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聖者のお務め  作者: まちどり
54/197

54.焼メレンゲ(49)


 ♪おべんとおべんとうれしいな~♪


 アスタロトが上機嫌に歌う。楽しそうで微笑ましい。


 未だ靄っていて見えないが、太陽は真上にある頃だ。麒麟と青龍とジョー1号2号改め集塵機ズを合流させて、報告がてら休憩にする。


 アスタロトが結界を張り、地面を平らにしてラグを敷きソファとテーブルを出す。彼は寛ぐ気満々だが、此処は敵地のど真ん中だぞ?まぁ、彼の強固な結界が破られる事は滅多なことでは無いのだろうが。


 せっかく用意されたのだからと、俺はソファに座りフードにいた小人と大きな木の光を膝の上に移して観察する。


 光はぽぉっと淡い感じだが安定して光っており、小人はそれにぴったり寄り添い優しく撫でている。


「小人、光は今、どういう状態だ?」

『へい、今は安心して眠っておりやす』

「容態が急変して消えてしまうことはないか?」

『大丈夫でやす。今の力の化身様はとても穏やかで愛し子様もお優しくて、ずっと引っ付いていたいくらい気持ち良いでやすから』


 『力の化身』がアスタロトの呼び名なのは解る。が

「いとしご…。それは、俺のことか?愛しいとか子どもとか、それこそ実体と懸け離れすぎてないか?大体、俺が『愛し子』なんて崇高なものとは思えない」


 小人は俺を頭の天辺から自身が立つ膝の上まで見定めるようにちろ~んと眺めてから俺と目を合わせると

『力の化身様のちからが漲っておりやす。間違いなく愛し子でやす。男同士でも問題無いんでやすね~』

と、ナハッと笑った。


 『魔神と聖者』は実感が無かったが、『力の化身と愛し子』は違和感しか無いぞ。アスタロトはどう考えるだろうか。……『別にどうでもいい。私達が私達で在ることは変わらない』とか言いそうだ。


 木の札に戻そうかと思ったが、また呼び出されるのだろうからひとまず俺のマントの内ポケットに収めた。




 目の前のテーブルに朱雀と白虎と玄武が昼食を用意を始めた。


 アスタロトは集塵機ズと集めた黒い靄の様子を見ている。麒麟と青龍は少し疲れているのか、覇気が無い。


力業ちからわざで出来ることは私に任せて。君達聖獣は、私やガンダロフの手が回らない所を補ってもらってるし、実際とても助かってる……ありがとう。頼りにしてるよ」

とアスタロトが、ポンと麒麟の肩を叩くのが見えた。


「っ!斯様なお言葉を頂き、望外の喜びでございます」

 麒麟は目を潤ませ頭を垂れていた。集塵機ズに振り回されでもしたのだろうか。アスタロトがしっかりと労っているなら大丈夫だとは思うが、後で聞いてみよう。




 聖獣達は食事はしないと言うので元の姿に戻ってもらい、小さい彼等をニコニコと眺めているアスタロトを愛めでながら食べる。


 昼食は、厚焼き玉子サンドイッチとベーコンレタスサンドイッチ、山鳥と野菜たっぷりスープ。


「美味しい!」

「美味い!」


 このように美味いものを作れるのは、聖獣達が単に優秀だというだけではないのだろう。アスタロトと俺への思いを感じられて、嬉しい。




 昼食後に、報告と確認を兼ねて全員でお茶にする。


 聖獣達はアスタロトが作るものは何でもご馳走なんだとかで、彼が以前作ったタンポポコーヒーと、お茶請けをポポポポポ……と作る。


「魔法って凄いよね~」

「本当に凄いと思うのは、お茶請けを作る為だけに高度な魔法を惜しげも無く使う君なのだが」


 玉子と砂糖をどう加工したのだろうか、『焼メレンゲ』という焼菓子を山盛りにしてアスタロトはご機嫌だ。


 聖獣達は人型になり仕事仕様の顔をしているのだが、周りにお花が舞っているようなほわほわとした雰囲気なのは焼メレンゲの所為だな。サクッほろほろと口の中で砕けて甘く蕩ける。軽い食感が儚くて、なんとも贅沢だ。


「剣、ユキチからの報告を聞かせてくれ」

『承知』


 俺達がルゥさんと別れた後。

 アーリエルさんと元捕虜二人に紹介されて、家の中のこと、馬達の世話をこなしている、と。ルゥさん達は俺達ともっと話がしたかったようだが、『聖樹』の対応に向かったと聞きアーリエルさんは安堵した様子だと言う。


「こちらの『聖樹』がほぼ存在が無くなったことについては何かしら変化はある?」

『ううん、未だに「大丈夫かしら」と心配しているって』


 ルゥさんはともかく、アーリエルさんとも繋がりは無いということだな。


「そうか。…そのうち、出来ればアーリエルさんが住居に来る直前の『聖樹』の様子を聞いていて欲しい」


 俺が剣にそう指示すると、何か気になったのかアスタロトが尋ねる。

「『聖都』の住民とか、一緒に住んでた人達については、何か言ってる?」

『……ううん、それらしき事は聞いていないって』

「ふぅん、お世話になってた人達の事は、気にしてないんだ」


 今まで周りにいた人達の事は関心が無い?

