27.君でなくては意味が無い(25)
「本当に気持ち良かった。後で『男とか魔神とか関係ない』って、自分で言っておいて疑うのもなんだが、そう言った事は本当だったって思ったのだが…」
俺は彼に何を求めている?
「…俺は良くても、君は……君の了承を得ずに無理矢理やったようなものだから…その、『やり直しをしたい』というのであれば、またあの感覚を味わえるのであれば何回でも望むところではあるが」
果たしてソレは俺が望んでも良いモノなのか?
「それで、『やり直し』をして君に本当に嫌われてしまったら俺、どうしたら良いか…。君に距離を置かれるとか君から笑顔を向けられなくなるとか」
俺はやっとのことで言葉を吐き出していく。胸が締め付けられているみたいに苦しい。甘い花の香りが濃厚に香って思考が麻痺しそうだ。
「もう考えるだけで辛くて…本当に嫌なんだ…それなのに」
甘い花の香りが俺の自分勝手な欲望を増長させているのだろうか。俺はもう一度、はぁ~~と深く息を吐いた。
「…あの時の快楽が、忘れられない…」
君の傍にいる。それだけを切に望んでいたはずなのに。
「さっきの空を飛ぶ練習も、あの、君の力を注いで貰った時も、理性が吹っ飛ぶんじゃないかってくらい気持ち良くて……そのうち俺がその快楽を得る為だけに君を求めてしまうんじゃないかと。今までだって君に離れて欲しくなくて、君のことをいつも感じたくて、ずっと触れていたくて、気付くと君のことを抱き締めていて」
後悔で叫びだしたくなるのを抑えつけるように、俺は顔を覆っている両手にぐっと力を入れる。
「まさか寝ている間にも君にあんな迷惑を掛けて……抱き枕にして首を絞めたなんて……君を困らせて傷つけるなんて自分で自分が許せなくなる程なのに、それでも離れるなんて考えられない…君が…欲しくなる…」
君の本意ではなくても、俺が求めれば君は許してしまうのだろう。でも、俺が真に欲するのは……。
「あの時はキスしただけじゃないの?」
アスタロトが訊いてきた。思わず、といった感じで。俺はそれに答えようと、ゆっくり両手を下ろすと顔を上げた。
「言葉だけで表現したら、そうなる」
凪いだ湖面のように静かな彼の瞳に俺の黒い目が映る。その奥にあるドロドロの欲望までも。と、彼の瞳が俄に煌めいて、それでも静かに訊いてくる。
「…触ったら、弾ける?」
「…君は……」
たまに意味がわからないことを言うが……何が『触ったら、弾ける』というのだ?俺か?確かに今、触れられたら想いが弾けてその勢いで彼が傷つくのも構わずに自分の欲望のままに……。
だがそれは俺の本意ではない。彼を、俺のかわいい人を傷つけたくない。
なのに、アスタロトは言葉を変えて俺に訊く。
「ガンダロフに触れたい。触っても良い?」
何故、わざわざ煽るようなことを言ってくるんだ?!と、怒鳴りそうになる前に彼が言葉を続ける。
「今までガンダロフが我慢していたのは無駄なことじゃない」
アスタロトは静かに俺の黒い瞳を真っ直ぐに見据えて淡々と言葉を綴る。
「私が私として今ここにいるのは、ガンダロフが『私』という存在を感じて認めて大事に大切に接してくれたおかげだと思う。ガンダロフが私を思うがままに扱える機会は今まで何度もあっただろうに。もしガンダロフが己の欲望のままに私を扱っていたら…私はただあなたの求めに応じるだけの人形になってた。たぶん」
アスタロトは俺が言ったことをちゃんと聞いていた。俺が彼のことを大事に大切に思って、自分の目先の欲望に負けないように頑張っていたことを、しっかりと認めてくれた!その上で俺に触れたいと、……俺のこの自分勝手な欲望毎俺を受け入れたいと言っているのか?……甘い花の香りに爽やかな酸っぱい香りが混ざって、空気が変わっていく。
「……それとも、人形になった方が良い?」
彼のキラキラと煌めく黒い瞳が、ほんの少し陰る。
「ガンダロフのことを求めて、ガンダロフの求めに応じるだけの」
「それは君じゃ無い」
君でなくては意味が無い。彼は苦笑して
「うん、私も自分で言っててそう思った。その私が、今、ガンダロフに触れたい。抱き締めたい」
そう言うなり彼は俺の首に腕を回して抱きついた。躊躇も戸惑いも無い。そうするのが当たり前とでも言うように自然に。
ふわっと甘い香りが立ちこめる。アスタロトに触れたところから俺のどうしようもなく熱くてドロドロの欲望が、暖かくさらさらなモノに変わっていくようだ。とても心地良い。俺は彼の背にそうっと腕を回してゆっくり撫でる。彼も気持ちが良いのか、彼の吐息が俺の耳をくすぐる。はぁ~。軽く痺れるような快感が全身を駆け巡っていく。甘い花の香りに少し酸っぱい香りが混ざって、とても美味しそうな空気を感じながら彼の重みを味わっていると、彼は俺の耳に囁く。
「ありがとう。ガンダロフ、大好き。…っ!」
うわあぁ~~~~~嬉しぃ~~~~~~!!
