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聖者のお務め  作者: まちどり
18/197

18.地図(16)


「胡椒とかの香辛料があれば、味の減り張りが効くのに」

と言う彼自身が「あの黒いもやもやがもしかしたら食べ物にも悪さしているかも、と思ったら、しっかり調べた後じゃなきゃ安心して口に出来ない」と慎重な姿勢。教会で不気味な装飾品を見た所為か『人間共』の持ち物にかなりの不信感を持ったようだ。


 鍋の方はアスタロトに任せて、俺は食器等の準備をする。玉子…彼があんなピカピカ最高の笑顔を見せるのだから、どうしても期待してしまう。彼の前世の物と同じであれば良いが。


「はい、どうぞ」

 スープの上に乗せられた玉子は白く固まり、半分に分けられた切り口から黄色が覗く。

「あぁ、ありがとう」

「では、いただきます」


 早速、黄身を食べる。まだ固まりきらない柔らかさにスープが染みている。玉子の旨味とスープの仄かな塩気が合わさって、これは

「……美味い!」


 朝・昼のスープとはまた違うまろやかな味わい。食材が一つ加わっただけだが、凄く贅沢な気分だ。


「うん、美味し~…」

 アスタロトも満足感いっぱいの笑顔。この玉子入りスープを全力で味わっているようだ。見ている俺も嬉しくなる。玉子、万歳!


「お代わり、どう?」

 椀が空になったところで声を掛けられた。

「ロトは足りたのか?お腹空かせていただろう?」

「お椀が大きいから1杯で充分満足。というか、もしかしたらこういう食事は要らないのかも」

「食事が要らない?」

 アスタロトはスープを鍋から直接お椀によそう。手慣れたものだ。


「うん。お昼寝から起きた時はすごく空腹を感じていて」

 食べながら聞くよう促される。

「台所で味見をする頃には大分収まってた」

「芋1個で?」

「芋、かなぁ。なんか違うような気がするけど、じゃあ何?って訊かれてもわからない」


 わからない、か。『人間』ではなく『魔神』だということと関係があるのか?アスタロトは組んだ手の上に顎を乗せて考え込んでいる。憂いを睫毛に落としたような物憂げな表情は、それはそれで眼福なんだが。俺の中の漠然とした不安が膨らんでいく。


 ふと彼が顔を上げる。俺と目が合う。ちょっと驚いた顔が直ぐに苦笑に変わる。

「考えてもわからないものはわからないなぁ。でもね」

 彼の口元が嬉しげに孤を描く。

「ガンダロフがね、私が美味しそうに食べる姿が見たいって言ってくれたの、凄く嬉しくて」

 柔らかい、優しい笑顔。『本当に嬉しかった』というのがひしひしと伝わってきて。

「それで空腹感を吹き飛ばしちゃったのかも」


 満面の笑み!かわいい!スプーンを落としそうになるくらい動揺した!そう、食事の途中だろう?ちゃんと味わって食べなきゃ。……かわいい。あんないい笑顔向けられて堕ちない奴いるか?あれはもう老若男女問わず、だろう?ここにいるのが俺だけで本当に良かった……。


「ごちそうさま。玉子、凄く美味しかった~!ガンダロフ、ありがとう」

「俺の方こそ、ありがとう。玉子がこんなに美味いものだとは思わなかった」


 夕食後は応接室でゆっくりと話し合うことにする。朝のようなこともあるので、今回もアスタロトの隣に座る。……そわそわして落ち着きがないな。何か気掛かりなことが、いや、それを話し合うための場だから当然何かはあるよな。


 まずはマジックバッグについて。アスタロトは楽しそうに

「このバッグがあれば、気楽に旅が出来るね」

「何処か行きたいところがあるのか?」

 地図はまだ丸まったままだ。

「うーん、ガンダロフと一緒に美味しいもの食べられる所だったら何処でもぉ?」

 意識せず彼を膝の上に乗せて抱き締めていた。

「はあぁぁあぁ~~~、かわいい。ロトがかわい過ぎてどうしたらいいかわからない」


 本当にどうしたらいいかわからない。身体の奥が熱い。甘い香りが漂う中で、彼は緊張からか少し身体を固くして動かない。相手が俺だから大人しくしているのだ、と思いたい。他の奴に抱き締められてもそのまま大人しいままなんてことはない……?

