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聖者のお務め  作者: まちどり
86/197

86.おすそわけ(81)


 アスタロトは陛下達と同じ様に身体の状態を診て、デトックスして、口から飛び出た毒素玉は無視して、殿下の顔を優しく丁寧に拭いて水を飲ませる。コロコロと転がっていく毒素玉は何者にも邪魔されず、部屋の真ん中程で自然と止まった。皆、気にはしているが拾う気は無いようだな。今はまだそのまま触らず麒麟と白虎に見張らせておく。


 開いた瞼から現れたのはリオス殿下と同じみどりの瞳だ。その瞳を潤ませて王妃殿下は

「…女神様…ありがとうございます」

とアスタロトにお礼を言う。皺やシミ、カサつきで年老いて見える顔は、それでも柔らかく優しげで綺麗な笑みを湛えてさすが『国母』の風格を感じさせる。その微笑み、プライスレス、とアスタロトが相変わらず謎な言葉を呟くが恐らくは賞賛しているのだろう。


「私はアスタロト、こちらはガンダロフです。陛下や殿下達が何日も眠ったままでいるとのことで、目覚めさせて欲しいとロジェ団長に乞われて施術を行いました。詳細は周囲の方達から説明があるかと思います。けど」

 唐突に言葉を切って、アスタロトはちらりと思案気に俺を見る。何を気にしている?俺に何かを求めている?ほんの少しの間申し訳なさそうに眉を下げ、だが彼は王妃殿下に微笑みを向けて

「あともう少し、施術を行います。直接肌に触れることをお許しください」

と、殿下の額に手の平をやんわりと当ててその流れでそっと瞳を閉じさせる。……あぁ、そうか、自分が術を施すと俺に余計な心配をさせることになるから、やるかどうかを迷ったのか。彼が悩み惑う事を言うつもりは無かったのだが。淡い光が殿下の身体を包み込み、気持ちが良いのか、はあぁ~と殿下の口から洩れる吐息が何気に艶っぽい。


「はい、終わりました。具合の良くないところはございませんか?」

 光が収まってアスタロトが王妃殿下に声を掛ける。輝く玉のように健康的な素肌は見る者全てを魅了してしまいそうだ。後方に控えている者達から「おぉ~」「お美しい」「奇跡だ」等と小さな声でいろいろと聞こえてくる。

「いいえ、とても心地良いものでしたわ。本当にありがとうございます」

と王妃殿下はすっきりとした良い笑顔で応えた。


 毒素玉は、モルク殿下が拾っていた。

「誰も拾おうとはしなかったんでな、ただ拾って渡すだけであれば無害だと言っていたし」

「あぁ、助かった。ありがとう」

 俺は礼を言って先程と同じように胸元の内ポケットに入れるのを、アスタロトが興味深そうに見守っていた。これについての良い処分案でも思いついたのだろうか。それにしては少し不思議そうな眼差しではあったが。




 最後にピヤンカ第一王女の寝所に向かう。アスタロトが俺に腕を絡ませて歩いて行くのを、すれ違う人達は見慣れないことなのか確認するかのように何度も振り返って凝視するが、ロジェ団長とモルク殿下はもう慣れたのか普通に歩いている。指を絡めて繋いだ手がお互いの熱を持て余しているようだ。

「あのね、ガンダロフ。私、さっき凄く嬉しかった。なんていうかな、幸福感?幸せな感じでふわふわしてて。今も身体の奥が暖かい」

 アスタロトはそう言うと気恥ずかしくなったのか、ふいっ、と前を向いて話を続ける。

「で、王妃殿下が目覚めた時に、笑顔が綺麗な人だなって思った。まだ殆ど回復させてなかったのに」

 彼は絡めて繋いでいる手をキュッと握り軽く締めた。

「リオス殿下と同じ翠の瞳の中に私がいて、たぶん私の瞳には殿下が映っていて。殿下は女神様って言ったけど私は女神様じゃないから、それは王妃殿下が自身の中の女神様を見たのかも知れない。だったら王妃殿下がその女神様に近付けるように、そう努めることで自身と周りの人達が幸せを感じることが出来ますように、って祈った」

 治癒ではなく、祈り。

「それで淡く光っていたのか。王妃殿下に負けないくらいロトの笑顔も麗しく輝いていたから、無理はしていないのはわかっていたのだが」

 ロトと王妃殿下が微笑み合う構図は神々しさを感じさせて、極上の絵画を鑑賞しているようだった。


「うん、幸せってお裾分け出来るんだね」

「おすそわけ?」

「自分が得たものの一部を他の人に分けるの。ガンダロフがいるから、私はそれが出来る。ありがとう」

 俺がいるから。俺の存在がアスタロトに幸せを感じさせているのであれば、それは俺にとっても嬉しいことだ。アスタロトはふわりと花が綻ぶように笑顔になる。かわいい。俺は繋いでいない方の手で彼の額に掛かる黒い絹のような長い髪をさらりと後ろに流して、彼の額に、チュッ、と口づけた。

 


 ※※※※※



 第一王女の部屋の入室許可を得る返答に暫しの間があったのは、やはり俺のような得体の知れない男を姫の傍に招くのに抵抗があったからだろう。ロジェ団長は先程と同様に扉前で待機する。部屋に入ると甘ったるい花の匂いとすえた臭いが混ざり、気持ちの悪さにアスタロトでなくとも窓を開けろ!と命じたくなる。眠っている王女殿下に化粧が施されているのは想定通りで、アスタロトも侍女に穏やかに注意して化粧を落とす。妙齢の女性がボロボロの肌を人前に晒すことになってしまったなど、従者としては耐えられなかったのだろう。侍女は泣き出してしまったが、アスタロトはそれに構わず淡々と術を施していく。


 口から飛び出た毒素玉は王妃殿下の時と同様に誰も触れる素振りも見せず、暫く部屋中央に留まっていたが、はぁ、と小さく溜息を吐いてモルク殿下が拾った。アスタロトがピヤンカ殿下の顔を拭くと長い睫毛に縁取られた瞼が開く。現れたのは陛下とモルク殿下と同じ青の瞳だ。アスタロトと目が合うと、頬に紅が差したように赤くなり涙目になる。


 読了、ありがとうございます。

 <(_ _)>

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