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エンルーシュ大陸戦記   作者: kazuma
第一章「初陣」
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第一話

兵士達の、歓呼の声が上がる。

帝都付近に位置する帝国軍軍営に到着したアルトリウスと、彼の一隊を迎える他の兵士達の声だった。

派遣将校とはいえ、勝利して帰還した指揮官への賞賛の声は変わる事はない。

賊の討伐も、討伐の成功も珍しいことではない。だが一人の損害を出すこともなく、賊をほぼ全員捕まえた功績は異色としか言いようがない。

損害を出さないことは、指揮官として有能と判断される条件の一つだ。だから兵士達は、彼らの指揮官が有能か、そうでないかに敏感である。自分の生死がかかっているからだ。

兵士たちの歓呼の声は有能であることの証左である。そんな彼らの賞賛を浴びるアルトリウスだけでなく、彼の部下達も誇らしい気分で一杯だった。


「東方辺境侯軍派遣将校、アルトゥース=フォン=クラウディウス、盗賊討伐の任を終え、ただ今帰還いたしました」

軍営広場の演台上で、戦勝と帰還の報告をする。一種の儀式である。

報告を受けるのは帝国軍務省の官僚。大戦の大勝なら皇帝が臨むだろう。だが盗賊討伐のような小さな任務ならばそのようなものである。

「此度の任務、大儀である。貴殿の戦勝に陛下も大変喜んでおられる。なにか、望むものはあるか?」

儀礼通りの台詞を官僚が言う。

褒美を望んだところで、結局は途中で握りつぶされる。運が悪ければ軍の官僚から睨まれる。アルトリウスにはそれが分かっていた。

「陛下からのお褒めのお言葉だけで、臣には身に余る光栄であります。ただただ、陛下のご厚情に感謝するのみでございます」

無欲で帝国に忠実な指揮官、宮廷内で生きるにはその人物像が一番無難であろう。そう思う。

「貴殿の陛下への忠誠、しかと確認した。今後とも帝国の安寧のため、励まれよ」

それだけいうと、官僚は引き上げていった。東方辺境侯末子の派遣将校に興味はないらしい。

演台から降り、兵士達の中心まで歩いていったアルトリウスは、先ほどまでの厳粛な顔つきから表情を変え、叫んだ。


「みんなご苦労だった。さあ、祝いの宴を始めよう!」

兵士達は声をあげ、自分達の軍営へと戻っていく。宴の準備のためだ。

これからの宴で、本当の意味で自分の、そしてみんなの無事と戦勝を祝うことができる。

そう思うと、アルトリウスの頬も自然に緩んだ。


-東方辺境侯軍軍営-

軍営は、兵士達の騒ぎ声で沸き立っていた。

辺境の地の騒ぎ方は帝都のそれと比べても騒々しい。だが、戦闘で気の高ぶっている兵士たちにはそちらのほうが心地よいのかもしれない。

それにしてもすごい数だとアルトリウスは思う。見渡してみれば作戦に参加した兵士以外にも他の東方辺境侯軍の兵士達も、近くに軍営を置く軍の兵士達も、依然アルトリウスの指揮を受けた兵士もいる。

