32.昼寝(30)
シーーーー……と一時、静寂が場を支配する。アスタロトは白修道服が収まったボールを拾い上げて呟く。
「ゲット……したくなかったなぁ」
「捕獲、したのか?」
「うん、呆気なかったねぇ。やっぱり上司が怖いんじゃない?」
アスタロトがのんびりと答える。
「隙を覗って脱出するのではありませんか?」
ルゥさんが大聖女を抱き締めたまま彼に訊く。
「うん、彼が出ようと思えば直ぐにでも出られるからねぇ」
は?なんだそれは?!彼は説明を続ける。
「これね、ある秀逸な捕獲器を真似た、所謂模倣品だけど、まぁ、捕獲器に独創性とか要らないから。必要なのは捕獲するという役割をしっかり果たせる機能。ボールの中は、凄く快適なの。出たくなくなるくらいに」
「それでは直に回復して抜け出してくるのでは?」
ルゥさんが不安げに疑問を投げる。だが
「まさかとは思うが、快適に過ごせる場所からわざわざ出てこない、と考えているとか?」
何故そういう考えに至るのだ?
「快適だから、力が回復しているように感じるし、本物は実際どうかはわからないのだけど」
彼はボールを見ながら更に説明を続ける。
「これ、快適空間を維持するには、自身の力をそれとなく使用する仕組みにしたの。もちろん脱出したら警報がなるし、今のところ結界の中に入れておくつもりだから、人知れず脱出して悪さをすることはたぶん出来ない」
彼は腰程の高さの台を部屋の真ん中に出現させて、そこにボールを置く。その上から結界を張って、上部と下斜めから光を当てた。部屋の薄暗さと相まって、凄く目立つ。
「これでお終い。さて、次は」
と振り返った彼は満面の笑みを浮かべてる。このような扱いを受けて、白修道服はどう思うだろうか。いやもう、苦笑するしかないな。対してルゥさんと大聖女は、何故か敬畏の眼差しで彼を見つめている。
「凄い……あの御使い様を封じ込めるなんて」
「同じ『魔神の力』を持つ者とは思えない」
ただただ力の差があり過ぎたということではないかと思うが。
「ガンダロフ、具合は悪くない?」
アスタロトは俺の傍まで歩いて様子を聞いてきた。
「あぁ、もうすっかり元通りだ。ありがとう」
彼は花が綻ぶようにふわっと微笑む。
「良かった。剣ちゃんと聖獣達も頑張ったね。ありがとう」
『どういたしまして!』
「勿体なきお言葉!」
全員無事でなによりだ!
次にアスタロトはルゥさんと大聖女に声を掛ける。
「ルゥさんと彼女さんは住居に戻ってからじっくりと身体検査を行いたいのですが、よろしいですか?」
そういえば大聖女に対して『傷が痛そう』とか言っていたな。ルゥさんは
「はい。私は大丈夫です」
と言って大聖女を見る。大聖女は
「はい。わたくしもしっかり診ていただいて、是非痛みをどうにかして欲しいと切に望みます」
と潤んだ瞳で彼に懇願する。おぉ、聖女のお願い、凄い威力だ。彼はニコリと笑みを浮かべて
「うん、こちらこそよろしくです。じゃあ移動の前に、ガンダロフ」
ん?俺?
