第4話 敵は身内にあり
芸能人である姉の美海を利用して金儲けをしようとした生徒会長の生縞は学校を転校し、俺とゲンにはいつもの学校生活が戻って来た。
俺はと言うと同級生達に囲まれるのはいつもの事だが、話題の内容が以前と比べて変わっていた。姉の話が半分、俺の話が半分と言った感じだ。
こうなったのも姉の美海の人気が爆発した例の動画の影響でもあった。弟である俺も姉に負けない位に度胸があり、友達思いだと同級生達に勘違いされていたのだ。
だがそれは違う、生縞との諍いだってゲンが居なければ、俺は言いなりになって従っていた。俺は姉と違って1人で戦っていた訳じゃない。
だけど友達と自分の考えを交えて話す事はとても楽しい、今はこの時を楽しむ事にした。
そして肝心のゲンの方だが、校長先生が黙認したバイク通学が復活して本人は俺と同じ様に楽しんでいる様子だった。
他に変わった事と言えば昼休みの過ごし方も大きく変わった。ゲンといつも一緒に行っていた体育館裏では無く、教室で昼食を取るようになったのだ。それもゲンを含めた同級生達とだ。
ゲンに対して同級生達が持っていた怖い印象も無くなり、生縞から俺を守ろうとした事を知って怖いヤンキーから気が優しくて力持ちの男として格上げされた様だ。
そんな日々を過ごしていると、ゲンが改めて俺に謝罪をさせて欲しいと拝み倒す様に言って来る。
俺は何度も断るのだがゲンが頑なに引き下がらず必死に食らいついて来る。困った俺はなぜそこまで固執するのか理由を聞いてみた。
どうやら一週間の休みの間にゲンが両親から休みが明けたら、俺と俺の家族に対して殴った事の謝罪と庇ってくれた事の感謝の言葉を伝える様にと、ゲンに厳命した様なのだ。
「頼むよカズ!俺がこの世で勝てないのは、全盛期のマイクタイソンと親父だけなんだよ!もし断られたら親父にぶっ飛ばされるんだ!」
「マ、マイクタイソンって誰?……と、とりあえず俺が断ったらゲンのお父さんにゲンが殴られるんだね……」
つい突っ込んでしまったが、どうやら俺がゲンの謝罪と感謝の言葉を受け入れないと、全盛期のマイクタイソンと同等の力を持つ父親に殴られるそうだ。あのゲンが怖がっているのだ、ゲンのお父さんは相当に強いらしい。
そんな懇願をするゲンを無下に出来なかったし、殴られるのも可哀想だと思った俺は、謝罪と感謝の言葉を受け入れる事にした。
早速、ゲンからの提案で早い内に済ませたいと言う事で、今週の日曜日の午前中に俺の家を訪問する事を約束をする。
その事を前日の土曜日の午後に学校から帰宅した時に両親に伝えたのだが、居間でだらーっとくつろいでいた両親が石像の様に固まる。
父はランニングシャツに短パン姿で、4人掛けのソファーに寝そべり、母はハローキティのTシャツにジーンズのズボン姿で1人掛けのソファーに座ってテレビを眺めていた。
「何で山縣くんが来るってもっと前に言わないの!お母さんだって準備が要るのよ!」
「そうだぞ和也!お父さんだっていっぱい準備があるんだからね!」
「え?だから、明日まで時間があるんじゃん……それよりも母さんが怒る理由は何となくは分かるけど、父さんはおかしいでしょ……」
「だから、それが遅いっての!」
「お父さんだって格好付けたいんだ!」
父と母が息の合った声で俺を責めると慌てた様子で着替えを始める。着替えを終えると俺を家に残して夫婦仲良く車に乗り込み行き付けの散髪屋、美容院へと向かって行った。
なぜ、そんなに両親が慌てているのか俺は分からなかったが、どうやら俺が初めて友達のゲンを家に呼んだものだから、記念すべき俺の初めての友達という事で佐藤家として全身全霊を持って歓迎したかったのだ。
