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有名人の弟  作者: トリミング中の噛み犬


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第2話 友達と【友達】

 同級生の【山縣 源二】ことゲンと昼食を一緒に取る様になってから1カ月が過ぎ様としていた。

 天気も雨模様が多くなり間もなく梅雨に入ろうとしている。


 相変わらず教室に居る間は同級生に囲まれ、姉の話題について話す日々が続いている。姉の印象を悪くしない為にも、それと無くだけ答えるのはもう慣れたものだ。


 授業中のゲンもオートバイに乗り始めてからは、人が変わった様に楽しそうに授業を受けている。オートバイはそんなに人が変わる程、面白いモノなのかと俺は考える様になった。


 午前中の授業が終わり、いつもの様に弁当箱の入った巾着袋を持つとゲンと一緒に、体育館裏へと向かって行く。同級生の間では、俺がゲンに恐喝されているんじゃないかと心配の声も上がっていたが、隠れて様子を見に来た同級生が俺とゲンが楽しそうに会話をしながらお弁当を食べている所を見て、とりあえず恐喝では無い事に安心した様だ。


 それに昼時間の間くらいはゲンに俺を独占されても良いかと同級生達は納得をしていた。本当の所、ゲンに意見する度胸は無いからである。


 何度か昼食を取りながらゲンのオートバイについて聞いてみたのだが、オートバイは父親のお古らしく、それに乗りたいが為にゴールデンウイークを利用して中型自動二輪免許を取得したそうだ。


 そしてゴールデンウイーク明け初日にバイク通学をしていた所を俺に発見されたという訳だ。本人もまさか、初日から見つかるとは思わずに人生で一番焦ったと語っていた。


「いやもうマジで焦ったって、初日からカズに見つかるって、どんだけ運がねえんだよってさ」


「ははははは、確かに待ちに待ったバイク通学が、初日から駄目になりそうなら焦るよね」


 そんなゲンを見て俺は大笑いをしてしまったが、そのお陰で俺はゲンという友達を得たのだ。ゲンにとっては人生で一番焦った日かもしれないが、俺にとっては運命の出会いの日と言っても良いものだった。


 ゲンとは気兼ねなく話せる関係になると、続けて頭を丸坊主にした理由についても聞いてみた。


「なあゲン、前から聞きたかったんだけど、なんで丸坊主にしたの?黒く染めるだけでも良かったんじゃない?」


「これなー……バイト先の店長がさ、俺を気に入ってくれたんだけど、金髪をやめて丸坊主にしたら時給を上げてやるって言われてさ。家で親父にバリカン借りてやったんだよ」


「そ、そうだったんだ……よくまあ覚悟を決めたもんだね」


「バイクの免許代の為だ、何だってやるさ!」


 丸坊主になった頭を擦りながら山縣が笑顔で答える。それを見た俺は自分の考えを恥じていた。

 ゲンは先生に従順になった訳では無く、自分の意志を持って丸坊主になっていたのだ。茶髪の女子を盾に反論しなかったのも、ゲンにとって関係が無かったからだろう。

 その行動も何かをやり遂げるという強い思いが無ければ出来ない事だ。


 そして俺は核心である自分の姉について恐る恐るゲンに話してみるのだが、その話を聞いたゲンが意外な反応を見せた。


「あー……悪いけど、俺、そういうのに興味ねえんだ。今はバイクの事で少ない頭の容量使ってるからよ」


 丸坊主の頭を掻きながら申し訳なさそうに、姉には興味が無いと言って来たのだ。

 ゲンの家にはテレビはあるが、いつも遅くまでアルバイトをこなしバイクを触る日々が続いていて、テレビを見る余裕は無いという事だった。


 それにいつもスマホで見ているのは、新型のオートバイ紹介動画や他のバイカーのツーリング動画ばかりで、それが生き甲斐になっているらしい。俺のゲンに対する第一印象と同じでやっぱりゲンは変わった奴だった。