「やはりアルトリウス様は大殿の秘蔵っこ、あの剣の腕には鳥肌が立ったよ」

兵士の一人が言う。名前の言い方から、東方辺境侯軍の兵士らしい。

「剣の腕だけでなくて作戦の指揮も見事だった、直属軍に来てくれないかなあ」

と、今度は直属軍の兵士らしい。

「そういえば、作戦の指揮といえば兄君はさらにすごいらしいぞ、父君をさらに超えるということだ」

今度はまた別の兵が言う。

「そうなのか?軍の上の方にいる人だから書類仕事一辺倒なのかと思ってたよ」

「お前が軍に志願したのは最近だから知らんのだろうな。それに、最近は大きな戦争も無かったし」

若い兵士を熟練兵がたしなめる。

なんにしても、兵士達から向けられる辺境侯家の一族の信頼は多大なもののようだ。


「アルトリウス様、お疲れ様です」

両手に杯をもって、ティトゥスが来た。一つをアルトリウスに差し出す。

「お前にも苦労を掛けたな」

「いえ、私はアルトリウス様のご指示通りに兵士を動かしただけです。一番危険な位置にて耐えられたのはさすがにございました」

「やめてくれ。お前に言われると恥ずかしい」

「お父上様も、兄上様も、報告を聞けばお喜びになられるでしょう?」

「父上は喜んでくれるだろうな、だが兄上はわからん。報告も今からだからな」

「それはそれは、ではこれからが正念場のようなものですね」

ティトゥスの問いに苦笑で返した。


 大騒ぎをしている兵士達を尻目に、宴の主役は兵士達と一通り話をすると彼らの輪から外れた。

「ティトゥス、あとは頼むよ。行ってくる」

「はい、いってらっしゃいませ」

相棒に一言声をかけ、アルトリウスは帝都の帝国軍大本営へとむかう。会わねばならない、人がいた。


-帝都、帝国軍大本営-

 軍靴が床を叩き、鳴らす音が、廊下に規則正しく響き渡る。

とある部屋の前まで来ると、音がいったん止んだ。そのかわりに大きく息を吸う音がした。

会って緊張しなければならない相手ではない、だが気を抜くと圧倒されるのだ。そういう人だった。

呼吸を整え、ドアのノッカーを叩く。

「東方辺境侯軍派遣将校、アルトゥース=フォン=クラウディウスです、入ります」

「アルトリウスか、まっていたよ」

気さくそうな男の声が聞こえる。


 アルトリウスがドアを開け、中に入る。

頑丈そうな大きな机に座る男が視界に入る。部屋、執務室の主でもある兄、ジークフリートだ。

辺境貴族の一門、それも跡継ぎであるにも関わらず何故か故郷の辺境侯の地ではなく、帝国軍の中枢にて栄達の途上にいる。

「お前の戦功は聞いたよ、お疲れさん」

何かを書きながら、砕けた口調で、兄が話す。いつもの兄の口調だ。

「一撃で賊将を斬ったんだって?」

「とるに足らない敵でありましたので」

「ふぅん…賊とはいえ一群をまとめていた男がとるに足らないとねえ。それで、損害と戦利品は?」

「禁軍の歩兵が数人怪我をしましたが戦死者はいません。戦利品は金品と馬と捕虜です。本営にてすべて引き渡しましたが…」

アルトリウスはそこまでいい、言い淀んだ。

「その続きを言いたくて、ここまで、こんな時間に報告に来たんだろう?言いなよ」

「捕虜に過酷な罰を与えませぬように。道々での様子を見ると、もとは領内の良民であったようです」

「ふむ…」

少し考える様子をみせてペンを止め、兄の視線がアルトリウスから外れる。

数瞬の後、何かを考え付いたかのように、また視線をあわせて言った。

「わかった、しかしやり方は私に任せろ。よかろう?」

「はい」

「うむ、で、用はそれだけかな?」

「と、いいますと?」

「褒美の希望は他にないのか、という意味だが…」

「特には…そうだ、兵士達に褒章を与えてください。よく頑張ってくれました。」

アルトリウスの言葉を聞き、やれやれ、とでも言いたげにジークフリートは手を上げる。

「無欲な奴だよ、全く。つまらんなあ。」

「ならば…」

「なんだ?」

話を聞こうと、ジークフリートは身を乗り出した。

「私は戦闘といえば賊徒の討伐しかしておりません。正式な初陣を飾りたく思っております…」

この願いばかりはかなえられまい、そんな願いだった。

帝国の仮想敵国は目下のところ共和国か王国である。だが共和国は西方侯、王国は北方侯の管轄だ、

兄であっても気安くは戦闘を許可する事はできない。そう思っていた。

だが、兄の返答は予想を超えていた。


「お安い御用だ。というよりも、願ったりかなったりだな」

子供がお使いを頼まれたかのように、気軽に返事をした。

きっと、兄の思惑にまんまとはめられたのだろう。そんな気がした。

いつも気がつくと自分の思い通りにしている。兄の一番恐いと思えるところだった。

「ちょうど先刻、西方侯から伝令が届いてな、毎度のアレらしい」

そういって一枚の白い札をちらつかせる。

アレ、というのは共和国の執政官選挙のことである。


共和国の第一人者である執政官を選出する執政官選挙は数年に一度行われる。

そのたびに、共和国は王国か、帝国に対して出兵を繰り返している。

選挙の前に戦争に勝てば、支持率は上がり選挙も安泰である。という理屈らしい。

ゆえに、そのときの執政官の支持率が悪ければ大きな勝利を挙げなければいけないし、

逆に、十分な支持を得られているのならば、小規模な戦闘、すなわち国境付近の集落の略奪や国境警備の部隊を蹴散らして去っていくし、あるいは戦争も無理にしないで良いのである。

