第3話 良き理解者
生縞達が部屋を出て行った後、俺とゲンも部屋を出て保健室へと向かった。
思いっ切り殴られたが意識もはっきりしているし、自分の足でしっかりと歩けるのだが、ゲンが今にも泣きそうな顔で俺の肩を支えてくれる。
怪我をさせた負い目もあって俺の助けになりたいのだろう。素直にゲンの厚意に甘える事にした。
保健室へと入ると、テレビを見ながら昼食を食べていた保険医の先生がこちらに気付く。俺の頬のアザを見て、直ぐに喧嘩である事が解ったらしい、慣れた様子で俺をベッドに座らせて治療を始めてくれた。
「全く!昼間っから殴り合いって、ビーバップな事して!」
「いたっ!……先生、ビーバップって何です?」
「むっ……そ、そんな事は知らなくてよろしい……」
「せ、先生、カズの怪我は大丈夫ですか!」
「こんなのかすり傷です!ほら山縣くんは授業に戻りなさい」
「ほ、本当に本当に大丈夫なんですね!」
大きな体を左右に揺らしながら、ゲンがしつこく保険医の先生に俺の容態を確認していた。その焦り様から本気で殴ったんだなと分かるが、俺も良くそんなものを受けたなと痛みを忘れ感心してしまう。
「大丈夫だよゲン、少ししたら俺も戻るから先生に言っておいてくれる?」
「わ、分かった……先生、後を頼んます!」
「後は私に任せて、ほら戻った戻った!」
保険医の先生から追い出される様に部屋からゲンが出て行く。すると保険医の先生が白衣の胸ポケットから煙草を取り出すとおもむろに火を付け始める。
生徒である俺が居ても気にしていない様子だ。
その後に閉め切った保健室の窓を開けて風通しを良くする。部屋には煙草の匂いが一気に充満するが、窓から入る風で外へと匂いが逃げて行く。
保険医の先生が大きく紫煙を吐くと、じろっとした凄みのこもった目で俺を見つめて来る。
「さってと……殴られた原因は何か白状して貰おうかな?」
「はい……」
俺は保険医の先生に昼休みに起こった事を話した。
生徒会長の生縞に脅されて姉の【雲雀丘 美海】のサインや写真、服や下着を持ってくる様に強要された事、それをゲンが止めに入ってくれた事、その生縞をゲンが殴ろうとした所を俺が庇って殴られた事、ゲンのオートバイの話以外は全て素直に話した。
その話を聞いた保険医の先生が、煙草を咥えながらばつの悪そうな顔をしていた。
「あの子か……私あの子苦手なんだよねえ、山縣くんにぶっ飛ばされれば良かったのに……」
「そ、それは聞かなかった事にしておきます……」
どうやら保険医の先生も生縞の事が苦手らしい。もっともあの男と馬が合う人間がこの世に居るのか、そちらの方が疑問である。
すると保険医の先生が突然にっこりと笑ってこちらを見る。
「でもさ、友達の為に体張るなんて、佐藤くん格好いいじゃん、ビーバップしてんじゃん!」
「だから、ビーバップって何ですか……」
「とりあえず、放課後に担任の先生から呼び出しがあると思うからさ、私からも佐藤くんの言ってた事をしっかり伝えるから安心しなさい!それまで、ここで寝てていいから」
俺の問い掛けを無視すると、保険医の先生が自信を持って俺の味方になってくれる事を約束してくれる。後は学校側からどういう処分が下されるのか、流れに身を任せるしかなかった。
保険医の先生の言葉に甘え、俺がベッドで仮眠を取っているといつの間にか午後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いていた。ベッドの上で上体を起こして部屋を見回すが保険医の先生の姿は無かった。
先程、約束してくれた俺の言い分を担任の先生へと伝えに行ってくれたのだろう。
そしてチャイムが鳴り終わって2分も経たない内に、ゲンが保健室へと息を切らせて入って来る。
「はあはあ、カズ大丈夫か?」
「ああ、しっかりと仮眠も取ったから、痛みも大分引いたよ」
