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有名人の弟  作者: トリミング中の噛み犬


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第1話 弟の苦難と出会い

 有名人とは、どの様な人物を指すのか考えた事はあるだろうか。

 国を代表する総理大臣や一流企業の経営者、地域に続く名家の者などもそれに該当する。


 しかし一般的に呼ばれる有名人と言えば、誰もが思い付くのは芸能人やYouTuberの名であろう。

 昨今スマートフォンが当たり前となった事で、YouTubeやTikToK、instagram、XなどのSNSが新しい娯楽コンテンツとして台頭し年齢を問わずに世間に浸透しつつある。


 上記のコンテンツが流行っている理由にテレビ番組の様に機材と人員、技術と資金を必要とせず、個人でも簡単に参入できる事と、スマホさえあれば場所を選ばずにどこでも視聴出来る自由度の高さが挙げられる。


 その分、各ジャンルの競争は過酷であり、その競争に生き残った者が恩恵に預かれるというのは、今や一般常識である。


 この時代の流れに乗り遅れてはならないと言わんばかりに、テレビを主戦場としていた芸能人もSNSへと進出すると言う事象も起こっている。


 有名人にとって自分を売り出す場所がSNSに移り変わりつつある現代社会にあって、依然としてテレビの芸能界に憧れる者も居る。


 それが俺の姉である【雲雀丘(ひばりがおか) 美海(みう)】だ。


 幼い頃から子役としてドラマに出演し、地道な芸能活動によって【お茶の間のアイドル】と言う死語となりつつある言葉で形容される有名人だ。


 姉の年齢は18歳、幼い頃に極道映画の女優を見てテレビに出たいと言った姉を冗談半分で両親が子役オーディションに応募した所、幼年とは思えない演技力を見せ付け100人居た候補者から選ばれる。

 そこからはとんとん拍子にテレビ出演をして芸能界入りを果たし活動をしている。


 月に二度、家には帰ってくるが仕事と学校で忙しいので、16歳の頃から中目黒にある高級マンションで一人暮らしをしている。

 最近だと正月に放映された大河ドラマのヒロイン役を演じ、テレビのコマーシャルを見れば必ず何度か顔を見る。それ程までに超が付く程の売れっ子なのだ。


 弟の俺が言うのも何だが、姉はかなり綺麗だとは思う。そう思うのも両親が姉の活躍を見る度に口癖様に『トンビから鷹が生まれた』と言っていたからだ。


 しかし姉が14歳になるまではドラマでも地味な脇役でしか活躍出来ず、バラエティー番組などに呼ばれる事は無かった。ひたすら発生練習と体幹を鍛える練習を繰り返す地味な芸能生活であった。


 弟である俺も芸能人の姉について同級生から聞かれる事は無く、至って普通の学校生活を送っていた。他にも理由があって、その頃から学校ではYouTubeが流行っていて、テレビを見る同級生が少なかったのも要因だ。


 今の姉の人気は地味な芸能活動を認められたからでは無い、意外にも姉が14歳の頃に出演したドッキリ番組なのである。

 内容は番組プロデューサーから枕営業を持ち掛けられたらどうするか?という割りと洒落にならない企画であった。


 始まりは小部屋に姉の美海が呼び出され、机を挟んだ椅子に番組プロデューサーが座り待ち構えるといった構図で進んで行く。それを定点の隠しカメラで撮影すると言う流れであった。


 美海が言われるがままに椅子に座ると、本当にやらせなのかと言う位に顔をにやにやさせた番組プロデューサーが、大河ドラマのヒロイン役を餌に枕営業を持ち掛け始める。

 最初は美海も冗談かと思い、笑顔で大人の対応を見せるのだが、あまりにもしつこい要請が続くと表情が一変する。


 14歳の普通の女子中学生であれば、大人からこの様な事を言われたら沈黙するか、泣き出すか、出来ませんと答える筈である。万が一にも受ける子が居たとしても、それはその子なりの覚悟の決め方であろう。

