◇ chapter 09 記事と、おかえり ◇
朝日が町を淡く染めるころ、私たちは部室に戻っていた。夜の出来事はまだ体の中で熱を持っていて、録音機の中の波形がまるで心臓の鼓動のように思えた。藤堂先輩はデータを整理し、黒川先輩は見出し案を何枚も紙に書いては破り捨てている。私は窓の外の桜をぼんやりと見ながら、胸の中に残る「おかえり」の余韻を反芻していた。
「記事は、全部書く」と藤堂先輩が改めて言った。彼女の声には迷いがなく、でも優しさが滲んでいた。「演出があったこと、誰かが密かに慰めていたこと、そして屋根裏で聞こえた声。どれも切り離せない事実だ。私たちの仕事は、それを正直に、でも人を傷つけない形で伝えること」
黒川先輩は紙を丸めてゴミ箱に投げ入れ、照れくさそうに笑った。「見出しは派手にしたいけど、今回はやめとくよ。『幽霊スクープ!』みたいなのは、澄子さんのためにならない」彼の言葉に、私はほっとした。彼の軽口は残るが、以前よりも言葉の重みを考えるようになっている。
私たちは記事の構成を練った。冒頭で取材の経緯を説明し、次に録音と映像の解析結果を客観的に示す。演出の事実は明記し、誰がどのように関わったかを正直に書く。だが、記事の中心には必ず澄子さんの声を置くことにした。彼女のアルバムの写真、箱の中の小物、そして彼女が語った「帰ってきたら笑う」という町の習慣。それらを丁寧に紡いで、読者に「記憶」と「慰め」の重さを伝えるつもりだった。
取材ノートの最後に、私は小さな一節を書き加えた。そこには、夜に聞いた声のこと、屋根裏で見た光景のこと、そして自分が感じたことを素直に綴った。怖さだけではなく、温かさと切なさが混ざった感情。記事は事実を伝えるだけでなく、読む人の心に何かを残すべきだと私は思った。
記事を出す日、部室にはいつもより多くの人が集まった。部員たちが手伝ってくれて、コピーを作り、掲示板に貼る準備をした。黒川先輩は「見出しは控えめに」と言いながらも、どこか誇らしげだった。藤堂先輩は冷静に校内誌の編集ページを整え、私は最後の校正をした。私たちは皆、少し緊張していたが、それは良い緊張だった。
記事は静かに反響を呼んだ。校内ではささやきが広がり、町の人たちの間でも話題になった。ある人は「若者の優しさが伝わった」と言い、別の人は「演出は軽率だ」と批判した。だが多くの人が、記事を読んで何かを考えたようだった。忘れられかけていた記憶が、誰かの手でそっと取り出され、光を当てられたような感覚。私たちの小さな記事が、町の一部を照らしたのだと感じた。
澄子さんからは、手紙が届いた。封を切ると、そこには短い言葉が書かれていた。
『ありがとう。あの夜、私は久しぶりに笑った。あなたたちが来てくれて、よかった』
その一行を何度も読み返した。胸の奥がじんわりと温かくなり、目の端が熱くなった。私たちの取材は、誰かの孤独を少しだけ和らげることができたのだと実感した瞬間だった。
だが、すべてが丸く収まったわけではない。演出に関わった若者たちの中には、私たちの暴露を受けて責任を感じ、町の人々と向き合うことになった者もいた。彼らは謝罪し、澄子さんに直接会って話をした。謝罪と同時に、彼らの行為が誰かを慰める意図から出たことも伝わった。結果として、町の中で小さな対話が生まれた。過ちと優しさが混ざり合う複雑な現実を、皆が少しずつ受け止めていった。
私自身も変わった。取材を通じて、怖い話の裏にある人の事情を知り、記者としての責任を学んだ。黒川先輩の軽さは、今では人を和ませるための武器であり、藤堂先輩の冷静さは私の支えになった。私たちは三人で、取材の意味を深く噛みしめながら、次の号の企画を話し合った。オカルト新聞部は、これからも町の声を拾い続けるだろう。
最後に、私は部室の古い新聞の束をめくった。そこには、過去の号に載った小さな記事や、誰かが残した走り書きが混じっている。ページをめくるたびに、町の時間が重なり合って見える。私たちの取材はその一部になった。誰かの記憶を守ること、誰かの優しさを伝えること、それが私たちの仕事だと改めて思った。
夜、家に帰ると、窓の外で風が桜の花びらを揺らしていた。私はふと、屋根裏で聞いた声がまだどこかで生きているような気がして、窓辺に立ち止まった。確かに、あの声は録音の中に残っている。だがそれ以上に、町の人々の心の中に、静かに息づいているように思えた。
幽霊がいたのか、人々の記憶が形になったのか、誰かの優しさが呼び寄せたのか。答えは一つではない。そして、答えが出なくてもいいのだと、今の私は思っている。確かなのは、あの夜に聞いた声が、まだどこかで息づいているということだ。録音の中に、町の人の心の中に、そして私の胸の中に。
黒川先輩が部室のドアを開けながら叫んだ。「それゆけ、オカルト新聞部!」私は笑って手を振り返しながら、次の取材ノートを開いた。どこかで誰かが、またひっそりと「おかえり」と囁いているような気がした。
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