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いつまでも一緒に

作者: 菜月 桜花

「あけましておめでとうございます」


玄関のドアを開けて頭を下げる。新しい草履が目に入って、小さく笑った。


「おめでとう。真冬(まふゆ)ちゃん」


柔らかな笑顔で迎えてくれた幼なじみの母に、同じように笑顔を向けて促されるまま奥の和室へ向かう。


「おめでとう。真冬ちゃん、お父さんもお母さんも、今日から仕事だって?」


途中で覗いたリビングで、少し紅い顔をした、幼なじみの父の言葉。


「はい。でも、今日は郁哉(いくや)(こう)ちゃんも一緒だから、淋しくないですよ」


笑顔で答えると、優しい顔で頷いてくれた。この人たちに私は随分救われている。弁護士の父と、同じ事務所で働く母はいつも忙しくて、小さい頃から、私はこの家で世話になってばかりだ。


「今年は新調したのよ。おばさんも一緒に選んだの。去年のは小さくなってしまったし」


一緒にいられない娘に、と両親は色んな物を買い与えてくれる。幼い頃はそれよりも一緒にいてほしいと、駄々をこねてばかりいた。


今は、いつもそばにいてくれる幼なじみ二人とその家族に支えられて、淋しさも感じない。綺麗な晴れ着に見とれていると、小さくため息が聞こえた。


「真冬ちゃんが郁哉のお嫁さんになって、家に来てくれたらって思ってたんだけどね」


本気で残念そうな、郁哉の母に、どうしていいかわからずに、ただ着物を見つめる。


物心ついた時から三人だった。孝ちゃんの事ばかり想っていた私を、いつもそばで見ていてくれた郁哉。孝ちゃんへの想いでいっぱいになってしまった私の背中を押してくれたのも郁哉だった。


「余計な事、言ってんじゃねえよ」


いつのまにか、和室の入り口の柱にもたれるように、郁哉が立っていた。


「あ、おめでとう、郁哉」


思い出したように、言う私の言葉に少し頷くと、寝癖のある頭を掻きながら、洗面所に向かう。


「無愛想で、ごめんなさいね。真冬ちゃんの事、大好きなはずなのに」


もう高校生の私達を、まだ小さな子供のように話す。苦笑いして、郁哉の閉めた入り口の引き戸を見つめる。衣擦れの音に、振り返ると、シャツのボタンに手をかけた。


忙しい母に代わって、料理や裁縫などを教えてくれたのは郁哉の母だった。毎年、着付けもしてくれる。もうある程度なら一人でも着られるようになっていた。


着物は年に一度、元旦にしか着ることは無いけれど、いつ着てもなんだか背筋がしゃんとする。そして、孝ちゃんの前に出る時が一番緊張する。


私、綺麗かな?鏡に向かって心で問いかけると、郁哉の母が、目を細めて頷く。少し頬を紅潮させた自分に照れて俯いた。


「もし、孝ちゃんと結婚しても、たまには家に遊びに来てよ」


「やだな、おばちゃん、私まだ高校生だよ」


今にも泣き出すんじゃないかと思う顔を郁哉の母がした時、玄関でチャイムが鳴る音がした。二階から階段を降りる郁哉の足音を追うように、和室の扉を開ける。


「真冬…」


郁哉が驚いた顔で立ち止まった。じっとこちらを見つめたままだ。


「うぇ、変かなあ?」


不安になって和室に引っ込もうとした私の手を、郁哉が引っ張る。


「いや、すごくいい。大丈夫だから、孝二(こうじ)に見せてやれ」


そのまま玄関まで押し出される。もう一度鳴ったベルの音に、急に鼓動が早くなった。扉の横の磨りガラスに映る背の高い影は、孝ちゃんに間違いない。


振り返って階段の一番下の段に座ったままの郁哉を見る。何も言わずに、真顔でこちらを見ている郁哉に、なんだか居心地の悪い感じがして、玄関に降りて草履を履くと、鍵を外した。


