第31話【秘める記憶】
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私は……ある二人の『絶対』から生まれた……
「やっと生まれた……良かった……」
生まれた時、 私は産声を上げなかった……
その時から私は『私』という存在がそこにあった……
だから鮮明に覚えてる……
「この子が……私達の子なのね……大きくなるのが楽しみね……」
お父さんとお母さんは優しかった……二人は私を愛したくて私を生んでくれたんだと……そう感じた……
私も……もっとお父さんとお母さんの温もりに触れていたい……そう思って私は生きようとした……
だけど……この世は……『私』という存在を許さなかった……
「……お父さん……お母さん……」
「ヒュエラ……」
私の体は不安定だった……
『絶対』の力を二つも持って生まれたせいか……私は肉体を持つことが難しくなっていった……
故に……私は概念の中でしか存在することを許されなかった……
お父さんとお母さんの力を持ってしても……私の体を維持する事は出来なかった……
これは『全て』から課された私への罰なのか……私の力不足だったのか……今となっても分からない……
ただ……そこにあったのは……避けられない『死』だけだった……
「ごめんなさい……私……もっと……二人と一緒にいたいのに……」
ヒュエラはシュラスの手を握る……
この時のヒュエラの体は……全体が薄くなっていた……
シュラスとフィーラはヒュエラの様子を見て悲しげな表情を浮かべている……
「そんな事……俺達こそ……お前という存在を生んだばかりに……お前を苦しませてしまった」
シュラスとフィーラは唯一の娘であるヒュエラを愛していた……
だが……一緒にいられる時間が少ない事を……二人は分かっていた……
またヒュエラも、 父と母を愛していた……
彼女はまだ生まれたばかりの頃から……二人によく愛されていた……ヒュエラ自身も……その二人の愛を深く感じていた……
同時にヒュエラはまた別のモノを感じていた……二人の間に……見えない『影』が見えつつあることを……
彼女はその体が消えてしまう前に……二人に警告した……
「お父さん……お母さん……気を付けて……」
「……? 」
「ヒュエラ……何を伝えたいの? 」
彼女は二つの『絶対』の力を受け継ぐ存在……故に完全不確定な二人の『未来』も見通せた……
その未来に彼女は『この世』で最も大きな『影』を見たのだ……
その事を二人に伝えなくては……そんな思いで彼女は最後の力を振り絞った……
そしてヒュエラは言った……
「……この先の未来……二人でも避けられない『運命』が近付いてくる……それは『全て』を無かった事にしてしまう程に……強大で……残酷な未来……」
「……どういう事……? 」
「俺達でも避けられない『運命』……? 」
二人はヒュエラが言う事を理解できなかった……しかし、 何故かその言葉に異様な危機感を感じた……
するとヒュエラの体はますます薄くなる……
「ヒュエラ……! 」
「……そう……もう時間が……」
「お父さん……お母さん……私……二人に会えて……幸せだった……どうか……絶望しないで……私は信じてるから……」
『『全て』の未来に……『希望』があるって……』
その言葉を最後に、 ヒュエラは消えてしまった……
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風景は変わり、 青空の広がるどこかの野原が見えてきた……
そこは崖となっており、 遠くには大きな街が見える……
その崖の上に……黒くボロボロのローブを身に纏う白い髪の男と……白いローブを身に纏う赤髪の少女が向かい合って立っていた……
少女は悲しそうな表情で男を見つめている……
「シュラスさん、 私……その『闇の因子』の根源となる怪物を……何とかしたいです……」
少女は男の名を口にし、 何かの手助けになろうとしている……
「自ら修羅の『運命』を歩むと言うのか……それは俺と戦う事と同じなんだぞ……?」
男は少女を案ずるようにそう言う。
しかし、 少女の表情は変わらない。
「……分かってます……でも……私は自身の存在が消えてしまうよりも……」
「シュラスさんが愛した『この世』が消えてしまう方が……もっと嫌ですから……」
少女の感情が流れ込んでくる……
それは男に対する愛だった……それと同時に恐怖を抱いている……しかし……それ以上に……少女には確固たる勇気を感じた……
すると男は少し悲しげな表情を浮かべる……
「意志は……変わらないんだな……」
「……はい、 どうか……私に貴方の助けをさせて下さい……」
「……分かった……」
そして男は意を決した様子で少女の頭に触れる。
「……運命は選ばれた……お前の魂は……この剣に選ばれる人間を見つけ、 守る生涯を繰り返すようにした……同時に剣が影の力からお前の道を守ってくれるだろう……」
「……ありがとうございます……」
「……不思議だ……お前と過ごした時間は……俺にとっては一瞬にも満たない筈なのに……とても長く……幸せな時間に感じられた……」
すると今度は男の感情が流れ込んでくる……
男は少女と過ごした日々に幸福を感じているようだった……それがどんな日々だったのかは分からないが……とても幸せな感情を感じる……
すると男は段々黒い霧のようなものに包まれていく……
「……時間が無い……最後にこの剣を……」
そう言いながら男は剣を手に取ろうとする……しかし、 男は一瞬動きを止めた……
「……~~……本当にいいのか……? 」
「……はい……これでいいんです……それでこの世が救われるなら……」
そして男は剣を手に取り……その剣を少女に渡した……
「……お前の運命に対するその覚悟……俺は忘れない……この剣を……頼んだぞ……」
「……任せて下さい……例えこの身が滅びても……私はあなたとの約束を守ります……」
「……お前のような強い人間はそういない……お前と会えて……本当に良かったと思える……」
最後に男はそう言うと黒い霧のようなものになり、 少女の前から姿を消した……
シュラスが姿を消した後、 少女は空を見上げる……
見上げた拍子に少女のローブの頭部分が取れる。
その髪は燃える炎のように美しい赤い色をしていた……
瞳は左が赤く、 右は青色だった……
少女は泣いていた……
しばらく泣いた後、 少女は涙を拭い
「……この剣は私が守ります……そして受け継ぐべき者へ……」
そう言うと少女は剣を握りしめ、 空に向けて青い火の粉を飛ばした……それは彼女の寂しい想いを込めた……愛する者へ送る花のようだった……
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『これが……私の記憶と……お姉ちゃんの前世の記憶の欠片……私の名前はヒュエラ……この世の全ての起源となった二つの絶対から生まれた子……全ての『生と死』に繋がる概念を司る存在……』
清火に記憶を見せた少女は遂に自身の名を明かす……
……それで……あなたは……あの後どうなったの……?