 その様子を別の小部屋で見ていた撮影スタッフ達が、姉の美海が泣き出さないか心配して見守っていた。


 しかし姉の美海は普通の女子中学生とは違っていた。


 氷の様に冷たい表情のまま美海が席を立ち上がると、番組プロデューサーの横まで静かに移動して、思いっ切り横面を引っ叩いたのだ。

 引っ叩いた時に発した乾いた音がテレビ越しでも強烈に伝わって来た。


 しかし美海の怒りはそれでは収まらない、椅子から転げ落ちた番組プロデューサーの襟を掴み上げると戦後生まれの昭和の俳優顔負けの迫力で啖呵を切り始める。


「いつまで経ってもそんな事やってるから、本当に才ある人達がSNSに流れて行くんだ!溜まりに溜まった淀んだ芸能界の仕来(しきた)りってのは演じる方も見る方にも人にも毒なんだ!それが視聴者の減った今の芸能界だろう!!」


「は、はいいいい!!!」


「もう昭和や平成じゃないんだ!令和だ!他の子にも枕営業みてえなクソみたいな事、仕掛けてねえだろうな!!」


「も、もちろんですうううう!!」


 とても14歳の女子とは思えない演技を超えた魂のこもった言動に、中年太りした番組プロデューサーが圧倒されていた。

 後に姉から聞いたのだが、幼い頃に出演したドラマで一緒になった昭和生まれの大御所と呼ばれる俳優、女優から徹底的に芸能界での生き方について、厳しく躾られたのが影響していたそうだ。


 その啖呵を小部屋の外で聞いたいた美海のマネージャーが慌てて小部屋に入って来るとドッキリ番組だという事を姉の美海に伝えるのだが、時すでに遅しで今までの映像はばっちりと録画されていた。


 それを聞いた美海が掴んでいた番組プロデューサーの襟を離すと血の上った顔から青ざめた顔へと変わって行き、番組プロデューサーの大きく腫れた頬を見てすぐに土下座をする。


「も、申し訳ありませんでした!わ、私、かーっとなっちゃって!」


「い、いえいえいえ!!み、美海様の仰る通りでございますー!!」


 引っ叩かれた番組プロデューサーも土下座を始め14歳の美海をなぜか様付けで呼ぶ。その土下座合戦に美海のマネージャーも自分だけ立って居る訳には行かずその合戦に参戦する。


「美海の失態はこの私の失態ですうううう!!どうか、放送だけはご容赦をご容赦を!!!」


 3人が小部屋で土下座し合う異様な光景に、別の小部屋で見ていたドッキリ番組のスタッフ達がこの絵面をどう扱えば良いのか戸惑い始める。

 そんな中で【ドッキリでした~☆】の看板を持った、ベテラン芸人の鷹田ジュンジュンだけがその絵面を見て爆笑していた。


 その後、なぜかこのドッキリ番組が仕掛け人のプロデューサーの熱い説得によって、テレビで放映される事が決まる。姉の美海は芸能生活が終わったと思っていたらしいが、放映されると姉が思っていた以上の反響があった。


 テレビ業界、芸能界と言うのは人と人の繋がりがYouTube等のSNSに比べて圧倒的に根強いのだ。


 美海と共演した事のある大御所の俳優、女優の関係者がドッキリ番組での美海の言動を、他の番組に出演した際に支持を表明したのだ。大御所達も今まで自分達の力不足で変革出来なかったこの業界に一石を投じたかったのだ。


 14歳の女子中学生に一般視聴者や、真面目にテレビの為に働く者達が思っている事を代弁されたのだ。

 SNSでも美海の発言を支持する声が上がり、その影響はテレビ局の経営体制にまで波及し、不誠実な事を行っていた者は去って行き、新進気鋭の番組プロデューサーがその席に着く事となった。


 もちろんドッキリ番組を仕掛けたプロデューサーも、ちゃっかりと昇格していた。


 そんな後押しもあって美海の知名度と人気が一気に上がり、更に映像の切り抜きがYouTubeにアップロードされ全世界へと拡散されて行く。

 あらゆる言語に翻訳され、その反骨精神からSamuraiDogezaGirlとして全世界からの視聴回数が億を超えると言う偉業を達成する。


 14年間、地道に芸能活動を行って来た姉の美海が世界で有名になった瞬間だ。


 そこから弟である俺、【佐藤 和也】の苦難が始まるのだ。ちなみに姉の【雲雀丘】は芸名で、本名は【佐藤 美海】である。


 当時小学生6年生であった俺は芸能人の姉を持つ事は知られては居たが、今やスマホがテレビに取って代わり子供の話題の中心となっていたので、テレビで地味に活躍する姉について聞かれる事は殆ど無かった。


