23.5体の聖獣達(21)
「…九州を気持ち小さくして逆さにした感じ?」
「きゅうしゅう?」
「依り代さんの国で南にあるでっかい島」
俺が聞いてもあまり意味はなさそうな内容だな、たぶん。
現在地は緑豊かな山奥のポツンと開いた野原の住居。
「意外と近くに海があるんだな」
「美味しいお魚いるかな?漁村とかあると情報収集も出来るよね」
「そうだな。今、居るところは結構な山奥だな。移動手段はやはり転移魔法か」
「『空を飛ぶ』のもありかも。建物の周囲は野原……前はペンペン草も生えてないただの広い空き地だったから」
「洞窟も詳しく調べでおく必要があるな。教会と何らかの繋がりがあるのだろうし。魔法陣からは何かそういうものは感じなかったか?」
「魔法陣……ねちょねちょした嫌な感じしか覚えてない」
その『嫌な感じ』を思い出したのか、アスタロトの滑らかな肌がぶわわわっと毛羽立つ。
「だ、大丈夫か?思い出すだけでそんなに毛が逆立つなんて…」
「うん、凄く気持ち悪くて嫌。でも大丈夫」
彼が繋いでいる俺の手を改めてきゅっと強く握る。手先が少し冷たい。俺の熱が伝わるようにと優しく握り返す。彼の縮こまった身体が緩んで、ほぉっ、と息を吐いた。
「誰に?」
不意にアスタロトが呟く。
「誰に?何が?」
俺が彼に尋ねると、え?と不思議そうに彼が俺を見る。
「今、『逢いたい』って聞こえた……女の人の声」
俺には聞こえなかったが。
「こんな周りに何も無いところでか?…分身体では?」
「ううん、違う。確かに頭の中に小さく響いただけなんだけど」
俺を見ている彼の煌めく黒い瞳が、一瞬ここではない何処かを見るように揺らいで、直ぐに戻る。
「うん、凄く『逢いたい』って。でも、誰に?」
「いや、俺に訊かれてもなぁ。大体、誰が誰に逢いたいんだ?」
聞いていない声について訊かれても、情報が無さ過ぎて答えようがない。
「……女の人が誰かに……わかんないけど…」
彼も詳しくはわからないようだ。
「気になるのか?」
「うん、気になる。凄く」
そうか、気になるのか、そうだよな。さて、俺には聞こえない声の主、どうやって探す?はあぁ~~~っと長めの溜息を吐いたところで、彼は言う。
「行かないよ」
え?
「行かないのか?気にしているのに?」
「うん、行かないよ」
すると彼はニヤッと笑って
「今は、ね」
……なんだ、結局行くことは決定なんだな。
「南の方、この地図でいうと真ん中辺りかな?ガンダロフは何か感じない?」
アスタロトは南の方に目を向ける。陸地が続いて先の方は雲に隠れてよく見えない。
「いや、特には。というか、何処という訳ではなく全体的になんだが、こう、もやっとしているというか。上手く表現出来ないのだが」
「うん、それ。全体的に重くてすっきりしないのだけど、特に南の方が胸が締め付けられるような痛い感じがする」
晴れ渡る空、山や海を下に見て自由に飛び回るのだから、本来は感動しまくっていてもおかしくはないと思う。が、そのもやっと感が全てを台無しにしているのだな。
「教会の雰囲気とはまた違うのだが。気が滅入ることに変わりはないな」
俺は重苦しさを身体の外に出すように、ふぅ、と息を吐いた。
この地図では西を上にして描かれているということか。すると、アスタロトが声を上げる。
「出でよ、聖獣ファイブ!」
ポポポポポンッ!
