婚約破棄されたけど、王太子の愚行は全部私を守るためだったようです
王家主催の華やかな舞踏会。
煌めくシャンデリアの灯りの下、ロザリア・ド・ノイゼン公爵令嬢は遠くにいる自分の婚約者を見つめていた。
彼女の婚約者である金髪碧眼の王太子――ユリウス・フォン・エーデルシュタインの隣には、ピンク髪の美少女レミリア・コレット男爵令嬢が寄り添っている。そして二人はとても仲睦まじそうに談笑を交わしていた。
まるで本物の婚約者同士であるかのように。
ロザリアは、久しぶりに下した自らの長い銀髪を指ですくう。その指には剣だこができていた。普段は魔物退治のため軍服ばかり身にまとっているので、ドレスを着るのも久しぶりだ。
白い肌に冷たいアイスブルーの瞳。うねりのない真っ直ぐな銀髪。
そして極めつけに、ツンと澄ました猫のような吊り目。その冬を具現化したような冷たい見た目から、彼女は『氷の軍神令嬢』と呼ばれていた。
周囲の招待客が、ロザリアへ憐憫の視線を送る。『結婚も目前なのに、お可哀想に』と。彼女は得意の鉄仮面で、どこ吹く風を装ってワインをひと思いにあおった。
(かつては二人で王国の未来について語り合った仲なのに、ユリウスはいつの間にか変わってしまった……)
ロザリアが物思いに昔を思い出していると、突然辺りがしんと静まり返った。
何事かと彼女が顔を上げる。すると先ほどまで遠くにいたユリウスが、いつの間にか目の前に立ちこちらを厳しく睨みつけていた。
(なにごと?)
すると、ユリウスが居丈高にこう言った。
「ロザリア・ド・ノイゼン公爵令嬢! 剣ばかり握っている野蛮なお前は王太子であるこの俺にふさわしくない、よってお前との婚約は破棄させてもらう!」
(は?)
ロザリアは突然のことに思わず目を見開く。
「俺はお前のように完璧で可愛げのない女より、レミリアのように優しく愛嬌のある女が好きなんだ。ゆえに俺はお前との婚約を破棄すると同時に、このレミリア・コレット男爵令嬢との婚約を宣言する!」
ユリウスはそう言い終えると得意げに胸を張った。同時に周囲ではざわっと大きなどよめきが上がる。
(シンプルにバカ?)
次代の王にふさわしからぬ王太子の突飛な婚約破棄宣言。
しかも、どこの馬の骨ともしらぬ女を王太子妃に選ぶという。これは国家を揺るがす一大事だ。ロザリアがユリウスをいさめようと、口を開いたその時だった。
――ロザリアの視界がぐらっと強く揺らめいた。
「く……っ!?」
突然の激しい眩暈。ロザリアはその場に立っていられなくなり片膝をついた。目の前に立つユリウスが、ひどく動揺した様子でこちらを凝視している。
(一体、何が起こっているの!?)
そしてロザリアが混乱の中ひとつ瞬きをした次の瞬間、彼女の視界にある人物の姿が映り込んだ。
――それは片膝をついている、紛れもない自分の姿。
(え……あれは、私?)
状況についていけずロザリアは固まってしまう。すると、ふいに誰かからギュッと腕を掴まれた。ハッとして彼女が顔を向けると、そこには目元を赤くし瞳を潤ませたレミリア・コレット男爵令嬢の姿があった。
(レミリア嬢? さっきまで向かい側に居たはずなのに、なぜ彼女がすぐ隣に居るの!?)
するとレミリアがロザリアへ向かい口を開いた。
「殿下、先ほどからロザリア様がずっとこちらを睨みつけておられます。私とっても怖いですわ」
(で、殿下? 今レミリア嬢は、私のことを殿下って呼んだの……?)
片膝をつくロザリアの奥、ピカピカに磨き上げられたガラス窓が目に入る。
そこには、状況を飲み込めず困惑した表情を浮かべているユリウスの姿が反射していた。そこでやっとロザリアは、自分が置かれている状況を理解し始める。
(まさか私、ユリウスになってる!?)