 だがYouTubeを含むSNSで拡散されてからというもの、登校する時は有名人の姉の名の下に【友達】と自称する者達が十数人と集まって来た。常に人に囲まれ授業の合間にも他の生徒や担任の先生からは姉の美海について色々聞かれる。


 給食の時間も人に囲まれ落ち着いて食事も取れないし、遊びたくもないのに遊びに無理やり誘われ参加させられる。


 下校時にもそれは続くのだが、中には姉がいつ帰って来るのか、サインは貰えないかと家の前で待ち続ける奴も居る。図々しい奴に至っては勝手に家に上がって姉の部屋へと入ろうとするので、すぐに追い出して出禁にしてやった。


 両親も俺と同じ状況らしく、父は会社の営業では無いのに営業先へと無理矢理に連れて行かれ、娘の美海を話題に出されてはそれに答えて行くという接待役に奔走し、母はスーパーへ買い物へ行く度に奥様方から娘の美海について根掘り葉掘り聞かれていた。


 中学生になってからも同じ状況が続き、姉がテレビで活躍する毎に【友達】が増えていった。もちろん、話題に出るのは俺の事では無く、姉の美海の事ばかりである。


 流石に毎日とは言わないが、それでも必ず俺の周りには金魚の糞の様に誰かが付きまとっていた。うんざりしながらも、姉の活躍あってこその影響と考え俺は諦めていた。


 こんな中学生活が3年近く続き、俺もやっと高校生になった。


 姉の芸能活動も順調で高校を卒業して大学にも推薦で受かっていた。目の回る様なスケジュールに学校と仕事を上手く両立し、忙しい日々を過ごしていた。我が姉ながら立派なものだと感心する。

 その姉の頑張りもあって、家も新しい大きな家に建て替え、俺も広い自室で不自由なく過ごさせて貰っていた。


 そして俺の入学する高校だが、なるべく家のある地元から離れた高校を選んだ。

 その理由も【友達】に付きまとわれないようにする為である。いい加減、姉の話題を出さない本当の友達が欲しいのだ。


 高校へは電車からバスへと乗り継いで行き、一時間は掛かるのだが付きまとう【友達】が居ないと考えれば苦にもならない。ちなみに両親は姉の大学の入学式へと行っているので、俺1人で高校へ向かっている。


 高校前でバスを降りて桜が咲く並木道を通って校内へと進み、入学式の行われる体育館へと向かって行く。


 入学式を終えて教室へと向かう途中、俺の中ではある期待が高まっていた。今度こそ本当の友人を得て楽しい高校生活を送るんだ、そう期待を胸に抱いていた。

 教室の扉の前で大きく深呼吸して教室へと入ると、早速、俺の姿を見た見知らぬ男子から声を掛けられる。


「お前佐藤だろ?お前ってさ、あの【雲雀丘 美海】の弟なんだろ?」


 この一言を聞いた瞬間、俺の期待は振り子の鉄球で砕かれた壁の様に崩れ去って行った。

 良く見ると声を掛けた男子は片手にスマホを持っていた。その画面に映し出されていたのは紛れも無く俺の顔だ。


 今の時代、有名人の関係者はスマホなどから簡単に情報が閲覧できる。映っていた俺の写真も中学生の時の【友達】が勝手に上げたものだろう。

 その声を聞いた他の同級生も、俺の周りに集まり始め、姉の美海について嵐の様に質問が飛んで来る。


「お姉さんに似て、佐藤君ってかっこいいね!……で、お姉さんって家でいつも何してるの?」


「俺さ美海さんの大ファンなんだよ!サイン貰えないか?」


「美海さんの写真撮ってラインで送ってくれよ、頼むからさ!」


 俺は酷く落胆していた。また誰も俺の事を見ないで【雲雀丘 美海の弟】としか見ていないのだ。このお陰で中学時代は酷いものだった。何かにつけて姉の名が上がり、自分の努力も全ては姉の名に持って行かれる。


