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エンルーシュ大陸戦記   作者: kazuma
第一章「初陣」
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第四話

~共和国軍本営~

整然としていて且つ清潔、それが共和国軍の野営地のはずである。

そのうえ、ここは総大将のいる本営の一部のはずだ。

だが、その場は違った。共和国軍のものとは明らかに違う異国風の幕舎に、騒々しいほどの活気を持つ異相の兵士たち、嗅ぎなれない匂いを漂わせた鍋があちこちで湯気を立てていた。

「シャーヒン、シャーヒンはどこにいる!?」

乱雑なその場には不相応なほどにしっかりとした身綺麗な男が、不機嫌そうな顔で叫んでいた。

「軍使殿、ここ、ここだよ。」

聞こえた声を頼りに前を見る。

ひときわ大きな幕舎の前に、一人の男が立っていた。

正確に言えば、一人ではない。彼の幕僚と思われる数人が周りを固めている。

それでも、軍使には彼一人が立っている。という表現しかできなかった。


「シャーヒン、総大将閣下からの命令書だ。」

懐から手紙を取出し、シャーヒンの部下に渡す。総大将、つまりは共和国執政官からの手紙である。

部下から手紙を受け取ると、その場で読み、破った。

「軍使殿、軍使殿。」

シャーヒンが人懐っこそうな笑顔を浮かべて手招く。

「なんだ?」

彼を知る人からは粗野で凶悪と呼ばれるシャーヒンが浮かべる笑顔を不安に思いながら、軍使が近づいていく。

「執政官閣下は、この俺と俺の部下たちを自分の所有物だと思っているのかな?

この手紙には『傭兵部隊は執政官軍本隊に付き従い、執政官の命令に服すべし』とあるのだよ。」

笑みを絶やさずにシャーヒンが手紙を軍使に見せる。

一瞬、軍使は寒気を感じた。シャーヒンは確実に怒っているはずだ。言葉や醸し出す気は怒っている人間のものだ。しかし、なんなのだ、この笑顔は。

「俺はな、この戦いに参加するときにこう契約したんだよ。『誰の指図も受けない』ってね。むしろ、それだけが参戦の条件さ。それなのになんだ?この手紙。

執政官閣下は契約を無視なさるってか?」

シャーヒンの顔は笑っている、だがその目が笑っていない。軍使の体が震える。

「執政官閣下は契約の重さを、それを破ることの重大さをわかっていないらしい。わからせてやるかな!」

シャーヒンの手元が閃く。なぜか空が見えた。俺は死んだな、軍使は思った。彼ほどの手練れなら自分が気が付く暇もなく首を刎ねるくらい、造作もないのだろう。

体が地面に触れる感覚がする。感覚はそろそろなくなるはずだ…いや、なくなっていない。

ひらひらと、手紙が顔にかぶさった。

「何を勝手に倒れているんだ。とっととそれをもって執政官閣下に伝えろ。


『シャーヒンは名の如く自在に戦場を馳せる、戦の指図は不要』


とね。」

それを聞きながら、軍使は手で体を動かし、シャーヒンから離れようとしていた。腰が抜けたらしい。


「シャーヒン様、なぜ殺さなかったので?」

彼らの言葉で、側近が尋ねた。いつものシャーヒンであれば軍使を殺しているはずだ。

万が一激怒した執政官が彼を倒そうとしても、シャーヒンが負けるはずはない。

彼が率いるのは傭兵五千。それでも、残りの共和国軍全軍に引けを取ることはないと側近は思う。

「今日の俺は機嫌がいい。何故か、心が弾む。」

返事のわりに、シャーヒンの顔は不機嫌そのものだった。むしろ、シャーヒンはいつもむっつりと黙り、不機嫌そうな顔をしている男なのだ。

先ほどのような軽々しいしゃべり方や笑顔の意図は、彼にしかわからないのだろう。

「このような心地は10年は味わっていないな。それでも、17年前の足元にも及ばないが」

本当に近くのものにだけ聞こえるような声でつぶやくと、シャーヒンは幕舎の中に入っていった。


シャーヒン、『鷹』と呼ばれる傭兵軍団の長

南方の出身と思われるこの男の過去を知る者は少ない。

だが、彼は名将だ。彼に従うものはそう信じていた。




~帝国軍ミュラー分隊~

「アルトリウス様、緊張しておいでですか?」

「緊張しているといえば緊張している…賊の討伐はともかく、軍隊同士の戦いはやはり違うものだしな」

いっそ、早く戦いたい。アルトリウスはそう思った。それに、そろそろ敵軍と遭遇しても不思議ではない。


ルードヴィヒの申し出のあと、編成はとんとん拍子に進んだ。

禁軍の将軍であり、ネーベルスタン配下の俊英として名高いミュラーを大将に据え、ルードヴィヒの領地に近いルートを進撃に指定したことで、西方侯は簡単にルードヴィヒの合流を申し出た。

やはり西方侯は戦場よりも宮廷の人なのだろう、アルトリウスは思う。だが、もしかしたら西方侯には別の狙いがあるのかもしれない。

そして、ルードヴィヒに寄せる民の信頼は想像よりも大きなものだった。ルードヴィヒの領地に入ると、少しずつ領民が集まり、民兵軍を編成できるほどになった。

だが、ミュラーにも、ルードヴィヒにも彼らを戦闘に参加させる気は毛頭ないらしい。もちろん、アルトリウス自身にもだ

民兵と訓練した軍隊を併用するのは難しい。どれだけ戦えるのか予測のつかない民兵は使いたくなかった。

結局、民兵には後方輸送を頼むことになったようだ。それでも、輸送に回されていた軍兵の大部分を戦闘に参加させることができるのだから、大きな助力になったことに変わりはない。

それらの幸運にもましてアルトリウスにとって一番幸運だったのは、ミュラーの人となりであったであろう。

彼は気前が良いことに、禁軍の騎兵をすべてアルトリウスに預けてくれたのだ。それに、制限付きとはいえ、「独立行動権」まで与えてくれたのだ。


「与えてくれた信頼にはこたえねばならんよな、ティトゥス。東方の誇りにかけて」

にやりと笑い、アルトリウスが振り返った。



「アルトゥース様、斥候が共和国軍を発見したそうです!」

本隊からの伝令が駆け込んできた。遠くの歩兵のほうを見ると、駆け足になっているのか、土煙があがっていた。

「ミュラー様は敵分隊を迎え撃ち、撃破するおつもりのようです。アルトゥース様にはご自分のご判断で動かれますよう!」

伝令が叫ぶ。

歩兵の独力では敵に打ち破られるのは明白だ。ミュラーからの言葉になっていない命令を受けた気がした。

「この先か…」

前に向き直り、敵が来るという方向を眺める。砂煙が立っているような気がした。

その砂煙を立てる源を、自分たちは迎え撃つのだ。全身にあわがたつ。

「ティトゥス」

自らの半身といえる友人の名を、無意識に呼んでいた。

「はい、アルトリウス様」

馬首を並ばせるように、ティトゥスが馬を進める。

「行くぞ、俺達が勝敗のカギを握っているんだ。」

言い終わるよりも早く、アルトリウスが馬を駆けさせ、叫ぶ。


「アルトゥース様――!」

伝令が叫びながら馬を駆けさせ、アルトリウスに追いすがる。


「ミュラー本隊この先の平原にて会戦する予定であります!」

言い終わる頃には、伝令は騎兵たちにどんどん追い抜かれていた。

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