ということは、今のロザリアの体には――。
と彼女が自分の体へ視線を向けようとしたその瞬間。突然、体に息ができないほどの激痛が走った。ロザリアは痛みのあまりフッと意識が遠のきそのまま床へと倒れ込んでしまう。
耳をつんざくような悲鳴が上がった。
「キャーッ! 殿下がお倒れに!」
その喧騒の最中で、ロザリアの意識は深い闇に飲み込まれいく。すると彼女の耳元で美しい女性の声がした。
『ロザリア。私の愛するあなたに、少しだけ恋の手助けをしてあげましょう』と――。
*
「余命一か月です」
「……は」
ロザリアが目を覚ますと、そこは豪華なベッドルームだった。
そして自分の体が今だユリウスであることに絶望していると、侍医がやってきてこう言ったのである。
――『王太子殿下の余命は、残り一か月です』と。
(ちょ……ちょっと待って。ユリウスの余命が、残り一か月ですって!? 何かの間違いなんじゃ)
驚愕の事実に呆然としていると、また体をあの激痛が襲った。
「ぐぅっ!」
「ご無理なさらず。お命にかかわりますゆえ、どうか安静になさってください。それほど殿下にかけられている呪いの力は強力でございます」
「の、呪い?」
「……ああ、殿下。お倒れになった衝撃で混乱しておられるのですね。お労しいことに、殿下は三年ほど前から何者かによって『死の呪い』を受けておいでなのです。
この呪いは、呪いをかけた本人――あるいは『戦女神の加護を受けた者』にしか解くことができません。しかし、そのような加護を授かった者はもう百年ものあいだ現れておらず……」
侍医は悲しげに肩を落としうなだれた。
戦女神。
それは名の通り、この国ルナンシアが崇める『戦いを司る女神』のことである。
魔物の脅威にさらされるこの国では、身分や性別に関わらず、剣を取ることが尊ばれていた。
そして数多の戦士の中でもひときわ優れた者には、女神がまれに『加護』を授けると伝えられている。
ロザリアもまた、その剣を握る者のひとり。
彼女は公爵家の令嬢でありながら誰よりも剣を振るい、国を脅かす魔物と日々戦っていた。
「我々も懸命に犯人を探しておりますが、いまだ手がかりすら掴めてはおりません」
残念です、殿下。
その一言を残し、侍医は静々と部屋を去っていった。
「知らなかった……。ユリウスがまさか死の呪いをかけられていただなんて」
ではロザリアに婚約破棄宣言をした時も、彼は激痛に苛まれ続けていたということになる。とても痛みに耐えているようには見えなかったが――。
魔物との闘いで痛みに慣れているロザリアだって、意識を失うほどの痛みだった。
(それほど、本当に好きな人と結婚しかったってこと……?)
三年前といえば、ユリウスが急に冷たい態度を取り始めた時期だ。ツキン、と胸が小さく痛む。
だがロザリアはその痛みを打ち消すために首を振った。
「ひとまず、ユリウスと話をしないと」
侍医の話によると、ロザリアは自宅で普段通り過ごし、静養しているとのことだった。つまりロザリアの体の中には、ユリウスの魂が入っている可能性が高い。
早速、ロザリアの実家であるノイゼン公爵家へ訪問の手配を――。
と執事を呼ぼうとしたその時、ドアからコンコンと乾いたノック音がした。
(先ほどの侍医が忘れ物でもしたのかしら?)
「入れ」
(口調は……とりあえずユリウスっぽくしておきましょう)
入室の許可をすると、ガチャリと音を立て扉が開かれた。その訪問者の姿を目にしたロザリアは、思わず息を呑む。
「あなたは……」
「殿下、お体の具合はいかがですか?」
ベッドルームに現れたのは、レミリア・コレット男爵令嬢その人であった。
(エッ。婚約予定とはいえまだ未婚の令嬢が、男性の部屋に一人で訪問するなんて!?)
驚きのあまり声を失うロザリアのもとへ、レミリアは何食わぬ顔で歩み寄る。彼女がベッドの縁に手をつくと同時にギシッと音が鳴った。
(ちょ、ちょっと近い! なにこの距離感!? ……ま、まさかもうそういう仲……!?)
心の中で慌てふためくロザリアの前で、レミリアは穏やかに微笑む。
そしてさらりと、彼女はとんでもないことを口にした。
「殿下、『浮気相手役を演じてほしい』というご依頼の報酬を受け取りに参りました。約束の金貨百枚、今ここでいただけますか?」
「……は、い?」
「まぁ殿下、お忘れになったとは言わせませんよ? 私が殿下の浮気相手を演じるのは、今夜までというお約束でございましたでしょう?」
ロザリアはレミリアから告げられた言葉に驚きを隠しえない。
(まさかユリウスは、レミリア嬢にお金を払う約束で、浮気相手を演じさせてたの……!?)
