189.儀礼服(185)
アスタロト、イトくんとはそれぞれ別室で、用意していた儀礼服に着替える。
濃紺の軍服に、要所要所に金の釦やら紐やら刺繍が入りなんとも豪奢だ。
襟章は洗練された唐草模様で、ごつい黒の軍長靴が厳つさを強調している。
いつもは自然に流している少し癖のある短めの黒髪は、整髪剤で全部後ろに流して、いかにも余所行き感溢れる装いだ。
準備を終えた二人が待つ応接室へ行くと、アスタロトが腰を落としてイトくんの足元で何かを直していた。
そのイトくんの気品溢れる礼服姿はさすが皇子と言ったところか。
フリルが付いたドレスシャツに黒の蝶ネクタイ、ジャケットと膝上ズボンは濃紺で金の刺繍が施してあり胸には白地に金の刺繍が入ったハンカチーフ、白い絹のタイツに黒の革靴を履いている。
そしてアスタロトはしゃがんだ姿勢の背後だけとは言え、幾つもの色の細帯を束ねたような図柄の大きな帯、濃紺地に簡略化した草花を配した絵画のような衣服の襟元から覗く、長い黒髪を結い上げて露わになった白い項が仄かに色香を放つ。
「なんというか…艶やか過ぎないか?」
食事だけで動きが少ないから依り代さん世界の正装で挑みたい、と聞いてはいたが。
俺が声を掛けると、アスタロトとイトくんが俺の姿を見て
「おぉう、凄く格好良い!艶やかと言うより、凜々しい!」
「ガン様、かっこいい~!」
と口々に褒めた。
「いや、俺じゃなくて、その、君の姿が凄く綺麗で、正直に言うと誰にも見せたくないんだが」
「うん、私とガンダロフはお互い大事に大切に思い合っているんだぞ!って周囲に見せつけたくて、色味を同じにしたの」
とアスタロトは立ち上がってくるぅりと回る。
濃紺に染められた光沢のある絹生地には直線を組み合わせた細かな文様が織り込まれ、簡略化された草花を金糸で縁取った刺繍は立体的でまるで絵画を着ているようにも見える。
曲線からなる図柄を色とりどりに織り込まれた幅広の帯が一層艶やかさを増して、帯紐や襟元の小物が全体を引き締めている。
長い黒髪は後ろに巻き上げて青真珠の簪を遇ってあり、耳元にも青真珠が輝いている。
「色味が同じ。うむ、俺が指摘したいのはそれじゃなぃ…」
彼は俺と目が合うと、その新月の澄んだ星空のような煌めく黒い瞳を優しく細めて、紅を差して艶やかな唇は柔らかい笑みの形を取る。
っっ!!あぁぁ~~~~~~っ!!女神降臨か?!
いや、立派な男神だな?!
また「聖女様」だとか「女神様」だとか言われてしまうのはもう不可抗力的な、神々しいまでも厳かな美しい立ち姿に、俺は火照った顔を覆った。
イトくんからは、うわぁ~、と、離れたところで控えている執事達からは、ほおぉ~…と感嘆の息が漏れるのが聞こえる。
「柄にも意味があるんだけどね、帯の柄の『熨斗目』は、『幸せを分かち合う』っていう縁起の良い柄なんだよ」
君のその姿を見られるだけで、皆が幸せな気持ちになることは確定だな!
麒麟と白虎も招待客として扱いたいと言われてはいたのだが。
「私達はガンダロフ様の臣下として当然のことを行っただけです」
と麒麟は黒のタキシードで侍従兼護衛として俺達の近くに、白虎は何時でもイトくんの手助けが出来るようにと彼の胸元に控えさせる。帝城での世話役として執事侍従がつけられたのだから、と身の回りのことは彼等に任せた。
青龍、朱雀、玄武も一緒に来ているのだが、着いた当初から元の姿で隠密形態発動させて城内を好きに飛び回っている。予めスパイ・くもで得ていた情報を元に興味の赴くまま探っているらしい。彼等の行動をチラリと見たアスタロトが、「…赤ペン先生は止めておこうね、流石に失礼だよ」と呟いていた。
そして剣は、離宮で留守番だ。城内での帯剣不可は常識だと思ったのだがアスタロトが不満げに眉を寄せたのを見て
「当たり前のことだし、今まで咎められなかったのが不思議なくらいだ」
と説明して、何の迷いも無く執事に剣を預けた。
『何かあったら飛んでくよ!』
剣はワクワクと何故か楽しそうなのだが、何か企んでいるのか?
『その時はよろしく頼む』
と俺は苦笑気味に応えた。
俺達が案内されたのは最後の方だったのか、殆どの客が既に着席している中を歩いて行く。前方に横一列で皇族席、縦に二列で向かい合わせに招待客が座っていて、前方に進んでいく。
晩餐会の出席者は遠方からの招待客が殆どらしい。見知った顔があると思ったら、ジョウガ王国のリオス第一王子殿下、オリマ王国の前王弟パベルグ殿下がそれぞれ俺達を凝視していた。俺達が招待されていることよりも、見慣れない衣装を纏ったアスタロトの高貴な姿に驚愕しているのだろう。
リオス殿下は案内された席が離れていたので、アスタロトが満面の笑みで手をヒラヒラと振っていた。殿下を含む周囲の者達が一様に惚けた表情になるのは、うむ、複雑な気持ちがするな。
左側のテーブル中央の先頭から三番目にパベルグ殿下が着席しており、
「こんばんは。お隣に失礼しますね」
「ご無沙汰している」
とその左側にアスタロト、俺が着席する。
「あ、あぁ、こちらこそご無沙汰してます」
パベルグ殿下が顔を真っ赤にして応えた。
そして直ぐにイトくん達殿下方、最後にタレッグル皇帝陛下とデボラ皇妃殿下が入室、着席する。
皆に食前酒のワインが行き渡ってから
「遠いところからようこそおいでくださった」
とタレッグル陛下の挨拶で、晩餐会が開始された。
衣装の描写、頑張りました!脳内映像を言語化するのって、難しい…。




