87.醜男(82)
「お目覚めになられて良かったです。顔色も良いですね」
アスタロトはピヤンカ殿下の身体を起こして水を飲ませる。ピヤンカ殿下は大人しく従っているが、終始アスタロトを無言で潤んだ瞳で見つめる。表情には出ていないが、アスタロトはやりにくそうだな。
「私はアスタロト、こちらはガンダロフです。殿下のお身体の調子はそう悪くは無さそうですので、後は周囲の方々にお任せして私達は次に行きます」
とアスタロトが立ち上がるとピヤンカ殿下は
「え、あ、あの」
と彼を引き留める為か焦って声を掛けるが彼は曖昧な笑みを浮かべて
「詳細は周囲の方々にお聞きください。では失礼します」
え?随分あっさりだな。もうここには用は無いとばかりにアスタロトは俺の腕を取って扉へ向かう。
「え?ちょっとお待ちになって!お待ちなさい!お待ちなさいって言ってるでしょう?!」
ピヤンカ殿下が必死に呼び掛けるがアスタロトは気にしない。モルク殿下が俺に毒素玉を渡してお礼を述べると、アスタロトを何とか足止めしようとピヤンカ殿下が喚き散らすのを全く聞こえていないかのようにアスタロトは振る舞い
「───っ!そんな醜男なんかに構わずこちらに」
扉の前でピタリと止まり、部屋中を怒気を含んだ冷気で支配する。
醜男、というのは俺のことを指して言った言葉だろう。俺自身はそういうことを言われるのは慣れているし一々気にはしない。が、アスタロトには許せなかったのだな。
「ロト」
そっと呼び掛けた俺の声が、凍り付き静かになった部屋に響く。彼の頬に触れると白くひんやりとして少し強張っていたのが、俺の手の熱が伝わっていくように赤みを帯び柔らかく温かさを取り戻していく。俺は扉の前にいた侍女に
「では、失礼する」
と声を掛けて、振り返らず部屋を出た。
扉前で待機していたロジェ団長が顔を青ざめさせて
「あ、あの、陛下と王族の方々を目覚めさせていただき、本当にありがとうございました」
と俺達にお辞儀する。直ぐに収めたとはいえ、先程のアスタロトの怒気が部屋の外まで伝わったのだろう。が、お互いにそれには触れず、アスタロトが応じる。
「どういたしまして。報酬だけど、要らない。もうここには来ないから」
「ロト、それは早計だ。俺達がもうここには来ない前提で大神殿側と協議してもらうという手もあるぞ」
どちらにしても「もうここには来ない」と告げる。ロジェ団長は顔色をますます悪くして
「その、詳細はわかりませんが、部屋の中での無礼については、私からも謝罪いたします」
詳細はわからずとも予測はできる、ということはピヤンカ殿下のあの振舞いはいつものことなのか。すると、扉が開いてピヤンカ殿下の金切り声と共にモルク殿下が部屋から出てきた。兄妹喧嘩、というよりはピヤンカ殿下がただ喚いているだけなのか。モルク殿下はげっそりと疲れた顔をしている。然もありなん。
「先程は妹が貴方方に失礼な態度を取ってしまい、さらには大変無礼な言葉を投げつけてしまった。本当に申し訳なかった」
とモルク殿下が頭を下げる。だがアスタロトはふるるっと首を横に振り
「謝罪はいらない。貴方達に非は無い」
「しかし」
「くどい」
殿下が言い募ろうとするのをアスタロトは一言でバッサリと切る。温度の感じられない声だ。表情には出ないが彼の心中は荒れまくっているのだな。嫌なことはさっさと過去のものとして、次に備えよう。
「休憩がてら昼食を取ってから神殿に向かいたいのだが、外で適当な場所を貸してもらえるだろうか」
するとロジェ団長が
「昼食はもう準備が調っておりますので、ご案内します」
と俺達を案内しようとするのをアスタロトは
「ううん、私は揚げたての唐揚げが食べたい、です。自分で作りますから、誰にも邪魔されないようなお外に案内して欲しいです」