一体何のために。
ユリウスの体に乗り移ってからというもの、衝撃の事実が次々と襲いかかってくる。
ロザリアは混乱のさなかで、ふいにベッドサイドテーブルに置かれている小袋が目についた。
(これがもしかしたら『約束の金貨百枚』?)
この場を乗り切るためには、ひとまずレミリアに代金を渡す方が得策だろう。ロザリアはずしりと重い小袋を手に取り、ちらりと中身を確認しそれをレミリアへ手渡した。
「(たぶん)これが約束の代金だ、確認してくれ」
「しかと受け取りましたわ。この大金があれば、父の借金を返せてコレット男爵家を建て直せます。このような機会をいただけて、殿下に心から感謝申し上げますわ。私、誰かに嫁ぐ気もなかったですし、私にとってメリットでしかない取引でしたから」
「そ、そうか……それは、良かった。それと、すまないが……あなたに少し尋ねたいことがある。倒れたことが原因で記憶があいまいなのだが、なぜ俺はレミリア嬢に浮気相手を演じさせたのか、その訳を教えてくれないだろうか」
ロザリアが尋ねると、レミリアはひどく痛ましそうに、それでいて何かを慈しむように微笑んだ。
「……それはすべて、殿下。あなた様が心から愛しておられる、ロザリア嬢のためでございますでしょう」
「は」
「殿下は呪いにより余命僅か。それを知ったあなた様は、陛下にロザリア嬢との婚約を白紙に戻したいと頼んだ。しかしその願いは却下されてしまう。陛下はあなた様が死ぬなんて信じたくなかったから、親心ですね。
しかしそれでは、ロザリア嬢は結婚してすぐ未亡人になってしまう……」
「……!」
「王家の伴侶は、王家の者が死ねば修道院に入るしきたりです。そうなれば彼女は年若くも、残りの人生を修道院で寂しく過ごすことになってしまう。ロザリア嬢から自由と剣を奪いたくない。だからあなた様は、道化を演じることになさった――そうでございましょう?」
何も知らないとはいえ、ロザリア嬢は殿下から深く愛されて幸せ者ですわね。
とレミリアが静かに呟く。
(そ、んな)
「それとこれは小耳に挟んだ話ですが。お二人の婚約破棄の後すぐ、カスティエル公爵家のご令息がロザリア嬢に婚約の打診をしてきたようでございますよ。つつがなく婚約話が進めば、ロザリア嬢は修道院に入らずとも済みますわね。私も一安心いたしました……それでは私はこれで、殿下」
「あ、あぁ……ご苦労、だった」
ドクン、ドクンと心臓が強く脈を打つ。
ロザリアはレミリアから告げられた真実に、強い衝撃を覚えずにはいられなかった。まるでハンマーで頭をガツンと殴られたような心地。
(ユリウスが今まで『バカな王太子』を演じていたなんて。それで愚か者だと思われたまま、死んでいこうとしていたの? 私を助けるために)
――ロザリア嬢は殿下から深く愛されて幸せ者ですわね。
そんなレミリアの言葉が思い出され、ロザリアはベッドのシーツをきつく握りしめた。今まで彼の苦しみに気づけなかった自分が悔しい。
「……バカだったのは、私の方ね」
フッと自嘲ぎみに笑うと、また体をあの激痛が襲った。
「くぅ……っ! この呪いを、どうにかしなくちゃ……! 解呪は呪いをかけた本人と――」
――戦女神の加護を受けた者だけが、呪いを解ける。
ロザリアは痛みに耐えつつ、不敵に口の端を吊り上げる。
「……それって、私のことじゃない」
*
ユリウスは焦っていた。
一刻も早く元の体に戻らないといけないのに、ロザリアの両親が自分――王太子と面会することを許してくれない。愛する娘を傷つけた男なのだから、会わせないのが親として当然だとは思うが。
しかしこのままでは、自分の体に乗り移っているであろうロザリアの身が危険だ。
何とか説得をと試みているうちに、なんとカスティエル公爵令息がロザリアを訪ねてきた。
訪問の理由は、婚約の打診。彼女が婚約破棄されてまだ数日も経っていないが――。
