88.人形?(83)
いろいろな具を代わる代わる挟んで食べていると、ふとアスタロトと目が合った。嬉しそうな笑顔は『幸せな気持ち』が溢れ出ているようで、俺の心も暖かく穏やかになる。そういえば彼はまだ味見以外は何も口にしていないのでは?俺は手元にあるメンチカツと野菜を挟んだパンを一口大に千切り、「どうぞ」と彼の口元に持ってきた。む、少し大きかったか?だが彼は大きく口を開け、俺の指毎パクっと口に入れた。擽ったい。指を抜くと、んふっ、と彼から笑みがこぼれる。おぉぅ、食べたいくらいかわいい。唇に付いたケチャップを直に舐めたいがさすがに人目は気になるので、指で丁寧に拭ってそれをペロッと舐める。あぁ、甘酸っぱい。彼がせっせと作業に精を出し始めたのは、照れ隠しか?
「あぁ、そういえば」
調理を終えて、後は片付けるだけだとアスタロトが食事を楽しむその横で、俺は小さめのサーターアンダギーを摘まみながら話す。
「大神殿の人手不足解消に、北の住居にいる捕虜二人を大神殿に異動させてはどうかと思うのだが」
「「捕虜」」
それは私達が聞いても良い話なのか?との戸惑いがモルク殿下とロジェ団長から伝わってくる。まぁ、俺にしてみれば隠すような内容ではないし、アスタロトも似たように思っているのだろう、特に気遣う様子もなく話を繋ぐ。
「そうだね、彼等は祭事についてはある程度理解があるだろうし、意外と即戦力?ラクーシルの悪行も実際どんなことやってたのか聞かなきゃだし」
「「悪行」」
アスタロトの話を聞いて、二人はますます戸惑いを強くする。
「橇に乗せて連れてくるよりも、門を作ってみようかな」
「「「げーと」」とは?」
俺も先の二人と同時に尋ねる。が、麒麟が
「固定させるのですか?」
とその先のことをアスタロトに質問する。
「設置するかどうかを含めて、大神殿に戻ってから考える」
『げーと』とは何ぞや?
※※※※※
「陛下と王妃殿下によろしくね~」
アスタロトが明るく別れの挨拶をする。ジョウガ王国の神殿に行くのにロジェ団長が付き添うというのを断り、俺達はその場で麒麟に乗って空を駆ける。アスタロトが前で俺は後ろ、安定の二人乗りだ。他の聖獣は俺のマントのフードで待機している。春の日差しがキラキラと降り注ぐ中、王都の街並みを下に見て愛しい人との空中遊泳とは洒落たものだな。これが依頼任務遂行中でなければ心から楽しめたのだろうが。移動しながら先程の話の続きをする。
「私が言った門というのはね、遠い場所を繋ぐもの。その門を潜れば遠い所に一瞬で行くことが出来る、そういうもの」
アスタロトが詳しい説明をしてくれた。
「それは…タケシが使っている住処の扉のような仕組みか?それを大神殿と北の住居に設置して容易に行き来出来るようにする、と」
遠距離を瞬時に移動できるとなれば、世界全体の勢力図が変わりかねない。確かに二人には聞かせられない話だ。
「う~ん、どうするかは、まだ迷ってる」
アスタロトもその辺りの事情は考慮しているのか。と思いきや
「許可制にして使用するのは良いけれど、私達がいなくなったら使えなくなるような物を設置してもなぁ、って。設置する前の状態に戻るだけなのだけど、当たり前に使っていた物が使えなくなるのはもの凄く不便に思うでしょ?」
あくまでも自分達の事情だけを考えているようだ。
「俺としては」
俺はアスタロトの腰に廻している腕をキュゥっと締め直す。彼の背中から暖かさを感じていることが、嬉しい。
「移動中君をずっと腕の中に収めていられるから、緊急時以外は出来れば使いたくない」