 勉強も運動も出来て当たり前、だって有名人の美海の弟でお金も持ってて容姿も恵まれている。こんな言葉をあらゆる人から出会う度に投げかけられるのだ。


 俺が愕然とした表情で生徒達に囲まれて質問攻めを受けていると、教室の隅に居た男子が怒声を上げる。


「うるせえな!静かにしろよ!そいつは有名人でも何でもねえだろうがよ!」


 その怒声が教室中に鳴り響くと、俺の周りに居た生徒達が静かになって行く。怒声を上げた男子生徒が気になった俺は人混みの隙間からその顔を覗き込んだ。

 髪の根本は黒く先端が金色に染まっていて、いかにもヤンキーの様な風貌だ。体格も平均以上に大きく、机の上に足を投げ出し、椅子に大きく背を持たれている。


「ちっ、何だよあいつ……佐藤、気にするなよ」


「私、駅が一緒だから知ってるんだけど、確か最近こっちに引っ越して来たんだよね、何でも喧嘩が原因とか……」


「マジでこわっ……今時、金髪のヤンキーとかありえないよね……」


 俺の周りに居た同級生達は金髪の男子の良くない噂話で盛り上がっているが、俺は少し嬉しかった。

 初めて【雲雀丘 美海の弟】では無く、俺自身を見てくれた様に感じたからだ。


 その後は担任の先生が教室に入って来て、俺の周りに集まっていた同級生達も何事も無かったかのように自分の席へと戻って行く。

 先生が簡単な挨拶を行うと席順に生徒の名を1人1人読み上げ、返事と同時に自己紹介をするように指示される。


 先生が俺の名を呼び席から立ち上がると、最初に俺に話し掛けた男子が余計な事をする。【雲雀丘 美海の弟】である事をばらしたのだ。

 それを聞いた先生もほおーと感嘆した表情でこちらを見つめて来るが俺を見ている訳ではない。俺は内心で大きな溜め息をついていた。


 他の生徒の名前が呼ばれ次々と自己紹介を続けて行くと、最後の席に居た金髪の男の名が呼ばれる。


「えー、山縣(やまがた) 源二(げんじ)


「はい、俺は最近こっちに越して来たんで、色々教えて下さい、よろしく」


 山縣のあっさりとした自己紹介に俺は肩透かしを食らった気分だ。もっと雄々しく見た目通りヤンキーっぽく行くのかと思っていたからだ。

 すると先生が険しい表情になって、山縣の目立つ金色の髪に目を遣る。


「山縣、その頭だが直ぐに黒くして来いよ」


「……はい」


 校則では髪を染めるのは違反ではあるが、席に座る女子の何人かは茶色に染めている。先生の気分の匙加減と言った所だろう。ここでも山縣は声を荒げる事無く、素直に先生の言う事に従っていた。


 俺はこの時、茶髪にしている女子を盾に山縣が先生に反論しない事を不満に思っていた。最初に同級生に掛けた怒声は何だったのか、反論もしないで従順な態度をとる山縣が情けなく映っていた。


 互いの自己紹介を終えると授業で使う教科書が配られ、それを個人に割り当てられた廊下に設置されたロッカーへとしまって行く。その後は、親の出迎えを受けた者や、他の生徒達が下校するギリギリまで俺に纏わりつき、姉について質問攻めを続けて来る。


 ようやく質問攻めから解放された俺はフラフラとしながら学校の校門を出るとバス停へと向かう。


 バス停で明日からも中学時代と変わらない生活を送るのかと気を重くしていると、同じクラスの山縣が近くに寄って来る。隣に立つと分かるが、身長も平均以上に高く高校生1年生とは思えない威圧感がある。

 山縣が俺をちらっと見ると、何も言わずにスマホを取り出して何かに夢中になっていた。


(やっぱり、こいつ変わってるなあ……)


 俺の事を有名人の弟と知っている筈なのに、何も聞いて来ない所か興味も示さないのだ。


 バスがやって来て駅に着くまで一緒だったのだが向こうからは一向に話し掛けて来る気配が無い。そのままバスを降りると駅の改札で山縣と別れる。ホームが違うという事は山縣の家は俺の家と反対側にあるらしい。


