31.出るに出られない(29)
「見たというか聞いたというか、問答のようなモノ。……あなたで試してみる?」
「待て、どんな攻撃だったかまず説明してもらえないか?」
アスタロトは思い立ったら即実行。だが、何をするか事前説明するのを習慣づけさせないと、俺の気が休まらない。彼は淡々と言葉を連ねる。
「目を瞑って横たわっている状態でね、問い掛けられたの。
『何故私は『私』なの?
『私』を形作るものは、何?
腕が無くなっても『私』?
脚が無くなっても『私』?
顔が変わったら?』
で、私が『姿形がそのまま私を形作っている訳じゃない』って答えたら、
『じゃあ、
依り代さんの記憶が無くなっても『私』?
ガンダロフのことを忘れても『私』?
どこまで『私』でいられるかな?』
って、なんか愉しそうに言われてむかついたから
『駄目。煩い』って言ったら、目が覚めた」
「アスタロト様もその問答をされたのですね」
「ということは、ルゥさんも?」
ということは、アスタロトがルゥさんと呼んでいるあの男も、あの球に入っていたのか?
「はい。私の時は実際に腕と足をもがれて、その次に記憶を順に奪われて、アーリエルとの思い出だけは奪われたくない、と抵抗しましたら元の姿に戻りました」
そのような特異な攻撃を防いだのか。凄いな、この男。
「あぁ、やっぱり。そんなところかなと思ったら、その通りだった」
そしてまだ倒れたままの白修道服にアスタロトは自身の感想を述べる。
「陳腐。独創性が無い」
「陳腐だと?!独創性が無い訳ないだろう!大体なんでお前達はそんなにピンピンしてるんだ!この化け物共!」
白修道服はガバッと上半身を起こすと、そう喚き散らした。胸の穴はまだ完全に塞がってないのに、何故そんなに元気なんだ?灰色修道服二人が、ひぃ~~、と悲鳴を上げる。
アスタロトは更に続ける。
「おそらくだけど、あなたと私に力の差があり過ぎて、単なる質問にしかならなかったと思う。あっ!どちらかと言えばその後の方が酷かった」
「あの、自分が一番心を砕いている存在に自分を攻撃させる、というものですか?」
ルゥさんの顔が辛そうに歪む。彼の場合は腕の中に収まっている大聖女に攻撃されたのだろうか。白修道服がいやらしい笑みを浮かべている。
「私の時はガンダロフモドキが攻撃してきたんだけどね。何だろう、一目見て『違う』って感じだったから『出直してこい!』って言ったら、もっと酷くなって見るに堪えられなかった」
……『ガンダロフモドキ』。もう、始めから『モドキ』なんだ……しかも、出直してきたのがもっと酷くなって見るに堪えられなかったって……。一体どんな容姿の俺が出てきたんだ?
「それで『切り捨てた』って」
麒麟がボソッと呟く。そうか。きっと躊躇も容赦も無かったんだろうな…。
「精神的苦痛を与えて弱らせようってことだったら、確かにあれは酷かった。主に造形が」
「ちょっと待て!『主に造形が』ってどういうことだ?!」
白修道服が元気に抗議する。胸の穴が完全に塞がるにはあともう少しというところだ。しかし、結界に閉じ込められているにも拘わらず何故か余裕綽々に見えるな。奴には何か策があるのか?それとも単にアスタロトが侮られているのか?
更にアスタロトは淡々と白修道服を煽る。
「何れにしても、ありきたり。だいたい、ルゥさんが残っているって時点で失敗作」
「なっ!何を言う!残して置かねば大聖女との繋がりが切れてしまうではないか!それこそ『力の元』として重要なのだ!」
「だが、アスタロト様がいらっしゃらなければ、私は程なく消えてしまったでしょうね」
ルゥさんはそう言って白修道服に冷たい視線を向ける。その腕の中には大聖女。『もう離れない!』と身体全体で主張している。
と、アスタロトがルゥさんの腕の中に収まっている大聖女をじっと観察する。
「どう、されましたか、アスタロト様?彼女に何か?」
ルゥさんが不安げに彼に問い掛ける。
「うん、気になって」
だろうな。だから『何が』気になっている?すると
「彼女さんの傷、治さないの?」
アスタロトが痛そうな顔をする。相当酷いのだろうか。だが、俺が知る限り彼女は傷を負うようなことは無かったが。ルゥさんと大聖女はびっくりして
「傷?!ここではゆっくりと診てあげられないけど、何処にあるんだい?」
「いえ、そのようなものは…存じ上げませんが」
と二人とも困惑して、ルゥさんは再びアスタロトに問う。
「傷、というのはどのようなものなのですか?」
「えーっとねぇ、場所は背中と腰と両太腿の外側。実際には見てないから細かくはわからないのだけど、広範囲でキリキリと痛い。なんか食い込む感じ」