「良かった……先生が俺と一緒に職員室へ来いってさ」
すでに生縞から担任の先生へとゲンのバイク通学について伝えられていた様だ。加害者というのはどうしてこうも行動が早く、被害者を演じるのが上手いのか、この世に蔓延る不条理の一つだろう。
ゲンと一緒に保健室を出ると一緒に呼び出された職員室へと向かう。途中の廊下ですれ違う生徒達から俺のアザの付いた頬を見られるが、気にする事無く歩みを進める。
そして職員室の扉の前に着くと扉をゲンがノックして声を掛ける。
「失礼します!山縣と佐藤です!」
「ああ、待ってたよ、入ってくれ!」
扉越しから担任の先生のこもった声が返って来る。それを聞いてゲンが職員室の扉を開けて、俺を先に入る様に手合図を送る。それに従って俺が先に入ると、後から入ったゲンが職員室の扉を閉め、一緒に担任の先生の座る机へと向かう。
職員室はコーヒーとコピー用紙の匂いが混じり合った独特の香りがした。
一体、担任の先生には話がどのように伝わっているのか俺は内心緊張していた。
俺達の歩く姿に気付いた先生が、椅子を回転させこちらに体を向ける。
「おう、良く来たな2人共!そう緊張するな」
先生がそう笑顔で言うと俺の中にあった緊張が一気に解れる。思ったよりも先生は怒っていない様子だった。
そして先生の後ろの離れた机から保険医の先生がこちらを向いてピースサインを送っていた。約束通り、俺の言い分をしっかりと伝えてくれた様だ。
「とりあえずだな、生徒会長の生縞からは話を聞いているが、佐藤、お前の言い分もしっかりと聞いた」
「そ、そうですか、それで俺達の処分は……」
「いいか、落ち着いて良く聞けよ。お前達2人は明日から一週間、学校を休め」
「お、おいっ!先生!それは停学って事か!!俺だけなら良いけど、佐藤は関係ねえよ!」
「だから落ち着けって言ってるんだ山縣!」
「……何か理由があるんですね」
「ああ、それをこれから説明するからしっかり聞けよ」
熱くなるゲンを先生が冷静になる様に促すと、休みの理由について話をしてくれた。
問題は生徒会長の生縞にもあるのだが、さらに問題なのが市議会議員でもある生縞の父親なのだ。
早速、生縞の父親から学校に電話があって、明日にでも俺とゲンを職員室の横にある会議室へと呼び出せと、命令があったのだ。
いわゆる社会問題にもなっているモンスターペアレントという奴である。
もちろん学校側として生徒を呼び出し、教育者で無い者が直接、罰を与える事など有ってはならぬ事で対応に苦慮していた。そこで名目上は停学処分という体を取り俺達を任意で休ませる事で、相手を納得させ俺達に害が及ばない様に学校側が配慮してくれたのだ。
すでに校長も了承済みだそうだ。
そして生縞という生徒は、表立って暴れる生徒と違って、見掛け上は成績も優秀、授業も真面目に取り組み、模範的な生徒で先生達は何も言えないでいた。
稀に、特定の個人を狙ったイジメをしている事は分かっているが、はっきりとした証拠を出さない。そのお陰で先生達は止められずに困っていた。そして自分がちょっとでも咎められると市議会議員の父親が出て来ると言った図式が出来上がっていた。
「まあ、そういう事だから、こちらからご両親には連絡しておくから、しっかりと家で自習しておけよ」
「そういう事なら仕方ねえか……」
「……分かりました先生、ご迷惑をお掛けします」
「すまんな佐藤、山縣、先生にもっと力があれば良いんだが……」
公務員である先生に、市民からの支持を得た市民代表と言っても差し支えのない、市議会議員に逆らう術は無い。それこそ市議会議員以上の権力を持つ者でなければ、生縞とその父親を諫める事は不可能だろう。
「だがな、山縣、佐藤、先生はお前達が正しいと信じている」
「そ、そりゃ嬉しいけどさ先生……」
