33.大きな木(31)
「主」
麒麟が少し心配そうに声を掛ける。
「もしこの者共から直接聞き出したい事が無ければ、後の尋問は我々で行いますが、よろしいでしょうか。出来れば主にはますたーの傍に付いていて欲しいのです」
「あぁ、もう少し訊いたら後はお前達に任せよう」
どうしても今、訊いておきたい。
「フータツ、白修道服…ラクーシルと言ったか、これを見て何と言っていた?」
石二つと指環を見せながらフータツに問う。
「えぇっと、 ラクーシル様は『なかなか綺麗な物を身に着けている』と仰って、ご自身で外そうとなされましたが、何故か弾かれて触ることが出来ませんでした」
「えぇ、バチィーッと凄い音がして」
「今はフータツに訊いている」
オイッチョに注意をすると、
「はいぃぃっ!失礼をいたしましたっ!」
恐れられているのか?…目の前で味方の兵士を斬り伏せて消しているんだ、恐れ慄くのも仕方あるまい。はぁ。
「それで?」
フータツに続きを促す。
「そそそそれでですね、えぇっと、ラクーシル様は『忌々しい!』と仰って、オイッチョに取るように指示されました。……い、以上です」
これを『綺麗』だと言ったのか。拒絶反応を示されて『忌々しい』と言うのは理解できるが。見た目の美醜感覚は俺やアスタロトとそう変わらないのだな。
「お前達はこれをどう思う?オイッチョ」
オイッチョはパチパチっと数回瞬きをして
「き、綺麗です、が、それよりも胸元に入れていたときに、なんというか…暖かいというか、安心するというか、えぇっと」
上手く言い表すことが出来ない自分自身がもどかしいのか、オイッチョの表情は段々と焦ってきた。
「うむ、気持ちはなんとなく伝わった。そうか」
暖かい、安心する、か。
「フータツ、お前はどう思う?」
フータツは少し困ったように眉を下げて
「私は、ただ、綺麗だとしか……」
他に何があるんだ?と目が言っている。
「あぁ、これに触れていなければたぶんそんなものだ」
と言うと、フータツは納得したように頷いた。
「では、後はお任せください」
「あぁ、頼んだぞ」
兵士のこと、ラクーシル大司教のこと、侵入経路のこと等々訊かねばならないことはたくさんあるが、まずはアスタロトを休ませよう。というか、逢いたい。俺は住居へと足を向けた。が、
『主』
「剣、どうした?」
『今行っても、ますたー施術中。まだ時間がかかる』
「難航しているのか?」
『綺麗なお肌を取り戻す為に頑張ってる』
俺は足を止めて、しばし考える。アスタロトの邪魔はしたくない。
「そうか。剣から見て、アスタロトの施術はまだ時間がかかるし、俺が直接手伝える事も無い、と」
『うん。それで、主にお願いがあるの』
頼み事か。
「何だ?」
『今日生えてきた大きな木をよく見て見たいので、連れてって』
俺達が捕まる前も目立つ大きさだったが、より少し大きくなったか?葉がさわさわと重なりあい、優しく包み込むような雰囲気は変わらない。木に辿り着く前に、馬達が寄ってきた。
『敵?怪我、無い?大丈夫だった?』
グラナが訊いてきた。心配していたようだ。
「あぁ、みんな無事だ。心配ない」
『アスタロト、凄く怒った?』
ここからは見えないはずだが、何かわかるような兆しでもあったのか?
「あぁ。こちらでも何かあったのか?」
『木が怒ってた』
は?
『怖かった』
グラナは木を見上げた。
「これが?怒った?」
俺も木を見上げる。
「今は穏やかだな」
木が怒る?どんな状態だったんだ?アスタロトの感情に呼応しているのか?
