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聖者のお務め  作者: まちどり
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2.お名前は(2)


 彼は疲れたのか、顎に手を当てて思案顔で佇んでいる。長い睫毛が愁いを帯びて少し伏せっている。あぁ、絵になるなぁ。だが何時までも眺めている訳にはいかんだろう。


「その、訊きたいことがあるのですが」


 俺の方から声を掛けてみる。と、直ぐに彼は居住まいを正して話を聞く姿勢をとる。一言も逃さず情報を得ようとする真摯な眼差し。その煌めく瞳でじっと見つめられて、落ち着いていたはずの鼓動が激しくなり、再び身体の奥から熱を帯びた何かが全身を駆け巡る。何か言わなければと声を出そうにも、頭が沸騰して上手く考えがまとまらない。いや、その澄んだ瞳の望むままに全てを白状してしまいそうだ。ああぁあぁだがこのような状態で問答したとして、果たして彼が満足いく受け答えが出来るのか?無理だ!これでは駄目だ今一度落ち着くべきだ、そう、先ずは落ち着け、俺!


 勿体ないが視線を外し、口元を手で覆って顔ごと目を逸らす。と、彼が穏やかに声を掛ける。


「先ず、私の状況からお話ししてもよろしいでしょうか」


 治まる気配の無い鼓動に自身の未熟さを感じつつ、顔を背けたままコクコクと頷く。


「今はっきり言えるのは、此処が何処なのか、何故私が此処に居るのか、何故こんな姿になって魔法みたいなことが出来るのか、私にはさっっぱり分からないということです」


 は?何だそれは俺が知りたいことほとんどわからないってことか?思わず振り返って彼の顔を見つめた。


「気が付いたら既に此処に居てこんな格好してまして。なので私としては、此処は夢の中なんだなと思っております。夢の中だから魔法が使えるんじゃないかなぁとやってみたら、上手に出来ました!」


 彼の現状認識を説明されたはずだが、褒めて!って感じで満面の笑みを向けられても!かわいくてしょうがないじゃないか、チクショウ!


「それで、お兄さんは何故此処にいらっしゃったんですか?此処がどのような場所か、ご存知であれば是非教えていただきたいのですが」


 まずは心を落ち着かせよう。俺は手で目元を覆うと、はあぁ~~~~っと深く溜息をついた。そして気を取り直して彼と向きあうと、俺の方の状況を説明しようと、結論から先に言う。


「お、私にも分かりません」


 いや、説明になってない、とばかりに彼は眉をひそめた。


「戦場で敵将と一騎討ちをしたんです。……力量に差があり過ぎて絶対にかなわないと判ってはいたんだが」

 両手を組んで此処に来る直前から今までの状況を思い返し、言葉にしていく。


「気がついたら白い靄に囲まれていた。一瞬明るい光が見えたのでそこに向かって歩いていくと靄が薄れて、金属製の板のような物が浮いていて、それが突然、自分の姿を、それも今思えば若いときの姿を映して。それがゆっくり薄くなって、替わるように貴方が現れた。」


 やはり俺は死んだのだろう。とすれば、此処は生前の行いを裁く場なのだろうか。顔を上げると改めて彼に問う。

「俺は死んだのだと思ったんだ。やられたという自覚も持てない程に瞬殺されたんだと。此処は何処なんだ?貴方はいったい何者なんだ?」


 彼は困った様子でまなじりを下げる。それでもなんとか答えてくれようと、じっとこちらを見つめて言葉を探している。いや、困らせようとして訊いた訳ではないのだが、そんな表情も愛らしい。あぁでもなんだか意図したことでは無いのに意地悪をしてしまったようで申し訳なく感じる。もっと上手く話せないのか、俺!


「……あの、私、何か不愉快な思いをさせてしまっているようなのですが」

「いやそんなことは全く無い!」


 顔をがばっと上げて否定すると、彼はピタッと固まってしまった。突然大声上げたら、そりゃびっくりするだろう、何やってんだ、俺!彼の綺麗な瞳に俺の情けない顔が映っている。厳つい顔つきで焦りと羞恥で真っ赤になった顔。俺は恥ずかしくて両手で顔を覆って俯いてしまった。そして


「済まない。その、慣れなくて」

 謝罪の声、小っさ!本当に情けない!だが、ちゃんと伝えなければ。


「貴方のような綺麗で麗しい方にお茶を振る舞って頂いた上に優しく気遣われて、部隊長として顔の綺麗な貴族はよく見掛けたし、交流も持たされたりしたが皆「平民の癖に」と自分らは大した労力も使わないのにやっかみばかり酷くて。今度の戦でも俺は意見を求められた時に「戦力差があり過ぎるから戦は回避すべきだ」とハッキリ言ったんだ。それでも自分達は後方の安全な所に居るからと勝手に押っ始めやがって。俺達平民が前線で何人死のうが関係ないと思っていやがる。俺が死んだとなれば、前線は崩壊しただろうな。王は無事に王都まで戻られたのだろうか。……こんな所で危惧しても、もうどうしようもないが」


 途中からはどうでもいい愚痴になってしまった。彼には関係ない話を延々と聞かせてしまい申し訳なく感じるが、おかげで少しすっきりした気分になった。ありがたい。


「軍人さんだったんですね。通りで素晴らしい筋肉をお持ちだと思いました」

 つまらない話だったろうに、しっかり聞いていてしかもこのごついだけの身体を褒めてくれるとは!なんて慈愛に満ちた方なのだろうか!


「それで、もし差し支えがなければお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 そういえば名乗りもせずに自分一人つらつらとしょうもないことを喋りまくったような。

「私は『アスタロト』と申します。」

そしてふわっと笑みを零すと

「どうぞ『ロト』とお呼びください」


 不意打ちでかわいい!じゃなくて、いきなりの愛称呼びのお願いとか、気さくすぎないか?こんな得体の知れないむさ苦しい男に距離感近すぎる。そのうち悪い奴らに騙されやしないかと心配してしまう。『アスタロト』か。なかなかかっこいい名前だな。『ロト』うん、名前の響きは男だな。いや、判ってはいるが頭では理解しているが!ちょこんと小首をかしげられたらああぁぁあぁもうかわいい!どっちでもいい!俺もちゃんと名乗るべし!


 「あ、おれ、私は、ガンダロフという者です。」

 俯かずにしっかり名乗ることが出来た。よしっ!

「エラール王国で平民部隊長を仰せつかっておりました。職業柄、仕方なかったとはいえ沢山の人を殺してきました。そう……何人も」


 殺さなければ殺される。一つ違えば死んでいたのは、俺。戦場とはそういう場だ。だからといって人を殺した事実が変わる訳ではない。

「だから、此処が生きていた頃の行いの裁きの場だと言われたら納得するのですが」


 明らかに現実味の無い空間、穏やかな雰囲気の中で『此処は夢の中』と目の前の麗しくもかわいい人は言う。


「まさか、貴方のような綺麗な方に優しくもてなされるなんて、それこそ死ぬ間際の夢の中なんじゃないかと思い始めてまして……」

 よくよく考えれば、なんて都合のいい夢なんだとは思うが、もうそれでいい。出来れば生きているうちに、彼のようなドキドキ感を味わえる人と巡り逢いたかった。


読了、ありがとうございます。

<(_ _)>

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