最終話【物語の終わり……】
・
・
・
『……』
剣を胸に刺されたまま、 『影』は跪く……
そこに……
「……お父さん……」
ヒュエラが歩み寄る……
彼を……『父』と呼び……
『影』はヒュエラの顔を見る……
『……ヒュエラ……俺は……父ではない……ただシュラスという存在の過去を模った……『影』だ……』
その言葉を聞いたヒュエラは涙を溢し、 『影』を抱き締める……
そして涙声になりながら言った……
「お父さんはお父さんだよ……それが『影』でも……『全て』を滅ぼそうとした怪物でも……」
「私の……大好きなお父さんだよ……」
その言葉に偽りは無い……
彼女が永き時を経ても尚……伝えたかった魂の言葉……
ヒュエラはようやく伝えられたのだ……取り残され……『影』となってしまったシュラスの『心』に……
そう言われた瞬間……『影』の目から涙が流れ出た……
『ごめんな……ヒュエラ……俺は……お前達を守りたかった……なのに……何もしてやれなかった……挙句には……フィーラまで……』
「お父さんは悪くない……私がもっと強い子だったら……もっと……お父さんに寄り添えたのに……」
そしてヒュエラは『影』の目を見つめ、 悲しげな表情を浮かべながら言う……
「あの時……一緒にいてあげられなくて……ごめんなさい……」
すると今まで『影』の体を覆っていた黒いオーラが消え去り、シュラスの姿になった。
『影』は泣きながらヒュエラを抱き締める……
「謝らなくていい……全部俺が悪かったんだ……俺が……! 」
「……私達はもう大丈夫……もうこれ以上背負わなくていい……もう……悪者にならなくていいから……ゆっくり眠って……」
そう言われると『影』の表情は穏やかになり……
『光』となって消えていった……
・
・
・
「……」
「……終わったのか……? 」
『影』が消え去ったしばらくの間も二人は呆然とした。
すると……
「あ……あれ見て! 」
清火は上空を指す。
そこには徐々に塞がり掛けている空間の亀裂があった。
やっと……終わったんだ……あの約束も……
清火は全身の力が抜け、 その場にへたり込む。
同時に剣と清火の姿が元に戻る。
「清火! 」
イージスは清火の元に駆け寄る。
「清火……大丈夫か? 」
「大丈夫……安心したら力が抜けちゃって……父さんこそ大丈夫……? 」
「あぁ……本当にお前が無事で良かった……」
感極まったイージスは泣いてしまった。
「もう……大袈裟だって……まぁ……実際大規模な戦いだったけど……」
そんな事をしていると……
『やっと終わったかぁ……ったく、 どんだけ生まれ変わっても中身の変わらねぇガキだったなぁ……』
謎の青年が二人の目の前に現れる。
この人……もしかして……
清火は青年の気配に覚えがあった……
『あの時、 妹と一緒にお前に吸収された怪物だよ……』
そう、 あの十字架の元にいた怪物である。
すると青年は清火の目を見て少し寂しげな表情を浮かべる。
『……どうやら……もう覚えてねぇみてぇだな……無理もねぇか……俺達と違ってお前らは生まれ変わりゃ記憶が魂の奥底へ眠っちまうしな……』
「私はあなたの事を知らない……でも……何だか会えて嬉しい……」
『感謝しろよぉ? 俺がいなけりゃあのバケモンの攻撃なんて受けきれなかったからな! 』
「うん……ありがとう……」
清火は青年の話す姿を見て少し微笑む。
そんな清火を見た青年は……
『……フン……まぁ……これからは自分の好きな道を選んで行きな……俺の世話焼きはここまでだ』
少し照れくさそうに言うと背を向け、 黒い霧に包まれ、 姿を消した。
青年が姿をした瞬間、 そこに一人の少女が現れた。
少女は二人を見るなり安心した表情を浮かべ、 何も言わずに一礼してきた。
そしてその少女も青年の後を追うように黒い霧に包まれ姿を消した。
……あの子……あの人の妹さんか……良かった……一緒に行けたみたいで……
「清火……あの二人とは知り合いか? 」
何も知らない龍人は聞く。
「……うん……ずっと……ずっと遠い……昔の知り合い……」
清火はただそう言った……
『……英雄達よ……』
青年と少女が去った直後、 二人の前に一人の男が現れた。
星のように煌めく純白の髪に、 赤い炎のような瞳を持っており……ファンタジー小説に登場する旅人のような服装をしている……
もしかして……あれが……あの子のお父さん……?
