考えが変わりますよ」
「それはそれで、楽しそうですけどね」
○
「んーふ~っ。やっぱりお米は美味しいねぇ」
夕食は早々に終わり、レムはお腹をさすりながら満足げに微笑んだ。
「お師匠様があんなにご飯を食べているのを、初めて見ました」
「故郷の味だからねぇ。久々に食べるお米ほど、美味しいものは無いんだよぉ」
「ふぅむ」
リィナの故郷は大都市であったため、そうした伝統的な食事と言う物が無い。幼いころから食べていたものも、パンであったり野菜であったりとごくごく一般的な食事ばかりで、だから特に思い出に残るものでもなかった。
「けれど、お師匠様の元で料理を作るようになってからは、その調理方法は絶対に忘れないんですよね。不思議なものです」
「じゃあ、僕の教えたお米と味噌汁の作り方も、きっと覚えていてくれるでしょうね」
食器の片付けの為に台所に入っていたロロがそう言いながら、椅子に座って微笑んだ。
「リィナさんは、やっぱりすごいです。凄く手際がいいので」
「んふふ~、やっぱり私の弟子だからねぇ」
「そうですね、私はお師匠様の弟子ですから。自然と、家事をやらなければならなくなってしまうというだけです」
リィナはロロと共に料理をした事を思い出し、
「けど、お米と言う物は難しいですね。なかなか熱する時間の加減が……」
「そうですね、最初のうちは難しいかもしれません――けれど、東国の女性は、みんなこの加減がどうしてか上手なんですよね」
「ロロさんだって、充分お上手ですよ」
「その内にリィナさんに追い抜かれるでしょうけどね」
「私としては、お米が食べられれば満足だけどねぇ~」
閑話休題。
「それじゃあ、今日の成果を報告し合おうじゃないか~」
レムがのんびり、と宣言する。
リィナとロロはぱちぱちぱち、とまばらな拍手でそれに答える。すっかり、息の合った二人になっていた。
レムはそれを満足そうに見まわしながら、
「と言っても、私達の方では、今日も目立った成果は無かったよ~」
「今日もひたすら、本を読んでいたんですけどね。魔武器の話はいくつか出ましたが、なかなか実物の在り処に繋がる情報は見つかりませんでした」
「ふむ……」
リィナは少しだけ考え込むように唸って、
「……よろしければ、どんな話だったのか、教えてくれませんか?」
「んむ」
レムが驚いたように目を見開いた。
「どうしてまた」
「いえ……ちょっと気になっただけですよ」
リィナは頭のうちに、ルーツの事をまた思い出していた。
頭に引っかかって離れない、その名前。もしかしたら他の魔武器の伝承に関しても、名前や伝承の地域から、情報に繋がることがあるかもしれない。
リィナのそんな考えを知らずか、レムはあっけらかんと無邪気に頷いた。
「まぁまぁ、可愛い弟子の言うことなら仕方ないだろう。リィナのことだ、きっと何か考えがあるんだろうからねぇ。えーっとねぇ……ロロくん、なにがあったかな?」
「『ヴラド』の話を見た記憶はありますよ」
「ヴラド?」
リィナは首をかしげた。その名前に、ちょっとした聞き覚えがあったからだ。
「それは、西の帝国の貴族の名前ではありませんでしたか?」
「ええ。ですから、その一族に伝わる『魔武器』らしいですよ。最も、現在は血脈は経たれて消息不明となっているらしいですが」
ロロは頷いてから、説明を始めた。
「伝承では『魔鎌ヴラド』と呼ばれていましたね」
「鎌、ですか」
鎌は『死神』の象徴として扱われる。
死神という言葉だけを聞くと悪いイメージを持つかもしれないが、神話の上では死神はれっきとした『天使』の一柱として数えられている。その手に構えた禍々しい鎌も、死を司るという力も、全て人間の為に振るわれたとされているのだ。
しかし、実際に鎌を武器として振るっている例は極めてまれだ。実際に使って見れば分かるが、鎌と言う武器は想像以上に扱いにくく、下手をすれば自分の身体を切り刻んでしまいかねない。