『……あの時から……私の記憶は止まっていた……』
……
『でも……何故か……私は目を覚ました……途方も無い暗闇から……』
それって……あの男が言っていた運命と……何か関係があるの?
ヒュエラは話を続ける……
『声が聞こえたの……誰の声か分からないけど……助けを求めているような……『私を探して』って……』
もしかして……それが私だと……?
ヒュエラは静かに頷く……
『お姉ちゃんの前世に……その答えがある……』
私の……前世……
するとヒュエラは再び清火の額に触れる。
次の瞬間、 清火の頭の中で何かが映った。
『私を拾ってくれて……ありがとう……』
『どうか……私が成し得なかった平和を……この世界に……』
清火の身に覚えのない言葉……白い魔術師の少女と……黒いコートを身に纏う白く長い髪の女性……
これって……全部私の前世なの……?
清火は全く知らない……しかし……その言葉たちを聞くと……自然と涙が溢れてくる……
『お姉ちゃんは……ある時を境に『剣の守り人』となった……そしてその宿命は……幾度の転生を繰り返しても尚、 消えることは無い……その約束が果たされるまで……』
約束……
『そう……お姉ちゃんはもう覚えてないだろうけど……あの記憶通り……約束したの……』
『私のお父さんと……』
それはすなわち……シュラスの事だった……
私が……あの子の父親と……?
清火は信じられなかった……しかし……それが真実である……
『あの時……お父さんと約束をしたのは……『エル・メルフィーラ』……氷炎の英雄とも呼ばれた存在だった……』
それが……私の前世……
『そう……ずっと前の前世……そして今……その約束が果たされようとしている……きっと……私が目覚めたのは……あなたを守るため……』
そう言うとヒュエラは清火の顔に手を添えながら涙を溢す。
『ごめんなさい……私は……お父さんが残してしまった後悔を……お母さんが果たせなかった無念を……終わらせたかった……その運命にお姉ちゃんを巻き込んでしまった……暗闇でさ迷い……一人で苦しむお姉ちゃんの心も……助けてあげたかったのに……私は……自分の事ばかり……ごめんなさい……ごめんなさい……! 』
……あなたが謝る必要は無い……これは私が始めた戦い……あなたは私に戦える力をくれた……お陰で家族にも会えた……ありがとう……
清火の気力が戻っていく。
……私……戦うよ……今はもう何も覚えてないけど……今の記憶を見たら……やらなくちゃいけない気がしてきた……
『……気を付けて……影は強い……この世の概念をも意のままに出来る……でも……私の力を持つお姉ちゃんなら大丈夫……今のお姉ちゃんには……『存在の死』をも跳ね除ける力を持っている……それだけじゃない……お姉ちゃんは今まで色んな『力』を貰ってきた……それは単なる『力』じゃない……その一つ一つがその人を形作る『魂』そのものなの……だから忘れないで……』
お姉ちゃんは一人じゃないよ……
すると少女の姿が歪んでいく
『私とお姉ちゃんが話を出来るのはこれで最後だね……戻ったら……亀裂のある場所に向かって……そこで影が待ってる……』
……ここまで連れてきてくれてありがとう……アンタの願い……絶対叶えてあげる……
そして清火は暗闇に落ちた……
『……ここまで来たのはお姉ちゃんの魂の意志……私はその手助けをしただけ……頑張って……氷炎の英雄……エル・メルフィーラ……』
暗闇に残された少女は一人でそう呟いた……
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「……」
燃え盛る火の海の中、 清火は目を覚ます……
そして立ち上がり、 大鎌を手に取る。
「……終わらせてやるよ……このクソみたいな戦いを……今までのツケを払わせてやる……! 」
そう言いながら清火は被っていたフードを取る。
フードを取る際に清火の手に付いていた血が髪に付き、 風に靡く……
火の海の中を歩く清火の顔は覚悟に満ち、 同時に怒りの感情も籠もっていた。
…………
???……
『……時が来た……』
黒より黒く……
闇をも呑み込む深淵の中……
影が清火達を見ている……
『……俺の意志を……果たすまで……』
イージスとザヴァラムは魔物の集団と戦っている……
清火は魔物達を退けながら街の中を進んでいる……
『……シュラス……後悔とは……どんなに『時』を持ってしても……消えることは無いんだ……』
影は徐々に人の形へと変えていく……
『……お前の残した後悔は……闇は……』
『あまりにも大き過ぎた……』
そして人の形となった影は空間に亀裂を入れた……
『俺は終わらせる……それが……俺の存在する意味であり……俺の……『意志』だ……』
続く……




