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聖者のお務め  作者: まちどり
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8.意識を飛ばす(7)

 数多ある作品の中から選んでいただきありがとうございます。

<(_ _)>


 急いで扉を閉めたが、少し吸い込んでしまったようだ。喉から胸に掛けて焼けるような痛みを感じる。


 ゴホッゴホゴホッ


 咳が止まらない。アスタロトが俺の背中を擦る。優しい暖かさが胸にじんわりと染み渡っていく。身体全体が彼の甘い香りで満たされていくようで、とても気持ち良い。彼の様子を見る限りでは、異臭の影響は無さそうだ。良かった。


「あぁ、大分楽になった。ありがとう」

「どういたしまして。でも、困ったね。先に進めない」

 もし彼に影響が全く無いとしても、彼一人では行かせられない。


「せめてこの扉の向こう側がどうなっているのかがわかれば良いのだが……」

「たぶんわかるよ。意識を飛ばせば見える」

「だ、駄目だ!そんな危ないこと、させられない!」

 俺は即座に否定する。だが、

「危ないかどうかはともかく、此処にずっと居る訳にはいかない。どうするか決めるためにも正確な情報が欲しい」


 アスタロトは俺を見据えて淡々と説く。

「一緒に見に行こう。何故かわからないけど、魔法で何かやろうと思えば出来るし、私は出来るんだったら、やる」

 そして俺に手を差し出す。

「見張りはつるぎちゃんに任せて大丈夫だし」

 剣がほわほわと応じる。


「それとも、お留守番してる?」

 こてんと小首を傾げる。


 彼は強引で強情で頑固で、優しい。


「行く。一緒に見に行く」

 そしてかわいい。


 俺は彼の差し出した手を離さないとばかりに強く掴んだ。

「じゃあ、行きましょうか」

 彼は俺の手を自分の頭頂部に置いて

「私が感じているもの、景色とか風とか匂いとかを一緒に感じて」

 俺の手の上に彼の手を重ねる。


「……やってみる」

 実際に出来るかどうかはともかく、やってみなければ始まらない。

「では、出発!」


 アスタロトはそのままの姿勢でくるりと回って、前面にそびえ立つ扉に向かい合うと、掌を扉に当てて目を閉じる。俺も置いていかれないように、アスタロトが感じているものをしっかり感じとれるように、集中する。彼と一緒に意識を扉の向こう側へ、ゆっくりと探るように伸ばしていく。


 扉の向こう側には毒ガスが充満しつつあるようだ。床の端や壁、天井に少し黄色味掛かった白っぽいものがこびり付いている。そこからガスが出ているのだろう。


 少し勾配のきつい上り坂を進んで行く。大きな円の縁を右に回っている感じだ。高さはそのままで幅が徐々に狭まっていき、天井高と同じくらいになったところで道が平らになる。そして突き当たりに外開きの扉がある。この辺りの臭いは強くないし、白っぽく固まっているものも大きくはない。見張り役の跡が一つも見あたらない。


 扉を抜ける。暗い。寒い。刺すように冷たい空気が動いている。先方がぼんやりと明るくなっている。少し下がっていくと洞窟から出られそうだ!


 外に出る。満天の星。先程呟いたのはこれか?冷たい空気が襲ってくる。かなり寒い。


『やっと出られた!嬉しい!』


 彼の高揚感が伝わってくる。そしてその感情のままに、彼は空を飛ぶ。月は無い。雲も無い。なんて解放感!下を見る。薄焦げ茶色で岩だらけの地面の所々が白っぽく…雪か?雪が積もっているのか?


 あぁ、気持ちいい。このまま好奇心に任せて何処までも行ってしまいそうだ。

 このまま何処までも?俺は此処に居るのに?


「ロト!」

「呼んだ?」 

 アスタロトは直ぐに反応した。が、俺は無意識に彼を背後から強く抱き締めた。身体が震えている。


 アスタロトが俺の知らない処に行ってしまうのが怖い。自覚したら益々彼を離せなくなった。身体の芯が冷えたように震えが止まらない。どうしたら良い?自分が何をしたいのかもわからないのに、ずっとぐるぐると考え込んで……。


