【6】
私は父の名を呼ぶとその場に立ち尽くした。
コ レ ハ ナ ニ ?
何って…??
分かってるじゃない。
心底愛した人と、その足元に倒れた父の亡骸。
私は言葉にならない叫びを、ただ上げる事しか出来なかった。
怒りと、憎しみに、意識が持っていかれる。
頭の中に父と過ごした日々がよぎった。
「父…様…」
気がつくと、自然と体が動き、私はあらん限りの力を込めて、郭馥に切りかかっていた。
金属と金属のぶつかる音が響く。
郭馥は私の一撃を片手で防いで見せると、いとも簡単に弾きかえす。
飛ばされて、体制を崩した私は、背中から強く地面に叩きつけられる。
「…がっ…」
背中と腹部に強い衝撃を受けて、吐き気がする。
私は嗚咽を漏らすと、郭馥を睨みつけた。
睨みつけられた郭馥は、表情を変えずに私を見つめると、口元を歪めて笑う。
「何だ…そんなモンか?親父を守るんじゃなかったのか?俺が憎いんじゃねぇのか?…そんなモンかよ!」
郭馥がそう叫ぶと、一瞬にして頭に血が上る。
再び立ち上がり、腰に装備していた短刀を数本、郭馥に投げつけた。
「甘いんだよ!!」
郭馥はその短刀も難なく叩き落す…が、その時には既に、私は郭馥の懐へと詰めて来ていた。
「!!?」
急な事で回避に遅れた郭馥は、私の蹴りをまともに腹に食らう。
舌打ちをして、ひるんだ郭馥に追撃をかけ様と、私は大きく刀を振りかざした。
振りかざされた刀に気づいた郭馥は、刀を振りかざしている私の腕を掴み、地面へと引き倒す。
「あっ…!!」
すばやさでは対抗出来ても、力では敵わない。
そのまま地面へと倒れこむ。
郭馥は私を組み敷くと、腹部に手加減の無い拳を振り下ろす。
胃の中の物が、すべて逆流してきそうな衝撃。
涙と嗚咽が溢れる。
「…ッふ…ぐ…」
郭馥は大人しくなった私を見下ろした。
だけど何も言わない。
それはそうだろう。
この男は私を裏切り、そして…父すら、目の前で奪ったのだ。
何かを言えるわけがない。
「冥…」
郭馥はあの頃と同じように、私の頬を撫でる。
その瞬間、私は思ったより素直に言葉が出て来た。
「…郭馥…、ごめん…」
そう言うと、懐に残っていた最後の短刀を…。
郭馥の胸に突き刺した。
「な…に…」
郭馥がよろめきながら、その場を後ずさりすると、ゆっくり立ち上がる。
もう止まらない。
も止められない。
私達は、こうなる運命だったのだ。
私は刀を構えると、一瞬だけ郭馥を見つめ、その胸目掛けて刀を振り下ろした。
「…ッチ…」
郭馥は眉をひそめて武器を構えると、私の凶刃が自分に届く前に、その武器を私の胸に突き立てる。
気がついた時。
私は郭馥の足元に、父と同じように横たわっていた。
「冥!」
郭馥は私に駆け寄ると、もう力の入らない身体を抱き起こす。
「おい!!!大丈夫か!!」
郭馥の呼び掛けに、薄く目を開ける。
「自分でやっといて…、大丈夫も何も…ないでしょうが…」
そう皮肉る。
郭馥は自分で傷つけた私の身体を、改めて見直す。
…が、助かる傷ではないのは一目瞭然だった。
「すまねぇ…」
郭馥は瞳から涙が溢れてくる。
初めて見た。
…この人も涙を流すんだな。
その涙から、郭馥の言葉にならない気持ちが伝わって来る。
傷つけるつもりじゃなかった。
守りたかった。
大切だったんだ。
こんなはずじゃなかった…。
そんな、複雑な思いが涙に込められているようだ。
「郭馥…、好きよ…」
私がそう言うと、郭馥は私の顔を見る。
「ごめん…ね…?あの時、素直じゃなくて…、本当は言いたかった」
「話すな!すぐ手当して…」
郭馥がそう叫ぶが、私はそんな郭馥の顔を撫でて笑う。
「馬鹿じゃない?無理だから…助からないから…」
そう言って、郭馥の腕を掴む。
「本当は…他の女の人に会わないで…そう言いたかった。でも…言えなかった。言えばよかったって…ずっと思ってた…。良かった…言えて…、大好きよ…愛してる…」
ずっと言いたかった言葉。
まさか死ぬ間際に言う事になるとは。
頬に落ちる郭馥の涙の温かさを感じながら、私の意識は闇へと溶けた。
その後、船ではいつもと変わらない郭馥の姿があった。
「よし!錨を上げろ!!帆を下ろせ!!出航だ!!帰るぞ!」
船に戻った後、郭馥はそれだけ言うと、空を見上げたまま黙り込んでいた。
あの時。
大切な人を自分の手で殺め、自らも命を絶ってしまいたいと思った。
だが、それは部下達に対する裏切りなのだろう。
愛する人を裏切ったのだ。
この期に及んで、自分を慕う部下達を裏切る事は出来ない。
もう誰も裏切らない。
そう心に誓ったのだ。
(…俺も…、愛してる…)
郭馥は心の中で、 楊冥に自分の思いを告げると、深く息を吸い込んだ。
これからも生き続ける。
この命は…、まだ続いている。




