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それゆけ、オカルト新聞部!!  作者: 鍼野ひびき


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◇ chapter 07 演出の告白と、部室の沈黙 ◇

 部室の空気は、いつもより重かった。窓の外では春の風が桜の花びらを舞わせているのに、私たちの話題は桜とは無縁だった。テーブルの上には解析プリント、古い新聞の切り抜き、屋根裏で撮った写真が散らばり、ポテトチップスの袋だけがいつも通りに無邪気に転がっている。


「聞き込みの結果が出た」と黒川先輩が、どこか落ち着かない笑顔で言った。彼はいつもなら大げさに身振りをつけて話すのだが、その手が少し震えているのが私には見えた。藤堂先輩は腕を組み、眉を寄せている。私は椅子の縁をぎゅっと握りしめた。


 黒川先輩は深呼吸をしてから、ゆっくりと話し始めた。「正直に言う。屋根裏の足音と、窓の白い影の一部は、俺たちの仕掛けだ。町の若者数人と相談して、演出をした。最初は澄子さんの話を盛り上げて、記事にしようって軽い気持ちだったんだ」


 その言葉は、部室の空気を一瞬で凍らせた。藤堂先輩の顔が硬くなる。私は思わず息を呑んだ。黒川先輩の声は続いた。


 足音は、屋根裏に古い板を仕込んで、歩くタイミングを合わせた。白い影は、窓の外に白い布を持った人を立たせて、風で揺らしてもらった。あの時、トイレに立ったふりをして庭に出て、仲間に合図を送ったんだ。笑い声は、仲間が離れた場所から小さなスピーカーで流したんだ。全部じゃない、でも一部は俺たちがやったんだ」


 藤堂先輩はゆっくりと椅子から立ち上がり、低い声で言った。「それを、なぜ黙っていたの? 私たちは記者だ。事実を伝える責任がある。演出をしておいて、それを隠して記事にするつもりだったの?」


 黒川先輩は俯き、言葉を探すように口を開いた。「最初は、澄子さんの話を町に伝えて、みんなで慰めになればいいと思ったんだ。澄子さんはいつも一人で、夜になると寂しそうだった。若者たちも、何かできないかって言ってくれて。いたずらのつもりで始めたんだ。悪気はなかった。だけど、やってみたら……予想以上に反応が出てしまって」


 藤堂先輩の目に、怒りと失望が混じる。「悪気がなかった、で済む話じゃない。人の心に触れるって、そういうことじゃない。慰めるつもりが、かえって傷つけることもある。あなたは取材の倫理を忘れている」


 黒川先輩は肩を落とし、ぽつりと言った。「わかってる。わかってるんだ。でも、俺は――」言葉がそこで途切れた。彼の顔に、子どものような恥ずかしさと後悔が交錯している。私は胸が締め付けられるのを感じた。彼の軽薄さの裏に、誰かを助けたいという純粋な気持ちがあったのだと、どこかで理解してしまう自分がいた。


「それで、箱の油跡や最近の触れた痕跡は?」と私が訊ねると、黒川先輩は首を振った。「それは俺たちの仕業じゃない。若者たちは演出のために箱を触ったかもしれないが、あの油の跡はもっと新しい。誰か別の人が、最近ここに来ている」


「箱の蓋に結ばれていた新しいリボンについても聞いた。町の若者たちは首を振った。『リボンは俺たちじゃない』と。つまり、別の誰かが最近訪れていたんだ」


 藤堂先輩は資料をめくり、私たちが聞き込みで得た情報を整理していった。「町の若者たちは、最初は好奇心で協力した。だけど、ある一人の女性が、澄子さんの家に密かに通っていたという証言が複数ある。彼女は近所の孫世代で、昔から澄子さんを気にかけていたらしい。演出には関与していないが、屋根裏の箱に触れて、澄子さんのために小さな供え物を置いていた可能性がある」


 黒川先輩の顔が青ざめた。「つまり、俺たちの演出と、誰かの本当の行為が重なってしまったってことか」


 藤堂先輩は静かに頷いた。「そう。演出が澄子さんの記憶を刺激して、本当に何かを呼び寄せたのかもしれない。あるいは、誰かが澄子さんを慰めるために来ていた。どちらにしても、私たちがやったことは問題だ」


 部室の沈黙を破ったのは、私の小さな声だった。「澄子さんは、どう思っているのかな」私は自分でも驚くほど素直に訊ねていた。黒川先輩は目を伏せ、藤堂先輩はしばらく黙ってから答えた。


「昨日、私は澄子さんに会いに行った。彼女は最初、私たちのことを気にしていないように見えた。だけど、箱のことを話すと、彼女の目が潤んだ。『誰かが触ってくれたのね』と、静かに笑った。怒ってはいなかった。むしろ、誰かが気にかけてくれたことに安堵しているようだった」


 黒川先輩は小さく笑った。「それを聞いて、俺は余計に情けなくなった。俺たちの演出は下手で、でもその下手さが誰かの優しさと混ざって、思わぬ結果を生んだ。俺はそれを記事にして笑いものにするつもりだった。最低だよな」


 藤堂先輩はため息をつき、机の上の録音機を見つめた。「記事にするなら、全部を書くべきだ。演出があったこと、誰かが密かに訪れていたこと、そして澄子さんの気持ち。真実を隠してはならない。私たちは記者である前に、人の心を扱う者だ」


 黒川先輩は黙って頷いた。彼の目には、これまで見たことのない真剣さが宿っていた。私はその変化に、胸がじんわりと温かくなるのを感じた。彼は軽薄なだけの男ではなかった。失敗から学ぶことができる人間だった。


 そのとき、部室の外からかすかな音が聞こえた。最初は風かと思ったが、音は規則的で、どこか遠くで子どもが笑うような、柔らかな声だった。三人とも顔を上げ、耳を澄ませる。音は一度だけ、はっきりと聞こえた――「おかえり」。


 誰も笑わなかった。笑いはもう、場を和ませるための道具ではなかった。音は蛍光灯の下で、私たちの胸に直接触れてきた。黒川先輩の手が震え、藤堂先輩の唇がわずかに震えた。私は自分の心臓の音が耳に響くのを感じた。


「演出だけじゃなかったのかもしれない」と藤堂先輩が囁いた。「何かが、私たちの知らないところで動いている」


 黒川先輩は小さく笑ってから、真剣な顔で言った。「なら、俺たちは全部書く。演出も、誰かの優しさも、そして――もし本当に何かがあるなら、そのことも。澄子さんのために、正直に伝えよう」


 私は胸の中で何かがほどけるのを感じた。怒りや失望だけではなく、赦しと責任が混ざった複雑な感情だ。私たちは記者としての誤りを認め、次に何をすべきかを決めた。だが、同時に私たちは新たな不安を抱えていた。演出の暴露で終わるはずの話が、どこか別の力を呼び寄せてしまったのかもしれない――その予感が、私の背筋を冷たくした。


 部室の窓の外で、桜の花びらが一枚、静かに舞い落ちた。私たちはその一枚を見つめながら、次に何をすべきかを考えた。真実を伝えること。澄子さんを守ること。そして、もし本当に「帰ってきた」何かがあるなら、それをどう受け止めるかを決めること。


 その夜、私は眠れなかった。胸の中で「おかえり」という声が何度も反芻された。演出の暴露は終わったが、物語はまだ終わっていなかった。私たちの取材は、これからもっと深い場所へと進んでいく――そう直感した。


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