「おめでとうございますっと…」


「あ、きゃっ」


途端にノブに手をかけた扉を、向こうから引かれて、バランスを崩す。そのまま孝ちゃんの腕の中に、倒れ込んでしまった。


「真冬?」


「あ、ごめんね」


慌てて体を離すと、また引き寄せられた。


「こ、孝ちゃん!?」


腕の中に、すっぽり抱え込まれる感じで、身動きがとれない。


「何、すごいかわいいんだけど?」


私にと、言うよりは、むしろ後ろにいるはずの郁哉に言ってるような言葉に、耳が熱くなる。心地よい息苦しさも。


「あらあら、孝ちゃん、いらっしゃい」


和室から郁哉の母が出てきたらしい気配と声がするのに、孝ちゃんは一向に手を離してはくれない。


「おばちゃん、おめでとう」


「はい、おめでとう。郁哉、ちょっと目のやりばに困るわねぇ」


答える郁哉の言葉は聞こえない。なんとか離れようともがくと、後から肩を叩かれた。


「行ってくる」


ぶっきらぼうな郁哉の言葉と、肩に触れる感触。


「あ、あの、行ってきます」


孝ちゃんの腕の隙間から、後ろを振り返って、見送る郁哉の母に言うと、孝ちゃんが右手を振った。


「悔しいけど、孝ちゃんの方がお似合いね」


後ろから聞こえた声が、郁哉の耳に入らないように祈りながら、玄関の外へ出た。


郁哉が先を歩くのが見えると、やっと孝ちゃんが腕を離してくれた。


「孝ちゃん?」


責めるようにして見上げると、少し緩めた口元に手をあてて、こちらをじっと見ている。


「あの、あのね、変かな?新しい着物なんだけど」


頬が熱くなるのをごまかすように、着物の袖口を掴んで腕を広げた。なんとなく恥ずかしくて、顔が上げられない。


「もう一回抱きしめてもいい?」


「えっ?」


驚いて上げた視線は、屈み込んで私を覗き込んでいた孝ちゃんの視線とぶつかる。昔、いたずらに成功した時の得意気な顔と同じ表情に、耳が熱くなった。


いつからだろう。孝ちゃんの言動一つ一つに、ドキドキするようになったのは。孝ちゃんの周りに他の女の子がいると、胸が痛くなって、郁哉の前で泣いてしまうようになったのも。


「行くか。郁哉が待ってる」


近くの神社への初詣は、小さい頃からの恒例行事だ。郁哉の両親と孝ちゃんの両親に連れられて、はしゃぎすぎて怒られたりもした。中学に入ってから三人で行くようになった。神社で他の友人と合流したりして。


大人達と一緒の時も、友人達と合流する前も、三人で一緒だった。先に歩く二人をいつも追いかけた。私が少し遅れると必ず、孝ちゃんが手を引いてくれて、郁哉は立ち止まって待っていてくれた。


歩き出す孝ちゃんの手に触れると、少し笑って握り返してくれた。履きなれない草履のせいで、上手く歩けない私の歩調に合わせて、ゆっくり歩く。先にいた郁哉も立ち止まって待っている。


いつまで三人でいられるだろう。いつかきっと、郁哉は私達より大切な人を見つける。少し先で不器用な笑顔を見せる、私の大切な幼なじみ。


包まれた右手に、左手も触れる。どうした?と柔らかな笑顔をくれる、私の大好きな、大切な人。私はこの手を絶対に離さない。


なんでもない、と首を振る私を優しく見つめる孝ちゃんに、なかなか慣れなくて俯いてしまう。想いを打ち明ける前は平気だったのに。


「去年は、郁哉だけ小吉だったよな」


「二人が大吉ってありえないだろ」


追いついて、私を挟んで孝ちゃんと反対側に並んだ郁哉を見る。背の高い二人は私の頭上でおみくじの話を始めた。小学生までは、郁哉が一番小さかったのに。


「昔、この段差で真冬が躓いてさあ」


神社の入り口でアスファルトから石畳に替わる所で、孝ちゃんが思い出し笑いを始めた。


「三人で手繋いでたから、皆で転んだよな」


可笑しそうに笑う孝ちゃんに、ムッとして見上げると、郁哉も苦笑いして、こちらを見下ろしていた。


郁哉が私の背を抜いた頃には、もう手を繋がなくなったんだ。孝ちゃんはいつまでも、私の手を引いてくれたけど。


「真冬、気を付けろよ。着物だし、孝二も一緒に転ぶぞ」


一歩先に行こうとする郁哉に、悔しくなった。まだ笑ってる孝ちゃんの手を握る右手に少し力を入れてから、左手を郁哉に伸ばした。

ポケットに手を入れたままの、グレーのダッフルコートの袖口を掴んだ。一瞬、郁哉の肩が弾んだ気がしたけどそのまま歩く。


「郁哉も一緒だからね」


孝ちゃんの手と、郁哉のコートの袖口を掴んだまま、神社に入る。本堂が近づいた所で、二人から手を離す。お賽銭の用意をしながら、二人がお賽銭の金額で揉め始める。これも、毎年見る光景だ。


「真冬は、何をお願いする?」


賑わう中で聞こえるように、顔を近づける孝ちゃんに内緒、と笑った。お願いは決まっている。ずっと前から、毎年同じだから。


いつかは叶わないとわかっている。孝ちゃんへの気持ちが通じた時から、三人の関係が変わったのもわかったから。それでもまた、今年も同じお願いをする。


手を合わせる前に孝ちゃんと郁哉を交互に見た。二人に対する気持ちは違うけど、同じくらい大切な二人。一心に祈る二人に少し笑うと、目を閉じて手を合わせた。


いつまでも一緒に、三人で一緒にいられますように。



fin

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― 新着の感想 ―
[一言] 今度は友情モノでしょうか?
[一言] 2ページ目 (~和室に引っ込もうとした、手を郁哉が引っ張る。) なんですけど (~和室に引っ込もうとしたが、そんな私の手を郁哉が引っ張った。) の方がいいかと。 菜月さんの文だと淡々としてい…
2011/01/05 20:27 退会済み
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