 帰りの電車の中で、俺は山縣という男について色々考えていた。敢えて俺を無視しているのか、取り入ろうとして偽善者ぶっているのか、そうやって俺に取り入ろうとした奴が今までにも居たのだ。


 姉に興味の無い素振りをして俺に近付き、ある程度仲良くなると一気に姉の話題を持ってくる奴、これが俺の中で一番嫌いなタイプだった。


 期待を持たせつつ、お前よりも【雲雀丘 美海】にしか興味無いと宣告されているのも同じなのだ。俺の事を面倒臭い男だと思う者も居ると思う、だけど俺の身にもなって欲しい。同年代の友人が居らず、居たとしても話題になるのは姉の話ばかり、俺自身の趣味や考えなど一切興味を示さない。


 まるで俺だけが世の中に居ない様な扱いを受けているのだ。


 この不満を頑張っている姉にぶつける事は論外であって、弟である俺が我慢しなければならないのだ。普通の一般人ならば悩む事の無い事、そんな事を考えていたら、あっという間に家へと到着していた。


 家では入学式を終えた姉も居て久しぶりに家族全員で夕食を囲み、団らんの時を過ごすのだが俺の顔を見た姉が少し心配そうにこちらを見ていた。芸能生活の長い姉は人の感情の変化には敏感である。

 俺が笑って何でも無いと誤魔化すと姉もそれを信じて笑顔になって行く。今は少しでも姉に心配を掛けない事が弟である俺に出来る唯一の応援だ。


 翌日、学校に行くと先生から注意を受けた山縣が丸坊主になっていた。この学校では野球部や柔道部は坊主頭なのだが、山縣はどの部にも所属はしていない。しかも顔が厳ついのでどう見ても制服を着たあの筋の人にしか見えない。

 俺は教室に入るなり、呆けた顔で山縣の坊主頭を見つめていた。


 すると他の同級生達も俺よりも山縣の頭が気になるのか、山縣の頭に同級生達の視線も集まっていた。

 だが昨日の言動もあって本人の前で直接、頭の話題を出す勇気のある生徒は居なかった。


 俺は山縣という男がますます理解出来なかった。


(金髪を黒く染めれば良いのに、なんで丸坊主なんだ……?)


 金髪を注意をした先生は茶髪の女子生徒は無視をしていた。髪を切らずとも黒く染めさえすれば満足する筈なのだ。山縣の不思議な行動に俺は勝手に頭を抱えて悩んでいた。


 その日1日だけは山縣が主役であったが、翌日からは中学時代と同様に姉がテレビに出演する度に生徒達から姉の話題を振られ続けるという日々を送る。


 中学時代と変わらない高校生活が始まってからあっという間に時が過ぎ、【友達】から解放されるゴールデンウイークへと入って行く。


 そのゴールデンウイークもあっという間に終わり、再びいつもの【友達】に囲まれ連休で溜まっていた姉の話題で盛り上がる。


 やっと解放され、その日も俺はいつもの様に下校をしてバス停でバスを待っていたのだが、何かが足りない事に気付く。

 ゴールデンウイーク前まで毎日一緒にバスに乗っていた山縣の姿が見えないのだ。


 俺と山縣は帰宅部であって授業が終わればすぐに下校する。ここまではいつも同じで、1カ月も続けば当たり前となる。俺が周りに山縣が居ないか見回していると、バス停とは違う方向の道を歩く山縣の姿が見える。


(あれは山縣じゃないか、今日は歩いて帰るのか?)


 自分の腕時計を見ると後数分でバスが来るのだが、山縣が気になった俺は後を付ける事にした。そう決めたのも山縣の歩き方が普段と違い、ステップを踏む様に楽しそうに歩いていたからだ。


 そんな山縣の後ろを10分程歩き続けると小さな公園へと辿り着く。公園の周りは雑木林に囲まれ学校と駅からは離れていて近くに家も無い、人気の無い静かな場所だ。


(駅からも離れてるし、一体何しに来たんだ……ん?あれは?)


