第34話【受け継ぐ英雄】
前回の続き……
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イージスと影は目にも留まらぬ速さで街中を駆け回りながらぶつかり合う。
それを見ていた清火は圧倒される……
……凄い……父さん……あの影と渡り合ってる……私なんて軽くあしらわれたのに……
すると次の瞬間、 清火の方へ影が飛ばした黒い玉が飛んでくる。
「……まずっ……! 」
身体が動かない清火は避けられず直撃しそうになる。
そこにイージスが目にも留まらぬ速さで清火の前に立ちはだかり、 黒い玉を斬り刻んだ。
「……大丈夫か、 清火……」
イージスは心配そうに清火の方を見る。
「う……うん……」
何だろう……あの後ろ姿……どこかで……
その後ろ姿を見た清火の中にある記憶が甦る……
それは見覚えの無い男……
雪のように白い髪……
身に纏う黒いローブはずっと使っていたのか酷くボロボロ……
そしてその手にはあの剣が握られている……
誰だろう……会ったことがない人……
清火はその男については一切知らないはずだった……しかし……妙に懐かしい感覚になった……
すると男は清火の方を振り向く……
その瞳はイージスと同じく赤い……
男は清火の顔を見ると何も言わず優しく微笑みかけた……
それを見た瞬間……清火は涙を溢した……
……そうだ……私は……あの人と……
『約束』したんだ……
気付くとイージスと影は再び戦いを始めており、剣が影と衝突する度に衝撃波がビリビリと伝わってくる。
その速さは凄まじく、清火の目でも追えなかった。
凄い速さ……そして何て力……あの怪物と渡り合える程の実力……父さんって……あんなに強かったんだ……
清火は呆然とイージスの戦いを見ている事しか出来なかった。
しかし……
「……私も戦わないと……」
そう言い自分を奮い立たせ、清火は傷付いた身体を何とか動かし、落ちた銃を拾い、影に狙いを定め、遠距離から攻撃し始める。
影は清火の動きに気付き、すぐに彼女の方を攻撃しようとする。
しかしイージスはさせまいと影の攻撃を妨害し、注意を引こうとする。
『凄まじい力だな……だがまだ及ばぬようだな……』
イージスと戦いながら影は呟く。
「まだ本気じゃない……ここからだ……」
そう言うとイージスは影と距離を取り、剣を両手で持ち、構える。
すると剣は輝きだし、光りとなってイージスを包み込んだ。
『ほぅ……フィーラの力か……』
光を見た影は冷静な様子で呟く。
そして光が消えるとそこには神々しく輝く服を身に纏い、光の翼を持ったイージスの姿があった。
「行くぞ……」
次の瞬間、イージスは突然影の目の前に現れ、光の剣を突き刺した。
しかし……
『流石はフィーラの力だ……だが……』
影は平然とした様子で光の剣を掴む。
すると光の剣にヒビが入り、砕け散ってしまった。
突き刺したはずの影の腹には傷が入っておらず、無傷の状態だった。
「なっ……!?」
力が効かない影を見たイージスは驚愕する。
そして影はイージスの首を掴む。
イージスは振りほどこうとするもびくともしない。
「どうして……力が効かない……!」
『……その力は俺と対なる存在だったフィーラの物だ……そしてフィーラは……俺の力によって死んだのだ……これが何を意味するか解るか?』
「まさか……!?」
そう……影はかつてフィーラを殺したシュラスの写し身……シュラスの力を持つ影に敗北したフィーラの力では通用しなかったのだ。
「ぐっ……!」
影はイージスの首を思い切り握り締める。
イージスは悶え苦しむ。
そしてイージスの姿が元に戻ってしまった。
『お前は確かに剣に選ばれた……だがその力を引き出せる器ではなかった……無念だな……』
そう言うと影はイージスを清火の方に投げ飛ばす。
清火は慌ててイージスを受け止める。
「父さん!!」
「済まない……清火……どうやら俺は間違っていたみたいだ……剣を刺すだけでは……奴を止めることは……出来なかった……」
「……父さん……」
そんな……父さんのあの力でも駄目なの……?
