「何もするな」と言われたので、本当に何もしませんでした。白い結婚も今夜で終わりです
王太子妃が暮らす離宮に、突然王太子が現れた。
あら。お久しぶりですわ。旦那様とお呼びした方がよろしくて?
同じ王城内に住んでいますけれど、半年ぶりでしょうか。お元気でしたか。
ご機嫌斜めですわねぇ。
しばらく見ないうちに、わたくしが太ったですって?
失礼な。以前は美しく見える美容体重を維持していましたが、今は健康体重ですわ。無理をしなくなっただけで、今の方が元気ですのよ。
あなたの気を引くために美しくあれと? そんなものより、美味しい食事の方が重要ですわ。
ところで、なぜいらっしゃったの?
弟殿下に、隣国の戴冠式への出席を取られたせいですか。
まあ、国際的な評価は弟殿下の方が圧倒的に高いですからね。
あちらの国が、あなたより弟殿下に来て欲しいとか、言うわけがないでしょう。内心は思っていたとしても。
ですから、きっとあなたの父君、国王陛下のご判断でしてよ。
今さらわたくしを同伴するから自分を出席させろなどと、子どものようなだだをこねても……ねぇ。返事を出した後では、手遅れなのじゃございませんか。
自分より弟を望むわけがない? そうでしょうか。
誰だって、正式な晩餐会に愛人を連れて来かねないような人は招きたくないんじゃありません?
「真実の愛」とおっしゃっても、法的には不倫相手ですわよ。
そんなことを許したら、他のお客様に「この主催者は不貞を許容する人間だ」と見なされて、夜会や晩餐会の格が落ちるじゃありませんか。
え? 何も仕事をしていないくせに、偉そうに――ですか?
あなたがわたくしに何もするなとおっしゃったのではありませんか。
もう、学生の頃のことだから忘れろと? 謝罪もせずに、わたくしを執念深いと責めるのですか? まあ、ご立派ですこと。
学生時代と現在は地続きでございます。
ある時点だけを切り取って、都合良く意見を変えないでください。
わたくしが怠惰だと?
そうですねぇ。
あの暴言を吐かれるまでは、あなたの代わりに生徒会のお手伝いをしたり、資料集めなどでサポートしたりしていましたでしょ。
入学早々に「婚約者なのだから王太子の仕事もしろ」と言われましたから。それに従っていたわたくしの評判が良くなったら、今度は「仕事をするな、出ていけ」とおっしゃいましたよね。
今も昔も、わたくしは従順でしてよ?
そして、「仕事をするな」と言われたことを、国王陛下を筆頭に、王妃殿下や重臣の方々にもご承知置きいただいています。でなければ、わたくしが糾弾されるのみならず、実家まで非難されてしまいますでしょう?
撤回するから仕事をしろと? まあ、虫のいいことをおっしゃる。
――ならば言いましょう。
「夫婦なのだから、王太子妃の分までお前が仕事をすればいい」と。
ね? 逆転の発想ですわ。
国費で生活しているのだから、その分だけでも働けと?
いえいえ。王太子妃の予算は、あなたの可愛い愛人が使っていますでしょ。
わたくしは実家からの差し入れで生活しているのですよ。ドレスも宝飾品も、侍女も、料理番も。
この離宮自体が、王女だった祖母の持ち物ですしねぇ。
わたくしの父も、下位ですけれど王位継承権を持っております。離宮を使わせていただくのも、おかしなことではございませんでしょ。
あなたは学生時代も愛人をパーティーに連れて行ったのですから、そうすればよいではありませんか。
王太子として恥ずかしい? 今さらですね。
学生時代だとて、充分恥ずかしい振る舞いでしたわよ。留学生の前でも堂々と腕を組んでいましたよね。
世代交代したら、この国は終わると笑われていますわ。
早く言え、ですか?
聞く耳を持たなかったのはあなたでしょう。「うるさい」と何度怒鳴られたことか。
わたくしの護衛は、王家と実家から出されていますので、あなたの言動は全て報告されていますわ。
あなたにもわたくしにも、庶民のような「自由」などございません。一挙手一投足を、誰かに見られていますのよ。
後継者が必要、ですか?
……そのようなお話、したくないのですけれど。
王太子妃としての義務、ですか?
はあ。本当に、ご自分の言動を顧みない方ですわね。
嫌ですわ。閨の儀式をすっぽかした方が、今さら何をおっしゃるの。ええ、白い結婚だということも、恥ずかしながら知れ渡っていますわね。
事情を知らないお馬鹿さんから嫌味を言われるのは、わたくしなのですわ。原因を作ったあなたではなく。
本当に、理不尽で腹立たしいこと。
ええ? だから、それを今から解消してやると?
結構です。お断りです。
ぜっっっったいに、嫌です!!