「以前より私は、気高く美しいロザリア様のことをずっとお慕い申し上げておりました。あの一件の後すぐ、こうして婚約を申し込むのは、貴方様の悲しみに付け込むようで心苦しいのですが……。私はこの機を逃したくなかったのです。――ロザリア様、どうかこのアレン・カスティエルの、結婚を前提とした婚約者になってくださいませんか」
ノイゼン公爵家の応接間。艶めく黒髪に翠玉色の瞳を宿した美貌の男性が、一心にロザリアを見つめている。
「ア、アレン公子と私が、婚約」
ユリウスの心臓がドクンと一つ跳ねる。
――承諾するべきだ。
カスティエル公爵家は由緒正しい家門。資産も潤沢でアレンは腕の立つ騎士でもある。昔から剣を握るのが好きだったロザリアとも気が合うことだろう。見目も麗しく、優しく朗らかな性格だと聞き及んでいる。
剣の才能がなく、本ばかり読んでいるようなひ弱な自分とは違う――。アレンは、きっとロザリアを幸せにできる。
しかも今ユリウスは、都合よくロザリアの体に乗り移っている状態だ。ユリウスは、この婚約を思いのままに進めることができる。
(――俺はもうすぐ死ぬ。だから、ロザリアを幸せにできる男をずっと探していた。ロザリアには悪いが……アレン公子の求婚を、受け入れるべきだろう)
そう思いながら、ユリウスは『喜んで』と口にしようとした。
だが、唇が震えて声が出ない。
幼い頃から燃え上がり続けているこの恋心を――この期に及んでどうしても手放すことができない。
(ロザリアが好きだ。愛している。剣を振るう姿が好きだ。一生懸命稽古して、指先にできた小さな剣だこまで愛おしい。普段は凛としているのに、甘いものを食べると子どものように笑うところも大好きだ。
……あの時、幼い頃。剣の才能がなくて落ち込んでいた俺に、『ユリウスのことは私が守る』と、まっすぐに言ってくれたあの瞬間から俺は――)
ユリウスの喉が詰まり、息が漏れる。
だが愛しているからこそ、この恋心は手放すべきなのだ。
「アレン公子、貴方様のプロポーズを――」
とユリウスが震える声で返事をしようとしたその時である。
突然、部屋の外からメイドたちのかしましい悲鳴が聞こえてきた。
何事かと二人が扉の方へ視線を向けた瞬間、突然その扉が激しい音と共に開かれた。そこに現れたのは。
「王太子殿下!?」
ユリウスの体に乗り移っている、ロザリアだった。
だが二人の中身が入れ替わっていると知っているのは当人たちのみ。事情を知らないアレンが大きく目を見開く。
そしてアレンはとっさに立ち上がり、ロザリアの体――ユリウスを自らの腕の中に抱き寄せた。そして目の前に立つ王太子を鋭く睨みつける。
「いくら殿下であろうとも、ご無体が過ぎるのではありませんか!? 一方的に婚約破棄しておきながら、ロザリア様と私の婚約話に無許可で乱入してくるなんて……! たった今、良いお返事をいただけるところでしたのに……!」
「何……? 婚約だと? 悪いがそれは受け入れられないな」
「そ、それは殿下が決められることではないでしょう!」
アレンの言葉にユリウスは小首を傾げ、自分の体をまじまじ眺める。
「あぁ……そういえば、それもそうだった。――女神様。御心はしかと受け止めました。私とユリウスの『入れ替わり』を、そろそろ解いてください」
「は?」
突然何を言い出すのかと、アレンが目を大きく見開いたその時。応接間の天井から、どこからともなく美しい女性の声が降ってきた。
『いいでしょう、私の愛しいロザリア。入れ替わりを解く方法はひとつ――“口づけ”です』
「かしこまりました、ありがとうございます」
するとロザリアは何を思ったか、アレンの腕の中にいるユリウスに向かってツカツカと歩み寄った。二人が呆気に取られているうち、ロザリアはアレンからユリウスを引きはがし――そのまま、彼へ口づけを落とした。
「な、な、な、なぁ……!?!?」
ユリウスの顔色が、蒸気が噴き出そうなほど真っ赤になる。あまりに男気が溢れすぎている強引な口づけ。
直後、目も明けていられないほどのまばゆい光が辺りに満ち溢れた。そして次にロザリアが目を開けると、そこには頬を染め驚いた顔をしたユリウスの姿。
