【2】
私が目を覚ましたのは、郭馥の部屋だった。
倒れた時、私の部屋より近かったから自分の部屋に運んだんだろう。
でも、初めての郭馥のベッドは苦痛だった。
昨夜の女の人の温もりや香りが、残っている様な気がして…。
私はギュッと目をつぶると深呼吸をした。
精神が落ち着いてくると、改めて部屋の中を見回す。
…郭馥が、いる。
私が起きた気配に気付いたのか、郭馥は私を振り返り近寄ってくる。
「大丈夫か!?急に倒れるから、心臓止まるかと思ったぜ…」
「…ごめん。大丈夫だから…」
私がそう言うと、郭馥は私の頭を撫でる。
決して抱き締める事はしない。
私の身体に触れる事はしない。
「…あー、何か食いたいモンねぇか?何でも持って来てやるよ」
私が小さく微笑んで「ないよ」と言うと、郭馥は少し私から離れた場所へ腰掛けた。
「…何かあったのか?」
「何も?」
知らぬ顔で私に接する郭馥に、悲しみよりも怒りの方が勝り始める。
意地でも私からは折れない。
だって人を好きになるのに理屈はない。
人を好きになるのは自由。
郭馥が他の女の人を好きになったのなら…。
私がどうこう言える訳がない。
私はここで、私のやるべき事をやるだけ…。
何も知らないフリして、郭馥の傍にいるだけ。
「本当に何でもないから。…部屋に戻るね。ごめん、ベッド占領して」
私が笑っていうと。
「じゃあ部屋まで…」
送る。と言うだろう郭馥を遮ると、部屋を出る。
だってどうせ…今夜も来るんでしょう?
あの人が…。
次の日から、自分のすべき新しい事を見つけた私は気が楽になった。
郭馥が誰を好きにっても、今の郭馥の奥さんは私だもん。
いつも通りに郭馥と接して、いつも通りに生活した。
でも、しばらくたったある夜…。
自室にいるとコンコン。と部屋のドアが鳴る。
「…いるか?」
「いるよ」
私は郭馥の問掛けに短く答えるだけで、ドアを振り返りもせずに、帳簿をつけていた。
ドアが開いて、郭馥が入ってくる気配がする。
私は「どうしたの?」と日誌に向かったまま声を掛ける。
すると郭馥は、イラついたような低い声で、
「この狸女が…」
と、呟いた。
…意味は分かる。
私は狸だ。
全て知っていて、知らぬ顔で過ごして来た。
人を化すのは得意よ。
もちろん、辛く無い訳は無いのだけれど…。
「…狸?」
「使用人から聞いたぜ…。俺が女を囲ってたの、全部知ってたらしいじゃねぇか。よく今まで、しらっと知らぬフリが出来たモンだ」
「はぁ、だって…私にどうしろって言うの?」
そう言うと、一瞬言葉に詰まった郭馥を、私はやっと振り返る。
「…人を好きになるのは自由よ。別に貴方が誰を好きになっても、私は何も言えない」
「違う!!あの女は…」
「…私は!」
郭馥の言葉に被せる様に怒鳴る。
「私は…父が、止めるのを振り切ってまで、貴方についてきた。貴方の気持ちが変わっても、私の気持ちは変わらない。貴方が私を不要でも、私は貴方について行く」
私は元々、大人しく屋敷の奥にいるような女ではない。
幼馴染の鄧選と一緒に、武器を手にして、父の為に戦ってきた武将だ。
貴方が私に捨てろと言った武器…。
私はまた手に取るだろう。
女として不要でも、貴方の側にいる為に…。
私が話している事を黙って聞いていた郭馥は、やっと口を開く。
「お前は平気なのかよ…?」
平気な訳ない。
そんな訳はない。
私の気持ちがそんな…、
その程度の物だと思ってたのか…。
私は貴方と違って、体も心も命も…全てを貴方に捧げる覚悟でついてきたのに!!
それでも…私の口から出て来た言葉は…。
「私の気持ちなんか関係ない。だって私が嫌だ、帰る。と言ったら…郭馥…、貴方は父と戦う事になる」
「…ハッ…そうかい。つまり…」
そう自嘲気味に笑った郭馥は、私が向かっていた机を乱暴に蹴り飛ばす。
私が睨みつけると郭馥は私の腕を掴み、ベッドへと引き倒した。
「ご立派な英雄様であるアンタの親父と戦にならねぇ様に…、本当は嫌だが、俺と一緒にいてくれてる。…そう言う事か?…お前の最後の優しさって訳かよ!!」
郭馥はベッドに私を組み敷いたまま、私を見つめる。
「…好きにしろよ。帰りたきゃ帰りな。お前の親父が俺を攻めてくるなら、返り討ちにしてやるよ!!」
その言葉に、私の中の何かが弾けた。
私は郭馥を力任せに退すと立ち上がる。
分かってない。
分かってない。
分かってない。
全然分かってない!!!!
「…なら帰るわ。戦を望むなら貴方が攻めて来るといい。父には会わせない。私が、貴方を止めてみせる」
「…お前がか?この俺に勝てると思ってんのか!?」
郭馥が本気で怒っているのが分かる。
でも私だって怒ってる。
父を討つ?
そんな事させてなるものか!!
「父には会わせない…」
私はその夜、郭馥の船を降りたのだった。