触れ合った部分がさらに熱を増す。熱い。身体の芯から熱が溢れ出しそうだ。自分の鼓動がドクドクと激しくなっていき彼の背中で反射する。彼にもこの熱と鼓動が、俺の高揚感が伝わっているのだろうな。…暑苦しいとか思われていないと良いが。微かに漂っていた甘酸っぱい香りが、霧散するどころか濃く香ってくる。アスタロトは俺の腕を優しく撫でて
「うん……さっさと終わらせて、早く戻ろう」
と力を抜いて全身で俺に凭れかかってきた。ふむ、かわいい。難しい話は後回しだ。ほんの一時でも今はこの心地よい空の散歩を楽しもうか。
神殿の中庭に降りる。警備担当の衛兵達が集まってきて空からの不審者に誰何すると
「お話は伺っております。大神殿から遣わされた魔法使いの方々でしょうか?」
聖騎士リコロは末端の人達にまでしっかりと話を通していたようで、随分と丁寧な対応だ。…声を掛けてきた衛兵の声が若干上ずっているようだとか後ろの衛兵達は震えているのを隠しきれていないとか、あれか、アスタロトのルセーニョに対する『蓑虫』対応が効いているのか。
「お待たせいたしました!早速の来訪、ありがとうございます!」
聖騎士リコロが文字通りすっ飛んできて早々に案内されたのは大神殿で話していた司祭様の部屋だ。倒れたきりずっと眠っており辛うじて息をしている感じだと説明される。部屋の中はそこそこ広く質素で清潔感があり、薄暗いが空気が籠っている訳ではなく、お香は焚かれているが微かに香る程度で異臭は感じられない。アスタロトが
「人形?」
とぽそっと呟く。ベッドに横たわっているのは、見目麗しいご老人。年齢を重ねることで刻まれたであろう皺は、だが、あまりかさついているようには見えない白っぽい肌の美しさを損なってはおらず、長い白髪は艶やかに上方に伸ばされていて、ウン十年前はさぞかしモテたであろう、いや今でも「お慕いしております」って言う人が何人もいるのではないか?だがアスタロトが『人形』と称したのはその容姿に対してでは無さそうで
「事前にプログラミングされて動くおもちゃが電池が残っているのに中身が飛んじゃって動かない状態に見える」
アスタロトの発言の意図に俺をはじめ部屋にいる皆、理解が追い付かず暫し沈黙が支配する。状況を整理するとつまりは
「ぷろぐら?でんち?はわからないのだが、先程の陛下をはじめとする王族の方々とは状態が違うということか?」
するとベッド脇にいたこちらは見た目そのままのご老人が喚き出す。
「に、人形だと?!おもちゃだと?!一体何を言い出すのだ貴様!」
「っ!アバルード様!お、抑えてくださいませ!」
聖騎士リコロが暴れ出しそうなご老人こと司祭アバルードを宥める。彼等にしてみればこの横たわっている司祭様は大事な人だ。アスタロトの思ったまま口をついたのであろう発言は、そのような含みは全く無いとはいえ彼等には侮辱のように聞こえたのだろう。アスタロトもそのことに思い至ったのか
「ごめんなさい、失言でした。あまりにも綺麗な方だったから」
と頭を下げると、憤怒していた司祭アバルードはピタッと動きを止めた。綺麗で美しく麗しいアスタロトから素直な心根で『綺麗』と評されるのは、以前からそれを認めている者達にとっては望外の喜びではないだろうか。ともかく、落ち着いたようで良かった。その聖騎士リコロ達にアスタロトは
「倒れてから一度も意識が戻っていない?水はどのくらい飲ませてたの?」
と訊くと、意識は一度も戻らず、水も綿に含ませたもので口内を湿らせるのが精いっぱいだと答えた。アスタロトは横たわる麗しいご老人をじっと観察して静かに呟く。
「奇跡だね」
彼のその言葉で室内がまた沈黙に覆われる。
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