「先生が金髪を黒く染めて来いって言った次の日に丸坊主にしただろ?あれを見せられて、生縞と山縣、どちらの言い分を信じるって言われたら、山縣、お前しかいないよ」
「……ど、どうもっす」
担任の先生が暗い顔になっている俺達を元気付ける様な言葉を掛けてくれる。ゲンの見せた、口より態度で示した丸坊主が思いもよらない所で影響していたのだ。
先生の真っ直ぐな言葉に、ゲンが坊主頭を撫でながら恥ずかしそうにしていた。
本当はアルバイトの時給アップの為に丸坊主にしたのだが、そこは内緒にしておこう。
俺とゲンが頭を下げて職員室を出ると、すでに誰も居ない教室で帰り支度をして校門まで一緒に歩いて行く。
バス停でバスを待つ間にゲンと一週間の休みをどう過ごすか、お互いの予定を話し合う事にした。
「しかし一週間かあー……店長に言ってバイト増やして貰おうかな……」
「ゲンはそれでいいかもね、俺はさ、ちょっとオートバイでも見に行こうかな」
「カズ、お前バイクに興味あるのか?」
「んー……ちょっとだけね、俺に扱えるか不安しかないけど」
「まあ、見るだけなら問題ねえか……乗るって決めたら、俺に必ず相談しろよな!」
「もちろん、そうするよ」
そんな他愛の無い話で盛り上がっているとバスがやって来る。バスに乗り込もうとした時、ゲンが俺の腕を掴み申し訳なさそうな顔で、俯きながら俺に謝罪の言葉を伝えて来た。
「カズ、すまねえ、俺の為にこんな事になるなんて……」
「ゲン、それはもう無しにしようぜ、俺は自分の信じた事をやったまでだ、気にする事は無いからな!」
ゲンが掴んだ腕をゆっくり放すと、俺が手を上げてバスに乗り込む。バスの扉が閉まって動き出すと、バス停の側に立っていたゲンが見えなくなるまで、こちらを見つめていた。
義理堅いゲンの事だ、自分のバイク通学に責任を感じているのだろう。だが、俺は友達の為に俺の信じた事をやったのだ、後悔なんかはまるで無い。
それに悪いのは完全に生縞の方だ。権力を笠にやりたい放題するのには、むかっ腹が立つが感情的になってしまえばこちらも同じ土俵に上がってしまう。
今、俺に出来る事は休みの間に事態が好転する事を祈るだけであった。
その日の夜に、担任の先生から一週間学校を休ませる連絡が母に伝えられるのだが、上手く説明してくれたみたいで母の様子はいつもと変わらないでいた。これならゲンの家も大丈夫だろうと安堵する。
俺は家に帰ってから夕食までの間、自室のベッドで仰向けになって、明日からの行動予定を頭の中で考えていた。生縞との出来事をウダウダと悩んでも、何も変わらないし何よりも時間が勿体無い。
それならば、自分の為に時間を使ってやろうと俺は開き直っていた。
となると、やはりオートバイが一番に気になる。スマホで近くのオートバイ屋さんを検索してみると、地図が表示され、複数の店舗がピックアップされる。
思ったよりも店の数が多くて驚くが一週間も休みがあるのだ。いっその事、全店を巡って制覇してやろうと目論む。
「和也ー、夕飯出来たよー!」
1階から母の呼ぶ声が聞こえて来ると、俺はベッドが起き上がりスマホを持って1階へと向かう。
(明日は、オートバイ屋さん巡りだな……)
一週間の休みの予定が決まった俺は、夕食を取りながら母に学校で何があったのか、色々と聞かれる事になる。俺は隠す事無く友達のゲンを守っただけと伝えると、母が涙を流し嬉しそうな顔で喜んでくれていた。
そんなに泣く程、嬉しい事か?と俺は思っていたがそれには理由があった。
この時、俺の口から初めて【友達のゲン】と言う言葉が出て来たのだ。
この言葉を聞いた母は、今まで有名人の弟である俺の過ごしていた環境を何と無くだが、察していたので特別に嬉しく感じていたのだ。
そして俺とゲンが休日に入った翌日から高校周辺で怪しい男が徘徊を始めていた。
これは後で同級生から聞いた話だが、高校の校門近くで黒のネクタイに赤のワイシャツ、黒のスーツ、丸目のサングラスを付けた、怪しい背の高い細見の男がうろつく様になっていた。
