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第一話 拾った


──十六歳、六月。


 捨て子の悪魔を拾った当時の私は──。

 定時制高校へ進学して間もない十六歳。


 何故定時制高校なのかと言えば、私は天涯孤独。

 物心ついた頃には既に施設で生活していた。


 私の名前は──鈴木(すずき)陽菜(はるな)

 名字は私を保護してくれたのが、民生委員の鈴木さんという方だったから。出生時の名前等の手がかりはなかったと聞いている。

 下の名前は、私の保護された時期が春で菜の花が近くに咲いてたから──。


 当時の私は生活保護を受けながら、職員さんから紹介されたアパートで一人暮らしを始めたばかりだった。

 昼間は…職員さんの紹介で入社した会社で事務員として働いていた。

 夜間は…定時制高校に通学するという生活だった。



  ◇◇◇◇



 あの日は昨日のことのように思い出す。


 定時制高校からの帰り道。

 私は自転車を押しながら、アパートまで続く長い上り坂を一人歩いていた。

 すると小雨がポツリポツリと私の頬を濡らした。


 早く帰らなくては制服が濡れてしまう──。

 その思いに駆られ私は慌てて自転車を押し始めた。


 「あぎゃぁぁぁぁっ!!あぎゃぁぁぁぁっ!!」


 上り坂も終盤に差し掛かった頃だった。

 横の公園から泣き声が聞こえた私は足を止めた。


 こんな時間に公園に赤ちゃんが普通いるだろうか?

 ふと私は心配になってきてしまった。

 もう居ても立っても居られない私は、押してきた自転車を公園の車止めの前に停めた。

 そして声のする方へと急いだ。


 「あぎゃぁぁっ!!あぎゃぁっ!!あぎゃぁぁっ!!あぎゃぁぁっ!!」


 声がしているのは公園の中央のベンチからだった。

 私は急いでベンチのある所まで駆け寄っていった。


 ベンチまで来るとそこには籐製のゆりかごが──。


 ゆりかごを覗くと中では…乳児が泣いていたのだ。

 その乳児には寒くないように、毛布で包まれ更に暖かそうな布団まで敷かれていた。


 強い意志で誰かが置いていった事が見てとれた。

 捨て子の私には、この乳児のことをこのまま見過ごすことができなかった。


 「これから雨降っちゃうから、お姉ちゃんのお家に行こっか?」


 思わずゆりかごの中の乳児に声をかけていた。


 「きゃっ!!きゃっ!!」


 乳児は私の声を聞くと急に泣き止むと、私の方を見て笑い声をあげた。

 心奪われてしまった私は、いつの間にかゆりかごの取っ手に手をかけていた。

 そして、意を決めいざ持ち上ようとした時だった。

 ゆりかごと布団の間に何か紙があるのが見えた。


 ゆりかごの取っ手から一度手を離した私は、ゆりかごの中へと手を入れ恐る恐るその紙を手に取った。


 そこには女性のような筆跡でこう綴られていた。

  “この子は、私達の大切な愛の結晶でした。”

  “悪魔と人間との間に産まれた子供でした。”

  ”ですが、悪魔の不貞で出来た穢れた子供の為、殺処分する為に差し出すよう命じられました。“

  “我が子をそんな理由で差し出す事など出来ませんでした。”

  “名前は、(あきら)と言います。”

  “どなたか、晃の事を宜しくお願いします。”

 

 こんな手紙見せられた日には、私の答えはもう一択しかなかった。

 雨のほうもポツリポツリから、ポツポツに変わりつつあった。

 私はゆりかごの取っ手を両手で掴むと、今度こそ覚悟を決めて持ち上げた。



 ◇◇◇◇



 「お家はもう少しだからねぇ?」


 アパートはもう目前まで迫ってきていた。

 ゆりかごを持ってしまったから、自転車は公園の入り口の車止めにとりあえず置き去りするしかなかった。


 「あうー!!あうー!!」


 ゆりかごの中から可愛い声が聞こえてくる。

 こんな声を聞いてしまったからなのか、私は絶対にこの子を育てて幸せにするんだと、心に決めてしまった。


  トントントントントントン…


 ゆりかごを両手で持った私は、ようやく四階建てのアパートの下まで到着した。

 そして庇のついた外階段をその勢いのまま、二階を目指し登り始めていた。


 「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…。」


 この時は気付かなかったのだが、籐製のゆりかごは思った以上に重かったようで、何度か私は息を切らせていた。


  ギィィィィッ…バタンッ!


 先程の雨の予感は的中した。

 部屋に入った直後、外は物凄い豪雨になっていた。


  ガチンッ…!ガチンッ…!


 玄関のドアの鍵をかけた私は、ホッと胸を撫で下ろしていた。

 晃を連れ帰った自分の判断が間違いではなかったと、正当化し始めていた。


 「あうー!!あうー!!」


 玄関に続くキッチンの床に置かれた、ゆりかごの中から覗かせる晃の表情は私にはとても可愛らしく感じた。


 「キミは…晃くんって言うんだよね?キミは凄く愛されていたんだね?私は…名前なんてつけて貰えなかったから。」


 「あうー?あう?」


  ガチャッ…

  ギィィィィッ…


 まず私はキッチンと寝室兼居間の部屋を隔てるドアを開けました。

 そして、ゆりかごの取っ手を持つと寝室兼居間の部屋へ向かった。

 部屋に入ると、両手が塞がっていたので、脚を使い部屋の真ん中に置かれていたテーブルを隅に退かした。

 空いたスペースへ私はゆりかごをそっと置いた。


 「晃?明日、職員さんのところ行ってみよっか?そして保護してもらおうねー?」


 「あぎゃぁぁぁぁっ!あぎゃぁぁぁぁっ!」


 私の言っている雰囲気が分かるのでしょう、晃は大泣きを始めてしまった。


 「ゴメンね?晃は…嫌だよね?お姉ちゃんと一緒が良いのかな?」


 私はゆりかごの中に居る晃の顔を見つめて言った。


 「きゃっ!きゃっ!きゃっ!きゃっ!」


 私の言葉に喜ぶように大声をあげて晃は笑った。


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