「どんな暮らしをしていたんだ?」


 アスタロトは淡々と言葉を連ねる。

「情報が少なくて推測もままならないけど、もしかしたらマオちゃんに聞けば少しはわかるかも」

「『マオちゃん?」』

 誰だそいつは?

「うん、マオちゃん」


 だから、誰だ?俺だけではなく、此処にいる全員の表情が彼に尋ねている。


「えっと、『大きな木』も『光』も他所にもあるだろうから、それぞれ名前を付けて分かり易くしようと思って…で、『真ん中の大きな木』で『マオ』」


 そう説明されたが、それ、本人の許可貰ってないだろう?


『じゃ、わっちは?』

 俺の胸元から小人がひょこっと顔を出す。


「『北の大きな木』は、タケシ」

 間髪入れずに答えたということは、既に決めていたのだな。


『『タケシ』!良い名でやす!ありがとうございやす!』

と、タケシは、ナハッと笑う。気に入ったようで良かったな。


 マオはまだ眠っている。タケシにマオの話を聞く。


『マオは、自分も地中で眠って休みたかったんだけれど、人間がちょこちょこ煩いので仕方なく起きていたんだそうで』


 それが、少し前に根元に変な物を仕込まれ、それがじわじわと力を吸い取っていくのと気持ちが悪いのとで地中に潜れなくなった。その嫌な物に極力触れないように頑張っていたが力尽きて触れてしまい、後は見ての通りだと。


「根元の変な嫌な物があの大きい黒い球か。結局あれで何をしていたのだろう?」

「碌でもないことでしょうけどね。マオちゃんはゆっくり休んでもらって、私達はこの土地の汚染?を浄化?黒い球とか黒いもやもやとかの影響を綺麗さっぱり取り除こう」


 上空の黒い靄はアスタロトが魔法の風の壁で囲み一旦放置する。聖獣達は二手に分かれて集塵機ズを連れて周囲の探索と俺達の警護をする。俺達はまずは黒く染まった大きな木の残骸の処理をする。と、これからの作業内容を全員で確認した。


「生きてる人、いるかな?」

「気配は感じないが、潜んでやり過ごしているやも知れぬ。保護して話を聞く」

「ということは話が出来る状態にしなきゃ、だ。何人くらいいるかなぁ?」


 デントで避難所を作り、食事と休み処を与えて、さてどんな情報が得られるのやら。




 山盛りにあった焼メレンゲは残り1つとなっていた。アスタロトが

「最後の1個、頂きます」

と摘まんで口に運ぶ。


 また作ってもらおうと思い巡らせていると、アスタロトは俺の頬に手を添えて口移しで半分を食べさせられる。


「っ?!」


 そっと触れられた頬は熱く、ふにっと柔らかい唇の感触と、口の中に押し込まれて砕けて溶けていく焼メレンゲのサクッとした後の粉々になり無くなっていく食感と口の中に拡がる甘さと、彼の体温と共に感じる甘酸っぱい香り。うわあぁ、頭の中が身体が蕩けそうだぁ。


 アスタロトは自分の唇に付いた焼メレンゲの欠片をペロッと舐めた。

「ごちそうさま」


 ごちそうさま?焼メレンゲは俺も食べたのだが。彼の桃色の唇が妖艶に孤を描く。 ……は?先程の口づけは、俺を『食べた』という意味か?食べられたのか、俺、俺が食べられたということなのか?!


 俺は恥ずかしさのあまり何かを叫び出しそうなのを抑えて口を手で塞いだ。焼メレンゲだけではない甘さが頭の頂点を痺れさせる。すっかり形のなくなったそれを叫び出しそうだった何かと共にゆっくりと飲み込むと、身体の奥からぐるぐると熱いモノが溢れ出し全身を駆け巡る。


「美味しかった?」

 彼の澄み渡る新月の空のように星が無数に煌めく黒い瞳が、笑みの形に細くなる。俺がコクコクと頷くと

「良かった。そのうちまた作るね。あ、でも別に焼メレンゲじゃなくても良いのかな?」

と小首を傾げる。


 綺麗とか艶やかだとか色っぽいとかだがそれよりも。


 か わ い い 。


 もう全身が火照り過ぎて熱くてクラクラする。俺は両手で顔を覆って俯いてしまった。ナニコレ食べたいくらいかわいい、と彼の呟きが小さく耳に入る。いや、それは君自身のことだからな!


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