当然ながらその話は仕事中の姉の美海にも母を通して伝わっていた。
その日の夜、遅くまで仕事をしていた姉の美海がタクシーで家に帰って来る。
俺は自室のベッドで仰向けになってくつろいでいたのだが、姉が着の身着のまま突然、俺の部屋に入って来ると友達のゲンについて嵐の様に質問をして来る。
どんな髪型で、身長と体重はいくつか、趣味は何か、どうやって出会ったのか、好きな子が居るのか、などの質問が果てしなく続く。俺は捕虜の尋問を受けている様な気持ちになっていた。
俺が面倒臭そうに答えると、正座になってにこにことした顔で姉がそれを聞いていた。
30分は続いた尋問を終えると、姉がやっと納得して部屋から出て行く。
友達のゲンがやって来るだけで今日一日、我が家は大騒動だ。それが明日になるとどうなるものか、考えただけでも俺は気が滅入っていた。
そして約束の日曜日になると、早朝から我が家は大騒動を超えた大戦争が始まっていた。
ピシッと決まった髪型の父は朝から家のあらゆる場所の掃除を始め、同じく普段より余計に巻いた髪を揺らしながら母は朝食を作った後、すぐに何人で食べるんだという量の昼食の準備を始めていた。
そして姉はと言うと朝食を終えた後、撮影でいつもお世話になっているメイクさんを早朝から家に呼び出し居間で化粧をして貰っていた。
家族全員が慌ただしく動く中、俺は朝食を取った後は洗面所で顔を洗って朝を普段通りに過ごしていた。
だがこの際はっきり言っておきたい事がある。
皆やり過ぎだ。
確かに大事な俺の友達を歓迎しようとする気持ちは分かる。家を綺麗にして迎えたいし、昼食も豪華にしたい事も分かる。姉も化粧をして綺麗に見て貰いたい気持ちも分かる。
だけど休日の早朝から、プロのメイクさんを呼び出す事が非常識である事は高校生の俺でも分かる。メイクさんが何気に乗り気で助かってはいるが、普通の人ならキレ散らかしている所だ。
父も自分の寝室を掃除しているが、友達が親の寝室に入る訳がないだろう、母に至ってはこれから大食い選手権でも開催するかのように大量の料理を作っている。
こんな慌ただしい居間で落ち着けない俺は、歯磨きを終えて着替えを済ますと自室で待機する事にした。
するとスマホのラインでゲンから連絡が入る。
『今から向かうから、1時間位で到着すると思う。家族の人にもよろしく伝えておいてくれ』
『分かった、事故に気を付けてな』
そんなメッセージが飛んで来るが、正直な所、家族に伝えるのがしんどい。スマホの時計を見ると今は午前10時、となると午前11時前にはゲンが家に到着するだろう。
俺は重い腰を上げて2階の自室から1階へと下りると家族全員にゲンの到着時間を伝える。
すると予想通り、家族全員がラストスパートをかける。
父は部屋の掃除を終えて、庭と前の通りの掃き掃除を急ぎ足で始め、母はケーキを焼いている横で、揚げ物とサラダをプロの料理人ばりに動いて作り上げていく。
そして姉は化粧を終えてメイクさんを帰らせると自室に篭って衣装合わせを始めていた。
この状態なら総理大臣や外国の大統領を我が家に呼んでも、何も問題無く応対出来るだろう。ただ来るのは一般人の友達のゲンなのだが……。
到着10分前になると居間のテーブルには父と母と俺の3人で座って待機する。すでに台所の方には恐ろしい程の料理が用意されている。
姉はと言うと未だに自室で衣装に悩んでいるのか、この場には居ない。
