60.『聖都』での出来事(55)
「芋虫から蓑虫にチェンジ!そう、蓑虫!確か彼等は頭が下だったよね」
だからか、二人も逆さに吊り下げられていた。
「こ、こんな扱いをして、ただで済むと思うなよ!」
「クソっ!離しやがれ!」
二人共鎖の拘束から何とか逃れようとクネクネと身体を揺らす。
「あ、そんなに暴れると」
アスタロトがそう言うと同時にミシッ、と木の軋む音がして、蓑虫状態の二人の頭がガクッと地面に近付く。
「「ヒッ!」」
「……地面と口付けたくなければ、大人しく蓑虫になってなさい」
二人は硬直したように大人しくなる。静かにはなったが、アスタロトが無言で浄化魔法をサァッと掛けた。…奴等、ちびったのか?
「さて、聴き取りは何処まで進んだかな?」
とアスタロトは俺の方に向き直る。が
「あ、すまない、君の仕置きじゃなかった、彼等との遊びが豪快すぎて、見蕩れてしまっていた」
隣であんな賑やかなことをやられたのでは、落ち着いて話なんか出来ないだろう?!
「小さいお子様には大人気だよ」
大人は知らんけど。と彼は続ける。きっと依り代さんのお子様には好評だったのだろうな。俺は、そうか、と苦笑するしかない。
「では、改めて」
と俺は火炙り男とその息子に向き合うと
「俺はガンダロフ、彼はアスタロト。通りすがりの傭兵と魔法使いだ。異変を感じて『聖樹』の麓の神殿に立ち寄ってから、此方に様子を見に来た」
と自己紹介と此処に来た簡単な経緯を説明する。『傭兵と魔法使い』と言ったが、『聖者と魔神』よりはマシな筈。
すると火炙り男は大きく目を見開いて
「『聖樹』はどうして消えてしまったのですか?!大聖女様は、大司教様は、どうなされたのですか?!」
と矢継ぎ早に質問を繰り出し、俺に詰め寄ろうとしたところを彼の息子が落ち着いて、と取り抑えた。
アスタロトは火炙り男の煤けた服を綺麗に元通りにすると、俺の隣に膝をつき彼等の目線と同じ高さにして語りかける。
「『聖樹』は黒くなって崩れ落ちた。大聖女様はアーリエルさん?彼女は北の住居でルゥさんと療養中。大司教様ってラクーシル?…捕縛されて連れて行かれた?」
で合ってる?と俺に目で問う。相変わらず省略しまくって簡潔すぎる説明だが、嘘はついていないので、うむ、と頷き話を引き継ぐ。
「それでこの都市の責任者にこの事態の経緯と今後の対応の説明を求めたいのだが、誰に話を聞けば良いのだろうか?」
俺の問い掛けに火炙り男とその息子は一瞬目を合わせて、火炙り男が再度口を開いた。
「私はこの『聖都』の助役を務めております、ローク家当主オルジオと申します。そしてこれは長男のアイハルでございます」
「何処かで落ち着いてお話したいのだけど、彼等はほっといても大丈夫?」
とアスタロトは破落戸共を見る。
「というかこの人達、何者?」
「まぁ、まずは場所を移そう。話はそれからだ」
俺の提案に、皆が同意した。
剣が細々と聖獣達に指示を出していたおかげで、直ぐに麒麟と白虎が合流した。
「じゃ、飛ぶよ~」
麒麟にアスタロトと俺、白虎にオルジオさんとアイハルさんを乗せて、アスタロトの掛け声で空に飛び立つと観衆から驚愕の声が沸き立った。お昼寝二人組も鎖でぐるぐる巻きにして4人まとめてジャラジャラと空中に引っ張り上げて連れていく。
「「ひえぇぇ~~~~」」
何かが煌めきながら散らばっていくのを、アスタロトは眉をひそめまたもや無言で浄化魔法を掛けていた。
2~3階建ての上品な街並みを下に見て傷病者のもとに急ぐ。白い漆喰の壁に柱・梁・筋交いと窓枠の焦げ茶色がアクセントになって、鮮やかな青や緑の屋根瓦も清楚な感じに一役買っている。此処からは貧民街のような場所は見えないが、この騒動が起こるまでは概ね治安は良かったと推測される。狼煙が上がっていた所はちょっとした広場になっていたのか。と観察していたらすぐに目的地に着いた。大きな礼拝堂のようだ。
