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聖者のお務め  作者: まちどり
89/197

89.現状維持(84)

 本日更新二回目です。不定期更新、書けたら上げます。


 しかしながら見れば見るほどアスタロトが『人形』と言ったのがじわじわと心に沁みてくる。息はしているのだが、何故だろう、『生き物』という感じがしない。アスタロトが司祭アバルードから許可を得て横たわる司祭の胸に直接触れる。胸に手を当てたままじっと何かを探っているようだったのが、ぽつりと

「魂が抜けてる感じ」

と呟くと、周囲の者達は「あぁっ!」「なんてこと…」「司祭様…」と俄かに騒がしくなる。『魂』か。それは人を、生き物を生き物たらしめるもの、ではないか?それが抜けている、と。

「お静かに」

 俺は周囲の者達に注意する。騒ぎたくなるのもわかる。だが今ここで五月蠅くしたところでアスタロトの邪魔になるだけだ。


 そのアスタロトは俺の腰で経緯を見守っていた剣と念話で意見を交わす。

『剣ちゃん、司祭様のこの状態、どう思う?』

『さっき、ますたーが電池が残っているのに中身が飛んじゃって動かない状態って言ったの、正解だと思う』

 俺には詳細は解らないが、生き物の範疇を超えている、ということか。

『それって元は人間だったのを、ラクーシルが魔改造した感じ?』

 魔改造。また随分と不穏な言葉だな。

『…うん、そうだね、元が人間だったから今も消えることなく辛うじて残っているのかも』

『元人間。それは、今は人間じゃないっていうこと。じゃあ、彼は、何?』

 ひやりとした空気が流れる。

『ラクーシルの眷属。の残りカス

 アスタロトは、動かず、表情も変えず、ただじっと考えにふけって司祭様を診ているように見える。静かに、ゆっくりとだが確かに彼の纏う気が冷たくなってきた。…君が怒ることも傷つく必要も何処にも無いのに。


「ロト」

 俺がアスタロトに声を掛けると同時に彼の目からホロリと雫が落ちた。彼がこれ以上考え込んで自分を追い詰めないようにと思ったのだが、少し遅かったようだ。彼は自分が涙を零したことにびっくりしたのか、目を丸くして俺を見つめる。アスタロトの落涙に周囲の者達も驚いたのか、息を呑んだのが気配で感じ取れた。涙を流す彼も儚い感じで眼福なのだが、それは彼が心を痛めているということだろう?もしかしたら彼にその自覚が無いとしても。彼がもうこれ以上傷つくことが無いように、と願いながら俺は彼の涙をハンカチで優しく拭った。


「ガンダロフ」

 アスタロトに呼び掛けられて、俺は手を下ろして彼の言葉を待つ。

「どうしたらいいのか、わからない」

『あ、違う。どうしたいのかがわからない』

 確かに、彼がどのような状態にしたいかと朧気であっても思い描けるのであれば、おそらくここまで戸惑うことは無いな。彼の戸惑いが周囲の人達に伝播していくが、事情もよくわからないまま今すぐに処遇を決めなくても良いのでは?

「では、状態がこれ以上悪化しないように、ひとまず処置を施すことは可能か?」

と彼の不安が増すことの無いように、なるべく落ち着いた声で訊いてみる。すると彼は、表情は変わらないものの少し強張りが解けた様子で

「うん、やってみる」

と頷いた。


 アスタロトが涙が止まらないのと気を抜くと私の周囲が冷えそうな気がするからと言うので、俺が彼を背後からぎゅっと抱き締めた姿勢で彼は横たわる司祭に処置を施す。そうして、死なないようにと祈りながら熱を送る。王城から神殿に来た時のように、触れ合ったところからじんわりと熱が伝わっていく。彼はおそらく力を余分に分け与えないように気を付けているのだろう、慎重に処理しているのがわかる。だが、司祭が目覚める兆しは全く感じられない。


 処置を終えてアスタロトが周囲の者に告げる。

「今は、これが精一杯です。三日程は小康状態のままでいられると思います」

「はい…ありがとうございました」

 司祭アバルードをはじめ皆沈痛な面持ちをしていたが、アスタロトが涙をぽろぽろと溢しながら施術した所為か非難めいたことは何も無く、潤んだ瞳で感謝の言葉を述べた。




「まだどこか痛いか?」

 お互いの疑問解消に、お茶休憩がてら話をしようと応接室に向かう途次みちすがら、俺はアスタロトの顔を覗き込む。昨日の地震の直後のような痛みは感じないのに、涙が止まらないらしい。涙を溢した後の彼の澄み切った満天の冬空のような黒い瞳が滲み出る涙で瞬く間に潤む。

「大丈夫、ただ涙が止まらないってだけだから」

 俺に余計な心配を掛けたくないからかアスタロトはふわっと微笑む。だが、そうしている間にも目尻に涙が溜まっていき、泣き笑いのような状態になるのが何とも痛々しくて……涙を溢すのを俺が見たくなくて、他の者にも見せたくなくて、彼をぐんっと引き寄せて彼の目尻に溜まった涙をちゅっ、ちゅっと吸い取った。塩っぱくて、甘くて、悲しい味だ。やってしまってから直ぐにびっくりさせたかと心配になったが、彼は俺の後頭部に手を回して顔が離れていくのを止めて、ちゅっと軽く啄むよう俺に口づけた。仄かな暖かさに恥ずかしさよりも安堵をより強く感じて、何気に注目されたようだが頬が緩むのはしょうがないだろう?


 読了、ありがとうございます。

 <(_ _)>

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