第2話攻略法って最高
神様の気まぐれで大草原に放り出されてから、がむしゃらに歩き続けて三日。
坂本健一(17)は、運よく辿り着いた境界の小さな開拓村『リガル村』に身を寄せていた。
幸いにも言葉は通じた。記憶喪失の哀れな少年を装った健一は、村の雑用を手伝う代わりに、貪るようにこの世界の知識を蓄えていった。
ここは剣と魔法、そして『魔物』が実在する異世界。
四十五年間のサラリーマン生活で培った「泥臭い情報収集能力」と「愛想笑い」、そして十七歳の若くタフな肉体のおかげで、健一は驚くほどの早さで村に溶け込みつつあった。
(これなら、いける。今度こそ地道に、誰も見捨てないまともな人生をやり直せるはずだ)
失ったはずの未来に、かすかな希望を抱いた、その矢先だった。
「魔物だ! ゴブリンの群れが来たぞーっ!」
村の広場に、割れんばかりの警鐘が響き渡る。
直後、柵を破壊して乱入してきたのは、緑色の醜悪な皮膚を持った小鬼たち――ゴブリンの集団だった。手には血に汚れたナイフや棍棒を握り、耳を劈く奇声をあげて村人へ襲いかかる。
「ひっ……、お、お母ちゃん……!」
健一のすぐ近くで、いつもおやつをくれた荷植え職人の小さな娘が、恐怖に腰を抜かしていた。その背後から、ニタニタと下卑た笑みを浮かべたゴブリンが棍棒を振り上げて迫る。
「危ないっ!」
身体が勝手に動いたのは、あの火事の夜と同じだった。
女の子を突き飛ばして庇った健一の脇腹を、ゴブリンの重い棍棒が容赦なく強打する。
「がはっ……!?」
凄まじい衝撃と激痛。十七歳の肉体は、あっけなく地面へと転がった。
追撃するように、ゴブリンが健一の胸に馬乗りになり、鋭い爪を喉元へと突き立ててくる。
「ぎ、あ……っ!」
皮膚が裂け、熱い血が溢れる。呼吸が止まり、意識が急速に冷たくなっていく。
(嘘だろ……。また、何もできずに終わるのか? せっかくやり直すと、決めたのに……!)
そんな健一の絶望を嘲笑うように、ゴブリンのナイフが彼の心臓を深く突き刺した。
二度目の、確実な死。健一の意識は、完全に闇へと没した。
◇
『――警告。個体の死亡を確認』
『固有能力【バグ・フィックス】を起動。死因を分析し、攻略ヒントを表示します』
暗黒の脳内に、無機質なシステム音声と、青い文字が浮かび上がった。
【死因:ゴブリン(下級)による奇襲、および致命傷】
【攻略アドバイス:対象は左利きであり、攻撃の初動は必ず左から来ます。女の子を突き飛ばす際、右斜め前へ前転回避を行うことで、棍棒の軌道から外れることが可能です。健一さん、エラー原因は特定できました。修正を開始します】
『――タイムリープを実行。チェックポイント:衝突3秒前』
◇
「ひっ……、お、お母ちゃん……!」
ハッと目を開けると、目の前には腰を抜かした女の子と、棍棒を振り上げるゴブリンの姿があった。
傷はない。痛みもない。だが、たった今「心臓を刺されて死んだ」という恐怖の記憶だけが、生々しく脳裏に焼き付いている。
(巻き戻った……!? いや、それより、左利き――!)
驚愕している暇はなかった。ゴブリンの左腕が、先ほど健一の脇腹を砕いた凶悪な軌道で振り下ろされる。
健一は死の寸前に見た『攻略アドバイス』の通りに、女の子の身体を強く押し出すと同時に、自身の身体を右斜め前へと激しく投げ出した。
『ドガァァァンッ!!』
健一が先ほどまでいた地面が、凄まじい音を立てて爆ぜる。
背中を地面にこすりつけながら、健一は息を呑んだ。ゴブリンの棍棒は、彼の衣服の裾をかすめただけで、完全に空を切っていた。
「……本当に対策できるのか、この能力」
地面を転がりながら立ち上がった健一の瞳に、もう死への恐怖はなかった。
四十五年間、仕事のミスやトラブルの原因を突き止め、何度もやり直して完璧な成果を出してきた男だ。
原因と対策さえ事前に分かっているのなら――こんな化け物、恐れるに足りない。
「よし、業務再開だ」
健一は落ちていた手頃な薪を拾い上げ、獰猛に牙を剥くゴブリンを鋭く睨み据えた。




