96.司教の寝室の隠し部屋(91)
まず、全ての神殿に『大聖女』の代理としてアスタロトと俺がイルシャ教関係者を伴って2~3日中には訪れること、その時にわかる範囲での事情の説明を簡潔に行うこと、眠れる司祭を大神殿で療養させることを文章にまとめる。そしてすべての神殿に配布出来るように、とアスタロトが50枚程の紙に複写した。文書を確認した事務担当の修道士が彼ににおっかなびっくり伝えてくる。
「2~3日中では、伝書鳩では伝えられませんが」
「うん、そこはかみひこうきにして飛ばす」
かみひこうき?飛ばす?アスタロトは一体どんな魔法を使うつもりやら。
文書の体になった紙をアスタロトは一枚一枚丁寧に、だが素早く折り畳んで、持ち手の付いた三角形の形にしてそれを積み上げていく。そして麒麟と共に司祭達に聴き取りながら地図にすべての神殿の場所を記して、文書が来た神殿はその送信者を目当てに、来ていない神殿は司祭級の者に届くようにとそのかみひこうきとやらに仕込んでいく。
「窓、開けて」
と言うと、麒麟がサッと素早く窓を開け放つ。
「じゃあ、気を付けて行っておいで」
アスタロトがかみひこうきを一つ一つ手に取って小さな声で無事に届きますようにと願いを込めると、それは金色の光を纏ってぱぴゅーん、ぱぴゅーん、と窓から勢い良く飛び出していく。空に向かって伸びた光の帯がキラキラと宙に舞い散っていくのを、司祭アバルード達と一緒に、綺麗だなぁ、と惚けたように眺めていた。
五分程でアスタロトは全ての神殿に文書を飛ばし終えて
「文書の配送作業は終了。届いた文書の整理、よろしくね」
と事務担当の修道士にお願いする。
「は、はい!ありがとうございました!」
壮年の修道士は頬を紅潮させ潤んでキラキラと光る瞳でアスタロトを見つめる。麗しくて綺麗で格好良い彼に目を奪われてしまうのは致し方ないが、作業に支障をきたす事の無いように麒麟に命じておく。
「麒麟、聖獣を一人、整理の手伝いに付けておけ」
文書の整理は玄武が手伝いに入ることになった。俺とアスタロトと麒麟は司祭アバルードと聖騎士リコロに案内された司教の部屋の探索を行う。ラクーシルの部屋に似て華美な装飾の無い、質素で清潔感溢れる趣の内装だ。執務室と寝室の二部屋で構成されており、無駄の無い程良い広さは清貧を是とする姿勢を感じさせる。
「ここに地図が張り出されていたのですが」
執務室の壁には確かに何かあったのだろう跡が見える。そして机の上には大きめのハンカチ程の黒っぽい布が敷いてあり柔らかそうな光沢を見せる。
「実はこれぐらいの水晶球が飾られていたのですが、それも無くなっていて」
と司祭アバルードが拳大を手で示して説明する。司教が不在の時は、この布が被せられていたのだという。
「水晶球、光ったりするの?」
アスタロトが興味深そうに質問する。
「私は見たことはありませんが」
司祭アバルードがそう答えると聖騎士リコロも首を横に振る。何かしらの道具、たぶん地図と合わせて通信設備だったんじゃないかなぁ、との小さな呟きがアスタロトの口から零れた。
部屋の探索を進めると、寝室のクローゼットの奥に隠し扉発見した。「なんと!」「こんな所に!」と司祭アバルードと聖騎士リコロは驚いていたがクローゼットの中に魔法で隠蔽されていたらそりゃわからんな。引き戸になっている扉を開けると、先程の大きな地図を同じ位の床の広さの狭い部屋があった。壁も床も天井も白っぽくアスタロトが照明用に放った拳大の光の球の明るい光を柔らかく反射する。部屋の中には何も無かったが、床には長い間そこに細長い何かが設置されていた痕跡が見て取れる。
「何が置いてあったのだろうか」
アスタロトも床の痕跡を撫でながら自身の考えを述べる。
「もし、各神殿にこのような部屋があるのだとしたら、この部屋を移動に使用できれば都合が良いのだけど」
「しかし、どのように?いえ、魔法をお使いになるのは理解しておりますが」
司祭アバルードが心配そうに指摘する。何十もの神殿から眠れる司祭達を連れて来ようと言うのだから、理屈はわからなくてもとんでもない労力が必要になるのはわかる、といったところか。アスタロトは暫しじっと床を見つめる。どのように行うのか、具体的に想像を巡らせているのだろう。
そして考えが纏まったようで、アスタロトが立ち上がる。
「よし、試しにやってみよう!」
不測の事態に備え扉は開けたまま、司祭アバルードと聖騎士リコロは部屋の外から、麒麟は内の扉の横で俺達を見守っててもらう。彼等を左側に見て正面の壁に向き合うとアスタロトが呼び掛ける。
「ガンダロフ」
「俺は何をしたら良い?」
「後ろからギュッとしてて」
俺に求められるのは活力の供給とアスタロトの力の制御の手助け。理解はしているが、お互いの身体を密着させるこの体勢は、ん、未だに照れてしまう。俺は小さくうむと頷いて気合いを入れると、アスタロトの腰に慎重に腕を回す。少しひんやりと冷たく感じたアスタロトの身体が、俺の熱が伝わっていくように徐々に暖かくなる。アスタロトが、んんっ、と洩らした声が色を帯びてそれに応じてか俺の身体の奥から熱いモノが湧き出して更に熱くなる。
「この壁と、大神殿奥の宮の隠し部屋の壁を繋げる。まずは向こうの様子を見よう」
微かに甘酸っぱい香りが鼻を掠める中、アスタロトは白い壁に両手をついて、意識を大神殿の隠し資料部屋へと飛ばす。俺も彼と同じ景色を見るために目を瞑り集中する。
……資料部屋、ベルシームと聖騎士ダングが、相変わらず興奮気味に資料を精査しているようだ。お、ジョーイとジョニーがしっかりと補佐している。偉いな。ん、俺達の気配に気付いたか?目をまん丸にして驚いている。それにしてもこの部屋では物があり過ぎて司祭達を受け入れるのが難しくないか?あぁ、ここは隣の寝室か。そうだな、ここであれば受け入れる余地は充分にある。寝室の何も無い壁、今アスタロトが手を着いている壁と同じく広くて何も無い。と、大きな木枠のような物が出現しアスタロトが両腕をバッと勢い良く外側に開くと、その先が大神殿奥の間の大司教の寝室に繋がった。
「「ますたー!主!」」
ジョーイとジョニーが隣の隠し資料部屋から飛び出してきた。バサバサバサッとかあ゛あ゛~~っとか聞こえてくるのだが、大丈夫なのか?
読了、ありがとうございます。
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