45.初めての食感!(41)
『先程、おそらく前の愛し子様も懇願されておりやしたが、真ん中のにも力を贈っていただけやせんか?』
「力?」
『へぇ。わっちに贈っていただいたように』
アスタロトが考え込むように顎に手を当てる。小人は何卒よろしくお願ぇしやす、と深々と平伏した。
アスタロトは手を降ろしてにっこりと微笑む。
「うん、わかった。明日にでも行ってみる」
「『「『明日?!」』」』
ご飯食べて寝て起きたら行くって感じか?だが、直ぐ行くって言わないのは何かしら考えがあるのかも?小人は号泣してありがたや~、とお辞儀を繰り返してる。
「明日?」
俺はもう一度アスタロトに確認する。
「いろいろ準備したいから直ぐには行かない。ガンダロフは」
「行く」
答えはわかっているだろうに毎回確認してくるのは、俺に自身の気持ちを自覚させる為か。俺は改めて抱え込むように彼の背中と腰に回した腕に力を入れた。ん、と小さく洩らした声が艶っぽくて、俺の身体の奥がじんじんと熱くなる。いや、落ち着け俺。目の前には麒麟と小人が居るんだ、まだその時ではないぞ。と何とか冷静さを保とうとするのを掻き乱すように、彼は俺の身体に密着するようにしな垂れかかって、耳元で囁く。
「ルゥさん達はお留守番」
え?と俺は今の言葉の真意を確かめるべくアスタロトの目を見ようとするも、彼は俺の頭を抱え込む。白い首筋が目の前に迫り、彼の肌のしっとりした温かさと甘い香りでクラクラする。俺の中の熱い何かが暴れだしそうで、熱を逃すように息を吐く。その熱に感じたのか彼は、んんっ、と身震いして、だが、少し愉快そうに言葉を続ける。
「彼等がいたら、好き勝手出来ないでしょ?」
アスタロトはそう言うと俺の短めの黒髪を指で梳く。甘い花の香りと爽やかな柑橘系の香りが辺りに漂って、頭のてっぺんが気持ち良く痺れていく。いやいや、今はこれからの行動を話し合っている最中だ、しっかりしろ!思考を手放しそうになりながら、言葉を絞り出した。
「好き勝手。だが、此処に置いていくのも不安なのだが」
アスタロトはふふっと小さく笑って
「ん~~?彼等は彼等の好きにしたら良い。どうせ彼等は人間にしか関心が無いのだろうし、私はガンダロフ以外興味は無い」
俺以外興味は無いって。この人はまた俺が嬉しくなることをさらっと言う。俺は堪らず顔を上げて彼の目を見据えた。黒い瞳が新月の澄み渡る空のように無数の星がキラキラと輝く中に、俺の驚いた顔が映る。先程の彼の言葉を表しているかのように、俺だけをその瞳に閉じ込めて、その眼差しが優しくて蕩けるように甘くて。
同じ『好き』では無いらしいが、どちらにしてもアスタロトが俺のことを『好き』なことに変わりはないのだろう?だが、胸の奥の熱を伝えるのに押し付けにならないように、彼の負担にならないように、煩わしく思われないように等と考えてしまうと上手く言葉に出来ず、自身の拙さを実感して顔を伏せてしまった。
そんな俺をどう捉えているのか、アスタロトは俺の少し癖のある髪を梳いてその手触りを堪能しているようだ。彼の身体も随分熱くなり甘酸っぱい香りが濃厚に香ってくる。
このまま思考を放棄したい衝動に駆られるのだが、彼の発言で現実に引き戻された。
「というか邪魔されたくないから、アーリエルさん、もう聖女引退しちゃって此処でルゥさんと二人でのんびり過ごしたら良いんじゃないかって勧めるつもり」
「それは二人をこの地に留めておく、というか閉じ込めるのか?」
アスタロトの手が止まる。この体勢で真面な議論は臨めないと思ったのか、だが名残惜しそうに俺の額にチュッと口づけてから腕を緩めた。彼は俺の理性を吹っ飛ばしたいのか?!はあぁ~~、と熱を逃すように息を洩らしながら顔を片手で覆った。
「閉じ込めるつもりは無いよ。まぁ、引き籠もるかどうかは彼等の自由で。ただ、大きな木とのお話しを邪魔されたくないだけ。そういえば、紹介はしてもらえるんだよね?」
『紹介?』
「あれ?一緒に行くんだよね?『聖都』にあるっていう、真ん中の大きな木のところまで。小人の姿になったのはその為だと思ったのだけど?」
『はぁ、なるほどぉ…』
小人は腕を組んでうんうんと頷く。反応が他人事みたいだな。
話をよく聞いてみると、なんと、他の大きな木には直接会ったことはないのだとか。まぁ、樹木だからその場所から移動するのは容易ではないのだろうが。他の木がどういう状態かは、気配でなんとなく察するだけだとか。
『今は真ん中のが辛うじて表に出てるかなぁ?って感じがするだけでして』