かつて王国の騎士には、大鎌を振るい戦場で首を切り落として回ったという猛将がいたらしいが、真偽のほどは怪しいものだ。
「鎌の魔武器とは、珍しいですね」
だから、リィナはそう返した。
「正確には槍と伝わっているらしいですが、本来は鎌らしいです」
「何でも、吸血鬼の力を封じ込めているらしいよぉ。元の一族が吸血鬼の本流とも言われているからねぇ、そこに伝わる魔武器が同じ力を持つのもおかしくは無い」
レムがそう締めくくった。
素直にそれを聞き入り、記憶に刻み込むようにリィナは頷いた。世界にはまだまだ、リィナの知らないことが山ほどある。
勤勉な弟子は尋ねた。
「吸血鬼の力、ですか。具体的には?」
「ん? 吸血鬼だから、簡単に言うと不老不死になるってことだよぉ。その代わりに太陽の光に極端に生命力を奪われるようになるし、人間の生き血を吸わないと栄養失調になっちゃう」
人間の、を強調してレムは言った。
「まさしく文字通り、分かりやすい魔武器と言えるかもねぇ」
「ふんふむ……」
「しかしこうして研究してみると、魔武器って本当に凄いものなんですね」
ロロがのんびりと言うところに、レムは鋭く突っ込んだ。
「凄い、なんてものじゃないよぉ。まさしく神話の時代を開拓し、人類の繁栄を支えてきた武器だからねぇ、人類の歴史がそっくりそのまま詰まっているようなものだ。良くも、悪くもね」
「人類の、歴史……」
なんだか遠大で、それでいて密接にかかわっている。妙な言葉である。
「まぁ、ヴラドの話はこれくらいにして」
レムはぱん、と手を叩いて場を仕切り直す。
「後はまぁ、どれもこれも有名な、というか……少なくとも場所の手がかりは無いものばかりだったねぇ。『円卓の騎士』の伝説だとか、悪魔が人間100人の血を圧し固めて作った槍だとか」
「『トリシューラ』とか『ゲイ=ボルグ』だとかもありましたね。どれも、旅の途中でもちらほら聞こえてくるような名前でしたよ」
「有名な話だったら、それだけ手がかりが多いような気もしますが」
「手掛かりが多いからって、その中に有効な手掛かりが残っているとは限らないってことだよ~。第一、そうだったら有名どころの神話から探してるしねぇ。こうして片っ端から探して回ってるのは、そういう手がかりが当てにならないからさ」
それも真理である。
「僕達が集めたのは、この辺りですかね」
「そうだねぇ、他に魔武器に関する情報は無かったよぉ」
二人はそう締めくくって、リィナに視線を向けた。
「リィナはどうだい? なにか有益な情報はあったのかい?」
「ええ、実はお師匠様にそれを聞きたいと思って」
リィナはそう言って、傍らから分厚い本を取り出した。
栞を挟んだページを開き、食卓の上に広げて見せる。
「これなんです」
「んむ? これは……」
「ルーツ、というらしい、竜殺しの伝承です」
それを言った途端に――レムの顔色が変わった。
「ルーツ?」
きっ、と真剣な表情にそれを変え、目を細める。
「ルーツって言ったかい、リィナ?」
「え、ええ……どうも、この辺りに残る伝承らしいので、ちょっと気になって。ここから東の方に残る伝承らしく、お師匠様なら知っているかと」
「うぅむ……」
「ルーツとは、どういう伝承ですか?」
ロロは無邪気に、しかし真面目な表情で尋ねた。
「僕の旅では聞いたことのない名前です」
「はい、簡単に言うと竜を打ち倒した青年の話です。彼が背負っていた武器が魔武器となって、町を襲っていた竜を一振りで殺した、という……」
「ほうほう」
頷くロロは目を細めながら、
「この近くで、という事でしたよね? だとすると……」
「ええ、ロロさんの目的の達成に一歩、大きく前進できるかもしれません」
リィナは自然と笑顔になってそう告げる。
「文献には少ししか残っていなかったんですが、この近くでそれがあった事は確かなようです。最悪、実地調査という形をとるかもしれませんが、確かめてみる価値はあるかもしれません」
