46.マジックポーチ(42)
相変わらず雨がしとしと降る中、アスタロトと俺は小人を連れて森の直ぐ傍まできた。
「馬さん達の水場を作ったら、暫く放っておいても大丈夫だから……この辺りで良いかな」
建物からは大分離れた場所だ。
「水脈を弄るから、不具合があったら直ぐに教えて」
アスタロトが言うと
『水脈……へいっ、承知しやした!』
と小人はビシッと敬礼した。
現在地は一見平坦だが、なだらかすぎる斜面で建物が建っている場所よりは高い。既存の物に影響が無いようにとの考えか。アスタロトが大地を踏み締め両腕を伸ばすと、
ドンッ!!バシャーーー……
水が大量に噴き上がった。
「噴水を造るつもりは無いのだけど」
また派手にやったなぁ。俺と小人は手を翳して、おぉぅ…と仰ぎ見た。
辺りは水浸し。もう雨だか噴水だかわからないが、ざばざばと降りしきる中でアスタロトは作業を進める。
噴き出した箇所の横に小さめの池を造り、水路のような小川を経て大きい池に繋ぎ、そこから溢れる分は流入口と反対側に短く水路を造ってその先から地中に潜らせた。毎度のことながら、凄いな。
「かなりの水量が流れているが、雨の影響か?」
造ったばかりの池が直ぐに満杯になったのを見て、アスタロトに質問する。
「うん。それもあるし、元々この辺りは水が豊富なんだと思う」
と彼は森を見渡す。
「これだけの木を養っていけるだけの水があるということか」
『そういうことでやす』
小人がうんうんと頷いた。
アスタロトは水場の出来栄えに
「出来たばかりだし水が綺麗すぎて、魚が住んでくれるかどうかはわからないなぁ。でも、川魚より海のお魚の方が好きだから、いっか」
そして護岸の為か水辺の所々に岩と柳と紫陽花をドンドンドンと生やしていく。
「芹とか三つ葉とかクレソンとか、山葵もいいね!」
キラキラした笑顔はとてもかわいらしいのだが、今名前が出てきた植物はたぶん食用だな。
「そういえば昨日も思ったのだけど、私が生やした草ってこの辺りの植生を丸っきり無視してない?」
確かによく見てみると、様々な草が生えている。
『それは力の化身様が望まれたからでやすねぇ』
「じゃあ、探せばお米、っていうか稲もあるとか?」
キラリンとアスタロトの黒い瞳が光り、サッと森に背を向け草が生えてる開けた方に両腕を伸ばす。が
「それはまた今度」
今日は昼寝をしていないのだし、疲れを自覚していないかもしれない。何れにしろ無理はさせられない。俺は彼が伸ばした腕に手を添えてそっと降ろした。
雨が降ってるからか、もう辺りは大分暗い。厩舎の馬達にアスタロトが水場を造ったこと、ここを離れること、いつ戻るか分からないことを伝えると、名残惜しそうにはしていたけど『ありがとう。お元気で』と気遣ってくれた。
「とか言いつつ、直ぐ戻ってくるかも」
『何時でも大歓迎!』
馬達も、達者でな!
※※※※※
住居に戻り厨房で、さて晩御飯は?とアスタロトが口にすると、聖獣達が見廻り時に捕獲した山鳥と猪で作ってくれると言う。
「肉の下処理も上手く出来ている。優秀だな」
獲物を素早く丁寧に処理してある。これはかなり期待できるな。俺が褒めると、白虎と玄武が嬉しそうにはにかんだ。創造主に似て、かわいい奴等だ。
「裏の草原で何故か白菜とか葱等の野菜が植わってて、大きな木に頼んで大きく、数も増やしてもらいました!」
「ということは、猪鍋だね!」
いろいろな野菜があるということで、アスタロトは美味い物を味わう為の計画でも立てているのだろう、もの凄く機嫌が良さそうだ。
だが、麒麟が綺麗な眉尻を少し下げて
「ルゥ様とアーリエル様が、出来れば主とますたーに今後のことについてご相談なさりたいそうですが」
との言葉を聞いていく内に彼の表情が消えていく。室温も若干下がったような。そして麒麟の声も段々小さく尻すぼみな言い方になり最後は、如何致しましょうか?と、か細い声で訊いてきた。
「ルゥさん達の晩御飯は、マジックバッグの物か?」
少し気を逸らそうと麒麟に確認する。
「その予定です。鍋はお口に合うかは分かりませんので」
アスタロトの纏っている気が少し柔らかくなる。と、何かに思い当たったのか、あっ!と小さく声を挙げた。
「そうだ、マジックバッグを返さなきゃ」
あれはラクーシルの手の者が使用していた物だろう、元の持ち主はルゥさん達なのか?それに収納物全てを手放すのは今後の活動に差し障るのでは?
