第三話
「それではこれより、軍議を始めます。」
緊張した面持ちで、神経質そうな男が言った。帝国禁軍の作戦参謀である
「マケドニア軍の主力の規模は約七万、そのほとんどが重装歩兵です。現在国境の河を渡るべく、渡渉中とのこと。これらの地点です。」
言いながら、地図の上に駒を三つ置いた。
「敵は全軍を3つに分け、帝国内を荒らしながら集結し、我が軍との戦闘を始める。というのが我々の予測です。」
他の参謀が駒をそれぞれ動かし、一点に集めた。
「これに対し、我が軍は兵力五万、援軍が見込めるとはいえ、数の上では今のところ劣勢だ。諸君らの意見を聞きたい。」
ネーベルスタンが現在の地点に駒を置いて、言った。
「援軍が来るのを待つのでは遅すぎる。我々は現兵力のまま三方面に軍を分け、敵軍を各個撃破する。というのはどうだね?」
西方侯がいう。顔は昨夜の酒が抜けないのか、赤いままだ。
他には考えが無いのか、それとも西方侯の機嫌を伺うためか、他の将校たちは黙ってしまった。
「西方侯の策はお見事。しかし、数において劣勢の我らが単純に分割したのでは、逆にこちらが各個撃破されるおそれがある…。」
アルトリウスが呟くと、他の将官の目が彼に向けられた。
「おや、戦を知らぬ初陣のエルフがなにを言うのかね?ならば、君の考えを聞こうじゃないか。」
侮蔑と、怒りに満ちた顔を、西方侯が向ける。
「西方侯のにお答えし、拙策ながら申し上げます。敵の集合地点と思われるこの地点、その目と鼻の先にあるこの丘に、塞を急ぎ築き、兵五千と付近から集めた民をこもらせます。」
「そして、我々は軍を二手にわけますが一隊を主力とし、もう一隊を陽動とします。
主力は敵一軍を撃破し、速やかにもう一軍を塞と挟み撃ちにし、撃破します。」
アルトリウスは駒を3つ置き、作戦の動きを駒を動かしながら説明する。
「二つの別働隊が撃破された事を知れば、最後の一軍は撤退する。というわけだな?」
にやにやと笑いながら、西方侯がアルトリウスの言葉をさえぎった。
「確かに、一理ある作戦だ。しかし、囮には誰がなるというのだね?」
西方侯は将官を見回しながら尋ねる。だれも目を合わせようとはしない。
「誰も申し出ないとは情けないな、発案者の君はどうおもう?」
私の案を傷つけたお前がやるべきだ。西方侯の目がそういっている。
「は、此度が初陣ではありますが、小官にお任せ願えるならば、是非。」
「ふん、東方侯の御子息がそこまでいうのだ。ならば、私は自分の意見にこだわるまい。」
西方侯が引き下がるように言った。
周りの将官は驚きを隠せずにいるようだった。
あの西方侯が、よりにもよって東方侯家の意見を支持するとは…と。
「東方侯子、アルトゥース殿の意見に反対の方はおられますか。」
参謀が声をあげ、あたりを見渡す。
「では禁軍にて、アルトゥース殿の意見を元に作戦を決定し、追って皆様の軍営に通達いたします。
軍議はこれにて、終了といたします。」
-帝国禁軍、軍営-
「短気を起こしたものだ。」
あきれた顔をしながら、ネーベルスタンが言った。
ネーベルスタンの部屋には彼とアルトリウスの二人しかいない。
「しかし、叔父上、他に上策はないでしょう?西方侯の作戦では勝てはしませんよ。」
「そんなことくらい、西方侯も承知している!だから皆の前で言ったのだ、お前を引きずり出すためにな!」
言われて初めて、アルトリウスは気が付いた。
今は劣勢とはいっても、帝国軍はこのあと、援軍の第二陣が到着するはずである。
そして、自分達は自領で戦うのだ。時間がたてばたつほど、こちらが有利になるのは確実なのだ。
では、何故西方侯は不完全な積極戦法を示したのか、それはここが帝国領である前に西方侯領
であるからだ。
領地をもつ貴族として、自領を荒らされることは是が非でも避けねばならない。
では、どうすれば荒らされないで済むのか。今回で言うならば、少しでも撹乱し、叶うならば兵力を削ぎつつ、敵の侵攻を遅らせればいい。
しかも、自分の兵士、西方侯軍兵が死ぬのは嫌だ。禁軍が被害を受けるのも面白くない。でも、憎い東方侯の兵士ならばいくら死んでも困らない。
血気にはやる若者、アルトリウスを自発的に戦地に送り込むのは西方侯にとって簡単だっただろう。
加えて、西方侯は自分の策を引っ込めてまでアルトリウスの意見に賛成を示したのだ。