 そこで俺の目に入ったのは1台のオートバイだ。

 磨かれた様に銀色に輝く車体に、太陽の光に反射するホイールが2つ、まるで新品の様なオートバイだ。


 山縣がそのオートバイの後輪にしゃがみ込むと、公園の柵に繋いでいたロックチェーンを外そうとしていた。

 しかも厳つい顔に似合わない楽しそうな鼻歌を歌いながら、外そうとしているものだからつい我慢出来ず俺は笑ってしまった。


「ふんふふーん♪ふぉーんふ♪んふふふー♪」


「ぷっ、ぷふぅ!」


「……あっ!お前は佐藤!」


「し、しまった!」


 俺の笑い声に気付いた山縣が唖然とした顔でこちらに振り向く。余りにも音程の外れた山縣の鼻歌が、俺の笑いのツボに入ってしまった。


 山縣が立ち上がり辺りを見渡す。俺以外に他の生徒が居ない事を確認すると俺に小走りで近付いて来る。

 山縣は体格が大きい、それが一気に迫って来るものだから俺は身構えてしまう。そして俺の前に立った山縣が、真剣な表情で両腕を大きく振り上げる。


(な、殴られる!)


 そう思った俺が目をつぶって両腕を頭の上に交差して防御の体勢に入るのだが、予想に反して山縣の両腕がゆっくりと下ろされると俺の両肩を両手でがっしりと掴む。

 肩に感じた山縣の手は大きく俺の小さい肩が手の平に包み込まれるようだった。


 恐る恐る目を開けて山縣の方を見ると、驚いた事に厳つい顔の山縣が今にも泣きそうな顔をしていた。


「さ、佐藤……頼む!バイクの事は学校には内緒にしてくれ!」


「え?え?内緒?」


「学校じゃあバイク通学は禁止だって知ってるだろ?」


「あ、うん、まあ普通は駄目だよね……だから知ってるけど……」


「……こ、これは口止め料だ」


「口止め料??」


 そう言って山縣がポケットから200円を取り出すと、俺の手の上にその200円を置く。


(口止め料が200円ってやっすぅ……)


 金額を確認した俺が心の中で素直な反応をしてしまう。今時200円で口を止める高校生は居ないだろう。

 しかし肝心の山縣は厳つい顔をにやっとさせ、してやったりと言った顔だ。


 口止め料を渡すと山縣が急いでオートバイに戻り、柵に繋いでいたロックチェーンを外す。そして上着の制服を脱ぐとスクールバッグにしまい込み、代わりに中から赤色の鳳凰の刺繍が入ったスカジャンを取り出すとワイシャツの上から羽織り、フルフェイスのヘルメットを被る。

 オートバイに跨り鍵を挿し込み回すとエンジンが始動する。サイドスタンドを蹴り上げハンドルを片手で握ると、もう片方の手でフルフェイスのバイザーを上げ、俺の方に振り返る。


「ぜ、絶対にチクるなよ!いいな!!」


「わ、分かったよ、誰にも言わない」


 言いたい事だけを言うと、山縣が逃げ出す様にオートバイを走らせ俺の前から去って行く。あんなに慌てた人間を俺は山縣以外に見た事が無い。俺に見られた事が余程不味かったのだろう。


 だがそんな山縣の新しい一面を見れて俺は少しだけ安心していた。教室では同級生から敬遠され、いつも楽しくなさそうに授業を受けていたので、いつか学校を辞めるのではないかと心配になっていたからだ。


「初めて交わした会話が、内緒話か……」


 俺がそう呟きながら駅に向かってゆっくり歩き始める。途中の自販機で山縣から貰った口止め料で500ml入りのコーラを買うと、暇な時間を誤魔化す様に飲みながら長い道のりを黙々と歩く。

 口止め料のコーラの味はまた格別だった。


 翌日、学校に着くといつもの様に【友達】に囲まれ、姉の話題を中心に盛り上がる。その様子を遠くから机に突っ伏した状態の山縣が体を揺すって、気になる女の子を見る様に俺の方をちらちらと見てくる。


