97.こまどりエンジェルズ(92)
アスタロトが俺の手を握って門を潜る。なんとなく一人でさっさと行ってしまうのかと思っていたから、嬉しい。壁は何も無いように見える。だが、通り過ぎる時に圧縮した空気で出来た薄い壁に突っ込んだような抵抗を一瞬感じたが、問題無くスッと潜り抜けた。
「「お帰りなさいませ!」」
集塵機ズが笑顔で出迎える。
「ただいま。と言いたいところだけど、まだ用事が終わってない」
とアスタロトが苦笑すると、二人は目に見えてがっかりした様子を見せる。余計な期待をさせてしまったのだな。
「だが空を飛ぶより速く帰ってくる目処が立ったから、晩飯は共に出来ると思うぞ」
と俺がそれぞれの頭を撫でると
「お待ちしてます!」「ます!」
と嬉しそうに目を細めた。
集塵機ズは隣の資料部屋で元の作業に戻り、俺とアスタロトは眠れる司祭達の受け入れ準備を進める。
「人手が要るが、ジョウガ王国支部に要請するか?」
「ううん、看護要員を造る」
「眷属を、か?」
また事も無げに言う。今日もかなりの力を使っているが、疲れすぎて暴走しないか?だが、そんな俺の心配を知ってか知らずか
「ガンダロフの懐で温ぬく々している毒素玉達に力を貸してもらう」
「は?これに?」
俺が成り行きで胸元に入れておいた毒素玉に力を貸してもらう?どうやって?
「丁度良い素材だと思う」
とアスタロトは頂戴!と両手を揃えて差し出す。まぁ、何とかするのだろうが…。俺は四個の毒素玉をその手の平にコロロロンと載せた。
「毒と薬は紙一重。しかも彼等は体内に居たのだし、そこに至る前はいろんな場所を巡っていた訳だし。それにガンダロフの暖かくて優しい気に触れて穏やかな気質になってる。うん、優秀な看護師さんになる」
彼の中では既にその姿が見えているのか、毒素玉に躊躇無く力を込めていく。一人では負担が大きくても、四人で助け合えば少し困難な作業でも明るく熟していけますように。小さな呟きは真摯な祈りのようで。
アスタロトの力を受けて四個の毒素玉は淡く光りそれぞれ人の形を取る。その人型は濃紫、濃紺、深緑、焦茶色の瞳と肩につかない長さの髪で、薄紫色、水色、薄緑色、薄黄色の揃いの作業服を纏った、二十歳前後の中性的な顔立ちの人物に変化した。
「うん、格好良い。名前は…のぞみ、かなえ、きよめ、たまえ。身体と心に傷を負った者の助けになりますように」
彼が名を付けると、のぞみ、かなえ、きよめ、たまえの順に横一列に並び
「私達こまどり部隊、主とますたーに忠誠を尽くすことをここに誓います!」
「「「誓います!」」」
と、さっと一礼した。
「「こまどりエンジェルズ?」」
『てへっ!』
剣命名『こまどり部隊』。アスタロトが微妙な表情を浮かべているが、何かしら特異な意味のある言葉だったりするのだろうか。
ここは大司教の寝室だから、当然立派なベッドがある。これを利用しない手は無いので
「ひとまずここに連れて来れば良いのでは?」
と提案する。隠密行動中の聖獣達は三々五々麒麟の元へ集合していた。麒麟と作業が終わって先に合流していた玄武に門を見張らせて俺とアスタロトと隠密形態の小っちゃい青龍、朱雀、白虎とこまどり部隊で眠れる司祭の元へ司祭アバルードに再度連れて行ってもらう。といっても隣の部屋だが。
「…眠っていらっしゃいますね」
こまどり部隊の面々がベッドに横たわる司祭をじっくりと観察する。
「頭を強打した訳では無いから横抱きで運ぶつもりだけど、担架、出した方が良い?」
とアスタロトが言うので
「運ぶのであれば俺が抱えていくぞ?」
と俺が腕を伸ばそうと
「私以外の人を抱っこするの?」
すると彼はちょっと落ち込んだ風に小首を傾げる。ぐ、それは妬いているのか?まさか独占欲の表れか?だったら凄く嬉しいのだが、俺だって別に他意があって触れる訳でも無いし何ならロトのことをずっと抱き締めていたいのだが。
「主、ますたー、彼は私達が運びます」
その為の私達ですよ、と、こまどり部隊四人が揃って力瘤を作って片目を閉じた。体格差を物ともせず、かなえがひょいと司祭様を持ち上げる。二人とも綺麗な顔立ちで、何だか一枚の絵画のように様になってる。安定した抱え方に司祭アバルードと聖騎士リコロは目を丸くして、おぉっ!と感嘆した。
司祭はこまどり部隊と青龍、朱雀に任せて、門の見張りは白虎と玄武、そして俺とアスタロトと麒麟は司祭アバルード達と細かい点を話していく。眠れる司祭は大神殿で介抱すること、出来れば祭事に明るい修道士を派遣して欲しいこと、春分の日の祭事を具体的にどう執り行うかは眠れる司祭達全員の診察を終えてから改めて考えることとして、今日の所は撤収することになった。俺とアスタロトと聖獣達は門を潜って暇を告げる。
「次はまたここに門を開いて来ます。では、お疲れ様でした」
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
アスタロトが手を振ると、司祭アバルードと聖騎士リコロは深々とお辞儀した。