「聖獣ふぁいぶ?ってあの重石か」
突如として5体の聖獣を象った重石が出現した。
「戦隊物みたいな名前にしたかったの」
せんたいもの、とは何ぞや?彼は地図を放してまず一つを手に取り
「君は『青龍』、東を守護する者」
と言って地図の下側に置く。すると青龍と呼ばれた重石は青く光る。同じように朱雀、白虎、玄武と呼んだ重石を南、西、北に置くと朱雀、白虎は赤、白と光り、玄武は周囲の光を吸い込んだかのように黒くなった。
「そして、君は『麒麟』、中央を守護し、全ての聖獣を統括する者」
昨晩麒麟と名付けた重石を地図の真ん中に置くと、麒麟は黄金の輝きを放った。その光はふわっと広がっていき、他の四聖獣を呑み込んだ途端に一気に収束した。
「……生きてる?」
ただの透明な石だったのが、大きさはそのままに、ふさふさもふもふの毛や羽毛、つやつやすべすべの鱗や甲羅で覆われて、それぞれが生き物のような質感を備えている。格好良い!
「ガンダロフがそう思えば彼等は生き物だよ。私としては世界最強に格好良い、ガンダロフと私達の住処を守る最高の守護者を想像したの」
聖獣達は地図の上で麒麟を真ん中に横一列に並び
「我等聖獣ファイブ!主とますたーに忠誠を尽くすことをここに誓います!」
「「「「誓います!」」」」
と、 ざざっとそれぞれの形で平伏した。俺は呆気にとられた感じでそれを眺めて、訝りながらポツリと呟く。
「……あるじ?」
「うん、ガンダロフが主で私がますたーなんだって。剣ちゃんが言ってた」
は?なんだって?!
「待て待て待て。剣はともかく、この者達の主はアスタロトだろう?」
俺はアスタロトと聖獣達を交互に見てそう問い掛ける。彼はふるるっと首を横に振り
「ガンダロフが主だよ。あなたを護る為に彼等を作ったから、間違いない」
と俺を真っ直ぐに見る。
「あなたが私に向ける思いと、私があなたに抱く思いが同じようなものかどうかはまだ、いまいちよくわからない。だけどね、あなたが傷つくなんてことは考えたくもない程、嫌。でも」
彼の煌めく黒い瞳が少し揺れる。
「だからといって何も考えない、対策を立てないなんて愚の骨頂。過剰と言われようが、少しでも不安が無くなるようにやれることはやっておく」
俺が傷つく、害されることを回避するための策だと。『少しでも不安が無くなるように』って、そういえば持っておくようにと渡された石も指環も身を護る為の物。俺と同じ思いを抱いているかはともかく、俺の身を凄く案じていることは伝わってくる!嬉しい!俺は堪らず彼を抱き締めた。
「ありがとう、ロト。凄く嬉しい。あぁ、本当に嬉しい!誰かに、自分の好きな人に大事に大切にしてもらえるなんて、うわぁ~~、こんなに嬉しいものなんだなぁ~」
甘い花の香りが濃くなる。甘い、アスタロトの匂い。俺が彼の長い黒髪のしなやかなサラサラした触り心地や、引き締まってはいるけど柔らかい背中の感触がとても気持ち良い。…甘い花の香りが漂う中に混じって、爽やかな少し甘酸っぱい香りがする。これは?と考える間もなく、彼が俺の背に腕を回して抱きついてきた。はぁ、と陶酔しているようにも見える。……いつもと様子が違う?
「ロト」
俺の呼び掛けでアスタロトは腕を下ろす。ふわふわと浮ついていて、俺が捕まえていないと何処かに行ってしまいそうだ。
「ロト?アスタロト。調子が良くないんじゃないのか?」
俺は彼の頬に手を当て顔を覗き込む。いきなり夢から覚めたようにびっくりしたのか、うわっ、と声が漏れる。俯きそうになる彼の顔を俺の手で固定してよく観察する。彼の黒い瞳の中に眉を八の字にした俺が映っている。
「だ、大丈夫!ちょっと?かなり気持ち良くて……」
顔を真っ赤にしてドギマギしている、アスタロトのいつもの初心な反応。だが
「気持ち良い?」
顔を覗き込んで様子を見る。
「具合が悪い訳では無いんだな」
自覚は無いのかもしれないが、相当疲れたんじゃないのか?羞恥からか、赤面して硬直してしまった彼から目線を外してやんわりと抱き締める。彼の頬に当てていた手で後頭部を優しく撫でながら
「現在地の位置は大体掴めたから、もう下に降りよう」
あぁ、彼は確かに此処に居る。と安堵して、ほぅっと一息吐いた。
読了、ありがとうございます。
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