すると家のガラス戸から聞き覚えのあるオートバイの排気音が聞こえて来る。その排気音が段々と大きくなって行くと家の前で急に静かになる。少ししてから、
ピンポーン♪
どうやらゲンが到着したらしい、俺がインターホンに出るとカメラにヘルメットを脇に抱えたゲンが映し出される。
「ようカズ!今着いたぜ」
「いらっしゃいゲン、今、玄関に向かうから門の中に入っていいよ」
「オッケー!じゃあ今から玄関に行くからよろしくな!」
俺が外門のオートロックを解除するとインターホンから離れる。そして居間を出て玄関に向かって歩くのだが、その背後にぴったりとくっつく様に父と母が付いて来る。少々鬱陶しい。
コンコン……
玄関扉を叩く音が聞こえて来る。俺がすぐにサンダルを履き玄関扉を開けると見慣れたゲンの笑顔が現れる。
「良く来たねゲン、ささっ、上がってくれよ」
「良く来てくれたね山縣くん!ささっ、居間に案内しよう」
「いらっしゃいー!あらー良い男じゃないの!ささっ、入って頂戴」
「えっと……お邪魔……します?」
父と母が同時に俺と同じ口調でゲンを歓迎するのだが、俺の口調を真似しないで欲しい。3人から同じ口調で同時にささっと言われたゲンが誰の言う事を聞けば良いのか分からず挙動不審になっている。
父と母を押し退け俺がゲンに家に入る様に促すとゲンもようやく安心して動き出す。玄関にある下駄箱の上にバイク用ヘルメットを置くと、俺の後にゲンが付いて来る。
新しい家は以前の家と違って、広い土地を高い外壁に囲まれ家の中も広い。姉の美海が人気になった事で、泥棒が入らない様にと姉が気を利かせて防犯を意識した造りとなっている。
家の廊下を歩き居間に入ると、父と母がテーブルの下座に隣り合う様に仲良く座り込む。迂回する様に俺とゲンが上座へと移動して椅子に座ろうとするのだが、突然ゲンが腰を直角に前方に折り曲げ頭を下げる。
「こ、この度は佐藤くんを殴ってしまい大変申し訳ありませんでした!!」
ゲンが大きな声で謝罪の言葉を発するのだが、突然の出来事に父と母が呆気に取られていた。
しかしすぐに笑顔に変わると優しくゲンに声を掛ける。
「和也から話は聞いてるよ山縣くん、謝る必要は無いのだけど、その謝罪は受け入れるから安心してくれ」
「そうよそうよ、男の子だもんね、喧嘩の一つや二つ出来ないとね!」
「そ、そう言って頂けると俺の気持ちも楽になります……」
1つ目の懸念事項から解放されたのか、ゲンが下げた頭を上げると苦笑いを浮かべ少しだけ緊張が解けていた。
そして2つ目の懸念事項である感謝の言葉を、ゲンが立ったまま静かな口調で語り始める。
「佐藤くんが庇ってくれた事で、俺が退学になる事は無くなりました。俺の父と母からは喧嘩はするなと言われていたんですが、佐藤くんのお陰でそれも守る事が出来ました……本当にありがとうございます!」
ゲンが再び頭を大きく前に下げると、それを父と母は嬉しそうな顔で見つめていた。
「その件についてはこちらも感謝しているよ」
「え?俺が助けて貰ったのに……感謝ですか?」
「だって山縣くん、和也の代わりに怒ってくれたんでしょ?この子、喧嘩はからっきしだから嬉しかった筈よ」
「ちょ、ちょっとそんな余計な事まで言わなくていいよ!」
実は俺の代わりに怒ってくれたゲンには感謝をしていた。父と母の言う通り、俺は喧嘩した事は無いし平均の高校生よりは力は無い。
だからこそ、代わりに怒ってくれたゲンには退学になって欲しくは無かったのが本音であった。
父と母の言葉を聞いたゲンが突然、背を向けると袖で目を擦っていた。相変わらず泣いているのは、ばればれなのだが、父と母と俺は何も言わずにゲンが落ち着くまで待つ事にした。
