6.飛んで燃やして(4.9)
「背、伸びた?」
俺はアスタロトを上から下まで、改めてじっくりと見た。確かに剣を出した時はこんなに目線は下がっていなかった。
「俺の背が、というよりは……かわいいのは変わってはいないが」
いや、このちょっと上目遣いというのはなかなかの破壊力!じゃなくて、何故こんなことになっている?自称魔神のアレやら魔法陣やらが関係しているのか?
「ということは、私が意識を失っている間にって何があったかはともかく、もうさっさと行こう。んで、そこでじっくり聞くとしよう。じゃあ」
アスタロトは俺の腕をがっちり抱え込んで
「飛ぶよ。しっかり掴まっててね」
「は?」
床から15cm程浮く。それから
「Go!」
掛け声と共にアスタロトと俺は扉の方へ一直線に飛んだ。
「はあぁぁ~~~~~?」
「怖かったらしがみついてて良いから、出来れば周りを観察して」
俺が叫んでいる間に扉の前に着きゆっくり降りる。周りを観察する余裕などある訳がない。下を眺めると、俺達が居たところの床には薄らと黒く線で模様のようなものが描かれている。あれが呪いの元の魔法陣なのか?その周囲には衣服の小山が点々どある……。
「……こんなに沢山の人が居たというのか」
今はその痕跡を残すだけで、気配は全く無い。原因はアレか、俺か、又はその両方が何かやらかしたのだろう。『何か』は全くわからないが。
突然風が吹き、魔法陣を描いている黒く炭火したようなモノが床から綺麗に剥ぎ取られて中央に集った。そして、ぎゅうっと押し固められると、俺の拳と同じ?少し小さいか?くらいの球状になった。
甘い香りが漂う。アスタロトが魔法を使うと甘く香るのだな。
「ロト。あれをどうするつもりだ?」
彼が俺を見上げる。珍しく少し不機嫌そうな顔。唐突に飛んで行かないようにと、腕を組んだままだからか?
「アレ、そのままだと何だか落ち着かない感じがするから、なんとかする」
『なんとか』とは具体的にはどうするんだ?と尋ねる前に、アスタロトは黒い球状のソレをふよふよと浮かせて此方に引き寄せ、両手の平に乗せて一言。
「燃やす!」
途端にソレは真っ赤から白く小さくなる。彼は更に両手でソレを包み込み、その重ねた手の隙間から漏れる光が白から薄い青に変わる。俺は目の前で何が起きているのか理解出来ず、唯々見ているだけで精一杯だ。
そしてそう時間は掛からず光が収まる。アスタロトは、まだ両手の平を握り潰した形で閉じたまま、動かない。
「……どうなった?」
焦れて、思わず聞いてしまった。
彼が両手を開くと、仄かに甘い香りが広がる。そこに現れたのはあの黒い球状のモノだったとは思えない程綺麗な、すごく透明な四角い石。
「小っさくなっちゃった」
その余りの変わりように俺が息を呑むのを横目に、アスタロトは事も無げに言う。そして俺の薬指の先くらいの石を指でつまんで持ち上げる。煌めく石の向こう側では彼が、出来ました!とばかりに満面の笑み。
「……はぁ。具合悪いとか気持ち悪いとかはないか?」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫、絶好調です!で、コレ、どうしよう?」
「いや、どうしようって」
「捨てる?」
「待て待て待て何故そう極端なんだ!」
絶好調か。疲れすぎて興奮している?出来た石はどう見ても宝石の部類だが、俺ではそれなりに価値がありそうだ、くらいしかわからんな。
「宝石のように見えるから、その内路銀の足しにはなるだろう」
「じゃあ持ってて。私、無くしそうだから」
あれだけのことをしたというのに、既に興味は無さそうだ。手を差し出すと、躊躇無く渡してきた。その辺に放っても、その時点で存在そのものを忘れるんじゃないのか。さて、『持ってて』と言われて一瞬何処に仕舞うか考えたが、何のことは無い、ズボンにポケットが付いていたのでそこに入れた。
扉に向かい合う。なんの音もしない。気配も感じられない。
「では、扉を開けるぞ」
扉は石で出来ているようで、大きくて分厚い。こちら側から押して開ける。ズズズズーー…。思ったより重くはないな。
先程までいた所とは違い、薄暗く狭い小部屋に剣と甲冑が2つ転がっている。他に特に目を引くものも無いので、石の扉を元通りに閉めてその先の階段を上がる。俺が右側、アスタロトが左側、二人で並んで歩く。
「疲れたら早めに休憩を取ろう。どの位上ることになるかわからんし、敵と遭遇することも考えられるしな」
「うん、そうだね」
相変わらず二人以外の気配は感じられないし、足音が響く以外の音は聞こえない。
「足元、暗いね。少し明るくしようか?」
転びそうもない軽い足取りで、アスタロトが提案する。
「いや、魔法はもう使わないでほしい」
使いすぎて昏倒でもされたらまた俺が泣くぞ。
「何で?一々びっくりして気が休まらないとか?」
「あぁー。それもあるな」
それに気付かぬ内にどんどん背が縮まっていくんじゃないか?
アスタロトは少し考えるように俯いて
「ちょっとお願いしてみようかな」
「ん?どうした?」
今まで迷惑かけるばかりのようで情けない思いを感じていたから、頼られると嬉しいのだが。彼は俺をチラリと見て、剣に目を向ける。
「剣ちゃん剣ちゃん、足元がも少し明るくなる程度に優しく光ることは出来る?」
剣はほわほわっと何となく返事をすると、ほわんっと鞘ごと優しい光を纏って辺りを照らし始めた。おぉ~~、流石はアスタロト渾身の一本。
「凄い。こんなことも出来るんだな」
「さすがは護りの剣だね!ありがとう!」
剣はほわわんと嬉しげに光り、アスタロトと会話している感じがする。
階段を百段も上っただろうか。先程と同じような小部屋にたどり着く。俺もだが、彼も肉体的には疲れてはいないようだ。鎧兜と剣、ローブが落ちている。見張り役だったのだろう。
「此処の扉はこちら側に開くのだな」
扉はピタリと閉まっていて、開いた跡が床に残っている。アスタロトが扉に左耳を付けて、向こう側の様子を探っている。集中しているのか、目を閉じてじっとしている。
「たぶん苦も無く開けられるけど、向こう側が気になるなぁ。何か聞こえる?」
目を閉じると端整な顔立ちが際立って彫刻のよう……生きているのかその頬を触って確認したくなる。肌の白さが唇の赤を引き立てていて、血が通っていることを証明してはいるが。
ずっと眺めていたら我慢できなくなって触れてしまいそうだ。彼の集中を途切れさせないよう、俺は再度部屋の中を見渡した。見張り役が二人、それ以外には何もない。ここは中間地点といったところか。
「外は満天の星」
突然、アスタロトが呟いた。
「え?」
「……だといいなぁ。何にも聞こえないんだけど」
「俺にも何も聞こえない」
彼には何か見えたのだろうか。
「少し休憩するか?」
「ううん。も少し行ってみる。というか、早く外に出たい。あの、ガンダロフが疲れてなければ、だけど」
彼は即答で休憩を却下した。が、直ぐに俺の調子を訊いてくる。その気遣いが嬉しい。俺は扉に手を当てて
「いや、疲れてはいない」
「気疲れしてない?」
「……此処では気が休まらないな、そういう意味では」
確かに早くここから出たい。俺は、はぁっ、と息を吐いて気合いを入れ直した。
読了、ありがとうございます。
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