7.魔法を使うのは(6)
確かに早くここから出たい。俺は、はぁっ、と息を吐いて気合いを入れ直した。
扉は観音開きで左右同時に動かして開けるようになっている。先程は押して開けたからか簡単に開いたけど、今度は逆だ。
「では俺が右側、ロトは左側で。あまり無理はしないように」
「うん。じゃあ、せーので引くよ」
それぞれの取っ手に手を掛けて、せーのっ!の掛け声と共にズズズズーー…と呆気なく開いた。その先にはまた上り階段がある。扉を元通りに閉めて、上がっていく。踊り場で折り返して、二回目に上がり始めてから大体一回目の半分位の高さで今度は外側に観音開きの扉。
また先程と同様、見張り役だったであろうモノが2つ。アスタロトが顔をしかめる。耳を澄ませても何の手応えも感じられないので、せーのっ!で開けた。
風に頬を撫でられたような気がする。
「此処は今までの所と様子が違う」
「外が近い感じ?」
今までは明らかに人の手で造られた風情だったのが、ゴツゴツした自然な荒さが目立つ。そして微かに漂う異臭。少し肌寒いか?見張り役の跡は4人分。これから先どのくらい寒くなるのかわからないなら、気は進まないがこいつらのマントを拝借した方が良いだろうな。
と、アスタロトがブワワッと魔法でマントを2着出した。魔法……使わないで欲しいとお願いしたこと、忘れてないか?
「はい、どうぞ」
普通に手渡されてしまった。
「…あぁ、ありがとう。その」
「着方がわからない?あ、上着も欲しいよね」
「いや、そうじゃなくて」
ポンッ。何の障りも無く上着を出して渡される。
「マントにフード付いてるから帽子は要らないかな」
はぁ~…。俺が考えたことも無い程の凄い魔法を、手を伸ばして物を取るのと同じような感覚で使っている。彼は魔法を使うことに抵抗が無いのか?だとしても……
「……デザイン、気に入らない?」
「そういうことじゃない、ただ」
「じゃ風邪引く前に着て」
有無は言わせない。たまに強引な時があるな。だが、俺のことを思っての所業だとわかるから苦言は後で。袖に腕を通すと小さな声でうわぁ~似合う~かっこいい~と聞こえたのは空耳だろうか。アスタロトをちらりと盗み見ると、瞳をキラキラさせて俺のことを見てる。……照れるなぁ。
マントを羽織ると、アスタロトがマントの着心地を確かめているのか、くるりと華麗に一回り。華やかだなぁ。同じマントのはずだが、着用者が違うと印象もかなり変わるもんだ。
と、目が合う。あのキラキラした瞳で
「お揃いだね」
とご満悦。
はあぁあぁぁ~~~~っかわいい~~~!
では、装備が暖かくなったところで。
「先ずは扉を閉めようか」
二人でズズズズーー…っと閉める。重厚な見た目から受ける印象よりも随分と軽い。石、ではないのか?それはともかく。
「ロト。魔法のことだけど、使う時はせめて一言欲しいし、出来れば相談して欲しい」
「うん、わかった、気を付ける。いきなり飛んだのはやっぱり失礼だったよね。ごめんなさい」
本当にわかっているのだろうか。
「……善処します」
はあぁぁ~~。俺は自分を落ち着かせようと深く息を吐いた。
「……不安なんだ。また倒れるんじゃないかとか……」
「面倒だったらその辺にほっぽいても別に」
「良い訳無いだろ俺のかわいい人が誰かに持って行かれるとか考えたくもない」
アスタロトが倒れたら俺が抱えていく。これは決定事項だ。
俺はふぅっ、と息を吐く。彼にしてみれば魔法を使うことには問題が無いと思っているのかもしれないし、それを制限されるのは理由があっても納得は難しいことだろう。
「済まない。これは俺の…気持ちの問題で、君を煩わせるようなことではないな……」
アスタロトは思いを巡らせて何かを呑み込んだような落ち着いた表情で。
「……不安な思いをさせてごめんなさい」