あとから作戦の根っこからの修正をするのは他の将軍の手前、難しい。
「そこまで計算していたとは…」
アルトリウスは愕然とした。傲慢なだけかと思っていた西方侯の思わぬ一面に気づいたからだ。
「あやつは武功ではなく、政治によって西方侯家を保ってきたのだ、それくらいやっても不思議ではあるまい。」
ネーベルスタンは腕を組み、考え込んでいた。
「今は、どうやってお前を死地から救い出すかだ。東方侯軍の兵力は騎兵の二千、敵が二万も振り分ければ押し包まれてしまうぞ…禁軍から多くを割くことも難しいしな」
アルトリウスに、妙案は浮かばなかった。
「大将閣下、お客様がいらっしゃいましたが…いかがしましょう?」
ネーベルスタンの副官が困ったような顔をのぞかせて尋ねた。
「誰だね?」
「西方侯閣下のご子息です…。できの」
彼が言い終わる前にフードを被った男が部屋に入り、フードをとった。
「お初にお目にかかります。ネーベルスタン大将閣下、アルトゥース殿」
そういって敬礼をする姿は前夜に見た西方侯家の息子とは別人である。
「西方侯家の一子、ルードヴィヒであります。以後、お見知りおきを」
「あいわかった。それで、どのような要件であるのかな?」
平静さを保とうと努めながらネーベルスタンが尋ねた。
「それにつきましては、申し訳ございませんがお人払いを。」
ルードヴィヒがちらりとティトゥスを見た。
「では、私は外にてお待ちしております」
三人に敬礼し、ティトゥスが外に出た。きっと見張りをするつもりなのだろう。
ティトゥスが外に出るのを確かめると、ルードヴィヒが口を開く。
「単刀直入に申し上げます。私の率いる西方侯軍重装歩兵三千をアルトゥース殿の陽動隊に加えていただきたいのです。」
アルトリウスの目をしっかりと見つめて、ルードヴィヒが言う。
「加勢の申出、ありがたく思います。しかし、お父上がそれを許されますか?」
率直に、アルトリウスは聞いた。アルトリウスの窮地を用意した人物は、ルードヴィヒの実の父なのだ。
ここでアルトリウスに加勢するのは、父に対する裏切りではないのだろうか。あるいは、彼が西方侯からの刺客なのだろうか?
「許していただけると私は思いますし、アルトゥ-ス殿が心配しているような役割を、私は負っておりません。そのことは、ネーベルスタン将軍ならばご存知でしょう?」
ルードヴィヒはネーベルスタンのほうへ向き、にこりと微笑んだ。
「アルトリウス、彼の言っている事は本当だよ。彼から何か感じないか?」
にやりと笑い、ネーベルスタンが言った。
いぶかしく思いながら、アルトリウスはルードヴィヒをもう一度た。
凛とした顔立ちに引き締まった体は軍人のそれである。
しかし、ほかのヒューマンからは感じられない何かが彼からは感じられた。
「…先祖返り、ですね?ルードヴィヒ殿も」
「その通りです。先祖返りを嫌う西方侯の長子が先祖返りなのですよ。面白いでしょう?」
おどけた口調でルードヴィヒが答える。だが、その眼には何か悲しさが漂っているのをアルトリウスは見逃さなかった。
「まあ、そういうことだ、アルトリウス。西方侯領で戦う以上、彼よりも良い同行者はいないと私は思うね。」
ネーベルスタンが言った。
「それに、これで合わせて五千。これに禁軍から。。。そうだ、重装歩兵と騎兵、合わせて五千をつけよう。指揮はミュラーにやらせる。彼のことは知っているな?」
アーベル・ミュラー少将はネーベルスタン配下の将軍の一人である。
ネーベルスタンに目をかけられ、将来は彼の後継者とも目される英才だ。
さらに、ルードヴィヒから漂う雰囲気から察するに彼の指揮官としての能力も人並み以上である。
これならば迎撃も可能であろうか…アルトリウスは思う。
「うむ、この編成ならば西方侯も異論あるまい。さっそく、西方侯に図るとしよう」
にこにこと微笑を浮かべてネーベルスタンがペンをとり、紙に文字を連ねていく。
書き終わるや否や、手紙を副官に渡した。副官は足早に去っていく。
「アルトリウス、ルードヴィヒ、ここからはお前たちの力次第だ。頼んだぞ。」
笑みを消したネーベルスタンの目が二人をとらえていた。
「「御意」」
二人の声が合う。
西方侯家と東方侯家、犬猿の仲と呼ばれた両家の、それも異端児が手を組んだ瞬間だった。