少ししてゲンがこちらを振り向くと手に持っていた紙袋を差し出して来る。
「これ、家の両親が持って行けと言われたお菓子です。よかったら皆さんで食べて下さい」
「ほほー切腹最中ですか、でも切腹はしなくて良いから和也とはずっと友達で居てあげてね山縣くん」
「も、もちろんっす、こちらからもお願いします!」
父が言うには切腹最中はビジネスなどで稀に相手先に送られるお菓子で、意味は失敗や失礼があった時に先方へ渡す事で次にやったら腹を切る覚悟という謝意があるらしいのだ。
その時は俺も意味が分かっていなかったが、これを持たせたゲンの両親の気持ちが十分に伝わるお土産であった。
「さっ、これで山縣くんも禊を終えたっていう事で……お昼まだでしょう?沢山食べて行ってね!」
「そ、それじゃあお言葉に甘えて頂きます!」
「遠慮なく食べて行ってな、母さんが腕によりをかけた料理だから美味しいよ!」
(ふうーこれで一件落着かな……)
安心した俺はへたり込む様に椅子に座ると、ゲンも晴れやかな顔で椅子に座る。
ゲンからの謝罪と感謝の言葉を受けた事で俺もやっと肩の荷が下りる気持ちになる。お互いが納得する所まで事を進める事がこんなにも大変だとは高校生ながらに感じていた。
しかし安心していたのも束の間、居間の扉が開き姉の美海が登場する。選んだ衣装はドラマの撮影でも着ていた上下が紺色のタイトなリクルートスーツである。
悩んでいた割りにまともな格好で俺は安堵していた。
いきなり関係の無い話をするが、居間にはテレビがあってその時に丁度、姉の美海が出演しているコマーシャルが流れていた。
そのテレビに映る姉と居間に居る姉の顔がメイクの力もあって全く同じ顔なのだ。これ以上の衝撃は無い位の登場の仕方である。
ゲンが姉の美海とテレビに映る美海を見て、脳内が混乱しているのかテレビと姉の美海の顔を交互に見比べていた。あれ?この人、見た事がある。というレベルでは無くこの人だから戸惑っていた。
そんなゲンをよそに姉の美海が両手をへその辺りで組み、笑顔のままに頭と上体を45度に曲げ恐ろしい程丁寧に挨拶を始める。
「和也の姉、美海と申します」
「……はっ!あ、お、俺はカズの……いや佐藤くんの友人で山縣って言います!」
はなっから芸能人オーラを全開にして挨拶をする姉に立ち上がったゲンが押されている。
姉の笑顔からは光り輝く光線が放たれる様な錯覚を感じる。それ程までににっこにこの笑顔である。
そのままテーブルの誕生日席にあった椅子を持って下座に居た俺とゲンの間に置くと、立って居たゲンの肩を姉が座る様に下に抑え込むとゲンを無理矢理座らせる。
姉も真ん中の椅子に座ると3人が横並びになるが、かなり狭い、それよりも姉がゲンの体にくっつく様に座っているのは気のせいだろうか。
「ちょっと姉ちゃん、ゲンにくっ付き過ぎだろ……」
「ええー?なんで?山縣くん迷惑だったりする?」
「い、いえー!じ、自分はちっとも迷惑じゃありませーん!」
俺が注意すると姉がゲンを見上げる様につぶらな瞳で訴え掛けるが、ゲンは頬を赤くして舞い上がっていた。自分の姉をこう言うのも何だが、こんな美人が隣にいたら俺も舞い上がる。
だが俺は何か危機感というか焦燥感を覚え始めていた。
そんな俺の気持ちを無視するかのように姉が突拍子も無い話を始める。
「でも本当に良かったー!カズくんと山縣くんが一週間も学校を休むって聞いて心配になっちゃってさ、事務所お抱えの探偵さんに調査して貰ったんだけど無事に解決してくれたみたい!」