清火はその男の姿を見た時、 無意識に涙を溢す。
「あれ……何で……」
「清火……」
おかしいな……私……覚えてもない人の顔を見て泣くなんて……もう……覚えてないはずなのに……
必死に涙を拭こうとする清火……しかし、 涙はどんどん溢れてくる……
すると男は清火の元へ歩み寄り
『……全てを背負わせて済まなかった……そして……俺の後悔を断ち切ってくれて……ありがとう……』
『エル……』
そう言いながら清火の頬に手を添える……
「……ッ! 」
男の手が顔に触れた瞬間、 清火の中で何かが溢れ出る……
あぁ……この感覚……知っている……
そう思った清火は何かが切れたように泣き出してしまった。
そうか……私……この人に……ずっと逢いたかったんだ……
泣き続ける清火に男は何も言わず、 ただ微笑んだ……
そして男は龍人の方を見る。
『……剣が選んだ英雄よ……俺が生んでしまった『影』を沈めてくれた事……深く感謝する……』
「あれを倒したのは清火です……俺は何も……それに俺はただ……娘を守りたかっただけですから……」
そう言う龍人に男は微笑む。
『お前達はよく似てる……救いたいモノがそこにあれば……決して諦めない……幾度も心を折られようともな……いい家族だ……』
「……もしかして……貴方があの剣の……」
イージスが聞くと男は答える。
『如何にも、 その剣は……俺の過ちの象徴だ……しかし、 同時に希望でもある……この世の絶望の運命を断ち斬り、 どんな世界にも光をもたらす事が出来る……唯一無二の武器だ……』
「……その剣が……最後に私を選んだのは……」
『……恐らく……剣はこうなるずっと前から知っていたのかもしれない……それは俺とフィーラの力を持ちながら存在を許される唯一のモノ……何者も知ることが出来ないはずの『この世』の未来をも見通し……そこにお前という『希望』見出し、 ここまで導いてきたのだろう……』
誰も知ることが出来ない未来を……この剣は知っていた……何だかスケールが大き過ぎて分からないな……
話を聞いた清火は剣を見つめながらしみじみ思った。
『……さて……その剣は課せられた役目を果たし……眠りに就いた……もはやお前達には不要の品であろう……』
「……そうですね……この剣は元の持ち主である貴方にお返しします……」
そう言って清火は剣を男に渡す。
……何だか……昔にも……こんなことがあった気がする……
清火は不思議とその光景に懐かしさを感じる。
すると
『……前は……逆だったのにな……』
少し寂しげな表情でそう言うと男は光に包まれ始める。
『……時が来た……お別れだ……』
「待って……最後に、 どうしてもあなたの名前を聞きたい……! 」
咄嗟に彼女はそう言うと男は微笑みながら言った。
『俺はシュラス……今は『この世』を流離う……ただの旅人だ……』
シュラス……やっぱり……知らない名前……でもどうしてだろう……この名前を聞くと……凄く安心する……
彼女の魂は覚えていた……かつて共にした仲間達との思い出を……
その記憶は封じられたとしても……想いは決して消えることは無い……
清火は胸が温かくなる感覚を覚える……
そして……
『……これから先、 お前達の前に幾度も『絶望』が立ちはだかる事もあるだろう……だが忘れるな……どんなに大きな『影』がお前達を覆い隠そうと……必ずそこに『光』もあると……進み続けろ……お前達が信じる『運命』を……『希望』を……『正義』を……』
『俺達は見守ろう……『全て』と共にその『物語』を……』
その言葉を残し、 男は姿を消した。
「……さようなら……シュラスさん……」
男が消えた後、 清火は空を見上げながら呟いた……
…………
果て無き闇の中……
一人の少女が宛ても無くさ迷っている……
その表情は寂しそうでもあり、 何も感じていないようにも見える……
光の無い少女の瞳……
そこに映り込む二人の人影……
