43.人間社会には興味は無さそうだ(39)
「そっか~。その聖都の『聖樹』が移動してきたのかと思った。根っこは続くよ何処までもって感じで」
と、アスタロトは普通の木と同じ様になった『大きな木』を見上げて言った。
「アスタロト様」
アーリエルさんに呼びかけられてアスタロトが振り向く。
「アスタロト様のお力で、聖都の『聖樹』を元気にしていただけないでしょうか」
えっ、随分と直接的な言い方だな。俺とルゥさんがびっくりしてアーリエルさんを見つめる中彼女は胸の前で手を組み、翠の瞳が潤んで、でも祈るような真剣な面持ちでアスタロトに懇願する。
「本当はわたくしがこのようなことをお願い出来る立場には無い事は充分承知しております。ですが」
「承知しているのであれば、願い事など口にはしないよね」
腕を組みながら温度の感じられない声音でアスタロトはアーリエルさんに告げる。普段の彼からはほど遠い人当たりの冷たさだ。ルゥさんがびっくりした顔のまま彼の方を向き、アーリエルさんは口をはくはくと開けたり閉めたりするも言葉が出てこない。雨粒がそこら中に浸みていく音がこの場を埋め尽くす。
その静けさをしばらく味わった後、アスタロトは
「アーリエルさんの痛みを取り除いたのは、私にその必要があったから。大体、ルゥさんにかなりの力を渡しているんだし。そういうのは先にルゥさんに言うべきことじゃないの?」
とルゥさんに視線を向ける。
アーリエルさんとルゥさんは顔を見合わせ、だがアーリエルさんは直ぐに俯いてしまった。『聖樹』というのは昨日、教会の地下での白修道服との会話で聞いたな。俺やアスタロト、この大きな木とどのような関わりがあるのやら。
などと考えていると、ルゥさんが
「聖都の聖樹のことは、私が対処いたします。アーリエルにはお咎め無きよう、何卒よろしくお願い申し上げます」
とアスタロトに頭を下げる。
アスタロトは、はぁ~~、と息を吐きつつ
「別に咎めるつもりは無いよ。依頼先が違うって指摘したかっただけだし」
と相変わらず冷ややかな瞳で淡々と言葉を連ねて
「ルゥさんが手に負えなさそうだったら、早めに知らせてくれればこちらで対処する。でも」
彼は一旦言葉を止めるとルゥさんとアーリエルさんを交互に見て
「まず、自分達でやってみて」
と、やはり淡々と温度の感じられない声音で提案、というよりは命令か?『自分に関わるな』と暗に伝えているのかもしれない。彼はこの大きな木との会話を邪魔されたのが余程気に食わなかったのだろう。彼の機嫌の悪さに応じて周囲の空気が刺すように冷たくなってきた。こんな寒い中突っ立っていたら、風邪引くぞ。
「ロト」
冷気から護るように俺はアスタロトの肩を抱いた。いや、冷気の元は彼なのだが。彼は表情を変えず、しかし組んでいた腕を解いて俺の顔を覗う。その瞳には冷ややかさはもう感じられず、ほっと安堵する。
俺はルゥさんとアーリエルさんに
「俺達はこの大きな木に世界のことをいろいろ訊きたいと、まず挨拶を交わしたところなのだが、あなた方の気配を感じた途端に静まり返ってしまい殆ど言葉を交わすことが出来なかった。あなた方が意図したことではなかったのかもしれないが、ロトが不機嫌になるのも当然だろう」
そう話すと、ルゥさんは恐縮して
「軽率な行動を取ってしまい、本当に申し訳ございませんでした!」
と謝罪の言葉を口にした。
「うん、次からは気を付けて」
アスタロトは若干面倒くさそうに応えた。が、唐突に
「昨日、空飛んだ時にね、凄く景色が良かったの」
と昨日のことを話し始めた。
