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聖者のお務め  作者: まちどり
188/197

188.食糧事情安定が先(184)


 自分達の『幸せ』を第一に考えろってことか?それは当たり前のことだと思うが。


「じゃあ、ラクーシルも『幸せ』、『幸福感』を得るために行動していたんだろうけど…本当に、ラクーシルは一体何をしたかったのかなぁ。コミケに出店?」

 アスタロトが綺麗に整った眉をしかめる。だが、

「こみけ?」とは?


「依り代さん世界の同人誌即売会、オタクの祭典・コミックマーケット。あれの熱量は物凄いものがあるから「この世界で真似したかった!」って言われたら、なんか納得しそう」

 …依り代さん世界の何かだ、ということしか判明しなかった。

「いや、君が納得するのであれば、そうなのだろうな、うむ」

 俺は早々に理解するのを諦めた。


『そう言えば、『聖都』の近くに小さいけど製紙・製本工房があるよね』

 剣がピコンと反応する。

「いんさつ技術は無いに等しいよね、この世界。これから準備するつもりだった?」

「いんさつ?」

「文字や絵等を紙や布に写して複製すること、であってるかな?」


 複製、同じ物を同じように紙に書く…写す。

「…つまり、同じ内容の紙が大量に出来る。同じ内容の本が大量に出来る、か」

「うん。だから、印刷技術を確立してそれと同時に書き手の育成を計れば、同人誌即売会の開催も夢じゃない」

 アスタロトが少し浮かれた口調で依り代さん世界の何かを語る。きっと楽しいことなのだろう。だが剣は呆れた声を出す。

『そこは普通に文学、美術等を含めた文化の発展で良くない?』

 何が違うのかよく判らないのは、俺の文化の水準が低いからということか。


「そうだな。俺も、元の世界に比べれば今の生活はとても進んでいると思う。だが依り代さん世界の文化、文明は、もっともっと先をいっているのだろう?」


 出会った当初から考え方、発想力が突飛で、特に食べることに関しては俺が今まで食べたことの無い美味い物を日常的に調理していて、だが本人は料理人ではないのだと言う。彼の言動からは、平民の、依り代さん世界では一般市民と言ったか、一人一人が高い知性と意識を持って暮らしているのが覗える。

 そして彼の食の拘りは、周囲に争い事の無い平和な生活環境がもたらしたものなのだろう。彼が心置きなく拘っていけるように、俺も心を砕いていかなければ!


 俺の言葉に、アスタロトは首肯する。

「うん。200年は先に行ってる。あぁでも、『ひかるげんじ』ってラノベみたいなものだって解釈があるから、そういう意味では千年以上の差があるかも」

 …つまりは千年先の未来からやって来たのと同じようなものなのか。純粋に凄いな。


「でも、印刷技術は食糧事情が安定してから本格的に取り組もう。まずは美味しい物が普通に食べられる世界を目指したい」

と彼は拳を握り締める。美味い物が誰でも食べることが普通の世界、うむ、まさしく理想郷だな。



 ※※※※※



 理想郷への第一歩として、耕作可能地域を拡げる為の南方砂漠の緑化・整地は急務だ。

 イトくんがすっぽりと見えなくなる程にわさわさと生い茂った藪を、アスタロトが魔法でそのまま土地の栄養分になるように土に漉き込む。

 そうして雨を降らせたり力を贈ったり放置したり土に漉き込んだりをもう何回も繰り返している。


 彼はどんな風景を思い描きながら作業をしているのだろうか、雨水が適度に染み込んだ土壌に力を贈るといろんな色の小さな草花が瞬く間に生い茂り、見渡す限りに草原が広がっていく。

 「レンゲ、カタバミ、オオイヌノフグリ、ヨモギ、クローバー、タンポポ…」

と彼が呟くのは、生えてきた草花の名称だろう。


 アスタロトは近くに生えた小さな逆三角形の物が沢山ついた草を摘み取って、茎を回転させてバチバチバチ…と小さく音を鳴らす。北の住居でもイトくんと一緒にそうやって遊んでいたなぁ。

 俺は遠くを眺めながら

「随分と緑が濃くなったな」

と、やがて畑、牧草地や森、川、山になる未来に、思いを馳せる。


「そろそろ山とか川とか森とか、作ってみる?」

 力を贈ることにも随分と慣れた。初めはあまりの疲労感の無さに、アスタロトにだけ多大な労力を強いているのではないかと思ったのだがそうではなく、剣曰く『これが幸せの『おこぼれ』』なのだとか。


「あぁ。君の都合の良い時期で無理の無いように進めていこう」

 君の思い描く風景はきっと素晴らしいのだろうな、と勝手に期待値が上がっていく。

「うん、美味しい物が沢山出来ると良いね」

と満面の笑みで返されると、俺の口角も更に上がった。



 ※※※※※



 サボウル殿下の立太子の儀の招待を受け、儀式前日にダイザー帝国の帝都神殿に赴いた。

 招待されたのは俺とアスタロトと麒麟。

「イトくんは身内の扱いなんだね」

 なので、イトくんは白虎と一晩帝城に泊まることになった。俺達も宿泊を打診されたが、アスタロトが「面倒そう」の一言で前日は晩餐会だけの出席だ。


「晩御飯もね、前日準備で忙しいんだろうから明日の立食パーティーだけで充分なのだけど」

「白虎がついているとは言え、イトくんも一人で心細いだろう。明日の立食パーティーは夜会だから参加しないし」

「そっか。じゃあ私達も夜会はパスで」

「欠席は失礼では無いか?」


 帝城からの使者を連れて、バイクと橇で移動する。門番は前日泊まり込みの遠方からの招待客をさばくので忙しそうだ。手を煩わすのもどうかと思っていたがアスタロトは高度・速度は下げたが停止せず

「お邪魔しま~す!」

と上空から声を掛け、俺も

「上空から失礼する!」

と続けるとそのままイトくんが住んでた離宮玄関に直接乗り付けた。


「「「「お帰りなさいませ、ノイット殿下。アスタロト様、ガンダロフ様、ようこそおいでくださいました」」」」

 執事?青年が一人と侍従が一人、メイドが二人、玄関先でお辞儀をして俺達を出迎えた。


「えと、お世話になります」

 イトくん、人見知りか?随分と及び腰だ。しかもその返事では「ここは僕の家じゃない」と遠回しに指摘しているようで、うむ、気持ちは解るが、執事達が少し悲しそうに眉を下げた。


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