ちなみに、現在の共和国の執政官は十数年連続で勤め上げている。これまでの数度の執政官選挙の時には大規模な戦闘行為は行われていない。しかし、今の彼は飽きられていて、支持率は良くない。

つまりは、


「今度の出兵は、かなり大規模だという報告が来ている」


という事らしい。

自分達の為政者を自分で決める。それは共和国の魅力であるらしいが、それはそれで難儀なものである。


「我々としては、今度は西方侯領に禁軍から援軍を送るつもりだ」

そういって、ジークフリートはひとさし指を立てる。注意して聞け、という合図だ。

「だが大軍であればあるほど編成に時間がかかるものだ。だから、時間稼ぎの必要がある。」

立てた指をそのままアルトリウスに向け、続ける。

「お前に、帝都にいる東方侯軍の騎兵二千騎を率いてもらう。お前は援軍の先鋒として西方侯軍と既に派遣してある禁軍と合流し、共和国軍を足止めしろ。できれば撃退も視野に入れておけ。」

そこまでを一気にいい、一息ついてさらに続けた。

「まあ、俺か親父が出張ればそれで十分なんだがな、俺は援軍の編成と補給や兵站の準備で忙しいし、親父は本国から離れるわけにはいかないからな。お前の初陣になってちょうどいいよ。」

そういいながら先ほどまで机の上にあった紙をくしゃくしゃにまるめて捨て、新しい紙にペンを走らせる。

「そうそう、もう派遣してある禁軍の大将としてこの戦いで総指揮を執るのはネーベルスタン将軍だ。覚えてるか?」


 ヴェルンハルト=フォン=ネーベルスタン、禁軍の将軍である。

帝国下級貴族出身ではあるが、軍のたたき上げとして今の地位にいる。

十数年前の戦争では東方辺境侯の指揮下でその力を発揮した。

戦争後も東方辺境侯に心酔し、禁軍に派遣されたジークフリート、アルトリウス兄弟の禁軍における後見役のような役割を果たしている。


「あの人ならば、お前を危険なところに置くようなことはしないだろうし、戦功を立てやすいところにも配置してくれるだろうよ。力を尽くせよ」

言い終わるのと同時にペンが音を止める。何かを書き終えたらしい。

「それと、お前にコレを渡しておく、将軍への伝言だ」

きっと、紹介状かなにかだろう。そういう配慮は怠らないが気持ちも匂わせない、兄らしい。アルトリウスは思う。

「今日はお前の部下どもも浮かれて出立はできまい。明日中には部隊を編成し、出立しろ。」

立ち上がり、扉を指差す。

「わかったらすぐに行け。俺は忙しい。」

「了解いたしました。」

最後の最後に、なぜか敬語に戻っていた。それにしても、兄の話し方は一方的な言い方であるがなぜか腹が立たない。不思議な人である。まあいいか、自分の希望はほぼすべてかなったのだから。


アルトリウスは部屋を出て、東方辺境侯軍の軍営へと急いだ。やることは、山ほどあるのだ。



-皇帝の謁見室-

 アルトリウスと話して数時間もしないうちに、ジークフリートは皇帝に謁見していた。

要件は、先ほど弟から頼まれた事だった。

「陛下におかれましてはご機嫌麗しく…」

そこまでいうと、皇帝が手を伸ばす。

「ジーク、つまらない挨拶はいい。奏上文を見せよ。」

ひざまずいたまま奏上文を掲げ、皇帝の近侍に渡す。

皇帝は紙を広げ、一気に読み、ペンを走らせる。

「捕虜をギュスターヴのもとに…とな?」

皇帝の目が光る。

「は、奏上文に挙げた捕虜どもは盗賊とはいえ陛下の良民。今は土地をなくしてはおりますが元は農民であったようです。是非、ギュスターヴ様のいらっしゃる荘園にて働かせることを許可ねがいます。」

「き、貴様、よりにもよって…廃太子となった者にまだ情けをかけよというか!さがれ!」

奏上文を投げ返され、ジークフリートはすごすごと謁見室から出て行くのだった。

数人の廷臣はそれを見て、皇帝の廃太子に対する怒りがまだ冷めていないことを感じた。


「やれやれ、皇帝ともなると大変なものだな。」

執務室に戻ったジークフリートはにやりと笑い、奏上文を確認する。

奏上文の末尾には、ルドルフ10世、皇帝のサインがされていた。つまりは、奏上のした案件の許可である。


弟、アルトリウスは前線で、兄ジークフリートは後方で、クラウディウス兄弟の戦いが、始まる。

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