179.イトくんの今後について(175)
席順は俺達に向かって右側に三人用ソファと一人用ソファが2つ。手前のソファに私達に近い方からラドリオ殿下、レキュム殿下、その隣にイトくんを膝抱っこしたルトーリィ殿下、奥の一人用ソファにサボウル殿下、皇妃殿下。一番奥誕生日席の一人用ソファにタレッグル陛下が座っている。
俺達は向かって左側の三人用ソファに左に俺、右にアスタロトが座った。聖獣達は小さな姿で俺やロトの肩に乗ったりその辺りをふよふよと飛んでいたりと、適度に警戒しながら自由に過ごしている。隠密形態だから誰にも見えていないはず、だがイトくんはそれとなく目で追っているような気がする。
「では、其方等、下がれ」
タレッグル陛下が人払いをする。だが、侍従護衛騎士達は俺達を警戒しているのだろう、退室の命令に躊躇している。
「聞かれたら拙いお話し?」
とアスタロトが陛下に聞くので、俺が
「家族の話だ、極私的な内容になるからな。関係者以外は席を外して欲しいのではないか?」
と解説したら、成る程、と呟く。
「じゃ、侍従さん護衛騎士さん達は何故躊躇っているの?」
「彼等としては客人との私的な会合とはいえ、皇帝陛下並びに皇族の方々は守護すべき対象だからな、極力離れたくはなかろう」
「あぁ、職務に忠実な人達なんだ。流石だね」
アスタロトの言葉に、侍従護衛騎士達の雰囲気が若干緩む。密かに気を良くしたようだ。
「良い、下がれ」
陛下が再度退室を促すと今度は、はっ、と直ぐに返して速やかに部屋から出て行った。
扉が閉まると陛下は、はぁ~~~、と重苦しい息を吐き出して俺達に向き直る。
「お見苦しい所をお見せして申し訳ない」
と眉を下げるが、アスタロトは
「組織の頂点に立つ者の苦悩だね」
「そう言ってもらえると助かる」
と陛下は困ったような笑顔を見せた。
皆の体調や騒動の後始末などを軽く聞いていく。イトくんの教育係と護衛騎士は犯罪奴隷として鉱山に送られたのだとか。せめて横領された分は回収しなきゃだね、との呟きが聞こえた。
「それで、ノイットの今後について、なのだが。十日程見ない間に随分と逞しくなったな」
とタレッグル陛下はイトくんを見て目を笑みの形に細める。
まぁ、以前の環境が最悪だったからねぇ、とは言えないけど。とまた隣から小さく聞こえる。心の声が漏れているぞ、ロト。
「現状は俺達と、昼間俺達が一緒にいられない時は大神殿内の孤児院で孤児達や他の託児達と生活し、社会生活を送る際の躾や教育等を施している」
俺の説明に陛下が質問する。
「孤児達と一緒に?」
「躾も教育も、王侯貴族のそれとは異なるのは承知している。が、『人』として、社会の一員として過ごす為には、他者への配慮を学んで身に付けるのは重要だ。過度な我が侭は許されない」
「それは孤児並みの躾しか施さない、ということか?」
陛下の表情が険しくなる。と同時にさわり、と隣から冷気が静かに放たれる。
「後宮にいるより、マシ。貴方方はイトくんが生活していた場所を直接見たわけではないのでしょ?」
アスタロトの物腰は柔らかいのだが、機嫌は急降下しているのか怒気に似た冷気が収まらない。俺はアスタロトが膝に置いていた手をそっと擦った。冷たい。が、彼は自分が無意識に冷気を発していたことに気付いたのか、冷たい空気が動くのがピタッと収まった。
「それに『孤児並みの躾』と言うけど、其処で生活している子ども達は、将来的には神官、聖騎士になる予定。その為の教育を今から施している。だって大神殿、大聖女様のお膝元だよ?」
『大聖女様』の威光は凄いな。陛下を始め他の人達もその名称に畏敬の念を感じたのか、顔付きが変わる。
「確かに、此処に来るまでにイトと話したけど、随分しっかりとした受け答えが出来るようになっていたし、なによりも日々の生活を楽しそうに話していた」
ルトーリィ殿下がそう話すとイトくんが
「はいっ!毎日ごはんとおやつが美味しくて、本もたくさん読んでもらって、お絵かきも出来て、小山に昇ったり、お散歩したり、馬さんに乗ったり、あと、滑り台!凄く楽しいです!」
と満面の笑みで報告した。その様子にレキュム殿下とラドリオ殿下が
「しっかりお話し出来てる」
「凄い。なんか、羨ましい」
と目を丸くした。
「そうか…。本来であれば儂達が用意すべきものを、既に与えられているのだな…」
親としての不甲斐なさを感じたのか、陛下が気落ちしたように項垂れた。
「それで今日ノイット殿下を此処に連れて来たのは、殿下の様子を直接見てもらうのと、立場的にどう考えているのかの確認だ」
俺はタレッグル陛下を真っ直ぐに見据える。
「実際、第四皇子ということで帝位継承権は低いのだろうが、大神殿に籍を移した時点で継承権を放棄した、となるのだろうか。では、具体的な時期は決まっているのだろうか?」
前回の様子では、既に大神殿側に移籍するとの認識を持っている者もいたようだからな。