下校する生徒に声を掛けては色々と何かを質問していたらしい。生徒会長の生縞の取り巻きだった上級生も捕まり、黒のスーツの男に俺達の事を話したようだ。
そしてある日、同じクラスの同級生の【海原 輝】が黒いスーツの男と話し込む姿が確認されると、それ以降パタッと黒いスーツの男が現れなくなったと言うのだ。
過去の事件に習い竹刀を持った先生達が校門で警戒を始める所であったが、すぐに黒いスーツの男が消えたものだから学校側は安心した様だ。
そしてあっという間に一週間が経ち俺は学校に向かっていた。殴られた頬もあの日から一気に腫れ上がり、しばらくずきずきとした痛みを感じていたが、今ではもうすっかり治っている。
いつもの様に電車に乗って高校近くの最寄り駅の改札を出ると、正面の壁際にゲンが待ち構えていた。
「よお!カズ!久しぶりだな!」
「そっちこそ、元気そうだなゲン!」
相変わらず元気そうなゲンが笑顔で俺に声を掛けて来る。
どうやら今日はバイク通学では無く電車通学をして来た様だ。あれ程気にするなと言ったのだが、何とも真面目な男である。
一緒にバスに乗り込むと一週間何をして過ごしていたのか、その話題で盛り上がって行くとあっという間に、高校へと到着する。
すると校門で待っていた生縞の部下の上級生2人組が、俺達を見付けると駆け足でこちらに寄って来る。
また生縞の呼び出しか?と俺は警戒するのだが、他の生徒の目を気にする事無く上級生2人組が頭を思いっ切り下げて来る。
「「佐藤くん、山縣くん、ご迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんでした!」」
「えっ?いやその……」
俺の事態の好転の願いが神様にでも聞き届けられたのか、上級生2人組が謝罪をして来たのだ。その態度に俺が戸惑っていると、隣に居たゲンが表情を変えずに場慣れした感じで答える。
「先輩達も好きで生縞に付き合った訳じゃないんすよね?……なら、先輩も被害者っしょ?謝罪はいらないっすよ」
「で、でも俺達は……」
「なあカズ、お前も良いよな?」
「も、もちろん、あんな事に喜んで加担する人は居ないだろうし」
「あ、ありがとう……もう二度とあんな事しないから!後、撮影した動画は消しておいたから!」
謝罪を俺とゲンが受け入れると上級性が安堵の表情を浮かべて駆け足で去って行く。
こういった突然の出来事にも動じないゲンの対応力は見習いたいものである。
しかし、なぜ上級生2人組が謝罪して来たのか俺は不思議に思っていた。生縞の性格を考えれば許可無く勝手な行動をしたら、上級生2人組は何らかの罰を受ける筈なのだ。
それを考えながら一週間振りの教室へと入って行く。教室に居た同級生達が俺とゲンの顔を見付けると、いつもの様に集まって来る。いや、いつもよりも人が多い、普段は俺の姉に興味はあるが遠慮している同級生も集まっているのだ。
「佐藤、山縣!お前らすっごいな!あの生徒会長からの要求突っぱねたんだってな!」
「佐藤くんってお姉さんに負けない位に勇気あるんだね!やっぱり姉弟だねー!」
「な、なんだこれ?ゲン、分かるか?」
「わ、分かる訳ねえだろ!何だよ、この変わり様は!」
同級生の称賛に俺とゲンは何が起こったのか分からないでいた。
こんな不思議な状況の中でいつもの様に授業が始まり、昼休みになると同級生達が俺とゲンを教室の真ん中へと座らせ、生徒会長の生縞と何があったのか詳細に聞いてきた。
他のクラスの生徒達も集まり、注目される中で俺はバイク通学以外の話をゲンと上手く合わせて話して行く。
生縞が俺の姉のグッズを持って来るように強要し、それを売り払って金儲けをしようとしたのをゲンが知り、生縞を殴ろうとした所を俺が庇った……皆が知っている噂と概ね同じ内容だ。