とロジェ団長、モルク殿下にお願いする。 『揚げたての唐揚げ』、それ、絶対美味いやつだよなぁ!麒麟も白虎もワクワクし始めたのが伝わってくる。
「唐揚げ?」
「自分で作る?」
ロジェ団長とモルク殿下が、聞き慣れない単語に反応してそれぞれ復唱した。
※※※※※
庭園の奥まった一角を借り、アスタロトが結界を張って誰にも邪魔されない空間にする。みんな大好き揚げ物オン・パレード、始めるよ!と彼は楽しげに準備を進める。彼の切り替えの早さにはいつも救われているな。マジックポーチに入っている食材がいつの間にか増えているのは聖獣達やユキチ達が見回りがてら狩りをした成果物だとか。アスタロトが中心となって青龍、朱雀、白虎と調理していく間に、俺は麒麟、玄武とテーブル周りを調える。モルク殿下とロジェ団長も一緒にどうぞ!とアスタロトが声を掛けて大人数となるので、立食形式にして大皿に盛られたものを自分で好きなだけ取っていくようにした。調理組の方を見ると山鳥は唐揚げ、魚は唐揚げとパン粉を付けてフライ、猪はミンチにしてミートボールとメンチカツ、芋と玉葱も薄く小麦粉を振って揚げていく。キツネ色にカラッと揚がった品々からの芳ばしい匂いが食欲を刺激する。
「これは、山鳥か?歯ごたえがある中にも嚙む毎に旨味が沁みだして、幾らでも欲してしまう」
「芋、か?外はカリッと、中はほくほくと食感も良いのだが、塩と胡椒の釣り合いがなんとも絶妙で、非番の時に酒と共に食したいものだ」
モルク殿下とロジェ団長も聖獣達に混ざってそれぞれ食べ比べている。そしてテーブルの上には切れ目を入れた柔らかいパンとレタス、キュウリ、トマト、そしてソースとケチャップとマヨネーズを一緒に並べて、自分で好きな具をパンに挟んで食べる。そう、柔らかいパンとソースとケチャップ。柔らかいパンはアスタロトが切望していたものだ。ソースとケチャップは依り代さんの世界では普通に使われている調味料だとか。北の住居組が「暇だから」と大きい木の協力を仰ぎ作ったのだという。さすがアスタロトの配下、有能だな!彼はお礼にと今回作った揚げ物を北の住居組の分をしっかり取り分けて、仲良く食べてねとの伝言を付けてポーチに入れていた。大神殿留守番組の分も取り分けて入れる。こういうところが、主従眷属関係無く彼等に好かれている所以だな。
「無くなったらまた揚げるし余ったら仕舞って後で食べるから、満足するまで食べてね」
アスタロトはおやつを揚げながら勧めてくる。今、揚げているのはサーターアンダギーと言ったか。「ドーナツより玉子を多く使うんだよ。油で揚げるから2、3日は日持ちするの」とのことだが、まぁ、聖獣達が目をキラキラさせて全部食べてしまうのが目に見えている。揚げ物をパンに野菜と共に挟み込むので食べ応えがあるが、みずみずしい野菜の食感と様々な調味料のお陰で飽きることなく幾らでも食べられそうだ。時折口にするスープも味わい深くそれでいて口の中をサッパリとさせてさらに食欲を増幅させる。
いろいろな具を代わる代わる挟んで食べていると、ふとアスタロトと目が合った。嬉しそうな笑顔は『幸せな気持ち』が溢れ出ているようで、俺の心も暖かく穏やかになる。そういえば彼はまだ味見以外は何も口にしていないのでは?俺は手元にあるメンチカツと野菜を挟んだパンを一口大に千切り、「どうぞ」と彼の口元に持っていった。む、少し大きかったか?だが彼は大きく口を開け、俺の指毎パクっと口に入れた。擽ったい。指を抜くと、んふっ、と彼から笑みがこぼれる。おぉぅ、食べたいくらいかわいい。唇に付いたケチャップを直に舐めたいがさすがに人目は気になるので、指で丁寧に拭ってそれをペロッと舐める。あぁ、甘酸っぱい。彼がせっせと作業に精を出し始めたのは、照れ隠しか?
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