 だけど、それほどまでにゲンが夢中になっているオートバイに俺は益々興味を惹かれていた。


 ゲンのお陰で中学時代とは違い楽しい高校生活を過ごしていたある日、いつもの様に授業を終えた俺が下校しようと下駄箱で外履きへと履き替えていると、見知らぬ上級生2人から声を掛けられる。


「お前、1年の佐藤だよな」


「……はい、そうですけど」


「ちょっと、話があるからこっちに来てくれよ」


「話って何です?ここじゃ話せないんですか?」


「有名人の弟だからって偉そうな口を聞いてるんじゃねえよ、先輩の言う事は素直に聞けよな」


「……分かりました」


 高圧的な態度で俺を連れて行こうとする上級生2人だが、ゲン程ではないが俺よりも体格が大きく、丁度周りには誰も居ない。ここで反抗的な態度を取ってもますます揉めるだけだと思い、俺は素直に付いて行く事にした。


 上級生2人の後に付いて行き、部室の並ぶ校舎の1階に入って行くと空き部屋の一室へと案内される。言われるがままに入って行くと、1人用のソファに座ってスマホのゲームに夢中になっている生徒が居た。

 俺に気付くと両手で握っていたスマホを横の机に置く。


 髪は綺麗に整えられたマッシュヘアを茶色に染め、キツネの様な細い目で俺の事を品定めする様に見つめて来る。連れて来た上級生がソファに座る生徒に向かって声を掛ける。


「生縞さん、言われた通り例の【雲雀丘 美海の弟】を連れて来ました」


「ご苦労様ー」


 生縞と呼ばれた生徒が俺を連れて来た上級生2人に対して、まるで自分の部下の様な態度で言葉を掛ける。

 そして俺は生縞という珍しい苗字を聞いてある事を思い出していた。


 高校のある地元の市議会議員を務めている男の名だ。通学途中にも生縞という中年男性のポスターが貼られ、地元では知らない者は居ない名士でもある。


 そんな生縞がヘラヘラとした表情を浮かべていた。早く帰りたい俺は呼び出した用件を聞く事にした。


「生縞先輩、俺に話って何ですか?」


「なあ佐藤、ちょっと金儲けしないか?」


「金儲け??」


「いやさ、最近小遣いが足らなくてさ課金が出来ないんだよ、スマホゲーのモメタモリって奴なんだけどさ、もう少しランキングトップ狙えるんだよ」


 モメタモリとは元は人気家庭用ゲームだったものを、スマホ向けにゲーム化したものだ。過去の英雄を模したキャラクターと濃厚なストーリーが売りの人気ゲームだ。そこではプレイヤーランキングと言う物があって、プレイヤーが1位を目指し日々争っている。

 もちろん課金した者が優位に立てるのは言うまでもない。


 そのゲーム自体は問題無いとして、どうやら生縞は俺が【雲雀丘 美海の弟】である噂を聞き付けて、上級生2人を使って探していた様だ。そんな俺に金儲けの誘いを掛けて来るが、どういう意味なのか分からないでいた。


「あ、あの、それで俺に何をしろって言うんです?」


「【雲雀丘 美海】の写真、私物、サイン色紙何でもいいから俺に持って来てくれよ。俺がメルウリで売るからさ、もちろん分け前もやるよ」


 俺は最初、生縞の言っている事が理解出来ないでいた。そして段々と理解して行くと沸々と怒りが込み上げてくる。こいつは俺に姉を売る事を強要して金を稼ごうと考えているのだ。


 しかし生縞は動じる様子が無い、余程、この交渉に自信を持って臨んでいるのだろう。

 俺は怒りを抑えつつ冷静になって、この馬鹿げた提案を丁重にお断りする事にした。


「すみませんが、それは出来ません。用件がこれだけだったら俺は帰りますね」


「おいおい、俺と友達になって損はねえぞ?有名人の弟なんだろ?静かに高校生活を送りたいとは思わないのか?」


「何ですかそれは、脅してるんですか?」


「俺は生徒会長もやってるし、成績もこの学校じゃあトップクラス、先生達も俺の言う事はしっかり聞くしな、つまり学校生活でお前に何があっても助けてくれる奴は居ないって事、それに俺の父親は市議会議員、逆らっても良い事ないぞ?」