「ちゃんと紹介しておこうと思って」
と彼は俺の隣に立ちルゥさんと彼女さんに向き合う。
「改めてはじめまして、私はアスタロトと言います。この世界のたぶん余剰力に自我が宿ったものです。こことは違う世界の人の記憶の一部分を持ってます。で、彼はガンダロフです。こことも私の記憶の人とも違う世界から来た人間です。前は軍人さんで隊長さん……だよね?」
「あぁ、平民部隊長を任されていた。俺はガンダロフだ」
確かにまともに名乗ってはいなかった。
「では私共も改めて。私はルドラと申します。あの珠に囚われるずっと前に人間としては亡くなっている者なので、混乱を避ける為に別称を名乗っておりましたことを、お許しください」
と言って頭を下げる。
「あのっ、わ、わたくしはアーリエルと申します。この度はルドラを珠から出していただき、本当にありがとうございました」
と言って頭を下げる。二人共、息が合ってるなぁ。
灰色修道服の二人は俺と剣、人型になった麒麟、朱雀、白虎がこれから締め上げるとして、アスタロトと人型になった青龍と玄武はルゥさんとアーリエルさんを連れて住居内の寝室に移動することになった。彼のことだから、アーリエルさんの傷をどうにかしないと気が済まないのだろうな。
「あまり無理はさせたくないのだが」
アスタロトが応じる。
「無理はしない。晩御飯も作らなきゃだし」
「それは聖獣達に任せても良いのでは?」
「え~…今度こそマジックバッグの中身で美味しいものを食べたい」
……そうだよな、彼の楽しみの一つだものな。だが、どう見ても頑張りすぎだし、大体昼寝を邪魔されている時点で疲れが殆ど取れていないのだし、出来ればもう休んでほしい……。
「ガンダロフも疲れてるよ、ね?」
どう休ませるか考えていると、アスタロトが話し掛けてきた。
「ん?あ、あぁ」
「じゃあ、お昼寝しなきゃだね」
ニッコリ笑って言うが
「え?いや、俺は」
君を寝かしつけたいのであって
「独りで寝るの、さみしい?」
不思議そうな面持ちで、こてんと小首を傾げる。
「は?え?」
かわいい。いや、そうではなく
「……そっかー。独りで寝るの、嫌だったんだ、私」
と、彼は呟きながら俯いてしまった。……そうだよな、昼寝の真っ最中に襲われたんだ、不安に感じない訳がないじゃないか!そう思ったら、彼を一人にさせるなんて考えられなくなった。俺は彼を抱き締めて
「そうだな。あいつらの片をつけたら、昼寝するか」
今度は無意識に抱き枕にしないように気を付けねば。彼も俺をぎゅっと抱き返して、うん、と頷いた。暖かくて甘い香りがして気持ち良い。このまま眠ることが出来れば良いのに。
※※※※※
心置きなく昼寝を堪能するためには、まず灰色修道服二人の処遇を考えないとなぁ。二人は既に縄で縛られて部屋の隅で正座させられていた。アスタロトとアーリエルさんのお陰で刺すような冷たい雰囲気は無くなったものの、室温が低いのは元々だろうし、それで風邪を引いてもらっても困る。
「尋問は今からか?」
聖獣達に訊く。
「はい。名前と年齢を訊いた所です」
一人は『オイッチョ・32歳』、もう一人は『フータツ・29歳』。白修道服ことラクーシル大司教の傍仕えだとか。
「いろいろ訊きたいところだが、まずはお前達の寝床を用意する必要があるからな」
「我々であればご心配なく。元の小さな姿に戻りクッションの上などで丸まっていれば、充分に休息は取れます」
…ぬいぐるみか?アスタロトが喜びそうだな。
「そうか。ではそんなに大きなものも要らなさそうだな」
灰色修道服二人は天幕の予定だ。寄せてある家具を配置し直せば、なんとかなるだろう。
では、尋問を始めよう。二人が体調を崩す前に、ここで聞き出せるものは聞いておきたい。
「まず、俺が首から提げていたペンダントと指環は何処にある?」
アスタロトから貰った透明な四角い石二つと、持っておくように渡された誰かの大事な指環。この部屋で気付いた時には既に無かった。
「あのっ、私が持っておりますっ。ローブの内ポケットに入れておりますっ」
緊張でガチガチになってるオイッチョの申告を受けて白虎が探る。
「これですね」
「あぁ、ありがとう」
白虎から受け取り点検する。うむ、鎖は切れているが過度に汚れたり欠けたりはしていないな。嫌な感じもしない。良かった。俺はオイッチョに向き合い
「何故お前がこれを持っていたのか、経緯を詳しく説明しろ」
これでアスタロトのような略しすぎてわからない話をされたら、たぶん殴る。あれは彼だから許されるのだ。
「聖者様の紋様を探すのに邪魔になりましたので、ラクーシル大司教の命令で取り外して私が持っておりました」
「取り外したのではなく、引き千切ったのだろう?」
「は、はいぃぃ~っ!誠に申し訳ございませんでしたぁっ!」
俺は左手の平のペンダントと指環に目を落として尋問を続ける。
「……そんなに力を込めなくても容易に取れたのではないか?」
「っ!はいっ!その通りですっ!」
俺は、はぁぁ~っと息を吐いた。アスタロトが俺の首に傷が付くのを嫌がったのだろう。こんな細かいところにまで彼の優しさを感じる。……逢いたい。ついさっきまで傍にいたというのに。逢って、抱き締めたい。
「主」
麒麟が少し心配そうに声を掛ける。
「もしこの者共から直接聞き出したい事が無ければ、後の尋問は我々で行いますが、よろしいでしょうか。出来れば主にはますたーの傍に付いていて欲しいのです」
読了、ありがとうございます。
<(_ _)>
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