「返す、というのは果たして正しいのか?」
俺が疑問を呈するとアスタロトは
「今持っているマジックバッグは他人様の物だから」
と、なんとも嫌そうな顔をした。
「中身も全て渡すのか?」
「欲しい物は出して残りをポイッと」
言い方!まるで不要品を押し付けるような感じだが、彼にしてみれば実際そうなのだな…。
俺が納得していると、バッグというよりは軍服に合うウエストポーチを彼と俺、聖獣達の分を、ポンッと作った。素早い。しかも使い易そうで格好いい。
「相変わらず魔法を器用に使う」
「ポーチ内のポケット2つ、共有収納と個人収納。共有収納は出入口がそれぞれのポーチで出し入れ出来る仕様」
他人がポーチを覗いても内のポケットは開けられないから、普通のポーチにしか見えない。収納中は時間が停止するから、鮮度を落とさずに運搬できる。
そしてアスタロトのポーチだけ、3つ目のポケットがあり、元からあったマジックバッグと繋げてある。ルゥさん達には内緒で、こちら側からしか操作が出来ない。
「変なモノ入れないように言っておかなきゃ」
それからアスタロトは主に食材と貨幣を共有収納に移して、マジックバッグをルゥさんとアーリエルさんも使えるよう改造を施した。
何気なくやっているが、もの凄く高度な技術では?これが『世界を巡る力』というモノなのだろうか。
後は食材を直ぐに食べられる形に加工・調理してポーチに入れて置くようにと、麒麟に指示を出した。
※※※※※
「これを、私達に?」
ルゥさん達に応接室まで出向いてもらい、アスタロトは早速マジックバッグを彼等に渡した。なんとルゥさんはマジックバッグというものを初めて目にしたのだとか。
「収納されていた物を使えるように改造したのだけど、元々は教会関係者の持ち物だったのかなって」
アスタロトが使い方を教えて現状俺達とルゥさん達しか使えない事を伝えると、ルゥさんは渡した瞬間から弄り倒している。
収納一覧表を見て、こんなに、とかこんな物まで、とか。アーリエルさんと二人で見ている姿は、新婚さんが新生活の準備で仲睦まじく相談しているようで、なんとも甘酸っぱい雰囲気だ。
「魔神・聖女捕縛用の網とか枷とか、危ない物は排除したのだけどまだ残っているかもしれないから、見慣れない物、危険物は触らずにいて欲しい」
出した瞬間に襲ってくるからね、とアスタロトが言うと、二人ともびっくりした表情で固まってしまった。
「これはおそらくラクーシルと同格か部下が、今回の魔神・聖女捕縛の為に使用していた物だろう」
俺が、ラクーシルと遭遇する前にこのマジックバッグを見つけていたこと、内容物が遠征の意図に沿った物だったこと、詳細が不明な物を排出したら魔神・聖女捕縛用の網と枷で瞬時に襲ってきたがアスタロトが焼失させたことを簡単に説明した。
「それで今後のことについてだが」
と俺が切り出すと、ルゥさん達は居住まいを正した。アスタロトが言葉を繋げる。
「明日『聖都』の大きな木に会いに行く。さっきの、アーリエルさんのお願いに沿う感じにはなるのだけど」
と彼が淡々と言うと、アーリエルさんの表情がぱあっと明るくなって、ルゥさんと一緒に
「「ありがとうございます!!」」
と深々とお辞儀をした。だが、彼は事務的に流す。
「だから食糧を渡したし、聖獣達も連れて行くから後は自分達で生活して」
ルゥさん達、えっ、と少々困惑顔。だが
「では、お帰りになるまでこの地をお守りしております」
と直ぐに取り繕った笑顔で応える。
読了、ありがとうございます。
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