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聖者のお務め  作者: まちどり
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4.ずっと傍にいる(3.5)


 彼も顔を上げて見る。達成感満載の笑みで

「うん、頑張った!上出来!」

 そう言ったのは確かに彼だった。俺のかわいい人。


 だが次の瞬間、姿は変わらないのに中身が変化した。自分でも何故そう感じたのかは解らない。が、確実に違うモノ。

「ここまで素晴らしい物を出現させてしまうとは、予想外だ。今回の依り代は力の使い方に随分と長けている」


「……ロト?」

 ソレは感心したように見入っていた剣から俺に目を移して

「あぁ、これは其方の為の得物だったな。だが、このままでは物騒だ」

と左手を剣の中程に翳すと、剣は瞬時に鞘に収まった。余り装飾を施されていない簡素な品。


「これも必要だな」

 俺の腰に剣帯を出す。訝しげに見ている俺と目が合うと、ソレは一拍置いて苦笑した。

「我も甘い」


 あぁ、その困ったような、でもしょうがないという感じの笑みは彼と同じで。一体何が起こっている?俺は混乱と困惑で、ただただ彼を見つめ返すことしかできない。


「依り代は其方のことを気に懸けていたのでな。その思いに我が引っ張られているようだ。」

「……依り代?」

「力の受け皿となり、この世界に魔神として顕現させるものだ」

「っ?!魔神?!魔神って……君が?!」

「依り代の質によって我も変化する。魔神といえど様々だ」


 ソレは愉快そうに笑った。

「話してやろうか?何故其方は此処に居るのか」

 そして語りはじめた。遠い目をして剣を握ったまま長々と。




「この名も無き世界は創主の手を離れて久しい。監理者とその眷族も一度手を離れた稼働中の世界への介入は難しい。

 この世界は世界の維持活動に関わる力の調整と循環にやや問題があり、吹き溜まりにゴミが溜まるように力が溜まる。放っていると周辺を巻き込んで空間が歪み、穴が開いて面倒なことになるので、定期的に除去するのだが。


 とある監理者が世界への介入の簡素化及び力の有効活用として、力が自律的に自身の還元を行うようにと自我を与えてみた。依り代を用いた力の魔神化だ。その行動のほとんどは破壊活動もしくはそれに準じるものではあったが、それに至る過程が興味深いものだったことで、以降はその方式で処理されている。

 大概の破壊活動は、まぁ、想定内だ。最悪世界に穴が開かなければ良いし、開いたとしても塞ぐ方法はある。修復出来なければ廃棄だがな」


 長いな。まだ続くのか。


「で、力を還元処理する過程でのいわゆる依り代の魔神化、という訳だが、生物の住環境の急激な変化を抑えるのとある程度の方向性を持たせる意味で、抑止力としての存在を加味した。魔神と対になる存在、魔神の力を打ち消す又は転用する存在。

 仮に聖者と呼称するが、この力を得た依り代というものは人間共にとっては凄く魅力的なもののようで、人間共は自分等の都合の良いように聖者を扱う術を編み出した」


 ふと、周囲の白い靄が薄くなっており、靄の向こう側に居るらしい大勢の者がさわさわ、ざわざわと囁きあっているのが聞こえる。


「人間共は役目の終わっていない魔神を無力化し、時に聖者に魔神が為すべき責務を負わせたが当然処理出来る訳が無く、そしてそれを何度も繰り返すことで今、そのしわ寄せとして世界維持の力の調整及び循環にかなりの負担が掛かっている」


 ソレはふぅ、と一息吐くと、俺を見た。


「そこで、今までの依り代はこの世界の中で任意で選別を行っていたが、今回についてはこの世界の外から監理者が選別を行い、強大となった力の制御の助力又は抑止力としての存在も外から招致した。其方だ」


 ざわざわと五月蝿いな。というか今、何と言った?


「……は?俺?……聖者?俺が?」

 とてもそうは思えないのだが。


 周囲は薄暗く、ざわめきは読経のように調い大きくなっている。

「人間共が其方を呼び寄せようと必死だな。手を放せば彼方に行けるぞ」

「行く訳が無いだろ」

 俺は両手に改めて力を込めた。

「俺は君が、ロトが……好きだ」

 顔が熱い。

「君の傍にいたい。君の笑顔をずっと見ていたい」


 身体中が熱い。だから彼の手から温もりを感じなくなっているのがとても不安で。

「ずっと傍にいる」

「……苦労するぞ」

「承知の上だ」

「いや我がだ」


 ソレは、はあぁ~~~っと深く息を吐くと

「まぁ、彼等にはかなり手を煩わされて、仕返しせねば割に合わぬと思っていたところだ。このまま贄となってもらうとしよう。丁度良く場が調っているし静かにもなる」

とニヤリと悪い顔で笑った。コイツ、やはり彼とは別物だ。


「では、健闘を祈る」

 そう言うなり、彼は静かに崩れ落ちた。


「はぁっ?!ロト?!アスタロト!」

 慌てて彼を抱き留める。まるで人形のように動かない。体温も鼓動も感じられない。息をしているのかどうかも判らない。俺が焦り過ぎている所為か?