身体の奥の熱いモノが溢れ出して身体中を駆け巡って熱くて堪らない!甘酸っぱい香りが弾けたように濃厚に香る。
「俺も、大好きだ。アスタロト」
俺は彼の耳元で囁いて、そして耳朶を甘噛みする。ゆっくり、味わうように。彼も気持ちが良いのか「んっ…」と喘ぐ声がかわいい。あぁ、もっと全身で彼を感じたい、感じさせたい!と、俺の気の昂ぶりに水を差すように彼が
「ちょっと、待って、あの」
「待てない」
あれだけ煽られて今更止まれる訳が無い!彼の後頭部に手を添えて彼を押し倒す。俺が上、彼が下。その彼の視線は俺の後ろを向いていてボソッと呟く。
「ピーピングトムがいっぱい……」
お互いの息が絡み合うくらいの距離で、アスタロトの呆れたような残念そうな声。一瞬何のことだか理解が追い着かなかったが、はっ!と気付いて振り返る。扉の影に隠れた5つの小さな気配。『チッ』と小さく舌打ちしたのは、剣か!
※※※※※
聖獣達にお茶の準備をさせている間に、俺はアスタロトを昼寝の為に寝室へと連れて行く。
『もっと上手く気配を消せるように訓練だ!』
「そういう問題ではないのだがな」
迂闊だった。応接室に来るよう指示を出したのは俺だから、叱るのは筋違いだろう。釈然としないが。アスタロトが昼寝後の予定を確認する。
「お昼寝の後は、馬さん達の様子を見て、マジックバッグの中身検分をまたやり直して、美味しいごはんが食べられるようにしたい。後……教会の探索かぁ」
「それは聖獣達にやらせてみるのはどうかなと」
「駄目」
彼はふるるっと首を横に振る。
「馬さん達は良いとして、マジックバッグと教会は……あの、赤黒いもやもやに誰も触れさせたくない。だから、バッグは口を開けなければ大丈夫だろうけど、教会には近付かないで」
本当にとことん嫌っているのだな。
「そうだな。わかった。俺としても君と一緒に自分で見た方が判断しやすい」
アスタロトは寝間着に着替えて、ベッドに入った。俺が目の置き所に困ってわたわたしている間にサクッと。なんだか味気ない。
「ゆっくり休んで」
俺が頬を撫でると、気持ち良かったのか目を細める。そして俺の手に自分の手を添えると口元に持ってきて
「大好き」
と呟いてそっと口づける。はぁ、かわいい。
「俺もだ」
と、応えて額にそっと口づけた。
『……お預け?』
小さく聞こえてくるのは野次馬の突っ込みか?いい雰囲気だったはずだが?
アスタロトはふわふわした声で
「お楽しみ、だよ。お休みなさい…」
「お休み……」
彼は限界だったのか、目を閉じたら直ぐに寝入ってしまった。……『お楽しみ』かぁ。あぁ、本当に楽しみだ!
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