 すました顔で生縞が遠回しに脅しを掛けて来る。テレビドラマでも良くある権力を笠に横柄に振る舞う悪党、それがまさに俺の目の前に居た。

 親の権力を笠に今まで何不自由無く過ごし、スマホを片手に何でも出来る全能感を自分の力と勘違いする典型的な男だ。


 今まで俺も横柄な【友達】と出会った事があるが、しっかりと断りを入れると渋々引き下がる者が多い中、こいつだけは違うタイプだ。初めて出会うヤバいタイプの【友達】である。


「何度も言いますが、お断りします。失礼します」


「あっそ……これから大変だろうけど、気が変わったらいつでもここに来いよ、休み時間と放課後はここで時間潰してるから」


 俺が断りを入れると生縞はそれを無視する様にスマホを持ってゲームを始める。

 その生縞の態度に呆れた俺は空き部屋を出ると、早足ですぐに校門へと向かって歩き出す。この間にも俺の気持ちは腸が煮えかえる思いで一杯だった。

 煮ても焼いても食えぬ奴という言葉は、生縞の為に生まれた言葉だと思う程、憎たらしい男であった。


 何より【雲雀丘 美海】のファンでも無く、【雲雀丘 美海の弟】としか見ていないのにも関わらず、図々しい要求をしてきたのだ、それを思い出すだけでも怒りが湧いて来る。

 まだ姉のファンであって私物を欲しがるのは理解できるが、その姉を金蔓としか見ていないのだ。それは自分以外が取るに足らない存在と見下している証でもある。

 もし俺にゲンと同じ力があれば、あの場に居た奴らを全員ぶっ飛ばしていただろう。


 そんな事を考えてずかずかと歩いていると校門にゲンが立って居る事に気付く。


 いつもなら俺はバス停、ゲンはオートバイを止めている公園に向かっているのだが、この日だけは珍しく俺の姿を見掛けないゲンが校門で待っていたのだ。


「よっ、カズ遅かったじぇねえか」


「ちょっと忘れ物しちゃってさ、それよりゲンはここで何してるんだ?」


「いやー、何と言うか……いつもカズと同じ時間に帰るからよ。見掛けねえと落ち着かないって言うか……」


 ゲンが顔に似合わない、恥じらう顔を誤魔化しながら俺を待っていた事を話してくれる。その顔を見て、俺の中で湧いていた怒りが大分落ち着いて来た。


「……待っててくれてありがとなゲン、また明日」


「ん?あ、ああっ……また明日な」


 ゲンは俺の様子がおかしい事に気付いていた。どうしたんだカズの奴、と言った困惑した表情を見せていたからだ。

 俺もゲンに先程の話を相談するべきだったのだが、俺と生縞との話であってゲンには関係は無い、それに感情的になり過ぎて上手く伝える自信が無かった。


 そして校門でゲンと別れると俺はバス停に並び、スマホで漫画を読み始め先程の出来事を忘れ様としていた。

 この時、俺はもっと周囲に注意をするべきだった。生縞の忠実な部下の上級生が、ゲンの後を付いて行くのを俺は見落としていた。


 それから一週間、金儲けを断った生縞からは何も音沙汰がない。あの程度で諦める様な男とは思えないが、諦めたと信じて俺は学校生活を過ごしていた。


 そしてある日、午前中の授業を終えるといつもの様にゲンと一緒に昼食を取ろうと体育館裏へと向かおうとしていた。教室を出ようと扉を開けた時、生縞の部下である上級生2人組とばったりと出会ってしまう。