「なるほど……」
ロロはどこか安心したように、ほっと溜息をついた。
「ようやく、見つかるかもしれないんですね」
「ええ。ただ、現時点ではあまりに情報不足です。なので、お師匠様にも協力を仰ごうと思って――お師匠様?」
リィナが隣に座るレムを見ると、頭痛でもこらえるような表情で押し黙っていた。
「どうしました?」
ロロまで心配したのか、少し驚いたように目を見開く。
「なにか、思い当たることでもあるんですか?」
「…………、」
レムはしばらくして、ようやく口を開いた。
「リィナ」
「は、はいっ」
「ルーツの話を読んだんだね?」
「は、はい……しっかりと」
「ふぅむ……なんだか久々にその名前を聞いたような気がするよぉ」
その言葉に、ロロとリィナはえっ、と声にならないような声をあげた。
「やはり、御存じなのですね?」
「うむ、もちろん知ってるとも。ちょうど今から、800年くらい前の伝承じゃないかなぁ。もちろん私の耳にも、直接届いていたよぉ」
うむうむ、とレムは腕組みしてい頷いた。
「じゃ、じゃぁ」
ロロは珍しく、興奮を抑えきれない、といった風に目を見開き、
「その、ルーツという魔剣は……!」
「うん。――実在する。間違いなく、ね」
その言葉に、リィナとロロは顔を見合わせて、大きく頷き合った。
「良かったですね、ロロさん!」
「はい! ようやく、ようやく……手掛かりをつかむことが……!」
口調は相変わらず興奮気味だが、胸に手をあて、ほっと心底から安心しきったような表情をしている。
長い長い旅をしてきて、それでもなお手にすることが出来なかった魔武器の手がかり。ついにそれを掴むことが出来たのだという。喜びも、ひとしおだろう。
「喜ぶのはまだまだ早いよぉ」
しかし、レムのその言葉が二人を引き戻した。
「ロロくんは『魔武器を持ち帰る』……それが目的なんでしょう? だったら、実際に現地に赴いて、実在しているそれを拾ってこないとね」
「東だったらお安いご用ですよ。帰る途中になるでしょうし……」
「うん。……けど、さっきのリィナの話で状況が変わったよ。今のロロくんは、そう簡単に東に行くことはできないんじゃないかな?」
「あっ」
リィナは口を手で抑えて、そう声をあげた。
「悪竜……ですか」
「んむ」
レムはこっくり、神妙に頷いた。
「ただ魔武器を拾うならまだしも、そこには竜がいるんでしょう? だったら、単純に拾って帰ることはできないはずだよぉ。性質の悪い竜って言うのは、狙った獲物を逃がしたりしないものだからねぇ」
「…………」
「まぁ、もっとも――ロロくんだったら、何とかなるかもしれないけどね」
「え?」
意味深に微笑むレム。ロロはこころもち、目を背けてごまかすようにしている。
リィナはレムを見て、ロロを見て、またレムを見て、どちらを見ていいのか分からなくなっていた。
「どういうことですか?」
「じきに、分かるよぉ。……まぁ、それはそれとして」
レムは再び話を引き戻し、
「魔武器を探してやってきたロロくん。騎士団でも太刀打ちできない悪竜の登場。そしてリィナが見つけた、竜殺しの魔武器の伝承――ううむ、何とも因果なものだと思わないかい? いや、実際には全く偶然なんだろうけどね。それでも人の世には、こういうことがひょいっとあることがある」
リィナは、分からなかった。
お師匠様は、いったい何が言いたいのだろう?
「……それで」
すると、ロロが不意に口を開いた。それまで見せた事も無いような、鋭い雰囲気を纏う青年の姿がそこにはあった。紅い目はすっ、と細められている。
「僕は、いったい、何をすればよいでしょうか?」
「んふふ~。良く聞いてくれた」
レムはそう言っていつも通りの笑顔を浮かべると、ひょいっ、と立ち上がり、
「リィナ、それからロロくん。――ふたりで『ルーツ』を使って、竜を倒すんだ」




