75.地震?(70)
「オル、ってレアンのこと?」
「そういえば、ルセーニョがレアンにやたらと突っかかっていたのだが、あの二人、過去に何かあったのか?」
折角名前が出たのだから、この機会に訊いてみる。アスタロトも興味深い面持ちで二人を注視する。
「オルは元々東方の教会付きの修道院から大神殿の修道士見習いとして召集されたと聞いたことがあります」
聖騎士二人の話によると、ルセーニョはジョウガ王国の高位貴族の四男。レアンとルセーニョは同時期に大神殿に召集され、そこからの腐れ縁だとルセーニョ本人が言っていたのだとか。
「同い年ではあるのですが、修道士見習いと従騎士、所属も出身も異なるし接点はあまり無いのですけどね」
そして五年程前にルセーニョはジョウガ王国支部に配属になったという。
「大神殿で問題を起こして追い出された、と言う噂でしたけどね」
重大な過失であれば公的に除籍・追放したが軽微なものを重ねていくような状態だったようで、親元に突き返されたというのが真相ではないか、と。だが親は地元の権力者ということで忖度されて今の地位にある、らしい。
「じゃあ、剣術の腕前とかはあまり期待できないレベル?従騎士としては?」
とアスタロトが訊くと、二人共苦笑してご想像にお任せします、と即答を避けた。アスタロトは不可解な表情を浮かべるが、そんな役に立たない、しかも騒動を起こしかねないような者を何故連れてきた。……もしや陽動のためか?聖騎士達が秘かに大神殿の内部事情を探りに来たのだとしたら……。
「では、レアンとルセーニョは何かしらの因縁があったのかもしれないが、詳細は分からない、であっているか?」
と確認を取る。
「はい。ルセーニョが追い出される決定打になったのは、出張先に警護対象の修道士オルを故意に置き去りにしたのではないかと疑われた件ですね」
聖騎士ダングが話を続ける。
「道中もたびたび嫌がらせを行っていたのは認識されていてそのたびに注意を受けていたのが、出張先の都市から出発する時、既に積み込みの終わっている荷物を「まだ残っている」とオルに取りに行かせて、上官には「全員揃った」と虚偽の報告をして出発させておいて、後で「オルが乗っていないから迎えに行く」と単騎で取って返した、と」
なんだそれは。支離滅裂というか、あぁ、レアンに対して恩に着せたかったのか。俺の横でアスタロトも呆れた顔をしている。
「オルは徒歩で馬車を追った、というか門兵に締め出されたらしいですね。門兵はルセーニョからオルに対しての悪評を吹き込まれていたらしくて」
「それで、行方不明?」
「えぇ。つい先日まで消息不明だったのです」
聖騎士二人も渋い顔だ。
レアンにしてみれば大神殿から逃げ出すには絶好の機会だったろうな。そして魔神召喚に尽力した結果、逃げたはずの大神殿で祭事を執り行っている、と。それはまぁ胸中複雑だな。
それ以上のことは二人にも解らないというので
「レアンには後で詳しい事情を聴くとして。今はレアンとルセーニョを合わせないようにしておこう」
『混ぜるな危険』な香りがする、とアスタロトが呟いた。
再び、ヴィオロさんの手記を眺める。
「文字、綺麗だね。さすが毎日写経してるだけある」
端正で読みやすくて、ヴィオロさんの人柄が現れているのかな、とアスタロトは文字をなぞる。と、すっと表情が無くなり、手記を静かにテーブルに置く。どうした?と尋ねる間もなくグラリグラリと地面が揺れだした。
「ロト!」
俺は咄嗟にアスタロトを庇うように抱きかかえた。
『ますたー?!』
剣がアスタロトに呼び掛ける。他人がいる前で喋るのは念話でも珍しい。どうしたのかと聞く前に、アスタロトが身動ぎする。
「ガンダロフ。目眩が酷いの、地面が揺れてるみたいに」
口を押さえて凄く具合が悪そうだ。顔色も白く血の気が全く感じられない。小刻みに震えているのは寒いのか、何かを恐れているのか。
「目眩か。地面は今、確かに揺れたのだが」
え?とアスタロトが小さく驚嘆する。…揺れたのは彼が何か関係しているのか。
『剣。アスタロトを休ませる、就寝の用意を。それと今の揺れに対して状況確認、被害があればその対応を頼む』
『承知!』
念話で剣に指示を出す。剣はすぐに応じたが、おそらくそれ以上のことをすでに処置・対応しているだろう。優秀で頼りがいのある相棒だ。
「…地震?」
「あぁ。直ぐに収まったが。具合が良くないのであれば今日はここまでにしよう」
アスタロトが顔を上げる。潤んだ黒い瞳が揺れている。彼は少し驚いたような表情で瞬きをすると、その瞳から涙がポロンと零れた。泣いている?!何故?!俺の動揺を彼はどう受け取ったのか、涙を拭うこともなく申し訳なさそうに眉尻を下げた。はぅっ!そんな困った顔もかわいくて思わず抱きしめてしまいたくなる!!周りで聖騎士二人とベルシームがうわー!ひぇー!なんだー?!等と騒いでいた所為か何とか踏み留まったが。
アスタロトは穏やかに、だが沈んだ顔でテーブルに置いたヴィオロさんの手記を見る。
「また、放り投げちゃったのかな、私」
「何を?……また?」
北の住居でノートを投げた時のことを言っているのか?だとすると、今回は彼は何を読み取ったのだろうか。
「……いや、手記は静かに置いていた。何を読み取ったのかはともかく、もう、行こう」
誰かの目があるこの部屋ではなく、落ち着ける場所でゆっくり話をしよう。俺は有無を言わせない、とアスタロトを横抱きにして立ち上がる。
「え、ちょっと、待っ」
「待たない。アスタロトの具合が良くないので、今日はここで失礼する」
と、驚きの展開についていけてないのか、え?とか、は?とか変な声を出す聖騎士二人とベルシームに、俺は一方的に断りを入れて扉へ向かう。
「ベルシーム!」
アスタロトは抱えられたままベルシームに声を掛ける。
「持ち出しは出来なくても閲覧は可能だったら、聖騎士さん達には満足いくまで見せてあげて」
確かに許可を与えておけば今日のところは彼等が干渉してくることもない。さすがだな、アスタロト。俺は、はぁ、と小さく息を吐いて振り返る。
「ベルシーム、よろしく頼む」
「承知しました」
「御配慮ありがとうございます」
彼等の返事にアスタロトは笑みを返し、俺は頷いて部屋から出た。…アスタロトの涙が止まらない……。
読了、ありがとうございます。
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