【5】
私が屋敷に帰った頃には、すでにすべてが遅かった。
屋敷内に転がる屍の山。
むせ返るほどの血の臭い。
炎で埋め尽くされた自分の生家。
肉の焼ける臭い…。
…間に合わなかった?
私は辺りを見回すと、まだ息のある兵士に近づいて声をかけた。
「大丈夫!!?」
「お嬢…様…、ご無事で…ありまし…た…か…」
「私は大丈夫よ!父は!?鄧選は!」
「お二人…共…、郭馥の船へ…お嬢さ…ま…、どうか、お父上…を…責めなさ…るな…。貴方を想うが故に…郭馥を…攻めたのです…」
そう言うと兵士は静かに目を閉じた。
先に攻めたのは父だ。
間違いない。
だって郭馥は、攻めてくるつもりはなかったんだから…。
私は街の酒場で聞いた、郭馥の部下達の会話を思い出す。
───郭馥様も素直じゃねぇよなぁ~、もっと早く謝りに来ればよかったのによ。
───そう言うなよ。あの素直じゃない郭馥様に、自分から頭下げるなんて出来るわきゃねぇだろ。
───でも、まさか本当に郭馥様が自分から謝るなんてな。しかもわざわざ出向いてまで…。
───奥様がいなくなってからの郭馥様は、死んだ様だったぜ?俺はどうせ、迎えに来る事になると思ってたよ。
───奥様も、許してくれりゃあいいけどなぁ…。奥様の飯が食えないのも、奥様がいないのも、郭馥様が落ち込んでるのも、俺らにゃ辛いぜ。
そう、郭馥は攻めてきたんじゃない。
私に謝りに来たんだ…。
謝りに来たのなら…私は当然戻っただろう。
私だって、郭馥の元を離れた事を後悔していたんだから。
強がらずに、本音でぶつかれば良かったと…。
何故、あんな言い方しか出来なかったんだろうと、ずっと後悔していた。
そして、私はまた後悔する事になった。
何故、今日に限って屋敷の外に出たのか…。
屋敷にいれば、父を止める事だって出来たはずなのに…。
でも、今更後悔しても…もう遅い。
そう、遅い。
私は自然と頬を伝って来た涙をぬぐうと、炎渦巻く屋敷内へと足を進ませた。
郭馥は、自分の足元に倒れている楊煕を見つめていた。
すべてが終った…。
もう元には戻らない。
楊冥は戻らない。
郭馥は倒れた楊煕に刺さっている、無数の矢を一本一本、丁寧に抜き取る。
「…おい。息は、あるか?」
そう話しかけると、楊煕はうっすらと目を開ける。
「俺は攻めて来た訳じゃねぇと言ったはずだ。何故…攻撃してきた…?」
がそう問うと、楊煕は虚ろな瞳に少しだけ、光を取り戻す。
「私の…方が…、貴様に聞き…た…い…。何故…娘…を…裏切…」
「…言い訳はしねぇ」
郭馥がそう言うと、楊煕は己の血で真っ赤に染まった腕を、郭馥の首元へ伸ばした。
「…俺を殺したいか?そうだろうな。大事な娘を裏切って、傷つけた男だ」
「貴様…!!」
楊煕は最後の力を振り絞り立ち上がると、足元に転がった武器に手を伸ばす。
だが、武器を取ろうとした楊煕の腹に、一瞬早く動いた郭馥の武器が深く突き刺さる。
音も無く倒れた楊煕は、もう二度と動く事は無かった。
「…大事過ぎて…、怖い事だってあんだよ」
そう呟くと開いたままの楊煕の瞳を撫でて、そっと閉じる。
郭馥は動かなくなった楊煕を無言で眺めると、小さく口を開いた。
「冥…」
そう口の中で名前を呟いた時だった。
「父様…ッ!」
声が聞こえる。
誰より聞きたいと望んだ声。
郭馥は気がつくと振り返っていた。