建物の中に入って直ぐの所に聖獣達が捕縛したのか15人程縛り上げられて転がされている。俺達は足を止めずその横を通り抜け、寝かされている者達の元へ行く。この者達も火炙りにされたのだろうか、酷い火傷を負っている。横並びに6人、身動ぎもせずもう息をしていないような者もいるがアスタロトは躊躇せずまとめて治癒魔法を掛けていく。柔らかい淡い光が彼等を包み呼吸が徐々に穏やかになっていく。暫くして光が収まると、アスタロトが、全員完治、と呟く。彼等はそのまま落ち着いて眠っているようだ。よく見ると老若男女様々だが、どのような基準で選ばれたのだろうか。アスタロトは彼等の身体を綺麗にして患者さんが着るような前合わせの衣服を着せる。
「相変わらず見事な手際の良さだ」
怪我を治すだけに留まらず当たり前のように服まで用意して、彼は根っからの善人だな。俺の感嘆の言葉に彼は、うふ、と笑みを溢した。
「後は我々にお任せください」
ベッドの用意が出来たのだろう、青龍と朱雀が灰色の修道服を着た人達と協力して手当てが済んで眠りに落ちている彼等を別室に運び始めた。
やっと落ち着いて話が出来そうだ。俺達は聖獣達の邪魔にならないよう、俺とアスタロト、オルジオさんとアイハルさんで、広い礼拝堂の隅っこで椅子に座る。
「貴様等絶対にただではすまさんぞ!!……後で泣いて許しを請うても無駄だぞ!!」
入り口近くに放置した貴族男が大声で喚き散らすのが遠くに聞こえる。五月蝿いが、無視しても問題無いだろう。自ら体力を削るのは却って好都合だ。
「改めて、この度は助けていただきありがとうございました」
オルジオさんとアイハルさんが頭を下げる。
「それで先に何故貴方方が火炙りにされていたのか、経緯を説明して欲しい」
俺が話を向けると、オルジオさんは思い出すように時々遠い目をしながら語りだした。
♢♢♢♢♢
『太陽が月に隠される時、偉大なる力が降り立つ』
そのような噂が囁かれたのはいつ頃からだったか。だがそれは魔神を崇拝する者達が人為的に流した話だと、先日捕まえられた魔神教の信者等からはっきりと確証を得たはずだった。信者等は太陽が月に隠される時にこの『聖都』に魔神を呼び寄せるべく画策していたが、聖騎士達の活躍によりその日の『聖都』は数十年に一度の天体ショーを楽しんだだけにすぎなかった。
異変を感じたのはその天体ショーから2日経った昼過ぎ。この街を治めていた領主とその親族、聖騎士達、修道士や神殿関係者等、イルシャ教に縁の深い者が次々と昏倒した。それと同時に街の至る所から黒い靄がじんわりと湧き出し、『聖樹』も霞むほどに空気が澱んだ。
心身の不調を覚える中で昏倒した者達の介抱を行ったが、日が変わる頃に意識が戻らなかった者が身に着けていた衣服だけを残して散り散りになり消えてしまった。意識のある者達に説明を請うにも息をするのもやっとの状態で、事情の解らぬまま、動く事のできる者達でなんとか事態の収拾に走り回っていたのだが。
曇っていたのは単に天気の所為だったのかそれとも瘴気のような物の所為だったのか。今朝、まだ昼前だったと思うが悲鳴のような声が響き渡りビリビリビリと大気が大きく震えた。と、空は徐々に薄暗さが増し重たく感じる空気の下、辛うじて意識を保っていた者達はひっそりと息をするのを止めた。
この空気の下では、今まで心身に不調が無かった者まで具合が悪くなるだろう。『聖樹』に、神殿に何があったのか、市民を守るためにはどう動くべきか、等々考える事はたくさんあれど、身体がついていかない。
そうしてどのくらい蹲っていたのか。急に空気から重たさが無くなり『聖樹』の方から分厚く暗い雲が取り払われ晴れ間が拡がった。其処彼処で
「大聖女様の奇跡だ」
「『聖樹』の力の復活だ」
等の声が上がったが、晴れた空の下にあるはずの『聖樹』は見当たらず、歓声は直ぐに困惑の声に変わった。
♢♢♢♢♢
「そして見張りがいなくなった隙に脱獄した魔神教信者等が魔神降臨を再度目論み、生贄として捕らえられた私は、見せしめも兼ねて中央広場で火炙りに処された直後にアスタロト様に助けられました。その節は本当にありがとうございました」
もう何度目かのお礼を言い、オルジオさんとアイハルさんはお辞儀をした。
読了、ありがとうございます。
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