「っ!ロトが謝ることではないんだ!俺の方こそ、ごめん……」
「理由がわからないから納得はし辛いけどね。今度から気を付ける」
彼の表情が和らぐ。俺が一方的に思っているだけで、彼にしてみれば不可解、不愉快、迷惑なんだろうに、本当に優しくて懐が深くて。益々好きになっていく。胸の奥から暖かい何かが溢れて身体全体を満たしていくのが気持ち良い。あぁ、彼に会えて良かった。
いかにも洞窟っぽい所を扉の前から道なりに進む。幅は5~6m、高さ2.5~3m、やや上っているような感じがする。薄暗いが剣のお陰で足元に不安は無い。自分達の足音と息遣いしか聞こえない、静かな空間。…アスタロトは、俺が隣にいることをどう思っているのだろうか。俺のことを、どう思っているのだろうか。彼の意識が無いときに俺が口づけをしたと告げたら……。この、暖かく甘酸っぱい二人だけの時間というのは凄く貴重なものなのだな。
どの位歩いたのだろうか。緩やかな坂道を、少し曲がりしばらく歩いてまた少し曲がるというのを何回か繰り返す。たまに見張りだったであろう鎧や服が2つ組になっている。彼はこれが何を表している物なのか見当が付いているのだろう。見掛ける度に眉をひそめる。
「静かだね。何にもないし出てこないし」
「真っ直ぐではないが、一本道で迷いようが無いな」
曲がった先50m程の広く明るくなった所にテントが幾つか張られており、その後ろに今まであったものと同じような扉が見える。テントは大きめのものが2つ、小さめのものが3つ、端に設営されている。そして所々にここで待機していたのであろう者達の鎧兜と衣服の数々。
「少し休憩するか?」
「うん。丁度良く椅子とテーブルあるし。美味しい水飲んで一息ついたら、出発しよう。魔法、使うよ。美味しい水飲もう!」
どうしても美味しい水が飲みたいらしい。
「あぁ……仕方がないか」
確かに異臭に曝された水は飲んで良いものかどうか判断が付かない。
アスタロトはポポンッと出したガラスのコップ2つに、たぷんっと水を入れてテーブルに置く。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
俺が椅子に座ると、彼も座って水を飲んだ。無言で黙々と飲んでいるが、彼の身体全体から『美味し~~!』と歓喜しているのが伝わってくる。かわいい。ずっと見ていたい。
「……ガンダロフは、私が怖い?」
唐突に尋ねられた。
「へ?いや、そんなこと思いもしなかった」
「そっか。私はガンダロフのことたまに少し怖いけどね」
強面な自覚はあるが、改めて好きな人に言われると心が痛む。が、彼の言い分は
「初めましてからそう大した話もしてないような気がしたのだけど、私としては20分も経っていないような気がしたのだけど、気が付いたらお膝抱っこで抱えられてたの。何気に恐怖体験だった」
あぁ~~、そりゃあそうだなぁ。気付いた時ベショベショだったしなぁ。
「今はガンダロフが優しいお兄さんだってわかってるのだけど」
外見ではなく内面を好評価してもらえているのはかなり嬉しい。
「だから、さっさと外に出て落ち着いていろいろ訊きたい」
「あぁ、同意だな」
俺もアスタロトにもっといろいろ知って欲しいし、アスタロトのこともっといろいろ知りたい。
では、出発だ。テント群を無視する形で扉の前へ進む。今度は外開き。アスタロトと一緒に押して開ける。と、隙間からブワワワァ~~っと強い異臭が吹き込んできた。
「ロト!一旦閉めるぞ!」
急いで扉を閉めたが、少し吸い込んでしまったようだ。喉から胸に掛けて焼けるような痛みを感じる。咳が止まらない。
読了、ありがとうございます。
<(_ _)>
評価とブックマーク、ありがとうございます!
凄く励みになります!(≧∇≦)