と言うと、大聖女は、はっ、と息をのむ。そして震える声でこう答えた。
「それは、紋様のある場所です……」
「今も痛い?というか、痛そう……」
アスタロトも再度痛そうに顔を顰める。
「そんなに広範囲に紋様が?君は奴に一体何をされたんだ?!」
ルゥさんは白修道服を射殺さんばかりに睨む。アスタロトはルゥさんに
「ルゥさん、治せない?」
と訊く。なんとかして治したい、と思っているのだろうな、彼は。そしてさっきから白修道服のニヤニヤが目に付く。腹が立つ。本当に他人の苦痛が好きなんだな、嫌な野郎だ。
「申し訳ございません。ここで彼女の肌を露わにするのは忍びなく……」
「いえ、わたくしは大丈夫です。この積年の苦痛から解放していただけるのであれば、肌を見せること位はなんともありません!」
アスタロトは曇った顔のまま
「直ぐに診てあげたいところだけど、先にアレをなんとかする」
と、こそっと大聖女に告げる。
「もしかしたらあなたの方に痛みがいくかもしれないけど、それはルゥさんがなんとかするから。ね、そうでしょ、ルゥさん?」
「は、はい!もちろんです」
そしてアスタロトは俺の方を向くと
「ガンダロフ」
と呼び掛ける。
「うむ、何か手伝う、こと、でも?」
彼は俺が言葉を言い終わる前にひしっと抱き付く。随分といきなりだなぁ。んふふっ、と嬉しそうに頬をすりすりと寄せてくる。かわいい。だが、何故、今?俺はドギマギしながら抱き返した。
「だぁーーーーっ!そこっ!なんで意味も無くイチャつく?!そんなキタナイモノ、見せるな!」
白修道服は、立ち上がって俺達を指差して非難する。奴に見せつけたかったのか?
「美意識というのは本当に人それぞれだよね」
アスタロトはそうぼやきながら俺の腕の中で、和んでいる。あぁ、もしかして彼は気力を溜めているのだろうか?ほかほかして暖かくて気持ち良い。だが、彼は少しうつらうつらとしだしたなぁ。
「……ロト、かなり疲れているのではないか?そのまま放って置けるのであれば、アレの処置は明日に廻しても良いのでは?」
彼の後頭部をゆっくりと撫でながら、提案してみる。彼は白修道服を一瞥して
「…生殺し?趣味じゃないなぁ」
「なんだその『生殺し』とかいうのは!お前達に私がどうこう出来るとでも思っているのか?!」
「……じゃあなんで結界を破って出てこないの?」
それは俺も疑問に思っていた。
白修道服は、明らかに動揺して
「で、出、出られない訳じゃない!おおお前達がどういう手段で私を退けるのかをみみみ見てただけだっ!」
これ、演技か?アスタロトは更に煽るためか、わざとらしく『そんな考えだとは知らなかった。凄いな』風に言う。
「そっかー。私はてっきり『上司に怒られそうで出るに出られない』のかなぁって思ってた」
そう彼が言った途端、白修道服はビクッと震え、はっと何かに気付いた表情のまま動きを止めた。……え、まさか?本当にそうなのか?これも演技か?アスタロトも『まさか本当に?』と少し驚いたような顔をしているし、ルゥさんと大聖女も『嘘だろう信じられない』って目が言ってる。
アスタロトは改めて俺をぎゅっと抱き締めると、
「じゃあそろそろやってみましょう!」
と俺から離れて白修道服の方へ一歩踏み出す。白修道服は、はっ、と我に返り
「やれるものならやってみるがいい!」
とにやりと笑った。この台詞だけ聞くと、恐ろしい敵の首魁という感じなのだが…。
アスタロトは両手の平を合わせて力を込める。しばらくすると両手の平の間に直径約15cm程のボールが出現した。上半分が赤くて下半分は白、継ぎ目は黒のラインが走っていてそのラインを止めるように俺の親指の爪程の大きさのボタンが付いている。それを彼は右手に持って
「いっけーーーっ!」
と大きく振りかぶって、投げた。
アスタロトの動きは特段早くはなかったのだが、彼が投げたボールは結界をすり抜け白修道服の顔面にゴッとぶち当たると、黒いラインから上下にパカッと開き、白修道服を吸い込んでパクッと閉じた。ボールが石畳の上にコン、コロンと落ちると、中で抵抗しているのかグラリ、グラリ、グラリと3回揺れて、カチッ、と何かが嵌はまったような音がするとピタッと動かなくなった。
シーーーー……と一時、静寂が場を支配する。アスタロトは白修道服が収まったボールを拾い上げて呟く。
「ゲット……したくなかったなぁ」
読了、ありがとうございます。
<(_ _)>
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御使い様のその後(夢の世界)はこちらです。
『捕らわれた御使い様は https://ncode.syosetu.com/n3383ik/』