この時、二人は影を止める手段は初めから無かったと自覚した瞬間だった……
そして絶望した……
ごめんなさい……約束……守れなかった……
清火は影の方を見上げながら項垂れる。
空に広がる黒い霧とヒビは刻一刻と大きくなっていく……
何もかもが終わる……誰もがそう思った時だった。
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清火の中に記憶が過る……
それは清火が覚えていない別の世界での記憶……
信頼する仲間との旅……憧れる人への想い……
どれも彼女にとって見覚えの無い忘れ去られた記憶……
しかしそれは彼女にとってかけがえのないモノのように感じさせる……
『……諦めちゃ駄目……やっとここまで来たんだから……』
清火の中に何者かの声が響く。
それは聞き覚えの無い少女のような声だった。
しかし、清火はその声を他人とは思えなかった。
まるでもう一人の自分のような……
『運命はまだ決まっていない……あなたが選ばなければ……何もかも終わってしまう……』
この声……あの子とは違う……私の……声……?
すると清火の胸が熱くなる。
『剣を取って……今のあなたなら……その剣を使える……』
でも……あの剣だけじゃ……あの影を倒せない……
絶望しきっていた清火は完全に弱気になっていた。
しかし声はまだ語り掛ける……
『あの人の繋がりを持つ貴方なら……あの剣の真の力を引き出せるはず……長い時を経て……その準備がようやく整った……』
私は……父さんみたいな英雄にはなれない……誰も……守ることが出来ない……ただ怒りのままに動く怪物同然……
清火は今までの戦いの事を思い出す。
思えば清火は立ちはだかる者をただただ殺すだけだった……
次元迷宮への憎しみだけを頼りに動く殺人鬼のように……
そして……清火は友も失った……
力だけでは何も守れない……そう思い知った……
すると声は言う……
『……思い出して……英雄とは何……?』
「……」
その問い掛けに清火は無意識に言葉が出る……
『英雄は勝つ者の事ではない……力を持つ者の事でもない……』
「英雄は勝つ者の事ではない……力を持つ者の事でもない……」
『誰かを守りたい……誰かを救いたい……そう思える』
「誰かを守りたい……誰かを救いたい……そう思える」
「『心』が……人を英雄にする……」
それは聞き覚えの無い言葉だった。
しかし清火はその言葉を聞いた瞬間、 自然と身体が動いた。
『始めは守れなくたっていい……ただ……諦めては駄目……誰かを守りたい……誰かを救いたい……その意志を持って進み続ければ……いつか守れる時が来る……』
『……進んで……守れなかった人たちの想いを無駄にしない為にも……進み続けて……』
『私は知っている……あなたはここで諦める人間じゃない……』
……次の英雄は……あなただよ……
すると清火はゆっくりと立ち上がり、落ちたイージスの剣を手に取る。
その瞬間、剣から今までに無い力が溢れ出てきた。
それは火の粉のように光り、氷の結晶のように煌めいている。
すると剣はみるみる内に冷気に包まれ、氷を纏う剣となった。
剣は黒く燃え盛る炎に包まれている。
しかしその炎はじわじわと紅い炎へと変化していく……
それを見たイージスと影は驚愕する。
『何だ……その剣は……幾つもの力が混じり合っている……!』
「清火……一体何が……」
すると清火の姿が変わる。
身に纏う服は白いローブのようになり、血が付いていた白い髪は炎のように赤く全体が染まっていく……
そして瞳は右目が青く変色していた……
その姿を見た影は……
『まさか……この小娘……エル・メルフィーラ、貴様か!!』
そう言うと咄嗟に黒い影は清火の方へ突進し、掴み掛かろうと襲ってきた。
しかし影の手は清火の目の前で止まる。
清火の前には太陽のような模様が描かれた魔方陣が浮き出ており、清火を守っていたのだ。
『何だ……この壁は……馬鹿な……『魔法』が俺の力を防いだのか……!』
「あれは……ミーナの……そうか……清火……お前は……」
その光景を見ていたイージスは察する。
自分の娘、 清火はかつての仲間「ミーナ」の生まれ変わりであることを……
それと同時に今の清火の姿は彼女の更なる前世の姿であることを……
「……ここで……終らせる……」
次の瞬間、清火は今までに無い凄まじい速さで剣を振り上げる。