「佐藤、生縞さんから大事な話があるそうだ」


「またですか?もう話す事は無いと思いますけど?」


「何だこいつら?カズの知り合いか?」


 俺の横に居たゲンが上級生2人組を上から鋭い視線で見下ろし威嚇を始める。

 上級生もゲンの体格の大きさと迫力に押されるが、生縞の命令は絶対のようで引き下がる事無く、俺の耳元で小さい声である事を伝えて来る。


「この写真を見ても話す事は無いか?」


「こ、これは……」


 俺だけに見える様に上級生がスマホを掲げると、その画面にゲンの愛車であるオートバイが映されていた。しかも丁寧にゲンがオートバイに跨いでいる所を撮影していたのだ。

 もし、これが学校の関係者の目に入れば、ゲンのバイク通学は無くなるのはもちろん、最低でも注意と反省文、最悪で停学が下される可能性がある。


 俺は正直ここまでやるのかと生縞を恐れ始めていた。この一週間、音沙汰が無かったのは俺とゲンの関係を洗い出していたからだろう。

 たかが高校生が俺を金儲けで利用したい目的で友達のゲンを人質に取ったのだ。見た目が怖い人以上に、恐ろしい生縞の狂気の行動に俺は正直、心の中で震えていた。


「わ、分かりました、いつもの部屋に生縞先輩が居るんですよね?」


「そうだ、すぐに行く様にな」


「おいカズ、話す事は無いんだろ?無理して付き合う必要はねえぞ」


「ごめんゲン、良く思い返したら生縞先輩と大事な話があったんだ、悪いけど昼飯は1人で食べてくれる?」


「……ああ、分かったよ」


 俺の言う事を聞いてくれたゲンが上級生を睨み付けると、ゲンを恐れた上級生が俺と一緒に逃げる様に教室の扉から離れて行く。扉の側に立って俺の背を見続けるゲンの姿があったが、すぐに教室の中へと戻って行く。


 上級生2人組と一緒に例の部室の空き部屋へと行くと、生縞が嬉しそうな顔で待ち受けていた。


「それで、俺と友達になってくれる気になったかな?」


「……生縞先輩、俺ならまだしも俺の友人をだしに使うのはどうかと思いますよ……」


「だって佐藤、お前がオーケーしてくれないのが悪いじゃん。折角、俺が考えた誰にも迷惑を掛けない儲け話を断るしさ、それって原因はお前だよね」


 他責思考の極まった生縞には、最早、常識が通用しない。そもそも、その考え方で無ければ俺の友達であるゲンを人質にしようとは思わない筈だ。この怪物から拒否する権利は与えられないとなると、後は如何に被害を抑えるかが重要になって来る。


「それで、生縞先輩に渡せばいいのは、姉のサインと写真だけで良いんですね」


「そうそう、【雲雀丘 美海】だっけ?メルウリでサインの値段見たんだけどさ、サインだけなら本人証明有りで5万円、サイン入りのプロマイド写真で10万円超えてたんだよね、マジで凄くない?」


 すでに生縞の頭の中では、姉のサインと写真が換金されているようだ。姉に関する物はメルウリでの売れ行きも悪くは無いらしく、生縞も興奮気味に話していた。

 芸能人の追っかけはとにかく時間と財力と体力が必要だ。だが殆どの者は時間が無い、財力だけで限定品を手に入れる事が可能ならば、それを選択肢に入れるファンも少なからず居る。


 特に姉の美海は女優業を主としているので、アイドルの様に一般人との接点が少なく、姉の所属する事務所側の方針でサインや写真を量産する事はしていない。その分【雲雀丘 美海】のサインや写真などは希少で価値も高い。


 それと俺は姉とは仲が良い方で、姉に連絡を取ればサインや写真の数枚程度はすぐに手に入れられる。これでゲンの学校生活が保証されるのと、好きなオートバイが乗り続けられる事を考えれば安いものだ。


 そう思っていたのだが、ここで生縞が予想外の要求を始めて来る。


「サインと写真だけで数万って事はさ、服とか下着になればもっと値段行くんじゃね?」


「なっ!」


「だって無名の女の上履きや服や下着でも金を出す奴いるじゃん、って事はさ、【雲雀丘 美海】のものとなれば、数十万円は行くんじゃね?それも持って来いよ佐藤、一発大きい勝負で行こうぜ!」