「え?姉ちゃん何かやったの?」
「だってお母さんから電話あってカズくんが学校を一週間も休むって聞いたけど、私は仕事で動けないし、そこでマネージャーに相談したら探偵さんにお願いしてくれたんだよ」
姉の話を聞いて俺は同級生達から聞いた、怪しい黒のスーツの男の話を思い出していた。
俺とゲンの事を聞きまわっていたらしいのだが、その話もあながち間違いでは無さそうな気がしてきた。
それが生徒会長の生縞が転校した理由に関係している事は間違い無い。
~
「くそー新しいエクスプレッソマシンが今日届く予定だったのに、急に仕事が入るなんてよ」
高校の校門近くで加熱式煙草を吸いながら気だるそうな表情でオムガ製の腕時計をちらちらと眺める男が居た。
黒いスーツに黒のネクタイ、赤いワイシャツにトレードマークの丸目のサングラス、細身の長身にシャギーヘア、顎と口周りには不精髭をこさえている。
顔は前髪が目元まで掛かり、はっきり見えないが中年の割に整った顔である事が解る。
この男の仕事は探偵と称してはいたが、普段は美海の所属する事務所で起こった問題を裏方で処理するのが専門の男である。いわゆる何でも屋と言った所である。
だが問題もそうそう起こる訳も無く、何もせずに高給を受取り世界一美味しいエクスプレッソを求めて散財する生活を送っていた。
「……でも美海ちゃんのお願いじゃなあ……いい生活させて貰ってるし、おじさんの汚い一肌脱ぎますかね」
そう言ってる内に、校内で終礼の鐘が響き渡る。校門から下校する生徒達が出て来ると男は手帳と鉛筆を黒いスーツの内ポケットから取り出し声を掛けて行く。
最初は警戒していた生徒達であったが、男の巧みな営業トークと笑顔で段々と気を許すと話が進んで行く。
生徒達の話から生徒会長の生縞という男に美海の弟、佐藤と友人の山縣が呼び出された事まで知る事が出来た。
陽が落ち始め、下校する生徒達がまばらになって行くと男もこれ以上の収穫は無いと考え引き上げる事にした。
そして翌日も同じ時間に待機しながら男が情報を頭の中で整理する。
(美海ちゃんの弟の和也くんと山縣くんってのが、生徒会長の生縞ってのに呼び出されたのか……ここまでは分かったけど、後、もう一押し情報が欲しいな)
そして下校が始まると男が最後の一押し出来る情報を得ようと生徒達の聞き込みを始めるのだが、男の噂を聞き付けた【海原 輝】が神妙な面持ちでゆっくりと近付いて来る。
「あ、あの佐藤くんと山縣くんの話を聞きたいんですよね……」
「……うんそうなんだよー!何か知ってる事があればおじさんに教えて欲しいなあ!」
海原の表情を見て警戒されていると感じた男が、いつも以上に笑顔で接すると海原がスマホを取り出し、ある映像を男に見せ始める。
その映像には呼び出された佐藤が、生縞から姉のサインやプロマイド写真、衣服や下着を持って来るよう強要されている一部始終が映っていた。
男が海原のスマホを掴み、食い入るようにまじまじと映像を眺めて行く。その表情は先程あった笑顔で無く、獲物を見付けた様な獣の目付きだ。それに海原が驚いていると、映像を見終えた男が笑顔を作って声を掛ける。
「いやー驚かせてごめんねー!ちなみにだけど……この映像はネット、いやSNSに流してないよね?」
「も、もちろんです!でも僕にはどう扱えば良いのか分からなくて……先生達に見せても生縞先輩の肩を持つだろうし……」
(なるほど……2人を助けたいけど、今度は自分が標的にされるのを恐れてるって訳か……)
男の本業である探偵らしい推察を行うと悩む海原にある提案を持ち掛ける。