剣からは火の粉と雪のような粉が舞い、美しい曲線を描いていた。
影は間一髪で攻撃を避け、距離を取る。
『は……速い……これは……まさか時間の概念を……人間如きが真に概念を……! ? 』
今の清火は剣の完全なる力を開放し、 それを制御出来ていると察した影はその場から離れようとする。
しかし清火は空かさず影の方へ距離を詰める。
清火の放つ斬撃で炎が弧を描き、辺りに雪のような色をした火の粉を放っている。
その速さは流星の如く、肌が斬れそうな鋭い風圧がイージスの方まで伝わってくる。
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暗い空間の中……ヒュエラは清火の勝利を祈っていた……
そして
『お願い……お姉ちゃん……お父さんが残してしまった後悔を……お母さんが果たせなかった無念を……どうかここで……終わらせて! ! ! ! 』
涙を溢しながら叫ぶ……
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「ッ! ! ! 」
清火の剣を振る速度がどんどん上昇していく。
それは刃が見えなくなり、 弧を描く炎しか見えなくなる程に……
分かる……私の魂がここに来るまで、 出会ってきた人達の想いが……
今まで紡いできた過去の私が……
私に勇気を……力を……全てを与えてくれた……
周囲の建物は一瞬にして斬り刻まれ舞い上がり、 辺りには雪のような火の粉を噴き出す炎が広がる……
断面はまるで溶岩の様に溶けており、 清火の炎の凄まじい熱が伝わってくる……
もはや『速度』の概念も超え『時間』の概念をも無視する斬撃に影は追い付けなくなっていく。
『概念』の壁をも超えた彼女の力は炎となり、 世界の全てを包み込む……
その炎の灯を見た人々は自然と心が癒され、 希望に満ち溢れた……
やがて彼女の力は『全て』を『希望』で照らす……
戦いは文字通り熾烈を極め、 『この世』の『全て』を揺るがした……
ヒュエラだけではない……彼女の戦いを感じていた神々すらも祈りを捧げていた……
『この世』の『影』を討つ『灯』に……
『ッ! ! 』
激戦の末、 清火の剣は影の防御を撃ち破り、 影に隙を作った。
『この小娘、消し炭にしてくれる!』
焦りを見せた影は清火の身体に触れようとする。
しかし影の手は弾かれた。
『何……! 『全て』を抹消するこの力を弾くだと……一体何が……』
困惑する影。
その目の前にいたのは……
『……』
『フィー……ラ……?』
清火を守るフィーラの姿だ。
もちろん清火にはフィーラの姿は見えていなかった。
しかし影にははっきりと見えたのだ。
『もうやめましょう……シュラス……』
フィーラはそう言っているようだった……
その声を聞いた影は一瞬隙を見せる。
『今じゃ! ! !心臓に突き刺せぇぇぇぇ! ! ! 』
その瞬間、 剣から少女の声が響き、 それに合わせて清火は動く。
次の瞬間……
「うおぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
『ッ……』
影の胸に剣が突き刺さった。
「……」
『……人間に負けるとは……奴が言っていた通り……か……』
これでようやく……戦いが終わる……
安堵する清火に影は最後に語りかける。
『お前の約束を果たさんとする魂の意志……本当に尊敬する……』
「私はこのクソみたいな戦いを終らせたかった……ただそれだけ……アンタは消えて、次元迷宮も消える……もう何もかも終わりよ……」
『俺はどう転ぼうが『この世の影』だ……仇を為す者は消される……それが『この世』の意志……この意志に逆らえないのなら受け入れよう……だが……』
そう言い、 突き刺された部分から炎に包まれていく影は清火の顔を見る。
『どうか忘れないで欲しい……俺という『影』がお前達の中にいるということを……次に『影』を生み出すのは……『お前達』かもしれないということを……』
「わかってる……その時は何度だって倒す……目の前に……守りたいモノが有る限り……」
それを聞いた影は心なしか微笑んでいるように見えた……
そして影を包んだ炎は氷となり、 塵となって消えていった。
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続く……