 ふと、腕が暖かいのに気付く。アスタロトが優しく擦ってくれている。……はっ、締めすぎじゃないか?すると彼は申し訳なさそうに言う。

「ガンダロフ、ごめんなさい。無理させた」

「っ!いや、俺の方こそごめん。途中で呼び戻して…」

 頬がひんやりした感触で濡れているのを自覚した。俺、泣いている?自分でもびっくりだ。泣くなんて死ぬ前は滅多に無かったのに。


 アスタロトは振り返ると、俺に乾いたタオルを渡した。

「擦ると赤くなるから押さえて」

 俺は恥ずかしくて手拭きを顔全体に押し付ける。そのままの状態で再度、謝罪の言葉を口にする。

「何から何まで、済まない。俺は、足を引っ張るばかりで…情けない……」

 謝罪のつもりが愚痴に変わる。


 『自己嫌悪を感じる暇があるならその時間で自分を鍛えろ』いつもはそれで早く立ち直ることが出来た。今は……彼への思いが先走るだけで、役に立たないどころかお荷物になりつつあるのに、現状を打破する為には何をしたら良いのか、見当もつかない……。


 不意にふわっと抱き締められた。暖かい。

「ガンダロフは私が行き過ぎないように呼び戻してくれたんでしょ」


 え?…いや、違う、そういう意味ではなかったのだが…。俺はびっくりして手拭きを下ろす。アスタロトは柔らかい笑顔で俺を見つめる。

「ありがとう」


 か わ い い 。


 一瞬、俺がいろいろ考え込んでいたこととか全部を彼方に放りって、見蕩れてしまった。

「落ち着いたら、これからどうするか一緒に考えよう」

 彼は俺の背に回していた手を下ろしてテーブルに向かう。


 甘い花の香りが漂う。どうしようもなく落ち込んでいた気持ちが、今は随分と明るく軽い。この香りは彼の魔法というよりは、存在とか心の有り様を表しているのだろうか。


 ずっと傍にいる。それを実現させるにはどうしたら良いかはまだわからない。たが、せめて自分の不安や苛立ちをぶつけてしまわないように、気を付けておこう。


「ロト」

 アスタロトの傍へ向かうとテーブルにはお湯の入ったコップが2つ。あぁ、彼のこういう気遣いが嬉しい。

「もう、お話出来る?」

「あぁ、心配掛けた」

 これからどうするか。まずは話し合おう。




「さて、外の満天の星を見てきましたが」

 アスタロトがコップを両手の平で包むように持って話をする。

「結論から先に言うと、私としては今夜はここで一泊して明日の朝、何とかして外に出るという案を推します」


 妥当だな。

「あぁ、その方が現実的だ。問題は扉の向こう側の毒ガスと、外に出た後の行動だな」

「毒ガスは、魔法で防御出来る」

 即答だ。彼が『出来る』と断言するからには間違いなく出来るだろう。


「外に出た後は、上空から周囲の状況を把握してから具体的に決める」

「一人で飛ぶのか?」

「ううん、ガンダロフは怖かったら目を瞑ってしがみついてて。いきなり拘束されるより初めから抱き締められてた方が、ラク」


 初めから一緒に行く前提なのは嬉しい。とても嬉しい。が、俺は空を飛ぶのが怖いと思われている?まぁ、あのような醜態を晒せば仕方のないことか。しかし、しがみつくといっても実際どうなんだ?どういう風にっっていや、想像だけでもの凄く緊張するのだが?『初めから抱き締められてた方が』って抱き締めていいのか?空飛んでいる間ずっと?


 アスタロトが、はぁ~っと息を吐いた。もしかして呆れられてる?!


「んでね、あの、訊かなきゃいけないと思うから訊くんだけど。その、剣ちゃん出した後のこと、話してもらってもいいかな?」

 凄く聞き辛そうに言う。

「っていうか、私、何したの?」


 ああぁあぁぁ~~~!!ち、違うんだ!君がやったんじゃない!俺だ!俺がやったんだ!君が心を痛めることなんて何も無い!あぁでも俺が君にしたことを…口づけをしたことを話したら……はあぁ~~~。結果的には俺は君を傷つけてしまうのだな。さっきは何とか立ち直れたが、別の理由で傍にいられなくなりそうだなんて。


「……言うのに勇気がいる位に酷いことやらかしたんだね、私」

「いや、君じゃない……君じゃないんだ。やらかしたのは俺だ。俺が、やった」


 しかし、彼の誤解を解いてその上で俺の処遇を決めてもらわなければ、俺自身が自分を許せなくなる……ちゃんと話そう。


 俺は姿勢を正して話し始めた。まだ目は合わせられないが。


 読了、ありがとうございます<(_ _)>

 更新はストックがある内は連日、無くなればその都度、出来れば週1を目標にしてます。

 お付き合いの程よろしくお願いします(^o^)


 また、本日は『俺のかわいい人』視点の話の投稿を開始しました。予定ではそちらだけの執筆・投稿だったのですが、マッチョ兄さんの圧が凄くてですね……。よろしければそちらも覗いて見てくださいまし。


『此処は誰かの夢の中。  https://ncode.syosetu.com/n9806id/』

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