「分かった、その映像をこれで買うよ」
男が内ポケットから厚みのある封筒を取り出すと海原へと渡す。受け取った海原が封筒を覗くと1万円札がびっしりと収まっていた。
「こ、これは……」
「映像料金プラス口止め料ってとこかな、いいかい、この事は他言無用だよ。もし一言でも漏らしたら、僕以上に怖い人が君の家に向かう事になるからね」
「は、はいっ!」
「じゃあ君のスマホは預からせて貰うよ、何、この映像だけ吸い上げたらちゃんと家まで送り届けるから安心してくれ」
「……佐藤くんと山縣くん、凄く仲が良かったんで助けてやって下さい」
「……分かったよ、僕もその為にこうやってここに居るんだからね」
そう言ってスマホのロック画面解除の暗証番号の書いたメモとスマホ本体を男に渡すと海原がその場を去って行く。
男が海原を見送ると頭を掻きむしりながら大きな溜め息を吐く。
「こりゃー先生達よか美海ちゃんの後援会長さんにお願いした方が早そうだな……」
後援会と言うのはファンクラブと違い公式で認められた団体では無く、美海の許しを得た有志が活動する団体である。相撲界のタニマチと似た特徴を持っていた。
男が自分のスマホを取り出すと後援会長へと電話を始める。そして足早に校門近くを離れると、コインパーキングに停めてあったポルシェに乗り込み、後援会長の自宅へと向かって行った。
男の調査で生縞の父親が市議会議員を務めるその地の名士である事を知っていた。となると、より大きな権力者による圧力が最適であると男は判断したのだ。
美海の後援会長という今はそんな肩書だが、かつて政財界の大物フィクサーと呼ばれ戦後数十年に渡って影で暗躍した権力者である。
今は引退し悠々自適な生活を送っていた後援会長に、この映像を手土産に生縞の権力に対抗しようと画策したのだ。
もちろん美海はこの事を知らないし、後援会長をただの優しいお爺ちゃんとしか認識していない。後援会長も美海の事を可愛い孫娘という認識でしかない。
美海と後援会長が出会ったのも昔にあった大御所俳優の誕生日パーティー会場で、参加していた幼年の美海の堂々とした姿に後援会長が惚れ込んだというのが始まりである。
以前にも言ったがテレビ業界、芸能界と言うのは人と人の繋がりがYouTube等のSNSに比べて、面と向かって出会う分で圧倒的に根強いのだ。
その日の夜に映像を見た後援会長が、美海に悟られない様に始末を付けろと静かな怒りを込めて指示を出すと、黒服の男達が一斉に動き出す。
生縞が決して踏んではいけない虎の尾を踏んでしまった瞬間である。
小さな権力が大きい権力によって吹き飛ぶ、歴史的に見ても自然の成り行きであった。
~
「それで探偵さんからは無事に解決したって聞いたから嬉しくってね」
「カズのお姉さん、俺達の為に色々やってくれたんすね」
「ゲンくん、カズのお姉さんじゃなくて、ミウって呼んで欲しいな」
「ゲ、ゲンくん?えっ?いや……そんな馴れ馴れしく名前を呼んだら……色々とやばいっすよ」
「いいの、いいの!カズくんの友達は私の友達なんだしいー」
俺の横で姉がゲンの腕を掴みイチャイチャし始めている。
姉の頼んだ探偵のお陰で生縞が学校を転校した事は明らかであったが、俺にとっては複雑な思いだ。
そこまではやらなくても良かったと言う気持ちと、姉の話題を嫌がっている癖にその姉に助けられていたという事実があったからだ。
だがそのお陰で俺は同級生達とも仲良くなれたし、ゲンだってバイク通学を黙認され普段通りに学校生活を送れている。結局は有名人の弟という肩書で、ここまで普通の生活を送れていたんだなと哲学的に考えてしまう。