それは……
「……! 」
『……ヒュエラ……』
美しく煌めく白い髪の男女……
シュラスとフィーラだ……
少女は二人の姿を見た瞬間、 瞳に光が戻り、 一気に涙が溢れてきた……
そして少女……ヒュエラは駆け出し、 二人の胸に飛び込む……
「お父さん……お母さん……ずっと……ずっと逢いたかった……」
『私(俺)達も……ずっと逢いたかった……』
数万年……
数億年……
数兆年……
気が付けば数の概念をも超える程長い時が経っていた……
そんな永遠にも思える長き時を経て……彼らは一つとなったのだ……
そして彼らは……一筋の光の中へ消えていった……
・
・
・
大災害の後、 世界中の魔物化した攻略者達は人間に戻り、 清火達は普通の生活に戻っていった……
闘いで重傷を負ったザヴァラムだったが、 救助隊が一早く駆け付けたお陰で左目と左腕、 右脚を失う事となるも一命を取り止めた。
退院後に気付いた事だが、 ザヴァラムからは竜の力が消え、 一般人と変わらない身体能力へと変わっていた……
それはシュラスの意志なのか……それとも彼女の潜在的願いに世界が答えたのか……彼女の一生が終っても尚分かる事は無い……
そして清火や龍人、 全世界の人間達からは攻略者だった頃の力は無くなり、 何時しか次元迷宮の事も人々の記憶からなくなっていった……
そう……初めから存在していなかったかのように……
元攻略者達は力を失ってからも普通に就職する者が殆どだった。
そして、 以前より問題になっていた元攻略者達が逮捕される事もしばし続いた。
何もかも普通に戻っていく……全世界の人々が長い夢でも見ていたかのように……普通に動き出した……
・
・
・
とある海岸にて……
清火、 龍人、 龍華の三人は海が見えやすい海岸際に向かっていた。
龍人と龍華はすっかり年老いていた……
清火は立派な大人になり、 その手には指輪がされていた……
彼女はあの戦いの終わりからずっとシュラスの事を忘れられずにいた……
しかし……彼女は解っていた……彼との恋は叶わぬモノなのだと……
清火が『この世』に生きる者である以上……彼との壁は絶対に越えられないのだと……
結果、 彼女は叶わぬ想いを追い続けるよりも……今目の前にあるモノを見つめる事に決めたのだ……
……あの人との思い出は……思い出せずとも私の魂に刻まれている……そう思えるだけで十分……
その想いを胸に生きると……
龍華は車椅子に乗り、 清火に押されている。
「……着いたよ……母さん……」
「ありがとう……清火……」
三人は立ち止まるとそこには夕日の光が煌めく綺麗な海があった……
龍人と龍華はその海を見て微笑む。
「……懐かしいなぁ……君と初めてのキスをしたのは……こんな景色が見える場所だったな……」
「そうね……本当に……あの時はどうなる事かと思ったわ……」
二人は懐かしそうに昔話をする。
……まぁた別の世界の話してるよ……でもまぁ……今日くらいはいいかな……
清火は二人の話を聞きながらそんな事を考える。
そして清火はあの戦いで死んだ友人たちを思い出す……
すると
「そうだ清火、 墓参りには行ったのか? 」
龍人がふと清火に聞く。
「うん……今年も皆に挨拶したよ……」
「……もう……あれから10年なのね……昔の私にとっては……一瞬にも満たない年月ね……でも……今こうして老いている……何だか不思議ね……」
ザヴァラムは穏やかな口調でそう呟く。
「……恐い? 」
清火は龍華に聞く。
しかし龍華は首を横に振る。
「……全然……むしろ幸せよ……愛しい人と共に過ごし……共に老いて行く……そして共に土へ還る……これ以上に幸せなモノは無いわ……」
「……死ぬのは怖くないの? 」
「そうねぇ……死ぬのが怖くない……そう言ったら嘘になるわね……でもね……」
龍華は清火の顔を見て言う。