 俺は気付かない振りをしていたが、あれはどう見ても俺がオートバイの事をいつチクるのか警戒している。やはり本人も口止め料200円は安かったと流石に気付いた様だ。


 午前中の授業も終わり、昼休みに入るといつもの様に【友達】と昼食を取ろうとした時、眉間に皺を寄せた山縣が両手をズボンのポケットに入れたまま俺の前に立つ。


「佐藤……ちょっと(ツラ)貸せよ」


「……分かった」


 周りに居た生徒達が不安そうな顔で俺を見て来るが、何の用件かは分かっている。それにどう見ても機嫌が悪そうな山縣に物申す勇気のある者は同級生には居ない。山縣の大きな背中を後を俺は素直に付いて行った。


 ヤンキー同士の喧嘩場所としてお約束の体育館裏へと付いて行くと俺と山縣の2人きりとなる。この展開であれば、一対一の決闘と洒落込むのだろうがそうはならなかった。

 だが山縣は今にも決闘を始めようとする思い詰めた表情で俺にオートバイの件について聞いて来る。


「佐藤……バイクの件、チクってないだろうな……」


「それは誰にも言ってないけど、俺って信用無いかな?」


「い、いや……そういう訳じゃなくてだな……」


「まあ口止め料が200円だから不安になるのも仕方ないけど、俺は約束を守るから安心してくれ」


「……なあ佐藤、何で約束を守ってくれるんだ?いつもあれだけ皆に囲まれてるんなら、俺のバイクの話題を出して盛り上がる事だって出来ただろう?」


 山縣の言っている事は的確に本質をついていた。俺は姉の話題になるのを嫌がっている、それから逃げる為なら山縣のバイクの話題を出して逸らす事も出来る。嫌な話題を逸らす為なら大抵の者はそうするだろう。


 俺は有名人の弟なだけであって何でもないただの男子高校生だ。だけど有名人の姉には負けたくないと言う想いも持っている。ここで同級生を売ってでも話題を取ろうとするならば、姉の美海の弟である資格すら無くなる気がしたのだ。

 後、強いて理由を挙げるとすれば口止め料で買ったコーラが美味しかった事くらいだろうか。


「何かそれってさ自分に負けたみたいで嫌なんだよね。それに山縣くんのお陰でさ、こうやって1人になれる時間も出来たし、それだけじゃ約束を守る理由にならないかな?」


「佐藤……お前って男気溢れた良い奴だな、有名人の関係者って性格が悪いのが相場だって妹が言ってたけど……」


「いやいやいや俺は違うけど……でも何か分かる気がする……」


 今の俺の様に有名人の姉だけ注目され、俺の存在自体を無視すれば冷たく対応する理由も分かる気がした。

 そんな俺を見て山縣の厳つい顔が解れて行く。良く見ると中々の男前で、昭和の映画に出るいぶし銀の俳優の様だ。

 自然体になった山縣が顔をにこっと笑顔にさせると俺にある提案をして来る。


「あ、あのよ、佐藤が良ければ、明日からここで一緒に俺と昼飯食べないか?どうも同級生から嫌われちまったみたいでさ……いつも1人なんだよ」


「えっ?いや、まあ山縣くんが良いなら別に俺は構わないけど……」


「ゲンでいいよ、同い年にくん呼びされると寒気がするし、それに佐藤の事もカズって呼ぶからよ」


 俺をカズと呼ぶのは今まで何人も【友達】の中に居た。しかしカズと呼ぶ多くの者は大体が俺にこう言って確認するのだ。


『えっと……佐藤の名前って何だっけ?』


 他の【友達】は姉の話題に夢中になって自己紹介をしたのにも関わらず俺の名を忘れているのだ。

 だが山縣はしっかりと俺の名を覚えてくれていた。さもそれが当たり前の様に自然と口から出ている。

 それだけでも俺は嬉しかった。


「じゃあゲン、明日から一緒に昼飯食べようぜ」


「オッケー、じゃあ明日からここで昼飯だなカズ」


 こうして俺にとって生涯の友人となる【山縣 源二】との付き合いが始まる。この時は気付いていなかったが、俺に人生で初めて【友達】では無く、友達が出来たのだ。


 これに気付くのにはしばらく時が経ってからであった。

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