「でもね、なんというか大気がしん…湿っぽくて、うっ…憂いに満ちた感じで、晴れてて気持ち良いはずなのに何故だろうって。それで今いろいろと原因を探っている最中。大聖女って呼ばれてたアーリエルさんの痛みを取り除いたら、少しは改善するかと思ったのだけどそれほどでもないし」
あぁ、確か誰かが誰かに『逢いたい』と言っていたな。結局それはアーリエルさんがルゥさんに逢いたいと願っていたのだと思うが、再会後もまだ憂いが晴れないのだろうか。
と、ルゥさんは、はっ、と何かに気付いたのか
「では、アスタロト様は人間社会のような狭い括りでは無く、世界全体を見ておられるということなのですね」
アスタロトについては世界全体を見ているかどうかはともかく、人間社会には興味は無さそうだぞ。
「うん、まぁ、そんなところ」
適当な返事をしたな。だが
「湿っぽいのは雨の所為だけではない、と」
俺の呟きをどう捉えたのか、アスタロトは何か含みをもった眼差しを向けた。
「この大きな木に尋ねたら少しはわかるかな?って思ったのだけど」
「だが、空を飛んだ時はこの木はそこまで目立たなかったが」
「単に話がしてみたいっていうのもあるけど」
とアスタロトは頷くと
「この大きな木は引っ込み思案なんだよ、たぶん。なんとかお話し出来ないかもう少し頑張ってみるから、ルゥさん達は戻っててもらえないかな」
アスタロトのお願いの体の命令だな。
ルゥさんは
「畏まりました。お邪魔をして申し訳ございませんでした」
とお辞儀をして、まだ何か言いたげな様子のアーリエルさんをさっと抱きかかえて住居に飛んでいった。
「あっさりと引き下がったな」
と俺はルゥさん達が飛び去った方を仰ぎ見た。
「監視は強めたっぽいけど、まぁ、無駄」
「監視?今までも見られていたのか?」
それはわからなかった。
「うん、ちゃんと音声無しモザイク状にしてた。でしょ?」
『うん。全く遮断すると却ってしつこく詮索されるかもって』
剣、有能だな。
「そうか。油断ならぬ者だな」
俺とアスタロト、同時に、はぁ~~、と盛大に溜息をついた。
「で、さっきの騒ぎは隠しきれなかったのだけど、お話しは出来そうかな?」
とアスタロトが大きな木に語り掛ける。するとそれに応えるように木の全体がふるるっと細かく震えて淡い光の玉が一つ、ホワンと降りてきた。
彼が両手を皿のようにして受け取ると、ポヨンと弾んでパラッと弾け、中から先程たくさん並んでいた小人が一人、現れた。
手の平大で2.5等身、薄黄土色の小人。つぶらな黒い瞳に赤みがかった団子っ鼻、頭の上のひょんと伸びた先には白い蕾が揺れて……アスタロトが小声で♪……食べ~られる~♪と呟いたのが耳に入ったのか、恐怖で震えているように見えるのだが。
アスタロトは
「こんにちは。邪魔者は退散したからゆっくりお話ししたいのだけど、君に話し掛けるってことでよろしい?」
と手乗り小人さんに話し掛けてから、大きい木を仰ぎ見る。
大きい木がさわさわと枝を揺すると、雨粒がパララランと落ちてくると同時に小人が
『へいっ。さいでがす。よろしくお願ねげぇ致します』
とちょっと高めのだみ声で返事をした。
「え~っと、さっきの話の続きをしたいのだけど、君はこの木から離れてもこの木と意思疎通が可能かな?であれば、お部屋に戻って寛ぎながらお話ししたい」
とアスタロトが提案すると
『へい!その為のわっちでございますんで』
親父みたいな喋り方だな。
『力の化身様のお側に居させていただければ、眠っている時以外はいつでもお話しさせてもらいやす』
読了、ありがとうございます。
<(_ _)>
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