君と帰る
君の手は、こんなに小さかったんだ。
僕のコートのポケットの中で繋いだ手は、僕が思っていたよりずっと華奢でずっとやわらかい。
そして、かわいそうなくらい冷たい。
会社での君は、仕事ができて気が強くて、とても頼りになるものだから
僕らはみんな君の事をずいぶんアテにして、無理な営業案件を通してきた。
少しくらいの無理なら、君が上手く捌いて収めてくれると信じているから。
結婚しても絶対辞めるなよ、なんて上司の言葉は僕たちの願いでもある。
辞めないわよぉ、結婚する相手もいないし、と君の返事は決まっているけど。
僕よりも12年早く生まれた君は、僕なんてただの子供に見えていただろう?
休日に映画に誘った時ですら、僕のチケットを買おうとしたよね。
デートに誘ったつもりなんだけど、って言ったら心底びっくりした顔をしてた。
誘うんなら、もっと若い子誘いなさいよ、誰かいないの?
誰もいないからじゃなくて、君とデートしたかったんだけど。
映画を見て食事をした後に歩いた道の途中で、腕を引き寄せてキスした時も
君はただびっくりしているだけだった。
まるで初心な少女のような反応で、僕は何か悪いことをしたように思った。
そのあと、言い聞かせるように言ったよね。
挨拶のキスくらい、誰でもするものだし。
僕の声は、かすれていたかも知れない。
挨拶じゃないキスだって、できる。
次の約束を取り付けるのは、とても大変だった。
君は仕事が忙しいことを言い訳に逃げ回って、僕と目を合わそうとすらしてくれなかった。
残業の書庫でやっと二人きりで会話ができた時にはひと月も経っていた。
僕と、つきあってくれる望みはまったくない?
君はしばらく目を伏せた後、まっすぐに僕を見た。
本気で言ってるの、それ?私、充分すぎるくらい年上だよ。
だから、僕もまっすぐに君の目を見た。
冗談でなんて言わない。年齢じゃなくて、今目の前にいる人がいい。
そして今日、君と一緒に僕の家へ帰る。
冬の風はとても冷たくて、僕たちはコート越しの体温を確かめるように寄り添って。
問題点はひとつ。
結婚したら、僕が違う部署に移動になりそうだということ。
お読みいただき、ありがとうございました。