「ガンダロフ」

 彼の囁く声が耳をくすぐる。甘い香りと相まって頭の頂点が痺れてきて、快感に変わる。身体全体を熱いモノが駆け巡る。俺の熱に応じているのか、腕の中の彼の息が身体が熱を帯びてくる。あぁ、好きだ……タベタイ。食べたい…?いや、それは駄目だ。まだ今は……。いつだったら良い?


 アスタロトは静かに息をしている。お互いの鼓動がドクドクと煩い。しばらくじっと彼の呼吸と鼓動を聞いて気持ちを落ち着かせて、それから腕の力を緩めた。

「ごめん。気持ちが昂ぶると、自分でもなかなか抑えられなくて……本当に申し訳ない」

 彼は首をふるふると横に振る。

「大丈夫。まだびっくりするけど、嫌な感じは無いから」

 彼が顔を上げると目が合った。彼の少し潤んだ瞳とほんのりと上気した頬が至近距離に!何か変な思いと声が飛び出しそうで、手で口を覆って顔を背けた。危ない!何がどうなのかはわからんがこれは危険だ!


「とりあえず、降りてもいい?」

 アスタロトは俺の膝から降りようともぞもぞ動きだす。

「えっ……あ、あぁ」

 待て!ちょっと待て!落ち着け俺!彼に予想外の動きをされる前に膝から下ろし手早く元の位置に戻した。

「ありがとう」

 はにかんだような笑顔が眩しい。

「いや、本当にすまない」

 直視出来なくて俺はまた顔を手で覆って背けた。


 はぁ~。何やってるんだ俺は。アスタロトがかわい過ぎて好き過ぎて、この昂ぶった気持ちをどこにも持っていきようが無くて……切ない……。


 おぉ~、想像以上に格好いい……。アスタロトのそんな呟きで彼の方を見ると

 「これは一体……」

 透明なこれは水晶か?俺の手に乗るくらいの大きさの動物?を象ったモノが5体、彼の前に出現していた。


「重し。地図が丸まらないように」

と広げた地図の四隅に置いていく。押さえになれば何でも良いだろうに、また凝った物を作ったもんだ。聖獣のように見えるが、確かに格好良い。それが5体?


「一つ余っているが?」

「これは『麒麟』。中央を司る神獣」

 だから地図の真ん中に置く。とアスタロトが『麒麟』を中央に置いた途端それは、ふわっ、と一瞬仄かに光った。


「…………今、光らなかったか?」

「……………まさか」

 彼は地図の右上に置いた重しを手に取ろうと腕を伸ばす。思ったことは直ぐ実行か。だが、待て。俺は彼が伸ばした腕を掴んでそれを阻止する。彼は俺を見るが、その目に抗議の色は無くただ不思議そうな表情。かわいい。


 俺は首をゆっくりと横に振って

「今日は止めて欲しい。今夜はゆっくり休んで元気になったら他の物も試して。俺も見たいから一緒の時にやって欲しい」


 アスタロトは納得がいったようで

「うん、わかった」

と穏やかな笑顔。彼が伸ばした腕を元に戻したところでやんわりと手を放す。が、改めて地図を眺めようとすると

「見辛いから、一旦除けるね」

 彼は素早く麒麟を自分の膝の上にポンと乗せた。油断も隙もあったもんじゃない。何か呟いて麒麟を優しく撫でる。はぁ~、羨ましい。


 今度こそじっくりと地図を見る。

「やはり現在地は読み取れないな」

 俺の呟きでアスタロトが地図に目を戻す。

「穴ぼこがいっぱい?昔の魔神さん達が魔法をぶっ放して開けたみたい」


 確かに大陸?大きな島?に穴がボコボコ開いているように見える。魔神が魔法で吹き飛ばした跡が湖や湾になったんじゃないか、みたいな所が沢山ある。


「それだけ強大な力を持っている、ということか」

 地形を変えるほどの威力。アスタロトの中にはそんな凶悪なまでの強大な力が存在しているということか。もしかしたら魔法を極力使うなというのは悪手なのか?……わからない。


 地図を見てアスタロトが提案してくる。

「明日、明るい時間に飛んで、この地図と実際の地形を見比べてみたい。それで」

「あぁ、一緒に空から見てみよう」

 実際に見ることが出来るのであればその方が理解が深まる。

「怖くない?」

 

 読了、ありがとうございます。

 <(_ _)>

 短編『魔神と聖女』https://ncode.syosetu.com/n3318ih/

投稿しました。この連載の約百年程前の話です。シリアス調で拙い文章ですが、ご一読いただけると幸いです。

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