 一度要求が通ると当たり前となって際限なく要求し続ける。俺の思った以上に生縞は欲深い性格であった。恐らく生縞の頭の中では服や下着は買い増せば良いと、簡単に考えているのだろう。

 だが一度それをやってしまったら、家族の絆、姉の美海の俺に対する信頼が完全に破綻する事を生縞は考慮していない。


 もちろん俺には絶対に飲めない条件である。


「い、生縞先輩……それだけは許して下さい……」


「おいおいなんだよ佐藤ー、服や下着なんて元はただの布っ切れだよ、何真剣に考えてんの?新しく買ってさ着させればいいじゃん……ほら、弟からのプレゼントだって渡せば逆に喜んで着てくれるんじゃね?」


 ヘラヘラと笑いながら、生縞が俺をおだてる様な声で煽って来る。正直言って俺は我慢の限界であった。姉の美海を侮辱され、物の様な扱いをする生縞をこの場で殴り飛ばしたい、拳を強く握り体を震わせていた。


 だがオートバイの事を楽しく話すゲンの顔を思い出すと、その一歩が踏み出せずにいた。


「じゃあ佐藤、今週の金曜日でいいからさ【雲雀丘 美海】のサインと写真を10枚づつ、それと着用済みの服か下着を1枚持って来いよ、オークションサイトに出品してどのくらいの値段まで釣り上がるか見てから、枚数増やして行くからさ」


「わ、分かりました……」


「やっぱ人間素直に生きないとな、これで山縣のバイク通学は誰にも知られる事無く、みんな幸せに学校生活を送れるって訳だ!いやーめでたいなー」


 ゲンの大事にしている物を人質に取られ、何も出来ない俺の目には悔し涙が出ていた。それを生縞に悟られない様に俯きながら部屋を出ようと振り返る。

 俺の後ろの側にいた上級生2人組も、今までの俺と生縞のやり取りを見てやり切れない表情をしていた。この2人も生縞に何か弱みを握られているのだろう。

 

 今思えば俺もやっと出会えた【山縣 源二】という友達を失いたくない、その気持ちで一杯で冷静になれていなかったのだと思う。生縞の言うがままに俺は従おうとしていた。


 すると突然、部室の扉が勢い良く開く。


 開いた扉の前にはゲンが立って居た。その顔は高校生とは思えない怒りに満ちていて、体全体から殺気を漲らせていた。


「カズ、話は全部聞かせて貰った、お前の姉ちゃんを売る必要はないぜ」


「ゲ、ゲン!」


「おいーなんで山縣がここにいるんだよ、使えねえなあ」


「す、すいません生縞さん……」


 部屋の外で話を聞いていたのか、ゲンが俺に気を遣い姉を売る事は無いと言ってくれる。それとは逆に、生縞はゲンの登場で部下の上級生2人組にダメ出しをしていた。


 だがゲンが現れた所で問題は解決していない。それを生縞も分かっている様子で、相変わらずヘラヘラとした顔で余裕の表情を浮かべていた。


「おーい、佐藤、友達に教えてやれよ、俺は佐藤の友達の為にバイク通学の事は内緒にしてるんだってな」


「すまないゲン……俺さえ我慢すればオートバイにも乗れるし、それに姉ちゃんにも上手く言えば許して貰えるからさ……」


 そうなんだ、俺さえ我慢すれば全ては元のまま学校生活を送る事が出来る。俺が俯きながら諦めた表情でゲンにそう言うと、ゲンが俺の両肩を両手でがっしりと掴む。

 俯いた顔を上げると、ゲンが覚悟を決めた目で真っ直ぐに俺の目を見つめていた。


「俺を見損なうなよカズ、例えバイク通学が出来なくなったとしても、俺には何の痛手でもねえよ」


「で、でも学校にばれたら停学の可能性だってある!本当にいいのかゲン!」


「なーに、それは今回が初めてじゃねえしな、気にすんなって……それより生縞って言うのか、あいつを殴り飛ばさねえと気が済まねえ!」


 俺の両肩を掴んだ手を放すとゲンが大きな体を動かし俺の横を抜けて行くと、ソファにふんぞり返る生縞へと迫って行く。ゲンが生縞の前に立つと拳を手の平に包み指の関節を鳴らす。