『みんな、無事。良かった』
グラナは俺の方を向いて、ヒンッと安堵したように鼻を鳴らした。俺はグラナの鼻面を撫でながらお礼を言う。
「心配してくれてありがとう。グラナ達は何事も無かったか?」
『大丈夫。ありがとう』
木を見上げながら傍まで歩く。大きくなったなぁ。今では一番下の枝に俺の手が届くかどうか、という高さだ。幹の太さも俺とアスタロトが腕を伸ばしても、囲いきれない。幹に触れながら剣に話し掛ける。
「これが何の木かわかるか?」
『名前は知らない。ますたーが大地に『笑え!』って力を贈ったから、そのお返し?』
「お返しで木が生えるのか。凄い世界だな。で、何をしたい?」
と剣を抜いて、尋ねる。
『もっとこの木のことを知りたいから、剣を木の幹に当てて』
言われた通りに剣を木の幹に当てる。お互いが傷つかないよう注意深く、優しく。剣が淡く光り、それに呼応するように木が細かく震える。まるで会話をしているような、というか、実際そうなのかもしれない。お互いの情報交換といったところか。
やがて、剣の光と木の震えが収まった。お互いの充足感が伝わってくる。
「もういいのか?」
『うん、ありがとう。いろいろ教えてもらったから、整理して後でお話するね』
「そうか、楽しみだな」
ザザザッと頭上の枝が揺れた。何者だ?と構えたが
『大丈夫。二人にお手紙だって』
と説明を受けている間に、緑の葉が2枚ひらひらと落ちてきた。逸れることなく俺の前方に落ちて、否、降りてきたそれを難なく摘まむ。爽やかな青い香りが辺りに拡がり、1枚は淡い光になって俺の胸元に吸い込まれた。
「……『来てくれてありがとう これからもよろしく』?」
はっきりと言葉として聞こえた訳では無いが、そのような意味のことを感じた。俺は幹に触れながら
「こちらこそよろしく」
と返した。
「残った方はアスタロトへの手紙だな」
『うん、そろそろいい時間』
次はアスタロトと一緒に来る、と手を振れば、木もそれに応えるようにさわさわと葉を揺らした。
※※※※※
「まだ、終わって無さそうだな」
寝室の扉の前。静かだが、アスタロトと複数人の気配を感じた。
『うん、隣の部屋で待っていよう』
隣の部屋か。おそらく今日からしばらくはこちらで過ごす事になるのだろうな。扉を開ける。ほぉ、寝室よりは狭いが、それでも二人で過ごすには充分な広さだ。ベッドもそこそこ大きい。と俺は思うが、アスタロトはどうだろう……。
テーブルに鎖の切れたペンダントと指環、先程のお手紙という名の緑の葉を置き、上着を脱いでソファに身を沈める。確かに疲れたな。だが、心地良い疲れというか、うむ、悪くない。
少し呆けていたら、コンコンコンと3回ノックの直ぐ後に扉が開いた。目を遣ると
「ガンダロフ、お待たせ」
解放感溢れる笑顔でアスタロトが入ってきた。かわいい。
「俺も先程着いたところだ」
と返す。
テーブル上のペンダントと指環、緑の葉を見ながら彼は俺の隣に座って、どうぞ、と俺の前に冷えた水入りのコップを置いた。
「ありがとう」
と直ぐに一気に飲んだ。美味い!俺の飲みっぷりを見て
「喉、渇いてた?お代わりいる?」
「あぁ、頂こう」
彼は再びコップを水で満たしてくれた。水を口に入れてから自覚したのだが、相当喉が渇いていたのだな。ふと、彼と目が合う。彼は俺が水を飲むのを嬉しそうに目を細めて見ていて、俺が飲み終わると満足そうに自分の手元の水を飲んだ。
アスタロトがふぅ、と一息ついたところで
「すまない」
と俺は謝罪の言葉を口にした。彼は怪訝な表情を浮かべる。
「鎖が切れてしまった」
と俺はテーブル上のペンダントと指環と鎖を手に取り、鎖の切れた所を分かり易く見せた。すると彼は
「引き千切られたの?痛くなかった?」
アスタロトは鎖よりも先に俺の首に手をやる。え、俺の心配?その細い鎖に何か仕掛けでもあったのか?いやそれよりも急に寄られて首筋を撫でられるとか気持ち良くて嬉しくなるのだが?!あぁ、いや今はそれは置いといて!
「容易に切れたと言っていたから、擦った跡も無いんじゃないか?」
と俺が答えても、彼の観察は終わらない。彼の熱い視線と優しく触れる指の腹の感触、時折掛かる甘い息。これが夜、ベッドの上であれば俺の理性は容易くぶっ飛ぶぞ。いや、今だって抑えているのが大変だ。全身が熱い。
俺は、アスタロトの両手を首から外し優しく握ることでその衝動を押し止める。
「それにもし跡があったとしても、助けてもらった時におそらく治っている」
読了、ありがとうございます。
<(_ _)>
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