「生きとし生ける者とは……必ず死を恐れるもの……だからこそ、 生きる尊さを知ることができる……そう考えれば、 必ずしも死とは悪いモノでもない……そう思えるから受け入れられるの……」
……死は悪いモノではないか……
清火は昔の自分を思い出す。
……あの子の力も……『この世』には不可欠なモノなのかもね……あの頃の私はロクでもない力だとか思っていたけど……今なら分かるかも……
「……さて……そろそろ帰るか! 」
「……そうだね……」
そしてしばらく海を眺めた三人は来た道を戻っていった……
『……』
青空と草原が広がる空間で、シュラスがその様子を光の玉を通して見ていた……
シュラスはとても穏やかな表情で清火達の日常を眺めている……
『……死があるからこそ……生きる尊さを知れる……か……』
そう呟くシュラスの元に一人の少女が駆け寄る……
その少女はヒュエラだった……
『お父さん……お母さんが待ってるよ……』
そう言うヒュエラの目線の先にはフィーラがいた……
草原の真ん中でぽつんと立つ小屋の前で……微笑みながらシュラスを見ている……
するとシュラスは微笑み、 ヒュエラの頭を撫でる……
『行くか……ヒュエラ……』
『うん! 』
そして二人は手を繋ぎ、 フィーラが待つ小屋の方へと歩いて行った……
あれから……
60年……
とある田舎の村にて、 縁側で日向ぼっこする一人の老婆と少女がいた……
「おばあちゃん、 またお話聞かせて! 」
少女は元気一杯の様子で老婆に言う。
「また聞きたいの? 本当に好きだねぇ……『雪』……」
その少女の名は雪……髪の色は誰から受け継いだのか、 炎のように赤く……瞳の片方だけが青み掛かっているという、 変わった見た目をした少女だった……
「そうだね……じゃあ今日は、 とある英雄達のお話でもしようか……」
「英雄! ? 聞かせて聞かせて! 」
目を輝かせながら少女は老婆の話を聞く。
その話は、 とある英雄が……世界を救うために……たった一本の剣を持って戦った話……
彼はどんな『絶望』にも屈せず……守りたいモノの為に戦い続け……やがて、 人々の『希望』となった……
その英雄の名は……
『イージス』
またとある英雄は……神に愛され……果て無き成長を得て……やがて魔神を討ち倒した話……
彼女は誰よりも心優しく……『氷』の如く透き通り……『炎』の如く熱い魂を持っていた……
その英雄の名は……
『エル・メルフィーラ』
そしてまたとある英雄は……『復讐』の意志から『守りたい』という意志へと変え……影なる力で『この世』を救った話……
彼女は誰よりも強い『心』を持ち……どんな『悪』にも染まらぬ清き炎を宿していた……
その英雄の名は……
『モルス』
老婆は嬉しそうにその英雄達について語る……
「へぇ……その英雄さんたちは、 ものすごく強かったんだね! 」
「……そうだね……雪に会わせてあげたいよ……その英雄達を……」
そして少女は言った
「私もその英雄さんたちみたいに強くなれるかな? もしなれたら、 悪い人が来てもおばあちゃんのこと守ってあげるね! 」
「ふふふ……えぇ、 きっとなれるよ……雪がそう望むなら……」
そう言う老婆の瞳は……
炎のように……赤い瞳をしていた……
……終わり……
ここまで読んで頂きありがとうございます。
これにて「I am Aegis」シリーズの物語は終わりとなります。
思えば最初は高校時代にノリで作った小説から始まったのですが、気が付けば長い物語に発展していました。
そのせいもあって過去との話を繋げるのにもかなり苦労していました。
ただ、書きたかったモノを書けたので自分は大満足です!
こんな素人の小説でしたが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
改めまして、「I am Aegis」シリーズを読んでくれた読者の皆様、本当にありがとうございました!