だが、大気がこんなに気が薄くて息苦しいのにそれでも表で頑張っているのは、意固地になっているのか別の理由があるのか。
「いずれにせよ心配なんでしょ?じゃあ、一緒に行って直接お話ししたら良いんだよ。大丈夫、私の傍にいれば力の供給は出来るから消えることは無いし」
だから一緒に行こうとアスタロトが言うと、小人はつぶらな黒い瞳を潤ませながら、ありがたや~と嬉しそうに拝んでいた。
※※※※※
聖都の情報を集めにルゥさん達や捕虜二人に聞きに行くのかと思っていたら、それは聖獣達に任せて、美味しいおやつが食べたいのだと言う。
「温かいのと冷たいの、どっちが食べたい?」
部屋の中は寒い訳では無いが
「…温かい方で」
では、と彼は玉子と牛乳と小麦粉と砂糖を用意した。小麦粉は魔法で更に細かく製粉し直していく。芸が細かい。というか、魔法の使い方としてどうなのだ?との疑問は今更か。
そして牛乳を密閉容器で攪拌する。これで水分と油脂を分離させてバターを作るという。
「聖獣達も此処に置いていくのか?」
密閉容器をフリフリシャカシャカするだけの単純作業。飽きないように話をする。
「聖獣達に決めてもらおうかな」
「全員ついて行きます」
麒麟と交代した朱雀が、やはり密閉容器をフリフリシャカシャカしながら当然、といった感じで即答する。
「彼等の面倒を見る者がいなくなるな」
彼等はどう見ても上流階級の出だろう、身の回りのことを自分で出来ないんじゃないか?
「ルゥさん自分で造れば良いんだよ。その為の力だもの。眷族を造るくらい出来るでしょ。監視は付けて置くけど」
ほんの僅かだが、アスタロトの眉が下がる。
「何か別の懸念があるのか?」
「アーリエルさんには、静かに落ち着いてゆっくりと、自分自身とルゥさんのことを大事にして過ごして欲しいなぁ、って」
と彼は苦笑した。
『興味は無い』と言いつつも気にしているのだな、根が優しい。少しもやっとしたのは…嫉妬か。アーリエルさんは『聖女』と称されるのに見合った容姿をしているからな、綺麗で可憐で…妙齢の女性。俺は……いや、比較対象として同じ土俵に立つのは無理だろう、あまりにも違いすぎる。
アスタロトが材料を混ぜて、フライパンでは数が熟せないからとデカい鉄板と透明な蓋を出して纏めて焼いていく。熱々ふっくらホットケーキの出来上がり!と満面の笑みだ。かわいい。
温かい内にルゥさん達と捕虜二人に持っていってもらい、さて、食べるとするか!
「バターとシロップ、好きなだけ掛けてね」
アスタロトは一匙分のバターを乗せてその上からシロップを掛ける。俺もそれを真似てみる。バターが溶けて、シロップと合わさり甘く香ばしい匂いが立ち上ってきた。食べる前から美味いのは決定じゃないか?一口大にフォークで切る。外側は軽くサクッと中はふわっと柔らかい感触で、焼いた小麦粉の芳ばしさが湯気と共に鼻を擽る。そしていよいよ口の中へ。
……なんなのだろう、この…温かくて柔らかくて甘くて芳ばしい、初めての食感!
「美味い!!」
後はひたすらこの幸福感にも似た食感を黙々と味わい、気付けば皿の上には何も無い。まさか甘味というものがこれ程までに幸福感をもたらす物だとは思いもしなかった。
アスタロトはその様子をニコニコと満足げに眺めていた。ふと横を見ると、朱雀も良い笑顔で黙々と食べてる。たまに目を細めて、ほおぉ~~っと美味しさの余韻に浸っているのか周囲に花が舞い踊っている感じがする。
小人にはアスタロトが食器も小人に合わせて小さな物を用意し、食べやすく小さく切って。彼は、ちまっとしててかわいい~と和んでいる。だが、座布団に胡座掻いて
『美味ぇ~!』
と口いっぱいに頬張って…絵面的には親父だな。
残ってもマジックバッグに入れておいて後で食べようとかなりの量を焼いていたから、惜しむことなく満足の行くまで食べることが出来た……どれだけ食べたんだよ、俺……。
「晩御飯要らないかも?」
「いや、別腹だろ」
晩御飯は何だろうな?
※※※※※
♪しとしと…っ……ん、しと………♪曲調は淋しい感じなのだが、アスタロトが歌っていると楽しげに聞こえる。そのうち両手の人差し指で四角をなぞって♪これっくらいのっ♪と身振りを加えて本当に楽しそうだ。
相変わらず雨がしとしと降る中、アスタロトと俺は小人を連れて森の直ぐ傍まできた。
読了、ありがとうございます。
<(_ _)>
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