――入れ替わりが元に戻ったのである。
だがうかうかしてはいられない。ロザリアが目を凝らすと、ユリウスの周囲に黒く禍々しい靄が映った。
「――戦女神の御名において命じる。呪いよ、我が前に姿を現せ」
そうロザリアが告げると、突如としてユリウスの体から黒い靄が噴き出した。そして部屋の中心に、禍々しい靄が可視化され、アレンが冷や汗を垂らしつつ後ずさる。ユリウスが靄からロザリアを守ろうと身を乗り出したその時。
「では今から、殿下にかけられていた呪いを、容赦なく叩きのめさせていただきますね」
色々と、恨みも込めて。
ロザリアがそう冷たく言い放ち、パキパキと拳を鳴らす。すると靄の動きがピタリと止まった。心なしか怯えているようにも見える。そして靄がどこか焦った様子で扉の外へ逃げようとしたその時――。
「逃 げ る な」
ロザリアが低く囁き、暗黒のオーラを放ちながら靄を鷲掴みにした。――そして数分後。
靄はきれいさっぱり、跡形もなくどこかへと消え去っていた。
「やりました、殿下。これで殿下へかけられた死の呪いは、無事に解呪されました」
ロザリアがやけにスッキリした表情で額の汗をぬぐいながら振り向くと、床ではアレンが泡を吹き倒れていた。その横にはいまだ呆気に取られているユリウスの姿。
ロザリアは微笑みながら、ユリウスへ近寄りそっとその頬を撫でた。触れられたことで、ユリウスがハッと我を取り戻す。
「ロザリア、俺は――」
「殿下。いえユリウス、みなまで仰らないでください。ユリウスの目論見はすべて私にバレています。そういうわけですので、婚約解消は白紙に戻してくださいますね?」
ロザリアが笑みを深めると、ユリウスは今にも泣きだしそうな表情を浮かべた。
「なぜ。俺は、君を傷つけた。だから婚約者に戻る資格なんてない。なのにどうして君は、こんな俺を救ってくれたんだ……?」
すると、ロザリアはきょとんとした表情の後、こう言った。
「だってユリウス。小さい時に約束したでしょう? 『ユリウスのことは私が守る』って」
*
数日後、ロザリアとユリウスは、再び正式な婚約者として結ばれた。
今回の一件は瞬く間に国内に美談として広まった。現場を見ていたノイゼン公爵家のメイドたちが、噂話を囁いたのがきっかけである。
さらに王太子の浮気相手を演じていたレミリア・コレット嬢は、実は才女だったことが公となり、国の官吏として召し抱えられることが決まったという。
そして、ユリウスに呪いをかけていた犯人も明らかになった。
ロザリアが解呪を終えたあと、床に倒れていた――アレン公子である。
調べの結果、彼の体にもユリウスと同じ『死の呪い』がかけられていることが判明。ロザリアの解呪によって呪いが跳ね返り、術者であるアレン自身に降りかかったためだ。
彼は叶わぬ恋に囚われたあまり、ロザリアを奪おうとユリウスへ呪いをかけたのである。
だがその執愛は、ついに自らを滅ぼす刃となった。
アレン公子は解呪されることなく、罪人として王城の地下牢に送られたのであった――。
*
その更に数日後。春の光が差し込む王宮の庭園で、ロザリアとユリウスは並んで散歩を楽しんでいた。
「ユリウス、体はもう大丈夫なの?」
「あぁ、なんともない。ロザリアが呪いをボコボコに殴り倒してくれたおかげだ」
「あ――あれは家に剣を持ち込めなかったから、仕方なく拳で殴ったんだけよ!」
ロザリアが頬を染めて抗議すると、ユリウスは穏やかに笑った。
「俺の命を救ってくれてありがとう――これからは、俺が君を守るよ」
「……そういうこと、さらっと言う」
視線を逸らしたロザリアの耳は真っ赤に染まっている。ユリウスはそんな彼女の手を取り、そこへ口づけ小さく囁いた。
「愛している、俺だけの女神」
温かい風が二人の間を抜け、花びらがふわりと舞った。
まるで戦女神が二人の恋の成就を祝福しているかのように――。
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