あら、嫌だわ。夜中に大声を出してしまった。ごめんあそばせ。
子どもの話でしたっけ。
あなたの子どもであるなら、誰が生んだっていいんじゃありません?
あまりにも不衛生な……病気を持っているかもしれない相手とは致したくないです。
……そこまでおっしゃるなら教えて差し上げましょう。
あなたの息子の一人が、城下の孤児院にいます。戯れに手をつけたメイドの子ですわね。
迎えに行ってあげたらいかがです?
あくびをするなんて失礼だと? こんな時間に来る方が、どうかしているのでは?
くだらない言いがかりをネチネチと言われて、うんざりでしてよ。
……え?
……。
「本当は愛している」ですか?
「本当」とは?
確かに、幼い頃に過ごした思い出はありますわ。
それくらいでは許せないほど、わたくしの心を踏みにじったのは、他ならぬあなた様でしょう!
わたくしがいつからあなたの愛称を呼ばなくなったか、それも、わからないのでしょう? 気付いていないだろうとは思っていましたが、改めて突きつけられると……なんというか、こう、虚しいですわね。
では、はっきり申し上げましょう。
真実の愛だの、ただの気の迷いだの――そんな言い訳はどうでもいいのです。婚約者や妻がいるのに、他の女性とただならぬ関係を持つのは、全て浮気ですから。
もう、結構です。
薄っぺらい口先だけの言葉など、聞くだけ時間の無駄です。
ん~。でも、あなたの跡継ぎなんか、もう要らないかもしれませんけどね。王位継承権を剥奪されるかもしれませんし。
ああ、夜中の十二時を過ぎました。
これで白い結婚による離縁が成立しますわ!
二年耐えたわたくし、偉い。よく頑張りました。自分で褒めてあげますわ。
元旦那様。今までお世話に……なってませんわね。
とりあえず、ご機嫌よう。
もう、二度と顔も見たくありませんわぁ。
え? 義父にあたる国王陛下のお許しも、教会の承認も得ていますわ。
国王陛下には「王家の恥だから思いとどまってくれ」と頭まで下げられましたのよ。
数々の証拠を提示しまして、「ああ、もうこれは救いようがない」と納得していただきました。
慰謝料を王家とあなた個人に請求しますので、よろしくお願いしますね。
王妃殿下も、仕方ないと認めてくださっていますわ。
ほら、赤ちゃんを期待されても困りますでしょう? 早々にご相談しましたの。
即離婚というのは待って欲しいと言われました。
第二王子殿下の婚約者は伯爵家のご令嬢でしょう? 王太子妃になるためには相当な努力が必要です。彼女がそれに耐えられるか、見極める時間をくれと。
彼女は頑張りましたわ。
わたくしも、スライドで第二王子殿下の婚約者にされないよう、マナーや社交術の習得に協力いたしました。
ええ。怠惰に遊んでいたのではありません。わたくしがいなくなっても影響が少ないように、表舞台に立たなかっただけです。
おかげさまで、無事に、あなたから王太子の地位を剥奪して、第二王子殿下を立太子する目途がついたようですわ。
ええ。ですから、わたくしの王太子妃としての教育は、学園であなたが浮気を始めてから中断しておりますよ。公務は王妃殿下が引き受けてくださっています。
ほら、下手に秘密の情報を知ってしまったら、離婚の際に困りますでしょう?
自分の生死がかかっていますから、祖母と父と一丸となって交渉いたしました。
それでも、陛下も王妃殿下も、結婚したらあなたが正気に戻ることを期待していたのですよ。
それを、初夜で「お前を愛することはない」ですもの。
ほほほ。笑いすぎて、涙が出て来ましたわ。
離婚の理由をなんと公式発表するかは、存じません。ですが、わたくしのせいにしないように、強く要望しています。
どんな理由が発表されるか、楽しみですわね。
この二年間、あなたは許されていたのではありません。
あなたを王族から外すだけの理由が必要でした。大きなことはせず、小さな誤魔化しや不誠実な行いばかりですから、回数を積み上げて言い逃れさせないための時間でもありました。
愛人への予算流用も、文官のミスだと言い逃れができない額になりました。
あなたがこれからどうなるかですか?
知ったこっちゃありませんわ~。
真夜中ですけど、とっておきのスパークリングワインでお祝いしましょうか。
ほら、とっととお帰り遊ばして。この離宮から出て行ってください。
ワインのコルクをぶつけられたいのですか?
もう、容赦はいたしませんことよ。
誤字報告ありがとうございます。
王太子の予算→王太子妃の予算(2026.7.23修正)
ご提案をありがとうございます。
スパーリングワイン→とっておきのスパークリングワイン(2026.7.24修正)
考えてみると、シャンパンとかドンペリとかモエ・エ・シャンドンとか、それだけで高級感が出せる言葉ってすごいですね。