話を聞いた同級生も俺が生縞を庇ってゲンに殴られた事を知ると大きく感心した声を上げる。あんなデカイ拳で殴られて耐えれる生徒はこの高校には居ないだろう。
他にも俺とゲンが休みの間に色々とあったみたいで同級生から生徒会長の生縞の現在について聞かされる。
なんとあの生縞が転校したのだ。
その話を聞いた俺とゲンが驚いていると、学校側からの処分では無く、自主的に転校を申し出たのだと言う。あの生縞が素直に自らの過ちを認める訳が無いし、認めたとしても転校する必要は全く無いのだ。
生縞が転校するという話はあっという間に学校中に広まり、それと同時に転校の要因となった俺とゲンの噂話が広まった様だ。
(どうりで、いつも以上に人が集まって来たと思ったよ……)
何が起こったのか分からないが、結果として俺の悩みの種であった生縞による【雲雀丘 美海の弟】を利用される事は無くなった。
そして驚く事にこの日、集まった同級生や生徒達からは姉の美海について聞かれる事が無かった。
逆に俺の生縞に対して取った行動や、休日は何をしていたのか、趣味は何なのか、お勧めのYouTuberは居るか、俺とゲンの事について色々と聞いて来るのだ。
こんな事は学校生活の中では初めての経験で俺は少し戸惑っていたが、それとなくゲンがフォローをしてくれるので円滑に話が進む。
いつもは俺とゲンの2人だけで昼休みを過ごしていたのだが、こんなに大人数の友達に囲まれ俺は舞い上がる様な気持ちになっていた。
それと同時に友達を【友達】と揶揄していた事を思い出し俺は恥ずかしく感じていた。
今思い返せば、俺が勇気を出して率先して自分の話をすれば解決出来た事だったのだ。【雲雀丘 美海の弟】と強く意識し過ぎていたのは俺の方だったのかもしれない。
それに気付かせてくれたのもゲンと言う友達が出来たのが切っ掛けだ。俺は心の中でゲンに感謝していた。
そして騒がしい昼休みも終わって午後の授業が始まる。授業も終わり下校の時間になるのだが、終礼で先生が俺とゲンに声を掛ける。
「佐藤、山縣、休み明けで悪いがこの後、先生に付いて来てくれ」
「はい」
「ういーっす!」
終礼が終わり同級生達が次々と教室を出る中、俺とゲンが先生の後に付いて行く。廊下を歩いている間は先生は一言も話をしないので、俺は少し不安に感じていた。
恐らく生縞の転校について何か話があるのだろう。ちらっとゲンの方を見ると、いつもの様に何事にも動じていない顔である。ゲンの度胸を少しでも俺に分けて欲しい。
そして先生が目的地に着いたのか、足を止めると扉をノックする。
「校長先生、2人を連れて来ました」
「待っていたよ、入ってくれたまえ」
部屋の上には【校長室】という札が掲げてある。俺とゲンは校長先生に呼び出されていたのだ。
「せ、先生これは一体……」
「佐藤、山縣、お前達に校長先生からお話があるそうだ、先生は職員室に戻るから、しっかりと話を聞くんだぞ」
先生が俺とゲンを校長室まで案内を終えると、俺達をその場に残して職員室へと行ってしまう。
俺とゲンが顔を合わせて、覚悟を決めると校長室へと入って行く。
「し、失礼します!」
「良く来たね、まあ、そこの椅子に座りなさい」
予め校長室に用意されていた2つの折り畳み椅子に、俺とゲンが緊張しながら座る。
校長先生は事務机を挟み、革製の椅子に座ったままこちらを見つめて待ち構えていた。
ふっくらとした頬に、にこにこした笑顔、白髪頭だが眉毛だけは太くて黒い、気の良さそうなお爺ちゃんと言った風貌だ。
「さて、今日来て貰ったのは、生縞くんについて伝えておこうと思ってね」
そうだ、それが今俺が一番知りたい事だ。あの生縞が転校したと聞いてその理由が分からなかったのだ。食い入るように校長先生の話に集中する。
「実は、生縞くんと佐藤くんの間であった諍い、その証拠が匿名者から提供されてね。それを生縞くんが認めた上で、自主的に転校を申し込んできたという訳なんです」