そう分かってはいるのだが何か俺の中でもやもやが収まらない。
「お母さんの唐揚げ美味しいんだよ、ほら、ゲンくんあーんして」
「あ、あのミウさん?……もぐもぐ……美味い!」
「あらあら、美海ったら山縣くんと仲良くしちゃって」
「こ、こら美海!山縣くんも困っているだろう!」
なんだこの状況は、俺の姉はこんな感じだったっけ?こんな姉は俺も知らない。そう俺は冷静に状況を見つめていた。
改めて姉の顔を見ると目元が笑っておらず獲物を捕らえた蛇の様な目付きだ。蛇の様にゲンの腕に巻き付き、唐揚げ(毒)を注入するかのような有様だ。例えて言うならば待ち伏せ型のラトルスネイクの様な雰囲気だ。
姉と怖って漢字が似ているよね……いや、そうじゃなくて芸能生活が長いと、そんな顔にもなれるのかと俺は姉に少しばかり恐怖していた。それはともかく姉はゲンの事がとても気に入った様である。
確かにゲンは若い頃の俳優、竹宮虎夫に似ているし、姉の美海も極道映画の俳優が好みである。しかもゲンは彼らよりも体格が良くて腕っぷしもある。
理想的な彼女、彼氏とイメージを皆も考えた事があるだろう、姉にとってゲンが正にそれに当てはまっていたのだ。
そんな状況で昼食を取りながら学校生活での話題に移りゲンを中心に家族で盛り上がって行く。その間もずっと姉はゲンの隣にぴったりとくっ付いている。
ゲンが謝罪と感謝の言葉を伝えに来た筈なのに、姉が婚約者を連れて来た様な錯覚に俺は陥っていた。
そして昼食も終わり1時間程経った後、ゲンが帰ろうとする。姉は名残惜しそうに引き留めるが、今日は謝罪と感謝の言葉を伝えに来ただけなのでと、ゲンが持ち前のはっきりとした物言いで断ると姉がゲンの男らしい性格に益々惚れ込んでいった。
門の前まで俺がゲンを見送ると、ゲンがヘルメットを被りオートバイに跨りエンジンを始動させる。
「なあカズ、今日は楽しかったよ、ありがとうな」
「いや、こっちこそ騒がしくて悪かったよ、あんなに盛り上がるなんて思わなかったからさ」
「それは問題ねえよ、それよりもさ……なんだ」
「ん?どうした?」
「……カズのお姉さん、ミウさんって綺麗だったな……」
「おうん?」
「な、なあ……また遊びに来てもいいかな?」
「お、おうん……」
「そうか!じゃあ、また明日、学校でな!」
そう言うとゲンがオートバイを走らせ去って行く。
俺はそれを呆然として見つめながら見送ると、ようやく自分の胸の内にあったもやもやの意味を理解した。
こんなことってあるのだろうか、ゲンが姉の美海に興味……いや好意を抱いてしまったのだ。しかも俺の中で一番に興味を持って欲しくなかったあのゲンがである。
俺が一番嫌なのは自分を見られずに有名人である姉の美海に注目される事である。それは俺だけを見てくれる数少ない友達のゲンが、俺をほったらかして姉の美海だけを見る可能性がある事を意味していた。
年頃の男子高校生が男の友情と女の愛情どちらを取ると聞かれれば99%女の愛情と答えるだろう。
まさか俺達を助けてくれた実の姉が俺にとっての獅子身中の虫だったとは想定外である。
そんな今の俺の気持ちは分かるだろうか。有名人の姉に言葉通り友達のゲンの心を奪われてしまったのだ。
「何で……何でこうなるんだああああああああああああああ!!」
気付いていたら俺はその場で叫んでいた。
ゲンから殴られた拳の痛みより、俺の心の痛みがはるかに上回っていた事は言うまでもないだろう。
やっぱり有名人の弟は嫌な役回りである。