 周囲は薄暗く冷え冷えとしていて、石造りの広間のようなところの床に薄らと光る線で魔法陣が描かれており、その真ん中に俺はアスタロトを抱えて蹲っていた。微かに漂ってくるのは、これは血の臭い。息苦しい。


 魔法陣の外に居る奴等は興奮状態で「成功だ!」「聖女か?」「あれは魔神ではないか?!」「既に聖剣を携えているぞ!」等々口々に叫びまくっている。煩い。


 血の臭いに何かが焦げたような臭いが混ざって、全身に絡み付いてくる。息苦しくて気持ち悪い。


「アスタロト!」

 反応は無い。臭いが絡み付いて、口から鼻から耳から目から皮膚の穴という穴から染み込んでくる。身体が重い。これは…呪いか?


 アスタロトの顔は血の気が無く、本当に人形のようだ。頬に手を添えようとして、剣を持ったままだったことに気付く。


『ガンダロフが想像した通りの武器が出来るように。願わくば、その武器が彼自身と彼が大切に思うものを守るよすがとなるように』


 彼の祈りを思い出す。俺が守りたいのは。


「アスタロト」


 身体の奥から熱い何かが湧き上がる。


「好きだ。アスタロト」


 どこからか甘い優しい香りが漂う。


「男とか魔神とか関係ない。そんなことは本当にどうでも良い。好きだ」


 甘い優しい香り。あぁ、アスタロトの香り。とても幸せな気持ちになる。


 周囲のざわめきが歓喜から困惑、そして混乱から恐怖へと変わる。魔法陣が一瞬輝き、言葉にならない叫び声が広間中に響き渡り唐突に静かになる。


 静寂と暗闇。


「アスタロト」


 反応は無い。と、彼の顔にポタポタっと滴が落ちる。あぁ、俺は泣いていたのか。涙どころか全身が噴き出た汗でびっしょり濡れて、熱い何かが身体中を駆け巡る。急に静かになったからか、シィーーーーと高い小さな音が響く。甘い優しい香りは拡散して薄まる訳でもなく、更に芳醇さを増していく。


 俺は握り締めていた剣をアスタロトの胸に抱かせるように置き、改めてしっかりと彼を抱き締める。俺の身体の熱が伝わるように。


「ロト。アスタロト」

 反応は無い。


『お伽話では軟派な王子が昏倒してる姫にキスしてたりするよね。『運命の人!』とか言って』


 キスしたら目を覚ます?王子でも姫でもないが、運命は感じる。……俺だけかな。


「アスタロト、好きだよ」


 俺は彼の唇にそっと口づけた。柔らかい、だが冷たくも温かくもない感触に生きている気配が感じられなくて、胸が痛む。せめて俺の身体の熱が伝わればと、優しく食むように口づける。何度も何度も。


 頬に少し赤みが差してきた。はぁぁ、かわいい。今も漂う甘い香りと相まってお花畑で眠っているようだ。


「かわいい。好きだ。俺のアスタロト」


 もっと俺の熱が伝われば目が覚める?彼の身体を抱え直してもう少し密着させる。鼓動が煩い。このドキドキも伝わるかな。彼の額と頬に口づけて、肌の感触を味わう。しっとり柔らかくて、ほんのりと温かくて。


「目を覚まして、声を聞かせて」


 唇を重ねる。深く、俺の熱がアスタロトの身体を巡って温めるように。


 すると突然、ちゅっっ、と軽く吸われた。びっくりして口を離してしまったが、心地良い刺激、快感に頭が痺れる。身体の奥から湧き上がる熱が治まらない。


「アスタロト」


 静かにだが確かに呼吸をしている。彼の頭を撫でてからまた呼び掛ける。


「アスタロト」


 彼はゆっくりと瞼を開いた。意識がぼんやりとしているようだ。覗き込むと黒い瞳の奥にキラキラと星が煌めいている。


「気が付いたか、はぁ、良かった」


 ポタポタと涙が彼の顔に滴る。不快に感じたのか、むぅっと顰めた顔が急に目を見開いて俺の名前を呼んだ。


「ガンダロフ」


読了、ありがとうございます。

<(_ _)>

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