「しょ、証拠?」
「はい、生縞くんが佐藤くんに対して強要した内容全てが映った動画です」
もしかして上級生2人組が撮影した動画の事かと考えたが、あの2人はゲンが入って来た後で撮影を始めていた。となると、あの状況で撮影していた者がもう1人居る事になる。
すると隣に座っていたゲンが、何かを思い出したかのような顔をしていた。
「も、もしかして海原の奴かも……」
「か、海原くん?あの眼鏡を掛けた……」
俺が昼休みに生縞の下へ向かった後、ゲンが同級生から生縞について知っている事を聞き回っていた。その中で海原が生縞の悪評について詳しかったので、いつも生縞が居る空いた部室の場所をゲンに教えていたのだ。
「あいつ、俺が教室を出た後、こっそりと後を付いて来てたんだよ、俺は必死で気にしてなかったけどさ」
「た、確かにそれなら海原くんかもしれないけど、今日は妙に静かだったよね」
「確かにな……他の奴も、海原から聞いたとも言ってないし……俺の思い過ごしかな……」
今日の海原はいつもに比べてかなり静かであった。いつもはYouTubeの動画で友達と盛り上がっているのに、今日だけは誰にも話し掛けず、かと言って俺とゲンに寄る事も無く過ごしていた。
だが、たとえ海原が撮影したとしても強要された動画だけで、実際に実行した訳ではない。未遂で終わっているので生縞が転校する理由には何かが足りない様な気がした。
「という訳で、学校としては学生の自主性を重んじていてね、彼の決心は固く止める事が出来なくてね……非常に残念だけど生縞くんの転校を認めたという訳なんだよ」
「そ、そうですか……」
厄介者が居なくなって俺の気持ちがすっきりとする筈なのだが、妙に悲しい気持ちになる。事態の好転を願ってはいたが、それは俺の望む様な結果では無いからだ。
そんな俺の顔を見てゲンが背中を優しく叩いてくれる。
「話はそれだけです、佐藤くん、山縣くん、ご苦労様でした」
話を終えると校長先生があっさりとした感じで俺とゲンに労いの言葉を掛ける。この対応にゲンが納得出来ず、椅子から立ち上がると校長先生に質問を始める。
「校長先生、生縞から俺について聞いているでしょう?俺には何の処分も無いんですか」
「お、おい!ゲン!」
生縞からバイク通学の件が伝わっている筈なのだ。本人としてはこの罰が無い事に違和感を覚えていた。というよりは今回の事件の発端である自身のケジメを着けたかったのだろう。
俺が折角、有耶無耶にしようとしていたのに自分から白状しているのだ。本当に義理堅い男である。
そんなゲンの顔を嬉しそうな顔で校長先生が見つめ答えて行く。
「すでに学校を辞めた者の報告です、学校としては受ける訳には行きませんね」
「だけど、それじゃあ……」
「もう一度言いますが、学校は生徒の自主性を重んじています。山縣くんが何をしようと、人に迷惑を掛ける事でなければ容認しましょう。……ただし、なるべく私や先生達の前で見せないようにね」
校長先生の発言はゲンのバイク通学を黙認すると言っているのも同じであった。
こうして話が終わり、俺とゲンが校長室から出ると教室へと戻り帰る準備をする。
その間、ゲンは喋らずにずっと俯いたままで落ち込んでいる様子だった。折角、バイク通学も黙認されたと言うのに、喜ぶ所か落ち込むゲンの態度に俺は不思議に思っていた。
そしてお互い無言のまま校門を出ると、ゲンが大きくジャンプをしてガッツポーズを取る。
「やったぜー!!これでまたバイク通学が出来るぞーーーー!!」
「えっ?ええ……」
ゲンの声が大きく辺りに響き渡る。どうやらゲンは、嬉しい気持ちを校内で爆発させない為に我慢しているだけだったみたいだ。
心配していた俺はそこら中で飛び跳ねて喜ぶゲンを呆れた顔で見つめていた。
本当に変わった男である。