 それを上目遣いで生縞が見上げるが、未だに余裕がある様子だった。


「今時、暴力で解決しようってのか山縣?後ろを見て見ろ、スマホで撮影してるからな」


 生縞の言う通り、上級生2人組がスマホを掲げてゲンと生縞の2人を撮影していた。他人の喧嘩をスマホで撮影した動画を見た事があるだろうか。今はどんな小さなトラブルも第三者から撮影されSNSに流されるリスクがある。

 それを逆手に取った生縞が、身を守る防衛策として2人に実行させていた。


 だがゲンは撮影している上級生2人組をちらっと見ると、表情を変えないままに生縞を睨み返す。


「だから、どうした?」


「えっ?」


 するとゲンが生縞の襟を両手で掴み、ソファに座っていた生縞を体ごと持ち上げて目の前に無理矢理立たせる。ゲンの圧倒的な力に恐れをなしたのか生縞の顔には汗が滲み青ざめて行く。


「お前みたいな野郎はな、一度、痛みってのを体で知らねえと変わらねえんだ。カズがどんな気持ちでお前の言葉を耐えていたのかと考えるとな、すっげえムカつくんだよ」


「ま、待てよ、お、俺を殴ったら停学じゃ済まないぞ!俺のパパに言って退学まで追い込むからな!」


「てめえも男なら、意地を見せろや!」


 そう言うとゲンが腕を思いっ切り引いて、生縞の顔に目掛けて勢い良く拳を突き出す。


ゴスッ!!


「ぐあっ!」


 突き出されたゲンの拳から鈍い音が鳴る。しかしその拳は生縞の顔面では無く俺の顔面に当たっていた。


「カ、カズ!!何してんだよ!!」


 殴られた俺は後ろへ飛ばされると生縞にもたれ掛かる様にその場に仰向けになって倒れ込む。

 俺が殴られた頬を抑えていると、慌てたゲンが駆け寄って屈み俺の傷の具合を気にする。俺の頬は赤くなり、鼻と口から血が垂れていた。ゲンの拳の威力は半端では無い、口の中も切れてしまっていた。


 その様子を目の前で見ていた生縞が体を震わせながら、部屋の扉へと急いで逃げて行く。


「こ、この事を先生達に言い付けてやるからな!お前ら覚悟しろよ!!」


 生縞が捨て台詞を放つとそのまま廊下へと出て行く。撮影していた上級生2人組も、すぐに生縞の後を追って部屋から出て行くと、部屋には俺とゲンだけが取り残される。

 それをゲンが睨み付ける様に見送ると、すぐに俺の取った行動を問い詰めて来る。


「な、なんであのクソ野郎を庇ったんだ、あいつは口で言っても聞かねえ奴なんだぞ」


「痛てて……なぜかな……生縞先輩はゲンが殴るのに値しない、というか、なんか勿体ない気がしてさ……」


「も、勿体ないってカズ、それでお前が代わりに殴られる意味なんてないだろ!」


「意味ならあるさ、これでゲンの退学は免れた。それだけでも俺は十分だよ」


「ったく……馬鹿野郎、お前だって姉ちゃんを虚仮にされて怒ってた癖によ」


 俺の言葉を聞いたゲンが俺から顔を逸らして袖で涙を拭っていた。本人は上手く隠せてると思っている様だが、ばればれだ。


 正味な話、生縞は殴るのに値しない小心者だ。初めの内はふざけた態度と思考に怒りが湧くが、落ち着いて良く考えると、こんな小心者を殴った所で何も解決はしないし、馬鹿げている事に気が付く。

 考えを改めない者はどこまでも行っても変わらない。そう思ったら俺は自然とゲンの拳の前に飛び出していたのだ。


 結果として友達であるゲンを守る事が出来たが、逃げていった生縞がゲンのバイク通学について話す事は目に見えている。後はどうなるのか俺も分からないでいた。

 

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