40.人間共には関わらない(36.6)
「それで私共に力を得た時の事を詳しくお訊きになられていたのですね」
とルゥさんは納得したように頷いた。
「うん。私も何の疑問も違和感も無く初めから魔法を使ってたから」
確かに出会った当初から使い慣れたモノのようにいろんなことをポンポンとやってたなぁ。
「因みに」
アスタロトは脚は組んだまま、膝の上に手を組んで乗せて
「この世界では魔法って誰でも使えるものなの?」
「いいえ、昔は使えた者もいたようなのですが、今は殆どおりません。ただ…」
とルゥさんはアーリエルさんを見て
「聖女が祈ることで奇跡が起きる、と。実際は私の力を彼女に移して代行させたものですが」
魔神の力を聖女に移して使う。俺がアスタロトに力を貰って空を飛んだのと同じだ。
「じゃあ、アーリエルさんもルゥさんと同じ魔法が使える?」
アスタロトは畳みかけるように訊いていく。
でもアーリエルさんはふるるっと首を横に振り
「わたくしに出来たのは土地を肥やすことと傷病を癒すことだけです」
と俯く。
「それって、凄いことなんでしょ?それとも『聖女』としてはそれ以上のことを求められるとか?」
とアスタロトがルゥさんに訊くと
「えぇ、もちろん凄いことです。ただ、私が閉じ込められる直前は効果がかなり弱まっていましたが、それはおそらく私の力が弱まった所為かと。それで……アスタロト様としてはアーリィの紋様を取り除きたい、とお考えですか?」
ルゥさんの眉が下がってる。紋様に対してはやはり思うところがあるのだろう。
「痛みを取り除きたいと思ったのだけど。でも紋様はルゥさんとの絆のようなもので、アーリエルさんにとってはたぶん必要不可欠だし」
アスタロトは自分の見解・意見だけを淡々と答える。アスタロトとしては『紋様』ではなくまず『痛み』を取り除きたいのだろう。ただ、それにはどうしても『紋様』を避けては通れないという感じだ。
「現時点では、ルゥさんに渡した力でなんとか出来るのであれば、私はこれには触らない方が良いと思う。……出来る?」
アスタロトがルゥさんの目を覗き込むように確認をとると、ルゥさんは居住まいを正して
「はい。アーリィにとっての最善を尽くします」
と答えた。その姿をアーリエルさんは潤んでキラキラした瞳で見つめる。
ルゥさんが単独で対処出来るのであれば、俺達は関わらなくても良いよな。とアスタロトの方を向くと、安堵したようなふわりとした笑顔を見せた。
か わ い い 。
いや、不意打ちだろうこれは!さっきまであまり温度を感じさせない淡々とした対応からの!一仕事終えたね、お疲れ様って感じの労いというか解放感というかうわあぁぁ~~~!!俺は堪らず手で口を覆ってアスタロトから顔を背けてしまった。顔どころか全身茹だったみたいに熱い!
「ですが、昨日捕獲した御使いを尋問することで、それらの疑問は解決するのではありませんか?」
とルゥさんから尤もな意見が出る。そういえば彼らには伝えていなかったな。
俺はさっと姿勢を戻して
「出来ればそうしたかったのだが」
と応じる。顔は火照ったままだが。
「奴は捕獲器毎、監理者側に接収された。故に奴を尋問することは出来ない……どう締め上げようかとそれなりに考えていたのだがな」
加虐嗜好は持ち合わせてはいないが、やられた分はやり返したかったかもな。アスタロトがこの世界での自分達の立ち位置を確認するように言葉を連ねる。
「あのね、お二人の思いがどうかはともかく。私とガンダロフは、この世界については監理者の分身体さんから、まぁ要約すると『二人で幸せに過ごす。好きにして良い。人間共には構うな』と言われたから、人間に対しては付かず離れずの姿勢で接していく所存です」
だよね?と俺に目線で同意を求めたのに応じて
「あぁ、それと『やられたらやり返せ』とも言われたからこのような状況になったが、あまり他人と触れ合わずに二人で静かに平穏に過ごして生きたいと思っている」
「それは…民衆に紛れて暮らしていく、ということでもなく人と交流を持たずに生活するということでしょうか」
ルゥさんが少し残念そうに訊いてくる。
「アスタロト様もガンダロフ様も、望めば王侯貴族階級と同等の暮らしを手にできる力をお持ちですのに」
おそらく彼としては力を持つ者を野放しにはしたくないのだろう。……為政者の思考だ。
「でもね」
アスタロトは静かに答える。
「誰かに利用されるのも利用するのも嫌だから。そういう駆け引きと無縁のところで生きたい。…ルゥさんにはかなりの量の力を分け与えたから、それで充分でしょう?私は人間社会には我関せずの方針だから、ルゥさんの好きにやったら良い」
「それでは、わたくしは聖女の役割からは逃れられないということでしょうか…」
とアーリエルさんは俯いてポツリと呟くと、ルゥさんが悲しそうな申し訳なさそうな表情で彼女を見た。
それに対してアスタロトは
「『聖女』の役割がどんなものかは解らないけど、もうこれ以上は辛くて嫌だと思うのであれば引退してここに住むとか?」
とさらっと言う。
えっ、ここに?俺達と同居?聖獣達はともかく、ルゥさん達まで暮らすとなれば、かなり賑やかというか、面倒というか、えぇーー……。
「あ、でもお世話する人、いないんだよね。私達がここを見つけた時には誰もいなかったし」
アスタロトの言葉に
「誰もいなかったというのは?」
とルゥさんが反応する。俺達が排除したとか思っていそうだな。
「言葉通り、誰もいなかった。大体、俺達が洞窟の地下に呼び出された時も、大人数の読経や叫び声が聞こえたのだが、気付けば誰もいなかった」
ルゥさん達は怪訝そうに顔を顰めて俺の説明を聞いている。あの時はアスタロトに目を覚ましてもらうのに必死で、周囲を見回す余裕は無かったから、本当に誰の姿も認めてはいない。というか、見られていたらかなり気まずくないか?
「貴方方は何もしなかったと?」
と、ルゥさんが鋭く訊いてくる。険がある言い方だ。
「何を?突然移動させられて、何が出来ると?ロトは昏倒して意識が無かったのに?」
俺は不快感丸出しで応戦する。ルゥさんにしてみれば、もしかしたら仲間が消されたということになるのかもしれないが、俺達にはいい迷惑だ。
と、アスタロトがむにむにと何か呟いていると思えば
「で、気付いたらべしょべしょ……」
はっ!彼にとってはこの世界で目覚めた時の印象はあの『べしょべしょ』なのだろう。もうこれは一生変わらない。あの時の事を振り返る度にあの不快感を思い出させてしまうなんて、俺はなんて罪深い事をしてしまったんだ!だが、あの時は本当にどうしようもなく、いや、それは言い訳にすぎない。気持ち良くて途中からは貪るように…。
「……済まなかった……本当に…その……」
俺は謝罪の言葉を口にすると、真っ赤になった顔を両手で覆って俯いてしまった。羞恥で顔が上げられない。
読了、ありがとうございます。
<(_ _)>
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